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デジタル時代の銀行とは? (3) —— DXを支える組織・人材のあり方

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笠野 智代実の写真

笠野 智代実
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業 金融サービス事業部
デジタル・リインベンションコンサルティング
シニア・マネージング・コンサルタント


外資系コンサルティング・ファームを経て、IBMに入社。 前職とIBMを通じ、「金融×デジタル」をテーマとしたコンサルティングに従事し、金融・非金融におけるプラットフォームビジネスモデル策定、FinTech戦略策定などを担当。組織・人材領域の経験も豊富で、ターゲットオペレーティングモデル策定、リーダーシップ開発・人材育成、カルチャー変革などの案件を主導した実績を有する。近年は、メガプラットフォーマー/スタートアップなどの動向、および先進的な金融機関における組織的デジタル・トランスフォーメーション調査・分析を踏まえ、国内金融機関における変革の方向性を提言している。

前回および前々回記事では、銀行ビジネスにおけるデジタル・トランスフォーメーション(以下、DX)の進展に必要な3ステップの先進事例、また、プラットフォーム経済圏における“銀行ビジネス”の未来像に関する仮説を解説した。

金融業界におけるデジタル・トランスフォーメーション(DX)の全体像
出典:IBM

 

DXとは、デジタルテクノロジーを用いたサービスや業務の改善にとどまらず、ビジネスモデル/オペレーションモデルそのものを大胆かつ俊敏に変革していく継続的な取り組みである。しかしながら、メガプラットフォーマーなどの異業種や新興勢力と異なり、金融機関は、堅確な事務プロセスや公式・非公式なルール、組織風土に支えられた既存ビジネスや業務を維持しつつ、DXによる新たな価値創出に取り組むことが求められる。本記事では、銀行ビジネスが顧客の「安心」を担保しつつ、さらなる「信頼」を獲得し、パートナーの立ち位置を確かにしていく上での組織・人材のあり方を考察する。

全社的な変革に取り組んだ、海外先進金融機関A社におけるDX実現の道のり

具体例として、伝統的な銀行ビジネスを行いながらも、最高のデジタルバンク、さらにはデジタルカンパニーというビジョンを掲げ、包括的かつ全社的なトランスフォーメーションに取り組む海外先進金融機関A社の取り組みを紹介する。

同社は、2010年以前よりデジタルビジネス拡大を見据えたテクノロジープラットフォーム整備に着手。数々のアワード受賞に加え、2019年末にはデジタルサービスの収益が大きな割合を占めるようになっている。その過程においては、「最高の顧客体験創出」に向けたDXを、顧客接点(デジタルチャネル)の取り組みへと矮小化することなく、DXを支える組織構造、プロセス、カルチャー/人材の変革にいち早く取り組んできた。これらの取り組みから、本邦金融機関における示唆を検証したい。

海外先進金融機関A社 DX実現に向けたアプローチ
出典:IBM

 

A社におけるDX実現の道のり:DX推進組織の変遷

DX推進組織の形態そのものに絶対的正解は存在しない。トップ直轄の独立組織、業務部門内の組織、IT部門内の組織など、各所の長所や短所を踏まえて使いこなしていくことが重要である。その認識を踏まえ、A社のDX推進の組織形態は、目的に応じて進化させてきたという点で参考になる(下記図参照)。

その変遷において、同社は、段階を踏んだ上で、部門横断組織として「カタリスト(触媒)」の役割を担うデジタル事業部を設置。当該事業部は独立したDX推進組織として、「従来の枠を越える発想」を有しつつ、現業部門と密接に連携した全社的DXの推進へと導く重要な役割を果たした。形態や位置付けに関わらず、「従来の枠を越える発想」と「現業部門を巻き込んだ実効性担保」を両立させるカタリスト(触媒)としての機能を担保することは、本邦金融機関においても有効な示唆と考えられる。

