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サプライチェーンの可視化とトレーサビリティを実現するIBM Blockchain

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新型コロナウイルス感染拡大の第一波では、グローバルレベルでサプライチェーンが分断され、さまざまな業種・企業が大きな痛手を被った。操業停止や販売見合わせなどの事態に追い込まれた企業も多い。その原因として指摘されるのが、情報の錯綜である。必要な材料や部品が今どこにあるのか、代替品の手配はされているのか、製造ラインにいつ投入できるのか。状況確認に手間取り、確かな情報が入手できないために生産現場に大きな混乱が生じた。

企業の新型コロナウイルスへの対応は、従業員、お客様の安全確保から始まり、その後、業務継続性など企業存続に対処する活動へシフトしてきた(図1)。新型コロナウイルスがあるからといって、未来を見据えた活動の手を緩めていては、生き残れない。今後は、New Normalを見据えた取り組みに各社の軸足が移っていく。

新型コロナウイルスによる社会全体の変化

図1:新型コロナウイルスによる社会全体の変化

不確実性が高く、未来のシナリオを描きにくい現代においては、さまざまな事象に素早く対処できる「Agility(機敏性)」が、鍵となる。そこで、サプライチェーンのNew Wave(新潮流)となりつつあるサプライチェーン全体の「可視化」と「トレーサビリティ」の最新動向と、IBMが展開するインダストリー・プラットフォームについて取材を実施した。この分野に詳しいエキスパートであるIBM北山氏いわく、新型コロナウイルスの影響で、サプライチェーン領域でのブロックチェーンへの期待が高まっている。IBMが発表した「The Intelligent Supply Chain powered by IBM Blockchain」 についてお伝えする。

北山 浩透の写真

北山 浩透
日本アイ・ビー・エム株式会社
Global Business Services
製造 & 流通サービス、自動車産業CTO兼務、Industry Platform & Blockchainリーダー、技術理事(IBM Distinguished Engineer)

1988年日本アイ・ビー・エム株式会社入社以来、自動車産業にかかわりを持つ。1990年代は、設計、生産、販売の基幹系システムの開発に従事。2000年よりIT戦略やEnterprise Architectureを手掛け、2010年以降、IBMセールス部門において、新規ビジネス開発の技術リーダーを担う。現在、自動車産業CTOと製造&流通サービス部門のIndustry Platform & Blockchainビジネス企画・実行をリードする。

ブロックチェーンで透明性とトレーサビリティを実現

――サプライチェーンで、ブロックチェーンへの期待が高まっているとは、どのような内容でしょうか。

北山: ひとつ興味深いデータがあるので、紹介します。「Top Drivers & Challenges (1 to 10)」(図2)は、2019年12月から2020年4月までの間、全世界を対象に”Blockchain with COVID-19″というキーワードで、Twitterやブログから収集してきた情報を類型化したものです。ブロックチェーンというと、仮想・暗号通貨、決済が目立っておりますが、注目したいのは5番目の医療および製薬サプライチェーンを変革できるのではないか、7番のサプライチェーンの信頼関係構築と透明性をもたらすのではないかというように、ブロックチェーンがサプライチェーンの今後の変革に役立つのではないかと期待されているところです。1番、8番は、まさしくトレーサビリティです。COVID患者のコンタクト追跡するためにブロックチェーンを活用とありますが、サプライチェーン、トレーサビリティの分野に大きな期待が寄せられていることが分かります。

Top Drivers & Challenges (1 to 10)

図2:Top Drivers & Challenges (1 to 10)

――今回の新型コロナウイルス感染拡大の経験から、今後、サプライチェーンにはどのような取り組みが必要だと考えますか。

北山: 不確実性の高い現代において、リスクとその影響を予測して、対策を立案することが困難となっています。しかし、そういった中でも、できることが一つあります。状況の変化に柔軟に対応する「Agility(機敏性)」を備えることです。アジリティーを高めるためには、状況を把握しなければなりません。サプライチェーン全体を俯瞰して把握し、平時・有事問わずサプライチェーンに内包されているリスクを発見・分析し、強化し継続的にモニタリングを行っていくことで、対応力を強化することです。

