S
Smarter Business

関西学院大学が「AI活用人材育成プログラム」で目指すデジタル時代の教養とは?

post_thumb

巳波弘佳氏

関西学院大学
学長補佐 理工学部 情報科学科 教授・博士(情報学)
巳波 弘佳氏


研究分野は、数理工学、アルゴリズム工学、情報科学、数学で、離散数学や最適化アルゴリズムとその応用に関する研究をリード。AIの高性能化、リアルなCG(コンピューター・グラフィクス)の製作、AIドローン制御、新材料開発、ブロックチェーン、インターネット制御、宇宙物理学や化学におけるビッグデータ解析など、さまざまな応用領域において、数理的な研究から実用化領域まで幅広く手掛ける。

関西学院大学は、2019年春学期から「AI活用人材育成プログラム」を開設した。本プログラムは日本IBMと協働開発したもので、AI研究者の育成ではなく、AIやそれに関連する技術を理解し活用できる人材を育てることが目的だ。AI技術によって世界が大きな転換期を迎える中、これからの時代に必要とされる人材とは何かを考え抜いて作られ、文系にも理系にも提供されている。本プログラムの開設をリードした関西学院大学の巳波弘佳教授に、AI活用人材育成に対する考えを聞いた。

 

これからの時代に必要なのは、AIユーザーとAIスペシャリスト

――関西学院大学では2019年春学期から、「AI活用人材育成プログラム」が開設されました。カリキュラム開発に至った背景をお聞かせください。

巳波 現在、国を挙げてAI活用人材を育成しようという機運は高まっていて、各教育・研究機関でも具体的な取り組みが進められています。ただし、AI活用人材育成と言っても実は幅広いのです。整理すると、3種類の人材があると考えています。

「最先端のAI技術そのものを研究開発するAI研究開発者」、「AI技術を活用して、現場の課題を解決したり新サービス・新製品を作り出したりするAIユーザー」、そして「AIユーザーにソリューションを提供するAIスペシャリスト」です。

AI研究開発者を育てるカリキュラムは、本学にも元々ありましたし、他大学でも取り組まれていることで珍しくはありません。そこであらためて、AI技術により世界が大きな転換期を迎える中で、どういう人材が本当に必要なのかを考えました。教育・研究機関である本学にとって、これからの時代に必要とされる人材を輩出することは急務の命題です。

そして、我々が「AI活用人材」と呼んでいる、AIユーザーやAIスペシャリストの育成にフォーカスしようと決断したのです。最先端のAIの一つとしても知られているIBM Watson(詳しくはこちら参照)を擁するIBMと共に、人材育成や産学連携を含めた総合的な取り組みを行うための包括的共同プロジェクトを2017年9月から開始しました。

 

「文理不問で、10科目すべてオリジナル」という、異例のプログラム

――「AI活用人材育成プログラム」とは具体的にどのような内容なのでしょうか。

巳波 全部で10科目から構成されており、例えば以下のようなものがあります。

AI活用入門:AI活用人材として社会で活躍するための基礎的な知識習得を目的とした必修プログラムAI活用導入演習:AIを利用したアプリケーションに関する技術習得を目的としたプログラム

AI活用実践演習:AIを活用したWebアプリケーション開発に必要となる基礎的な技術習得や、AIの基盤技術である機械学習・深層学習に関する基礎的な知識習得、AIを活用したWebアプリケーションのためのユーザーインターフェイス・デザインに関する技術習得を目的としたプログラム

AI活用データサイエンス実践演習:AIを活用するために必要不可欠なデータ解析に関する基礎知識や、問題解決のフレームワーク・プレゼンテーションなどの伝達手法の習得を目的したプログラム

AI活用発展演習:いわゆるPBL(Project Based Learning=課題解決型学習)。企業・自治体などが抱えるさまざまな課題に対して、チーム単位でAIを活用したソリューションを提案できる能力を習得することを目的としたプログラム

 

全10科目がすべてオリジナルで一から作りましたが、これはなかなかできることではありません。通常は新たに作っても1科目くらいで、既存の科目を流用することが多いです。IBMはAIを使ったビジネスを実践されており、また、社内でのAI活用人材育成にも力を入れているので、その知見を元に全面的な支援の下、実現しました。IBMや関西学院大学側のチーム全員が、「自分が今学生ならこういうことを学びたかった」という反省を込めて、そして何よりもワクワクしながら作った渾身のプログラムです。

学生からの反響も大きくて定員を超える応募があり、また非常に熱心に取り組んでいて、レポートもしっかり書いて提出しています。ちなみに本プログラムの対象者は、文系理系は全く関係ありません。むしろ、「文系の学生こそ学んで欲しい」というメッセージを出していて、結果としては文系の学生の方が多く受講してくれています。実際のプログラムの進捗を見ていても、「理系だから自分は有利だ」と感じている学生はいないはずです。

というのも、AIを活用するということは、数学が得意だったりプログラムが得意だったりするだけでは立ち行かない世界なのです。一番大切なのは発想力。社会に対して自分なりに問題意識を持ち、その問題解決のために「AI技術を使ってどういうソリューションを考えられるか」が重要です。

 

「学問の専門性×AI技術」というハイブリッドが重要

――数学やプログラミングよりも発想力が大事とのことですが、その発想力はどうやったら育めるのでしょうか。

巳波 大前提として、発想できる頭へと変化させなければいけません。ただし、それはこれまでの伝統的な授業ではできないことです。そういう視点は、数学を学ぶだけでは持てないし、プログラミングを学ぶだけでも育まれない。もちろん、社会課題を授業で聞くだけでも難しいでしょう。

