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全方位のデジタル化で、中国が世界に先駆け進める「ニューリテール」の全貌

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高口 康太

高口 康太
ジャーナリスト、翻訳家

1976年生まれ。二度の中国留学を経て、中国を専門とするジャーナリストに。中国の経済、企業、社会、そして在日中国人社会など幅広く取材し、「ニューズウィーク日本版」「週刊東洋経済」「Wedge」など各誌に寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書、梶谷懐氏との共著)など多数。オフィシャルサイトはKINBRICKS NOW

 

世界をリードするデジタル化大国となった中国。彼らはいったい何を目指しているのか。特に注力しているのが、デジタルの力によって小売業の変革を目指す「新小売り」(ニューリテール)だ。配送、決済、サプライチェーンのデジタル化で顧客をリアルタイムで理解しようとする取り組みを、アリババの施策を中心に見ていこう。

 

世界最大のネット商戦「ダブルイレブン」がもたらす衝撃

2019年11月11日、浙江省杭州市のアリババ本社キャンパスにて。筆者撮影。

2019年11月11日、浙江省杭州市のアリババ本社キャンパスにて。筆者撮影。

毎年11月11日に開催される世界最大のネット商戦、それが中国の「双十一」(ダブルイレブン)だ。もともとこの日は「光棍節」(独身の日)と呼ばれていた。数字の「1」が4つ並ぶことから独り者の記念日となぞらえ、友達同士でパーティーを開こうという慣習があったという。慣習といっても、一部の大学生の間でだけ知られていたものだが、これに目を付けたのが中国EC(電子商取引)大手の阿里巴巴集団(アリババグループ/以下、アリババ)だ。ブランド旗艦店を集めたネットモール「天猫商城」(Tmall、2008年の設立当初は淘宝商城という名称だったが、2012年に現在の名称に改名された)の販促イベントとして2009年からスタートした。

当初は27ブランドが参加したのみで、GMV(総流通額)もわずか5200万元(約8億1000万円*)にすぎなかったが、11年目を迎えた2019年には、2684億元(約4兆1600億円)を売り上げる世界最大のセールに発展している。今や、アリババだけではなく、アリババを追うEC大手の京東商城(JDドット・コム)や拼多多(ピンドウドウ)など他のEC事業者や小売り事業者も参入し、中国全土が盛り上がるお祭りとなった。その影響は海外にまで及ぶ。日本でも、楽天が「おひとりさまDAY」、ヤフージャパンが「いい買い物の日」を開催するなど、11月11日は世界的に EC でのセールが行われる日と認識されつつある。

*金額換算は2019年11月時点のレートに基づく

だが、アリババにとって、ダブルイレブンは単なるセールではない。売り上げの他に、技術面での挑戦と新たなサービスを普及させるという目的を持ったイベントなのだ。

技術面で有名なのは、アリババが独自開発したデータベース「OceanBase」だろう。2010年のダブルイレブンでは注文が殺到しシステムダウン寸前にまで至ったため、アリババは自社でデータベースを開発することを決意。現在ではすべての事業で「OceanBase」が採用されているという。2019年10月2日にはTPC-Cデータベース基準性能テストで米オラクルを抜き、世界トップの記録を叩き出している。

新サービスの普及では、ここ数年目立つのが「新小売り」(ニューリテール)の動きだ。2017年、アリババの創業者である馬雲(ジャック・マー)は「五新(5つの新)」コンセプトを発表した。「新小売り」「新製造」「新金融」「新技術」「新エネルギー」という5分野において、デジタル技術を活用した改革を推進していくというものだ。5分野の中でも「新小売り」は最も注目を集める分野と言ってもいいかもしれない。日本の小売り業界専門誌でも特集が組まれるなど、今やデジタル化で世界をリードする存在となった中国で、どのような画期的なビジネスアイデアが生み出されたのか、多くのビジネスマンが興味を持ったためだ。

 

全方位のデジタル化でアリババが目論む顧客のリアルタイム理解

2018年5月、浙江省杭州市のフーマーフレッシュ。筆者撮影。

2018年5月、浙江省杭州市のフーマーフレッシュ。筆者撮影。

ではニューリテールとは具体的に何を意味しているのだろうか。よく事例として取り挙げられるのが、アリババ傘下の小売りチェーン「盒馬鮮生」(フーマー・フレッシュ/以下、フーマ―)だ。フーマーは店舗から半径3km圏内には最短30分で商品を配送する。価格は店頭と同じで送料は無料だ。店舗が倉庫も兼ねていて、ネット注文が入るとピックアップ担当の店員が慌ただしく売り場を駆け回る。集められた商品は店の天井に張り巡らされたコンベアによってバックヤードに運ばれ、その後配送員によって配達される。