もう一つが、アカウンタビリティーです。新型コロナウイルスで、我々が経験した中で、新しいサプライヤーからモノを調達した時に、なぜそのサプライヤーを信頼したのか、そのサプライヤーをどういった理由で評価したのかということを説明する責任があるのではないかと考えております。ここを怠ると予期せぬ品質の問題が出たり、発注に齟齬が起きて関係者間で紛争に発展したりといったことが起き得ますので、アカウンタビリティーが重要になってくるのではないかと考えています。

「The Intelligent Supply Chain powered by IBM Blockchain」

――お話しいただいたサブライチェーンの課題に対して、IBMではどのような解決策を用意しているのでしょうか。

北山: IBMではサプライチェーンを変革するアクセラレーターとして「The Intelligent Supply Chain powered by IBM Blockchain」(図3)を展開しています。ここにマップされている「TradeLens」「RSBN」「IBM Food Trust」などは、全てブロックチェーンを活用した業界固有の問題を解決するインダストリー・プラットフォームで、既に運用段階にあります。

The Intelligent Supply Chain powered by IBM Blockchain

図3:The Intelligent Supply Chain powered by IBM Blockchain

――これらのインダストリー・プラットフォームには何か共通点があるのでしょうか。

北山: はい、あります。社会や顧客の課題が起点となっており、従来の業界の枠を超えた複数のプレイヤー、もしくは業界の複数プレイヤーが参加して共同で課題解決が図れるようになっています。そしてデジタル技術としてはブロックチェーンを活用し、課題領域のEnd-to-Endの情報を集めて、信頼のあるデータの上での可視性やトレーサビリティを、全てのインダストリー・プラットフォームで実装しています。

――「The Intelligent Supply Chain」より、個々のインダストリー・プラットフォームについて紹介いただけますか。

北山: では、8つほどブロックチェーンを使ったインダストリー・プラットフォームの取り組みをご紹介させていただきます。

1. 国際コンテナ輸送の課題を解決する「TradeLens」

IBMと世界最大のコンテナ事業者であるMaersk社が共同で開発した海運の国際貿易プラットフォームです。その後、CMA、MSC、Hapag、ONEが接続表明しており、世界コンテナ輸送の60%ほどのデータが集まりつつあります。このプラットフォームでは、船社、ターミナル、税関などネットワーク・メンバーがコンテナに関するイベント(ETD、ATAやCustom Release)を提供し、荷主はこのデータを利用することで、コンテナ輸送の状況を瞬時に把握することができます。もう一つの機能が貿易書類のデジタル化と共有です。これにより、国際貿易に関連する事務処理の効率化・コスト削減を図り、可視化によるリスク回避・発生時の迅速な対応が取れるようになります(図4)。

TradeLensが提供する機能

図4:TradeLensが提供する機能

2. ありとあらゆる輸送手段に対応した物流可視化プラットフォーム「GLS : Global Logistics System」

先ほど紹介したTradeLensは海運でのプラットフォームでしたが、GLSは、船会社、フォワーダー、航空会社からデータを取り込んで、モノの輸送状況を可視化する仕組みです(図5)。TradeLensは世界的な規模で、船社やターミナル、税関と接続済みで、明日からでもデータが使えます。GLSは、EDI、API、Excelアップロードなどさまざまなデータ収集機能があり、利用する各社でデータ提供者と調整し、データを取り込んで使います。TradeLensがカバレージしていないコンテナ輸送以外、例えば航空輸送、ばら積み船などさまざまな輸送手段とデータに対応しています。荷主が扱う製品、部品データを取り込むこともでき、輸送ルート全体で見たパイプライン在庫や需給バランス管理を行う機能など、豊富なアプリケーションがあります。GLSは、TradeLensをデータソースとして使うこともできるので併用も可能です。

GLSの主要な機能

図5:GLSの主要な機能

3. 食の信頼構築を目指す業界プラットフォーム「IFT : IBM Food Trust」

IBM Food Trustは、世界最大のスーパーマーケットチェーンWalmart社と構築し、2018年より商用サービスを開始しております。食品業界の多くの事業者に利用していただきやすいように、現在はIBMの商標として運営しております。その後、Carrefour社、Dole社、Nestle社など多くの小売業者に、利用が広まっています。

