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SDGs達成に向けたアフリカ開発におけるSTIの可能性

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2018年10月5日、東京・内幸町の世界銀行 東京開発ラーニングセンターで、「Embarking STI Open Innovation for Leapfrog Africa-デジタルテクノロジーによるアフリカ開発の加速とオープンイノベーション-」が開催された。同イベントは、10月6日から東京で開催されたアフリカ開発会議(TICAD)閣僚会合のプレイベントとして、国際協力機構(JICA)、世界銀行(WB)、国連開発計画(UNDP)が共催して開催され、2015年に国連で採択された、「地球上の誰一人として取り残さない」世界の実現のための持続可能な開発目標( Sustainable Development Goals=SDGs )の達成に向けた取り組みの一環でもある。この日は主催各団体に加えてアカデミアや民間からの登壇もあり、STI(Science, Technology and Innovation=科学技術イノベーション)をSDGs達成にどう活かすかを中心に、活発な議論が交わされた。

 

STIとオープンイノベーションがアフリカ開発にもたらすもの

まず、開会の挨拶としてJICA理事の加藤宏氏が登壇し、「STIによってアフリカ全体が躍進できると感じている。日本の大企業だけでなく中小企業からの投資も年々増えていて、ようやく本腰を入れてアフリカ諸国と連携しようという段階に来ている」と、多様なステークホルダーが参加する本イベントを開催する意義を語った。

加藤宏氏

開会の挨拶を行うJICA理事の加藤宏氏

続いて、JICA国際協力専門員の内藤智之氏が登壇。同氏はJICAでICT分野を担当し、新たな技術や知見を活用した問題解決に取り組んでいる(  内藤氏のJICAにおける取り組みについての対談記事)。内藤氏によれば、「STIはSDGs達成のために有効な手立てであり、アフリカ開発の伝統的な手法にSTIが付加価値を与える可能性がある」という。

また、アフリカ開発では今も水や道路といったインフラの問題が多く、資金提供をはじめとした伝統的な開発も不可欠であることは踏まえながらも、内藤氏は次のように述べた。

「ディスラプティブ・テクノロジー(破壊的技術)と呼ばれる、AIやビッグデータなどの技術革新が、アフリカの今と未来に大きな影響を与えているという実績と仮説がある。日本は戦後、科学技術で大きな発展を遂げてきた背景があり、その経験や知恵をアフリカの発展に活かせるのではないだろうか」(内藤氏)

内藤智之氏

導入プレゼンテーションを行うJICA国際協力専門員の内藤智之氏

続いて内藤氏は、アフリカ開発において技術導入をスムーズに行うための3つのポイントを挙げた。1つ目は、水や道路などの基本的なインフラ開発は引き続き重要である一方、STIによるアフリカ開発が与え得る付加価値に関して、民間企業や研究機関を含むあらゆる開発関係者の中で共通認識を広げる努力をしていくこと。2つ目が、アフリカ現地の当事者と開発に携わる関係者の間で、STIを活用すべき開発課題の再確認と活用の有効事例に関するコンセンサスの構築を加速させること。そして3つ目が、オープンイノベーションによって、民間や研究機関だけでなく、NGO、JICAを含む公的機関などが連携し、効果的な資金動員も追求していくことだ。

そして、本イベントの数日前に、JICAにて開催された「STIによるアフリカ開発ソリューションの可能性」をテーマとしたアイデアソンの結果が紹介された。民間企業や研究機関、JICAなどから参加者が集まり、農業における気候変動や加工施設不足に起因する問題や、保健医療における人材や医薬品不足といった問題について、それら問題の解決に向けたデジタル技術の活用アイデアが数多く議論された。たとえば、国民IDの登録・管理を目的としたブロックチェーン技術の活用など、「10年前であれば考えられなかったアイデアが、これでもかと数多く出てきたことが印象的だった」と内藤氏は振り返った。

 

ハードとソフトの両面を整備する重要性

導入プレゼンテーションとアイデアソンの結果を受け、パネルディスカッションの各登壇者が、自身のアフリカ開発とSTIに対する考え方を述べた。

最初に、UNDPアフリカ地域センター長であるラミン・モモドゥ・マネー氏。以前は国連常駐調整官兼UNDPの一員としてルワンダに駐在していた経歴を持つ。

ラミン・モモドゥ・マネー氏

UNDPアフリカ地域センター長 ラミン・モモドゥ・マネー氏

「アフリカでは今、技術革新が目覚ましく、太陽光発電や地熱発電をICTの活用によって効率的に行うエチオピアの事例や、ブロックチェーン、人工臓器による医療の進歩、自動車の自動運転技術の開発など、あらゆる分野でSTIの可能性が示されている。アフリカにおいて活用可能なリソースの規模は数兆ドル規模にも達すると言われ、今後、まさに第4次産業革命が起きるだろう」(マネー氏)