さらにフーマーと同時期には、「スマート店舗」というアパレル向けのソリューションが打ち出された。EC在庫と店舗在庫をリアルタイムで統合する仕組みだ。在庫管理システムを導入していても、前日夜に会計を締めた時点の数字しかわからないケースが多かったが、このスマート店舗では、売れた瞬間にデータが反映されるという仕組みになっている。

これらフーマーとスマート店舗の事例から、ニューリテールとはすなわちオムニチャネル(販売チャネル及び在庫管理について、オンラインとオフラインを融合させる戦略)だとの理解が日本では広がったという印象だ。

しかし実際のところ、アリババが構想するニューリテールはより長い射程を持っている。2019年11月に公開された香港証券取引所でのアリババIPO目論見書で強調されているのは「リアルタイムの理解」だ。オムニチャネルは大前提であり、消費者が今どのような場面にいるのか、何を求めているのかをデジタルの力で理解し、適切なソリューションを提供することを目的としている。具体例を示していこう。

<配送>
アリババは「500m、3km(5km)、中国、世界」という、4つのスケールを設定している。

500mをカバーするのは口コミサイトの「口碑」(コウベイ=「口コミ評価」の意味)。徒歩やシェアサイクルで行けるレベルのお店を簡単に探すことができ、近くにあるお店の口コミ評価を確認し、値引きクーポンを入手することができる。

3km(5km)をカバーするのが、フーマーや「銀泰百貨」(インタイム・リテール)などの小売店や、「餓了麼」(ウーラマ)という出前代行業者である。3km圏内に最短30分、インタイム・リテールなどの一部事業者は5km圏内に最短1時間で配送することを目安としている。ウーラマは中国版「Uber Eats」として、レストランの出前代行の事業者として紹介されることが多いが、事業範囲は大きく広がっている。薬の配送なども頼めるほか、市場で卵を買ってくるといった「お使い」まで手がけている。

そして、中国全土をカバーするのがEC事業者だ。アリババは物流ソリューション企業である菜鳥(ツァイニャオ)を傘下に持ち、複数物流事業者間の配送データ共有、住所データベースの構築、ルートの効率化や共有倉庫の管理、倉庫自動化ソリューションの提供などを手がける。こうした取り組みによって中国全土で注文から24時間以内の配達を目標としている。すでに大都市圏では、おおむねこの目標は達成されている。

最後のスケールが世界だ。海外から発送された商品も、72時間以内に中国の消費者に届けることが目標だ。ここをサポートするのもツァイニャオで、海外倉庫の運営やチャーター便の運用を行い、さらに海外政府とeWTPと呼ばれる通関業務に関する提携を結び、書類の提出や管理をデジタルで自動化することによって通関速度を上げる試みを行っている。

<決済>
アリババ系列の金融企業である螞蟻金融(アント・フィナンシャル)が提供する決済システム「支付宝」(アリペイ)は、「香港支付宝」(アリペイ香港)やインドの「Paytm」などの系列サービスまで含めると、世界12億人のユーザーを持っている。

QRコード決済として有名なアリペイだが、現在力を入れているのが顔認証決済だ。中国ではすでに「スマートフォンさえ持ち歩けば財布は要らない」状況だが、スマートフォンすら不要な世界が近づいている。もっともその目的はたんに便利にすることではない。本来の狙いは、顧客データと在庫管理にある。

中国では零細事業者でもアリペイなどのモバイル決済が使えるが、実は厳密には決済ではなく、個人間送金機能を使って実質的な決済が行われているのだ。親戚や友人に送金するのと同じように、見知らぬお店に送金することで商品の支払いを行っているわけだ。個人間送金の場合には手数料は不要(アリペイ口座から銀行口座に出金する際には0.1%の手数料が必要となる)で、印刷したQRコードさえあればレジシステムすら必要がない。このように導入ハードルが低いことが普及の要因となったが、個人間送金では消費者からお店にいくら支払われたかというデータは得られても、何を購入したかまではわからない。

