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ストーリーを科学的に読み解く

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文:川合 雅寛(クロスリバ株式会社 代表取締役社長 兼 CEO)

 

物語は構造化されている —— Watsonで紐解く物語の旅路
第1回「ストーリーを科学的に読み解く」

映画やアニメーションを制作する欧米のクリエイティブ業界では「物語(ストーリー)」の構造は科学的に研究され、人の心を打つように計算して物語が編まれているという。クロスリバ株式会社 代表取締役社長兼CEOの川合雅寛氏は物語の構造、感情の動きを解析して視覚化する「Story AI」をIBM Watsonを活用して開発している。具体的にどのようにWatsonを使っているのか、そして「Story AI」が生まれるまでの物語と、クリエイティブ業界に与えるインパクトについて川合氏が紹介する。

 

ストーリー分析の紀元

100年以上語り継がれ、なんどもリメイクされ二次創作されるストーリーがある。たとえば、私が小さい頃から親しんだ西遊記や南総里見八犬伝、宇宙戦争、シャーロック・ホームズなどがそれだ。このストーリーは科学的に分析し判断できるのか? 子供の頃からSFや冒険物の物語に心惹かれ、小説家になりたかった私はコンピュータに触れながらそんなことを考えることが多かった。このような研究は実は今に始まったことではない。20世紀の途中からコンピュータが出てきて、より深く考えられるようになった。

もっと言えば、1953年に神話学者のジョセフ・キャンベルが見つけた神話理論(=「Hero’s Journey」)と人類との出会いがストーリー分析の始まりでもあるし、もともとをたどれば、紀元前にアリストテレスが古代ギリシアの演劇を観劇した時に、「劇とは三幕である」と宣言し、制作学をまとめたPoetics(ポイエーシス)こそが全てとも言える。アリストテレス以降、2300年このシステムはこの世界に存在していたし、ここにすべてのエッセンスが詰まっているのだ。

このアリストテレスのフレームワーク思考とキャンベルの神話学、そして現代に至る科学的アプローチによる文学の正規パターンの解明――。時代は常に物語の分析を求めていた。

 

私がストーリーテックを始めた理由

さて、このような大きな流れの中わたしがどうやって“それ”を見つけたのかというと、私も小説家になりたかった、ただそれだけの動機で六本木の本屋に立ち寄り探していた。そして、偶然にも見つけてしまったクリストファー・ボグラ−の物語の法則(=Writer’s Journey)が、私に旅立てとささやいたのだった。
それが、この物語の始まりだ。

このような形で、私の先の見えない宛のない旅は始まったわけだが、まずはフレームワークに従って物語を紡ぐことから始めたのだった。

アリストテレスにならって3幕12節。その各節には意味があり、その意味に従うことでプロット(設計図的なもの)を完成させ、実際の物語へと落とし込んでいく。ただ現代日本においてこのような作り方は一般的ではない。ほとんどがA4用紙1枚いわゆるペライチ程度のプロットとも呼べない走り書きを元に、アンチパターンであるパンツィング(造語、直接書き始めること)をし始めることが多いという。

実際、この期間に会った映画会社、テレビ局、ゲーム会社のディレクターたちはこぞって「シナリオライターでまともにシナリオを書ける人間はほとんどいない」と言う。業界の構造がどうなっているのかはこの場では言及しないが、設計が見えない状態でコーディングするとどうなるのかは自明なので、同様のことが起こっているのだろうというのは想像に難くない。

 

挫折と立ち直り

さて話を戻そう。そんなこんなで、私のつたない物語ができ上がるのだが、72時間で8万字を書き上げることに成功したのはプロットを先に完成させていたからだ。ゴールまでの地図を書き上げれば自ずと導かれる。しかし、面白い作品ができるかどうか、賞に合格するのかどうかはまた別問題である。これが第一の挫折であった。

それから1年が経ち、ようやくサービスを出す機会を得て「ficta」というサービスをリリースするのだが、この時に同時に仕込んでいたのが、IBM Watsonを活用し神話理論とアルゴリズムで判定して“波”を検出するストーリーアナリティクスエンジンのα版である。これをストーリーアナライザーと内部では呼んでいた。

試しに使ってみると、神話理論で語られている物語の“波”を簡易的に検出できるようになった。システム的には想像していたものができたのだが、サービスとしてはどのユーザーを取り込むのかに迷ってしまい、中々アクセスを稼げず、先日サービスを閉じることになった。これが第二の挫折である。

