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来るべきAI時代のAIとの付き合い方:AIは人に幸福をもたらすか

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「AIを恐れる時代でなく、AIをどう使うかを考える時代になっている」。2016年3月、国立情報学研究所の所長を務める喜連川優氏が語った言葉だ。変化が起きるときには、その環境に早くチャレンジしたものが必ず勝つことを示唆したものである。それ以来、私は人工知能をどう捉え、どう使っていくべきなのか、さまざまな視点から思考を巡らせてきた。その中で気づいたことについて、この場を借りて綴る。

上甲昌郎
GBS事業本部 マネージングコンサルタント

東京大学工学部航空宇宙工学科卒、同院卒。人工知能学会に所属し、2011年度Best Paper Awardを受賞。2011年に日本IBM入社後、Analyticsを軸に経営コンサルティングからシステム開発まで、幅広いプロジェクトに参画。プロジェクトの傍ら、国立情報学研究所コグニティブ・イノベーションセンターの運営を支援し、一流の研究者と日本を代表する企業の経営者と共に日本のイノベーションのあり方を探っている。

 

人工知能をどう捉えるか:①人工知能は道具

人工知能(Artificial Intelligence:AI)という言葉が、世の中を騒がせて久しい。その定義については、多くの専門家がさまざまな意見を述べている。中でも、シンプルかつ今回のテーマに沿った捉え方は、以下が適切だと考えている。

人工知能学会の元会長で、筆者の出身学部教授である堀教授の言葉である。文脈としても、冒頭で挙げた喜連川教授の言葉に近い。工学の観点から考えれば、AIはあくまで「道具」だということだ。そしてこの文脈では、巷で話題になるAIの暴走といった心配は基本的に不要である。なぜなら、技術の方向性は研究者によって制御できるものだからだ。

例えば、宇宙ステーションにおいて、電気機器を接続するためのプラグの差し間違えは起こり得ない。なぜなら、間違った使い方がそもそも不可能となるように設計されているからである。研究者ではないAIを「使う」者にとっては、AIという新しい道具をどう使いこなすのかを第一に考える必要がある。

 

人工知能をどう捉えるか:②人工知能は人間を魔法の世界へと誘う

--「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない」(アーサー・C・クラーク) *: 『2001年宇宙の旅』の原作者

--「(ドラえもんの道具を見て、)妖術か」(マヤナ国王子ティオ)*: 『ドラえもん のび太の太陽王伝説』より

我々は産業革命以降、多くの道具に囲まれて暮らしてきた。その中で、多くの道具を使いこなし、多くのものに対して盲目的になってきた。誰しも移動のために車を運転していても、ほとんどの人は車がどのように動くのかについては知らないし、知ろうとしない。時計でさえもしかり、である。世の中が便利になるとともに、我々は人間の根源的な欲望である「好奇心」に目をそむけるようになっている。

AIはその流れを加速させる。なぜか? 現在のところ、AI自体がブラックボックスだからだ。(http://www.nature.com/news/can-we-open-the-black-box-of-ai-1.20731参照)

「Amazon Dash Button」をご存知だろうか。利用者はこのボタンを押すだけで事前に指定した商品を注文でき、商品が配送されるサービスだ。利用者がこのボタンを押すときに考えることは「なくなったから買おう」。それだけである。どこのメーカーの商品か、価格はいくらか、どこから届くか、そのようなことは考えない。(Amazon Dash Button自体はAIではないが、ブラックスボックス化の好例として挙げた)

人間が「実世界」でAIを道具として使う一方で、AIは人間を「魔法の世界」へと引きずり込む。「魔法の世界」が悪い世界と言っているわけではない。その世界は、煩わしいことを考えずに済み、自分の好きなことに多くの時間を割くことができる世界かもしれない。ただ、人間は「考える葦」として思考を止めないためにも、繰り返し問い続けることを忘れずに、AIを使いこなさねばならない。

 

人工知能をどう使うか:①人工知能にできることを見極める

「AIを活用して営業効率を上げろ」「AIを使って新しい商品を開発しろ」、「AIで設計業務を見直せ」…。昨今、ビジネス現場の多くで、このような声が聞かれる。果たして、AIはビジネスにおける処方箋たりうるのだろうか。