とにかく「このAI技術を使って何ができるのか?」を考える訓練を、ドリルを解くように何度も繰り返すことが重要です。「AI活用人材育成プログラム」では学生たちに、「学んだAI技術を使って何をする?」「どうブラッシュアップする?」と問いかける課題を常に大量に出していて、考える癖をつけてもらおうとしています。

――「AI活用人材育成プログラム」を学ぶことで、学生たちにはどのようなメリットがあるとお考えですか。

巳波 学生たちには「AIを学ぶことが目的ではない。一人ひとりが自身の学部で学ぶことを柱として、それを強化するためにAI技術を身につけて欲しい」と伝えています。法学部であれば、法学部での学びとAIの技術をどう掛け合わせられるのか。本プログラムを受講する多くの学生は「法律とAIってどんなつながりがあるんですか?」と思うかもしれませんが、それを考えることこそが彼らの課題なのです。

例えば、「判決をサポートするAIの開発」でもいいし、「AI利用に関する法律整備」でもいい。法律とAIを遠いものとして捉えるのではなくて、法律を学んだらAIをどう掛け合わせるのか考えられる人材を育てたいと思います。

もちろん学生たちにとっては初めての経験なので、そう簡単に掛け合わせは発想できません。だからこそたくさんの事例を紹介して発想の手助けをしますし、私もアドバイスします。IBMのビジネス現場で長く仕事をしてきた先生もおり、知識や経験を踏まえてサポートができる体制を整えています。

メリットとすれば、本プログラムを受講した学生たちは、自身の専門性とAIを掛け合わせる視点を持ってAI活用できる人材になれるということでしょうか。こういった人材はこれからの社会においては特に強く必要とされ、リードしていける存在になると考えています。

 

「ハウツー」に偏らず、「なぜ」に立ち返る姿勢を徹底

――関西学院大学は「Kwansei Grand Challenge 2039」という、長期的な戦略をお持ちです。その中で「AI活用人材育成プログラム」はどういった意味を持つのか、ぜひ展望をお聞かせください。

巳波 超長期ビジョン・長期戦略からなる未来構想の中で、「強さと品位」「真に豊かな人生」「質の高い就労」を謳っています。これらを実現するには、技術に関する知識が豊富なだけでは意味がなく、その技術をいかに使って社会をより良い方向に変えていけるのか考えることが欠かせません。

2039年までにはさらにAI技術は進化していると思いますし、それに応じて本プログラムもブラッシュアップしていく必要があります。しかし、「AI・データサイエンス関連の知識を持ち、それを企業活動や経営などに活用して、現実の諸問題を解決できる能力を有する人材づくり」という、大目的が変わることはありません。

仮にシンギュラリティーが起こったとしても、AIをツールとして使いこなせていれば問題ありません。AI技術を社会の問題解決のためにどう使うのかを設計するのは人間なのです。

――「ハウツーに偏ることなく、常に目的に立ち返る」。それはプログラムのコンセプトにおいても、実際の指導においても徹底されているように見えます。

巳波 まさに意識していることです。特に理系の研究者は、技術習得の部分だけに目がいきがちです。実を言うと私は、大学で教鞭をとる前は某企業の研究所で働いていました。そこでビジネスの現場を体験したことが大きいのですが、何かを解決するために技術が必要だという考え方、つまり目的からブレイクダウンして手法を考えるやり方は、当たり前なんですよね。

なので、私の研究室では、学生に理論やプログラミングだけを学ばせることはしません。これらは並行して学ぶものの、「なぜこの研究をしているのか」に対する自分なりのストーリーを語れるようになることを重要視しています。「なぜこの研究テーマなの」「なぜその技術が必要なの」と、常に考える研究室です。それは、自分の研究に真の納得感を持てるようになるためです。なぜ自分がその研究に取り組むのか腹落ちしていなければ、言われたプログラムを書いて言われたシミュレーションをしました、というだけのロボットになってしまいますから。

私の研究室では、「使える理論」をモットーにしているので、一人一人の学生が、数学や情報科学の理論の研究もしますし、実際にその成果に基づいたアプリケーションの開発も行います。

アウトプット事例の一つとしては、『のだめカンタービレ』というテレビアニメのピアノ演奏シーンのCGアニメーションを制作したことが挙げられます。「最適化理論」に基づくアプローチで、音と手指の動きが完全に一致するピアノ演奏シーンを作ることに世界で初めて成功しました。そんなふうに、理論と現実社会の課題をつなぐことを常に意識しています。

 

「文理横断」の学びが、グローバルで勝負できる人材輩出の鍵

――最後に、これからの日本の大学教育全体についてもお伺いしたいです。「AI活用人材育成」をどのように捉えて、取り組んでいくべきだとお考えでしょうか。

巳波 各大学で、AI研究開発者の人材育成はもちろん、AIユーザーやAIスペシャリストの育成に力を注いでいくことが重要です。

一つ言える事実は、日本はサービス開発・製品開発の力が落ちていることです。海外に目を向けると気づくことですが、海外では多くのスタートアップ企業が、プロトタイプレベルであってもどんどんサービス・製品をリリースしています。

一方で、日本からはなかなか生まれない。それは、技術力がないのではなく、文系と理系が分断されていることに大きな理由があるのではと考えています。文系の学生は経済や法律などの文系的なテーマしか学ばないし、理系の学生は科学技術しか学ばない。

本来は双方が融合することで、社会課題を解決できるし、新しいサービスや製品が生まれるものです。ただ、文系と理系が分かれてしまっていることで、社会問題に基づくサービスや製品が出てこないのだと思います。

「文理横断」で発想し、実際にアプリケーションなどを生み出していける人材を輩出することが大切です。簡単ではありませんし、多くの前例があるわけではありませんが、グローバルな世界で勝負できる人材育成に、関西学院大学として引き続き取り組んでいきたいと考えています。