しかしマネー氏は、「あまりにも早いピッチで技術革新が進んでいるために、開発したシステムや技術がすぐに陳腐化してしまい、STIを実装したら既に新たな技術革新が起こっている・・という状況もある」と語った。

さらに、技術発展において見過ごせないのが基礎教育だ。ルワンダでは、ワン・ラップトップ・パー・チャイルド(OLPC)といって、子どもたち1人に対して1台のパソコンを用意し、さまざまなデジタル技術に関する教育が提供されているという。

「アフリカ開発におけるSTIの可能性を考えるとき、人々の問題意識は重要だ。アフリカの人々が新しい技術を知り、それらを活用できる環境をつくらなければならない。そのためにコンセンサスを取りながら、柔軟性を持って国全体で取り組むべきだ」と、ハードとソフトの両面からアフリカ開発を進めていく必要性を語り、締めくくった。

 

STI実装を実現するのは「誰」か?

次に、東京大学 教授、産学協創推進本部イノベーション推進部長の各務茂夫氏が、STI実装にかかる注意点について語った。

各務茂夫氏

東京大学 教授、産学協創推進本部イノベーション推進部長 各務茂夫氏

「STIはScience、Technology、Innovation(科学・技術・イノベーション)という3つの言葉で構成されているが、『科学・技術』と『イノベーション』はまったく異なる概念だ。科学・技術は研究機関が、イノベーションは民間企業が得意とする分野であり、大学で『科学・技術』に関する素晴らしい論文を書いても、それを応用してビジネスに活かされなければ『イノベーション』とは言えない。大学の研究者は自身の研究を実証したいという思いはあるが、それをビジネスに活かす経験やセンスを持った人は少ない。つまり、STI実装にはビジネス感覚が必要だ」(各務氏)

そのための鍵となるのが、情熱を持って課題に取り組む「人」の存在だという。

「それぞれの地域の“痛み”を理解し、それらを本当に解決しようとするアントレプレナー(起業家)精神を持った人材が求められる。例えば、農業を振興するために、スマートアグリとして現地の土壌の質を調べたり、衛星画像によって土地の状況をより詳細に知るといった取り組みができる。しかし、それにはさまざまな技術や資金、人材が必要だが、すべてを現地の環境に合わせて使えるようにしなくてはならない。つまり、『誰』がイノベーションに取り組むかがポイントで、技術の提供とともにアントレプレナーの育成が重要になる」(各務氏)

また、「オープンイノベーションには、さまざまな文化の違いを受け入れることができるチームの体制作りが不可欠だ」と語る各務氏。また、科学技術とイノベーションとの間に事業化という架け橋を作りながら、戦後に目覚しい復興を遂げた日本だからこそ、これからのSTIに基づく支援が可能ではないか――と力説した。

 

アフリカ開発をビジネス戦略につなげる

続いて、民間企業の視点からアフリカ開発への意見を述べたのは、日本IBM 事業戦略コンサルタントの岡村周実である。岡村は、さまざまな業界で官民や業種を超えたエコシステム創生に取組み、数多くの社会・経済・行政課題の解決を図っている。

「先日、JICAで開催されたアイデアソンに参加させて頂いたが、短い時間にも関わらず、非常に多くの革新的なアイデアがリストアップされたのが印象的だった。その成功の背景には、JICAスタッフの皆さんが、アフリカ開発における問題や制約に関する情報や洞察を、すべての参加者に対して、十分なレベルで共有することができた――ということがあったように思う。だからこそ、民間企業からの参加者の多くが、アフリカにおいて具体的なビジネスチャンスを見出すことができたし、JICA以外の公的機関からの参加者も、自らが取り組むべき問題のポイントを見出すことができた。そして、それが故に、民間企業と公的機関との間にさまざまなコラボレーションのアイデアが創出されていたし、異なる立場のマルチステークホルダーが、それぞれにとっての価値を意識して議論することができていた。このようなコンセンサスの基盤を形成していくことが、STIを活用したマルチステークホルダーの取組みにおいては、今後、より重要になるだろう。特に、SDGsという目的を達成するに際しては、本来、官民の境界はなく、互いに連携していくことが価値を生む」(岡村)