AIが得意なのは「判断」である。大量のデータがあれば、そのデータを元に条件節を徹底的に洗い出し、その判断の精度は人間を超える可能性がある。言い換えると、「判断」に十分なデータが無ければ、どんなAIも有効には機能しない。

ビジネスの現場の例を見てみよう。

融資判断において、融資の可否判断に、融資先の決算書は大切な材料となる。しかし、より精度の高い融資判断を実現するために、銀行員は融資先企業を訪れ、企業の風土を理解し、洗面所の綺麗さなどの現場情報を自らの足で収集し、活用することもあるという。

生命保険の例では、顧客の家族構成やライフイベントの情報を最大限活用すれば、その顧客に最適な保険を「判断」できるかしれない。しかし、それとは裏腹に、そのような情報を収集するのは、足繁く顧客の家を訪れる営業職員であり、最終的に保険に加入するかどうかの決断も顧客が営業職員を信頼できるかどうかに委ねられている。

ビジネスでAIを使うか否かの選択を迫られる経営者は、現場の判断を支えるデータがどこにあるかを改めて熟考し、そこでAIが何をし、人は何をするのか、手触り感を持ってその業務の将来像を描く必要がある。

 

人工知能をどう使うか:②「巨人の肩に乗る」から「人工知能との対話」へ

IBMのコグニティブに関する製品で、「Watson for Drug Discovery」というツールがある。創薬を支援するツールで、国内外の多くの製薬企業に利用されている。某研究所の研究員はこのツールを試し、このような発言をした。

「恐ろしい。優秀な研究者はより高度な研究ができるようになり、そうでない研究者との差がより広がるように思う」

筆者はこの意見に非常に共感した。なぜか? この研究員は、AIを人間がより思考を深めるための道具として捉えているからである。

これまでのコンピューターは、過去の偉人の論文を保存することができた。そして、我々はそれを検索することができた。しかし、AIの時代となり、コンピューターは読み込んだ論文を元に我々の目的に合致するものを提案し、しかも確度を持って教えてくれる。

過去の偉人の論文を参照し、学会や研究会でのコミュニケーションを通じて思考を深化させていくというこれまでのスタイルから、AIとのコミュニケーションを通じて新しい価値を紡ぎ出していくような、新しいスタイルが求められるようになる。先の研究者は、今のAIを見て、そのような将来像を垣間見たのだろう。テクノロジーが進化して道具が変化していく以上、道具を使う我々も、道具とのコミュニケーションのあり方を見つめ直していかねばならない。

「唯一生き残るのは、変化できる者」(チャールズ・ダーウィン)

かの偉人の言葉は、この文脈にも当てはまるようだ。

 

人工知能をどう使うか:③人間らしさで複雑な問題に挑む

現在、企業や研究者が抱えている問題の多くは、何年もの間、企業の経営者や研究者が頭を悩ませてきた間違いなく“難しい“問題のはずだ。言い換えれば、高度なAIを使ったとしても、簡単に解決できる問題ではない。そのような難題に、我々はどう挑めば良いのか。

工学とビジネスの分野は機を同じくして似た潮流を見せている。ニーズの手前にある人間の欲求をキャッチし、顧客(人間)の体験そのものを再構築していく時代だ。これからの違いを産み出す人間は、論理的な思考だけでなく、美への感性や右脳的思考といった「人間らしさ」を内包することが求められている。

 

結び:人の幸せのために人工知能を使う

一つ考えていただきたい。そもそも、我々はAIという道具を使って一体何をしようとしているのだろうか。参考となる回答がある。

もちろん、人によって意見はさまざまかもしれない。しかし、「人類の幸福」という観点で見たとき、「工学」と「ビジネス」は綺麗につながる。

最後に、TEDスピーチを紹介したい。

AIと付き合っていく中で、AIは我々に、好奇心、コミュニケーション、美への感性などの「人間らしさ」とは何かを見つめ直す機会を与えてくれる。目先の利益を追い求めている私たちは、AIを通じて人生で最も「大切なもの」に気づき、自由な時間を取り戻すことができるかもしれない。

最後までお読み頂きありがとうございました。答えのない議論だとわかっていながら、多くの事例とともに自分の考えを紹介しました。本議論が少しでも皆様の思考の機会になれば幸いです。ここでの議論や、IBM、何かに興味を持った方は、是非ご連絡をください。さらなる議論ができれば嬉しいです。

photo:Getty Images