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リクルートテクノロジーズCTO米谷氏に聞く、テクノロジーマネジメントの真髄

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テクノロジーの飛躍的な進化に呼応して、ITビジネスのプレイヤーも、テクノロジーを活用してより多くのサービスや情報をお客様に快適に提供する研究を進めています。そのようななか、テクノロジーマネジメントの重要性も日に日に増しています。

今後、競合他社より一手先をゆき、先端技術をコモディティー化して事業の成長に役立てるにはどうすれば良いのか。また、そのためにはどういったIT組織を構築すればよいのか。株式会社リクルートテクノロジーズでCTOを務める米谷修氏に、テクノロジーマネジメント論について話を伺いました。

米谷 修
株式会社リクルートテクノロジーズ 執行役員CTO


1988年リクルート入社。関連企業室にてグループ会社の会計システムを自作するなど。「リクナビ」の開発リーダー時代は開発コスト半減など大胆な構造改革を実現。その後、インフラ基盤や大規模開発等の専門組織を次々と立ち上げる。「自ら・徹底的に」検証する、が信条。2012年10月より現職。趣味はサーバースペックの暗記とゴルフ。

 

2000年を機にIT化に注力し始めたリクルートグループ

――リクルートグループのなかで、リクルートテクノロジーズという会社はどのような立ち位置にあるのでしょうか?

米谷 2012年10月、リクルートは7つの主要事業会社と3つの機能会社に分社化しました。そのタイミングでITとネットマーケティング基盤の機能開発を切り出して設立されたのが、リクルートテクノロジーズという会社です。もともと、リクルートテクノロジーズの根幹となった部隊は、2000年くらいからメディアを紙からネットに切り替えることに取り組んでいました。

――2000年頃からネットに注力されていたとのお話ですが、最初にオンライン化を進めたメディアを教えてください。

米谷 90年代後半の、新卒向け求人メディアからですね。当時は「RECRUIT BOOK on the Net」(リクルートブックオンザネット)という名称で、現在は「リクナビ」という名前になっています。当時はリクルートで最も規模が大きかったビジネスで、ネットへの移行もそこから手を付けました。最初は紙の媒体をネットに転載するだけのメディアでしたが、そのうちエントリーをできるようにしたり、説明会の予約ができたり、就職活動のスケジュール管理ができる機能を追加していきました。そこから、中途採用、アルバイトなど、HR(人事採用)領域が細分化されてネットへ移行していくのと並行して、旅行や住宅案内のサービス案内も次々とネットに移っていきました。

米谷修氏

――2000年前後の時代、大学生がPCを使っているという認識があったのでしょうか?

米谷 ちょうど広がり始めたタイミングでしたね。当時はインターネットの接続環境が常時接続ではなく、料金的にお得な時間帯になるとトラフィックがバーンと跳ね上がる時代でした。

――そのタイミングで他社に一歩先んじることができたのは何故でしょうか?

米谷 紙のビジネスが大成功していた時代ですから、紙からネットに変えること、また、ネットの記事は無料で見られるものがほとんどのため、収益減少とともに市場や購買意欲が縮小するのではという迷いもありました。ただ、当時は競合もインターネットで求人情報を出すという取り組みを開始していました。このまま手をこまねいていれば競合が伸びてしまうという状況もあり、守りながら攻めるというイノベーションのジレンマ的な状態に陥っていました。それでも、腹を決めて自分たちのメディアを変えていこう、ビジネスの仕組みを変えていこう、という経営判断を下せたことが結果的には良かったのだと思います。

――テクノロジー部分に特化した部門を分社化してリクルートテクノロジーズが生まれたとのことですが、その経緯を教えてください。

米谷 リクルートテクノロジーズの母体の一部となったリクルートの情報システム部門は、1990年頃、勘定系システムの開発と維持の仕事がメインでした。でも、1999年から紙媒体の商品企画の担当者がWEB制作会社と一緒になって、自分たちのメディアのオンライン版をつくるようになりました。そして2000年、勘定系システムが中心だった情報システム部門に、各事業に生まれ始めていたネット商品を扱う部隊やチーム、担当者を全て集め、FIT(Federation of IT)という組織をつくりました。