海外先進金融機関A社 DX推進組織の変遷
出典:IR資料などの公開情報によりIBM作成

A社におけるDX実現の道のり:プロセス(業務の進め方)変革 ~Be Agile

A社では、2014年のアジャイル開発の一手法であるスクラム導入以降、独自のアジャイル開発メソドロジーにより、サービスインまでの期間を従来の約2年から9カ月へ短縮した。加えて、約200弱のアジャイル案件を可視化して優先順位をつける、四半期単位のポートフォリオ管理にも取り組んでいる。

注目すべき特徴としては、開発案件へのアジャイル適用にとどまらず、アジャイルの本質である「組織やプロセスを小さな規模に分割し、顧客・市場や現場のフィードバックを反復しながらチームとして進めていく手法」を、人事など内部業務も含めた全社へ展開していることにある。さらに、スタートアップへの出資や買収などを手掛ける法務部も、DX推進の一員としてマインド醸成を図ってきたことも変革の一つと言える。

このように、DXは当該部署のみが関わるだけではなく、全社的な取り組みであることを、日々の業務から感じ、実践する環境を整備することは、カルチャー変革にもつながる重要な要素と言えよう。

A社におけるDX実現の道のり:カルチャー/人材変革

A社の経営トップは、振り返りとして3つの成功要因を挙げ、中でも「人材育成/採用への注力」がカルチャー/人材変革において最も重要であったと回顧している。2015年時点には、DX推進に伴い、個人の業務・職種に訪れる変化を見据え、個人が学びたい時に学びたい領域を自ら選択できるよう、年間300万時間相当のモバイルベースのe-Learning環境を整備。その他、スキルアセスメント結果に基づいたレベル別データ活用プログラムなどを展開している。もちろん、経営層も例外ではなく、役員向けプログラムなども実行している。

これら人材育成の取り組みは、上記の全社的取り組みとしてのDX推進組織整備、アジャイル型業務環境の展開、加えてCitizen data scienceを掲げて情報・データ活用を促進する取り組みなどと並行して進められた。育成のための育成に陥ることなく、日々の業務やキャリア開発上必要となる学習を、個人自らが認識し取り組む好循環へ結び付けている点は、同社におけるケイパビリティ強化に寄与していると推察される。

海外先進金融機関A社 カルチャー/人材変革
出典:IR資料などの公開情報によりIBM作成

 

本邦金融機関におけるDX実現に向けた提言

前回前々回記事のとおり、これからの銀行ビジネスはフィジカルとデジタルを融合し、金融と非金融にわたる新たなビジネス/オペレーションモデルを構築し定着させていくことが必要となる。そのため、デジタル・テクノロジー自体はあくまでも手段であり、DXとはビジネスやオペレーション、さらにはそれらを支える組織・人材の変革に他ならないと認識すべきである。

A社事例の示唆を踏まえると、DXの実現には、デジタル・テクノロジーやデータ分析に精通した人材の育成や確保とともに、その実践の場と機会の確保、また自律的DX推進を促進する組織環境(役割や権限の付与、意思決定プロセス、評価など各種制度、組織風土など)を整備し、相互に機能させていくことが重要である。加えて、組織・人材の変革にあたっては、「デジタル」を特別なものとして切り分けるのではなく、DXをビジネス/オペレーションモデル変革に向けた全社的取り組みとして、全従業員が参画するものと位置付けるべきだろう。つまりそれは、従前の部署別役割や分掌の枠に捕らわれず、横断的取り組みとしてDXを推進することを意味する。

本邦金融機関は、ローテーションを通じたジェネラリスト輩出や長期雇用により、他部門業務の理解や内部ネットワークに長じており、横断的取り組みを機能させるポテンシャルを十分に有しているはずだ。その上でさらに、足許のスピードを担保したデジタル活用の実践、スキル研修やe-Learningの拡充とともに、中長期ビジョン実現に向け、全体俯瞰の視点に立った戦略的優先順位付け、健全な領空侵犯や相互連携などによって、多様なアイデア創出や挑戦を活かせる組織への変革に取り組んでいくことが必要だと考える。

photo:Getty Images