だが、私の手元にはストーリーアナライザーがある。それだけが唯一の救いだった。

 

ストーリーは“波”

ストーリーの山や谷を表現するために線グラフを用いての表現は見聞きしたことがあるのではないだろうか。ところがX軸を時間やページと表現した場合のY軸をどのように定義するのかで研究者ごとにかなり異なっていた。

例えば、ある研究者は1700冊を超える書籍を形態素解析したが、幸福値というものを用いて、波を検出していた。大体の研究において波を意識して表現しようとしているのは明白で物語の流れ=時間の流れであるのは間違いない。だが、そこでの表現されるものが「作者の感情」なのか「キャラクターの感情」なのか、「読み手が受ける感情」なのかがわからない。

そこで、私たちはY軸をテンションと捉え、「Watson Tone Analyzer」からの戻り値を元に独自のアルゴリズムで判定し、値をプロットすることで“波”を表現した。実際にプロが作った脚本を解析しても、納得感のあるグラフになることが検証できている。

Y軸をテンションとしたときの波形図

今の状態では、作り手が認知バイアスにより人間にとって「納得感」があるかどうかに終始している。これは作り手側が使ってもらえないことには意味がないからであり、次のステージではここでプロットされた値が既存のメジャー作品に近いのかどうかを判定するための仕組みに変えようと考えている。

 

研究が進むストーリー

上記の機能を組み込むためには、メジャー作品を定量的に解析する必要がある。私達も実際にメジャー作品を解析するために映画を分析し、シーンで起こっていることを文字起こして解析を行った。そうすると “波”が浮き出てくるわけだが、それの証明をどうするのかが課題であり、多分あっていそうなのだが、作り手しかそれはわからない。そんな時、日経サイエンス2017年6月号に掲載されていたStory Mathの論文が目に止まった。

実際には「The emotional arcs of stories are dominated by six basic shapes」という2016年の論文である。結論から言うと、ストーリーは大まかに6つのパターンに収束するということになる。

だが、これだけでは答えは出ない。文中にはハリーポッターの解析結果があるが、大きな波の反復パターンと小さな波の反復パターンの積層化された集合体であるという点がとても重要になりそうだ。

これは小説に限って分析されたものなのだし、論文中の数式はY軸に設定している幸福度を求めるためのものなのだが、私たちはここの演算をWatsonに任せてしまっており、私達のほうがより道具としての側面が強い。

さて、ここで書かれている6Shapeとは何かというと、

  1. 立身出世物語(主人公の状況がずっと上昇するだけ)
  2. 悲劇(主人公の状況が下がり続ける、アリストテレスのフレームワーク)
  3. 苦境脱出型(転落してからはい上がる)
  4. シンデレラ型(上昇して下がって、上がる)
  5. イカロス型(上昇して下降する、典型的な神話の法則)
  6. オイディプス型(エディプスコンプレックスの話下がって上がって下がる)

となる。この中でとても有名なのがシンデレラストーリー、幸せの絶頂からの転落と復活を組み合わせたストーリーラインは2016年の大ヒット映画「君の名は。」でも、新海誠監督が使ったと言われる。

つまり、ヒット作を作る人達は正しいかどうかは別として、“波”を意識して物語を紡いでいるのは間違いないということになる。ちなみに、私達が解析したスピルバーグの「ターミナル」ではこの内3の苦境脱出型(論文ではMan in a Hole)に当てはまっていた。たしかに、苦境から脱出するタイプだ。

そして、この“波”を徹底的に解析していけば真理に近づけるはずだ、ということになるだろう。私たちは、将来的には絵コンテレベルで解析できる仕掛けを考えているが、まずは脚本の解析から確実に行っていく予定だ。

近々このサービスを無償で公開する予定なので、その時はぜひ使ってほしい。
次回は、どのようにWatsonを組み込んだのか、システム全体について解説していきたい。

 

川合 雅寛

川合 雅寛
クロスリバ株式会社 代表取締役社長 兼 CEO

1980年2月生まれ、山形県出身。上京後、日立製作所にて電子政府構築、郵政民営化などに携わる。その後、ソフトバンクにて大企業向けのiPhoneを中心としたスマートフォン/G Suiteを中心としたSaaSのセールスエンジニアとして全国を飛び回り、会社のあり方を変えるクラウドを提案する活動に従事。2014年34歳のときに物語(ストーリー)を分析するクリエイティブ業界向けのソリューションを提供するクロスリバ株式会社を起業。

photo:Getty Images