――分散していたITに関する知見を一箇所に集約したんですね。

米谷 そうです。その先頭にいたのが私です。私はそれまで会計システムの構築に携わっていて、2000年を機にリクナビを担当することになりました。そこから、ITの人がどんどん増えていきましたね。

 

さまざまなことにチャレンジできる土壌がある

――巨大な組織を、事業別組織と機能別組織に分社化するメリットとデメリットを教えてください。

米谷 事業別組織のメリットは、ITを切り出すのではなく、事業に紐付けていくことで事業との連動性を高めやすい点にあります。一方、機能別組織のメリットは専門性を高めやすいということ。我々が機能別組織としてITを切り出すことにした理由も、高い専門性を維持したいという狙いがあったからです。分社化したタイミングは、紙ではなくネットの商品に切り替わっていたタイミングです。新しいテクノロジーをいかに早く取り入れるか、技術のクオリティーがITとネットマーケティングにダイレクトに反映される時代でした。それがわかっていたので、いったん専門性に特化しようということになりました。

ただ、機能別組織は事業との一体感が得られにくい。機能別組織と事業別組織のメリット・デメリットの考え方は、相似形なんです。そして組織を切り出せば、組織を守るという力学が働きます。弊社の場合、事業の都合よりも技術の都合を優先しかねない。当然、それではビジネスが進みませんから、いかにバランスをとるかということをリクルートテクノロジーズができてからずっと調整しています。

そこで現在、リクルートテクノロジーズのなかを機能と事業に分けるハイブリッド型にしています。事業に向いた組織は事業会社の側に置くといったように、ロケーションの効率化も図っています。兼務であったり人を交換したりするなど、機能別組織のデメリットをなくしつつ専門性を高めることを続けています。永続的な最適値というのは存在せず、事業会社の状況やビジネスの状況変化に合わせ、細かくチューニングし続ける必要があります。

――全体の舵切りだけではなく、チームごとに戦略を変えていくのでしょうか?

米谷 そうですね。例えば、セキュリティーの技術だけは事業に配置せず、全部弊社に集めています。そして、アジャイル開発の部隊は自由に配置している。標準化の手法は弊社が持っていて、実際の開発部隊は事業に配置する。ソリューションによって、そのバランスを変えています。また、じゃらん、ホットペッパーグルメなど、我々が販促系、日常消費系と呼んでいるサービスがありますが、これらは日々サービスを進化させる必要があります。そうしたものはアジャイル開発の手法をとり、バランスも事業会社に寄せていきます。

米谷修氏

――御社には各ジャンルのトップエンジニアが集結しているという印象がありますが、マネジメントにおいて意識していることはありますか?

米谷 役職や報酬も大事ですが、本当のトップエンジニアの方々は、誰と一緒に働けるかを重視するんですね。だから、特に優秀な方に来てもらえると「○○さんがいる会社なら、話を聞いてみよう」といったように、他の方も集まってもらえるようなところがあります。あとは、やりがいを感じられる環境をいかに用意できるかです。もし、リクルートテクノロジーズという会社が、システムのコストをカットするために切り出された子会社だとしたら、絶対に人は集まりません。

実際のところ、リクルートはビジネスの武器としてITを考えていて、この分野に投資をしていく会社がリクルートテクノロジーズなんです。実際に峰岸(リクルートホールディングスCEO)が、分社化したタイミングでそうした位置づけだと話してくれましたし、実際の位置づけも同じ。さまざまなことにチャレンジできる土壌があります。

――エンジニアのリクルートについて意識されていることはなんでしょうか?