IBM Food Trustは大きく3つのモジュールを提供しています(図6)。1つは食品をトレースするトレース管理モジュール、2つ目が証明書管理モジュール、3つ目がフレッシュインサイト(鮮度管理)モジュールです。トレース管理機能により、消費者は、商品に貼られているQRコードやバーコードをスキャンすれば、どのような環境(地域・気候・土壌など)で、誰(消費者)が、どのように育て(肥料など)、いつ収穫し、どういう経路(業者やロット、個品管理)で売り場まで運ばれたのかが、分かります。商品トラブル(異物混入や雑菌)が発生した場合には、全てを廃棄処理するのではなく、トレーサビリティで特定されたロットだけの破棄にとどめることができます。そして、トレースができるということは、サプライチェーンの両端にいる生産者と消費者をつなぐプラットフォームにもなります。生産者は、食品のおすすめの調理方法を提案し、消費者は生産者に向けたコメントを返すことができます。こうした使い方で自社の商品を差別化するという使い方もされています。現在、フードロス削減、在庫の最適化、物流コストの削減、品質の確保(ブランドの向上)、需要の予測などで使われています。

IBM Food Trustの概要図

図6:IBM Food Trustの概要図

4. 独自のプラットフォーム実装をサポートする「IBM Blockchain Transparent Supply」

食品以外で、ブロックチェーン・トレーサビリティを活用したいという要望が多く寄せられ、「BTS : IBM Blockchain Transparent Supply」(図7)というインダストリー・プラットフォームを構築するためのエンジンを発表しました。このソリューションを使うと、お客様ご自身で独自のインダストリー・プラットフォームを構築することができます。IBMでは、さまざまなブロックチェーンを活用したインダストリー・プラットフォームを開発してきた結果、こうしたプラットフォームに必要な共通機能を識別することができ、これをBTSとして提供しています。ブロックチェーン上に独自のアルゴリズム、ブロックチェーンの世界でいうスマートコントラクトを実装することができ、食品以外のトレーサビリティに活用することが可能です。

IBM Blockchain Transparent Supplyの概念図

図7:IBM Blockchain Transparent Supplyの概念図

最初の利用者となったFarmer Connect社は、消費者とコーヒー豆の生産者をつなぐプラットフォーム「Thank My Farmer」の運用を始めています。それ以降、American Tire Distributors社がタイヤ流通在庫のプラットフォーム、Fair Fashion Centerが洋服に使われる原材料のトレーサビリティ・プラットフォームに使用しています。IBMでは、BTSというエンジンを提供するだけではなく、インダストリー・プラットフォームを設立するためのビジネス、技術基盤、ガバナンスなどのビジネスと技術コンサルテーションもサービスとして提供しています。

5. コーヒー供給のフェアートレードを実現する「Thank My Farmer」

BTSを活用し、インダストリー・プラットフォームを設立した事例として、「Thank My Farmer」(図8)を紹介します。コーヒーは、2050年頃には現在の半分以下の収穫になると予想されています。原因は大消費時代になったこと、温暖化、降水量の減少、零細な事業者が多く、コーヒー農家運営が困難になったことが挙げられます。

「Thank My Farmer」ではコーヒーのトレース機能を使って、生産者の顔が見え、栽培している環境・気候からサプライチェーン上の輸送ルート、自分が受け取ったコーヒー1杯までの物語を見ることができます。さらに特徴的なのが、生産者の困りごとや要望が書かれており、消費者は「Tip the Farmer」という支援機能を使って、学校の設備改善、道路整備などを支援することができるようになっています。

「Thank My Farmer」のビジネス・ネットワーク

図8:「Thank My Farmer」のビジネス・ネットワーク

一説によると、200円のコーヒーを1杯飲んで、生産者に渡るお金は5円と言われています。「Tip the Farmer」機能はチップを送ることができ、200円のコーヒーを飲んで、20円のチップを送ると農家の収益が5倍になります。