そこでアリババは顔認証を武器に、POSレジそのものを中小店舗にまで広げていく戦略を取っている。「蜻蜓」(トンボ)と名付けられたタブレット型の顔認証機能付き決済端末は、わずか2000元(約3万1000円)弱で導入が可能で、小規模店舗でも導入しやすい。このPOSレジの導入によってアリババはより深い顧客データを手にし、また店舗には在庫管理などの付加価値サービスを提供することが可能となったのだ。

<サプライチェーン>
フーマーはお店から消費者への配送にばかり注目が集まっているが、農家などの生産地からお店への配送効率化にも取り組んでいる。面白い試みが「零售通」(LST)という中小零細事業者向けの卸売サービスだ。中国には約600万のパパママショップ*があるとされる。彼らは地元の卸売市場から品物を仕入れることが多いが、LSTではネット発注による卸売販売を行う。店舗にとっては、地元の市場にはない差別化できる商品が入手できるというメリットがあるほか、POSシステムまで導入すれば不足在庫の発注自動化などのソリューションも取り入れられる。一方、アリババとしては膨大な数の零細店舗を販売ネットワークに組み込むことができる。

*夫婦とその家族、もしくは数名のアルバイトを雇って経営している小規模の小売店

 

アリババは「ユニマーケティング」と呼ばれる顧客データベースを構築している。EC及び関連の小売店舗、提携するWebサービスなどのデータを連結して、顧客一人ひとりに「ユニID」と呼ばれる番号を付与。特定の顧客が何をどのタイミングで購入しているのか、何に関心を持っているのか、まさに「リアルタイムの把握」に務めている。筆者は2016年、アリババグループ・Tmallベビーマタニティー事業部の杜宏(ドゥー・ホン)部長に、ユニマーケティングについて話を聞く機会があったが、その説明はきわめて鮮烈なものだった。

「ある子どもがSNSで次のようなつぶやきをしたとしましょう。“映画を観たんだけど、その中に出ていた黒い肉まんがすごいクールだったよ”と。翌日、その子どもがニュースサイトを見ていると、黒い肉まんの広告が表示される。それがユニマーケティングです」

個人の興味関心に合わせたパーソナライズド広告であることに加え、興味関心を持ったタイミング、すなわち行動データにフォーカスしたマーケティングを志向しているというわけだ。これはあくまでアリババの考える理想的事例であって、100%実現しているレベルではないだろう。しかしながら、豊富な顧客データが大きな武器となっている事例はすでに出現している。

たとえば、私は配車アプリ「滴滴出行」(ディディチューシン)をインストールしているが、中国国内で移動すると、すかさず「空港送迎割引きクーポン」をプッシュ配信してくる。顧客が欲しいタイミングで誘いをかけるわけだ。

そして、日本の大手化粧品メーカーである資生堂はアリババと戦略提携を交わし、豊富な顧客データを生かした商品開発を行っている。中国はきわめて広大なうえに、過去40年間にわたり高度経済成長が続いたため世代間の違いも大きい。地域差と世代差を掛け合わせるときわめて多様な消費者群が存在するため、ヒアリングなどの従来の手段を使うだけではニーズをつかむことは難しい。そこで、アリババのデータを使えないかと考えたという。資生堂の中国市場向け専門ブランド「AQUAIR」は、2019年に二つの商品を投入した。一つはシャンプー。忙しい中国人女性には毎日髪を洗えない人が多いというデータから、日を置いても髪がオイリーにならない製品を作ったという。もう一つはヘアオイル。ロングヘアにしたい女性が多いが、枝毛が増えて伸ばしきれないというデータから、毛先をケアする商品を開発した。

こうした諸々の施策が、いずれもニューリテールの一環として組み込まれているわけだ。一言で説明することは難しいが、「全方位のデジタル化とデータによる顧客理解」が根底にあることは理解していただけるのではないだろうか。

ECの巨人であるアリババの事例は中国でも最先端のものだが、他企業もデジタル化、データ活用に積極的に取り組んでいる。JDドット・コムは「ボーダーレスリテール」という名称で、やはりニューリテールと類似の戦略を展開している。デジタル化と顧客理解というトレンドは、アリババだけのものではない。中国企業全体が同じ方向を向いていると言って間違いはないだろう。

 

photo:Kota Takaguchi提供

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