米谷 我々のやっていることを、ちゃんと伝えることですね。みなさん、リクルートに来たら何をしたいかというビジョンをお持ちなので、それに正直に応えていくことだと思います。というのも、我々には仕事がたくさんあるんですよ(笑)。なので、アジャイルや大規模開発、インフラ、ネットマーケティングなど、「○○がやりたい」と言われればそれに応えることができます。

一方、自分の専門領域のなかでイノベーションを起こしたいという方もいます。当然、いままでやっていないことに挑戦するのはリスクがありますが、新しい技術の創生にチャレンジするため、会社としてR&Dの投資枠を持っています。それも、エンジニアの方にとっては魅力的に映るのではないかと考えています。

 

3つのフェーズで考えるテクノロジーマネジメント

――御社が実践している、テクノロジーマネジメントのためのステージングに関して教えてください。

米谷 開拓フェーズ、実装展開フェーズ、運用フェーズの3つがあります。運用フェーズに関しては、1つの方法を標準化して、横展開することで質と効率を上げていきます。でも、こればかりだとR&Dは不可能です。「新しいことに取り組むな」ということになりますから。そこでフェーズを分けて、フェーズごとにマネジメントの方法も変えています。

開拓フェーズはリサーチしてから試してみて、その中から使えるものを探していく段階です。基礎研究以降、コモディティー以前の技術をなるべく早く見つけて試してみる。そして、リクルートのビジネスに使えるかどうかを決めていきます。運用フェーズでは、我々のインフラサービスの使用料と開発費の収支をゼロに持っていく段階になります。ここでは効率を上げて、収益を出しながら使用料を下げることが目的となっています。ただ、開拓と運用だけでは難しい。リサーチしたものをいきなり効率化というのは無理があるため、実装展開フェーズでトライアルを行い、効果があるかどうかを確認しています。

米谷修氏

――各フェーズの実例を教えてください。

米谷 最近だと、インフラの自動化でしょうか。弊社のWEBサーバーもデータベースもストレージも仮想化していますし、ネットワークも仮想化に移行している段階です。そこまでして、インフラを自動化したいんです。構築時のリードタイムを1/10にするといったことにも注力していますが、その結果、扱っているインフラやサービスが増えながらもインフラ維持の要員を低減できるようになりました。

ほかに、ビッグデータの部門もあります。欲しい車の写真を撮ると車種名を教えてくれるとか、いままでサービスごとに作っていた画像解析処理をAPIに集約させたり、文章校閲や文章作成もAPI化したり……。一部は無料で公開もしています。そして、実装展開フェーズを経た検索エンジンが、現在運用フェーズに入っています。

――ビジネスありきのR&Dと、新しい可能性を持つR&D、どちらを事業化の際に重視しているのでしょうか?

米谷 事業会社からの要望は、最終的な商品の収支をみています。あまりに高いシステムで収支を圧迫するようなものだと採用はできません。しかし、収支がとれるものであれば、いくらでも投資をします。新しいものに関してはどこまで可能性を持っているか読めない部分が多いため、一定の投資額のなかでできることを進めます。

――新しい可能性を持つR&Dに関してですが、テーマの取捨択一はどのように決定していますか?

米谷 例えば、農薬とかガンの治療薬の開発など、リクルートがやることじゃないというものを除外して、まず3カ月はやってみようと。この分野はATL(アドバンストテクノロジーラボ)というチームが担当しているのですが、 第一線で活躍しているデータサイエンティストや、ブロックチェーンを真剣に極めようとしているエンジニアといったメンバーが集まっているので、変なテーマが出てくることはないですね。

――アドバンストテクノロジーラボの活動について教えてください。

米谷 事業と繋がってないことしかやらない部署です。いま動いているテーマはデバイス、リアルタイム処理、自然言語処理、プラットフォームなどですね。

――開発された独自技術を、どのように技術経営の思想に組み込んでいくのでしょうか?

米谷 検索エンジンAPIのケースでは、開発チームをほぼまるごと運用フェーズに移しました。サービスごとにさまざまな検索パターンにも対応できるようになっており、現在はリクルートのほぼ全サイトでその検索エンジンを使っています。

――リクルートテクノロジーズが今後、挑戦していくこととは?

米谷 現在、量にしても質にしても、品揃えにしても、まだすべての要望に応えきれていません。もっと大きく、強くしていける余地はある。そのため、この縦横高さ3つの軸を伸ばしていって、リクルートテクノロジーズの体積を増やしていくことでしょうか。