6. 責任ある資源調達を実現「RSBN : Responsible Sourcing Blockchain Network」

コバルトや3TG(スズ、タンタル、タングステン、金)などの複雑な社会問題を抱える資源調達のトレーサビリティにブロックチェーンを適用したのが「RSBN」です。スマホやEV(電気自動車)に利用されているコバルトの60%はコンゴ民主共和国で採掘されています。そのうち、20%は違法の可能性がある小規模採掘事業者が採掘し、4万人以上の児童労働、長年にわたり業界の慣行に規制が行われなかった結果、水や大気の汚染、化学物質による汚染が社会問題になっています。「RSBN」は採掘から製造会社に至るサプライチェーン内で人権侵害・環境違反・就労違反をしている事業者を排除するためのブロックチェーン・プラットフォームです。

RSBNが実現する鉱物資源のトレーサビリティ

図9:RSBNが実現する鉱物資源のトレーサビリティ

7. FTA/EPA/TPPに対応した原産性証明プラットフォーム「DCP : Digital Certificate of Origin Platform」

ブロックチェーンが提供するトレーサビリティは、貿易における関税の支払いが免除などされるための原産地証明の効率的な取得にも役立ちます。国際貿易では、輸入国の税関に、FTA/EPA/TPPの原産地基準を満たす物品であることを示すことによって、低い関税率が適用されます。輸出者は、輸出品の原産地証明書を作成するため、1次サプライヤーへ納入品の原産性判定を依頼し、1次サプライヤーは2次サプライヤーへとリレー形式の依頼が繰り返されます。依頼側から見ると、自社への回答がいつになるのか、皆目見当がつきません。一方、回答側から見ると、依頼側よりさまざまな手順、媒体、フォームで依頼され、都度ばらばらの対応となります。原産性証明プラットフォーム「DCP」では、上位層から下位層への依頼、下位層から上位層への回答の標準化と進捗管理を行うことができます。このプラットフォームを使うことで取引同士、業界全体で原産地証明の手順や管理を標準化し、品質向上を図ることが可能となります。さらにDCPでは、2国間協定に基づく原産性判定機能、HSコードを特定するAIチャットボット機能が用意されており、原産性判定自体の作業を効率的に実施できるようになっています。

原産性証明プラットフォーム「DCP : Digital Certificate of Origin Platform」

図10:原産性証明プラットフォーム「DCP : Digital Certificate of Origin Platform」

8. 安全かつ低コスト・迅速にサプライヤー調達を実現する「TYS : Trust Your Supplier」

最後にご紹介するTYSは、バイヤー(購入者)とサプライヤー(供給者)を迅速にマッチングするプラットフォームです。バイヤーが新しいサプライヤーと取引を始める時に、信頼に足る企業なのか、過去にどのような取引実績があるのか、商品・部品の品質はどうなのか、こういったことを審査するために数多くのエビデンスを依頼します。この手続きがとても複雑で、数カ月から半年という期間をかけて、サプライヤーの検証が行われています。TYSでは、各サプライヤーに過去の取引実績を記録していただきます。そうすることで、サプライヤーは、1つの情報を一度記録するだけで、エビデンスを他の企業に提供することが可能となります。ブロックチェーンに書かれた情報は事実上、改ざんが不可能なので真正性・信頼性の高いデータとして扱うことができます。バイヤー側は、このネットワークに参加することで、新しいサプライヤーの360度ビューが手に入ります。

TYSによるサプライヤー情報管理ネットワーク

図11:TYSによるサプライヤー情報管理ネットワーク

完成品を販売するメーカーを頂点としたピラミッド構造や業界の壁が取り払われていく時代、そして、New Normalを見据えてさまざまなビジネス変化や取引が行われていく時代において、バイヤーとサプライヤーを素早くマッチングするプラットフォームは、社会貢献の一助となるでしょう。

こちらのプラットフォームは昨年から運用が始まっており、COVID-19対策では、「Rapid Supplier Connect(英語)」という特別サイトも開設・運用しています。

――これほど多くのインダストリー・プラットフォームが世界的な規模で展開されているのですね。今後のサプライチェーンの可能性を感じられました。