岡村周実

日本IBM 事業戦略コンサルタント 岡村周実

また、世界的なデジタル・シフトの潮流を踏まえ、STI導入を加速化するために必要な取り組みとして、「STIのユースケースを創造・共有すること」を挙げた。

「特にデジタル技術を活用したSTIのユースケースの多くは、実装⇒成果⇒投資という3つの段階が循環しながら、その規模と範囲が拡大されていく。デジタル技術は、任意のユースケースにおいて実装され、具体的な成果を生むことで、さらなる投資を集めることができる――というプロセスを踏む。ユースケースが創出した成果を裏づけに、投資を行うのだ。従来の開発プロジェクトが、投資⇒実装⇒成果という段階を踏むことを考えれば、デジタル技術を核とする開発は、多くの場合で、投資と成果の順序を逆にすることができる。つまり、ユースケースを数多く創造し、アフリカ全体で共有していくことで、さまざまな成果をさまざまな場面で創出していくことができる。たとえ、その成果が最初は小さいものであっても、そのユースケースが拡大した際に得られる価値が大きいと見込むことができれば、公的組織や民間企業からの投資が集まり、開発への取り組みが活性化していくことになる。ビジネスケースがあってからユースケースが設計されるのではなく、ユースケースが見出された後にビジネスケースの検討がなされる――のだ」(岡村)

最後に、世界銀行 総裁室で「破壊的技術」イニシアティブ シニアアドバイザーを務めるクラウス・ティルメス氏が、ワシントンD.C.の世界銀行グループ本部からテレビ通話で参加し、次のように語った。

「多くの破壊的テクノロジーによって、伝統的な開発の考え方も変わり始めている。チャンスとリスクの両方が存在するが、積極的にSTIをアフリカ開発に活かしていきたいと思っている。まず必要なのは、デジタル技術を導入できる土台を作ること。世界銀行では、西アフリカの10カ国において、デジタル技術を用いた国民の識別・認証システムを構築した。これによって、金融サービスのアプリ導入が加速し、金融包摂が拡大していくだろう。その次は、さまざまなシステムや機械の性能向上が視野に入るが、これを行うのは政府でも民間でもいい」(ティルメス氏)

STIによる躍進のためには、既存の技術や開発手法だけではなく、新しい技術や方法論を活用する『吸収能力』が重要になるという。

「STIによる開発の実現には、政府自身の積極的な取り組みだけでなく、さまざまなイノベーターを受け入れる寛容さも求められる。メンター不足など課題は多いものの、世界銀行ではアントレプレナーの育成など、新しいODA活用法を模索しながら、『破壊的な時代』における地域レベルのファンディング・システム構築にも力を入れていきたい」と、ティルメス氏は締め括った。

 

SDGs達成に向け、個々人がそれぞれの分野でできること

会場には世界中の国から金融機関、政府機関の関係者、研究者、学生などが120人ほど集まっており、議論に耳を傾けていたが、イベントの後半ではオープン・フロア・インタラクションも行われた。

質問したのは大学教授や、公的機関からの参加者などで、「新技術の知財権をどう守り、そして活かすか」「世界を破壊的に変える力のあるSTIをどのように利用するべきか」など、いずれもアフリカ開発にSTIを活用することに対して、高い関心と問題意識を持った質問が投げかけられた。

オープン・フロア・インタラクションの様子

オープン・フロア・インタラクションの様子

南スーダンからの参加者からは、「2030年までのSDGs達成は可能か?」という根本的な問いが提示された。

これに対しマネー氏は、「SDGsの達成には4つの課題がある。1つ目は政府の意思。2つ目は、市民が政府に対してSDGs達成へのプレッシャーをかけることができるか。3つ目は、SDGsで示された教育、食料、金融など、さまざまなゴールを整理して、道筋を明確にプランニングすること。4つ目は、発展目覚ましい技術を、いかにファイナンスに浸透させるかだ」と話し、どれもが簡単な道のりではないとした。

一方、岡村は、「ある企業のトップは、『多くの企業はSDGsを見据えた戦略を設定すべきであり、それは日本の企業にも言えることだ』と話していたが、そのとおりだと考える。官民双方が参加可能なイノベーティブなユースケースを集めて、新たなコラボレーションを推進することができれば、SDGsの達成は可能だろう」と語った。

イベントの最後には、世界銀行 アフリカ地域局戦略業務局長のディアリエトゥ・ゲイ氏が次のように締めくくった。

ディアリエトゥ・ゲイ氏

世界銀行 アフリカ地域局戦略業務局長のディアリエトゥ・ゲイ氏

「アフリカは、STIの実装をもっとスピードアップしなければいけない。そのためには、まず教育が必要だ。子どもたち、特に女の子も十分な教育を受け、健康や将来について考える機会を作らなければならない。例え政府が動かなくても、人は動いていく。我々はさまざまな国や企業も含め、誰とでもパートナーシップを組みたいと考えている」(ゲイ氏)

本イベントでは、「ハードとソフト両面の成熟」、「それを推進するビジネス感」、「実装⇒成果⇒投資を循環させるためのユースケースの創造・収集」、「新たな手法に既存の手法を吸収させること」など、アフリカ開発におけるSTI活用に必要な、さまざまな論点を共有することができた。今年、2019年に日本で開催されるTICADを機に、より多くの人々がアフリカ開発へ目を向け、新たなイノベーションが生まれることに期待が高まる時間となった。