宴会幹事から避難支援まで。若手エンジニアが拓くAIエージェントの可能性

公開日: 2025年 12月11日 

発表を終えた若手エンジニアたちとIBM Champion佐脇氏と上田氏

「生成AIを使わない企業が挙げる理由は、コスト・情報漏洩リスク・使い方がわからない——。日本企業の利用率は米独中と比較して依然低く、特に中小企業では“活用方針が未策定”という割合が半数近くに上ります。

慎重さは必要ですが、AIは今後ますます企業成長に直結するはずです。今日は“AIを止めない・広げる・加速する”ヒントを、専門家の知見と若手の挑戦から感じていただければと思います」

毛利 茂弘(Shigehiro Mouri) | 株式会社システムリサーチ ゼネラルマネージャー

オープニングで、株式会社システムリサーチに所属し、5年連続でIBM Championに認定されている毛利 茂弘氏はそう語りました。

本レポートでは、特に若手エンジニア2チームの挑戦に焦点を当てます。

「今年6月『エージェントAI時代の若手技術者たちの挑戦』というイベントを開催し、若手エンジニアの皆さんが頑張って作成したアウトプットをご紹介しました。

それから5カ月。本日は会社横断で構成された2チームが、限られた時間の中で工夫し、IBMの生成AIエージェント作成ツール『watsonx Orchestrate』を活用して作成したシステムについて発表します。

それではまず、チームBの皆さんからお願いします。」

若手エンジニア2チームを支援してきたIBM Champion 上田 茂雄氏がそう紹介すると、チームBのメンバーが話をスタートしました。

“幹事の苦労をゼロに” 若手チームが作る宴会エージェントの進化

「株式会社システムリサーチの桑原と堀田、本日はお休みですが株式会社グランドデザイン様の谷村の3名で取り組んできました。」

そう語り始めたチームBは、まず前回6月の発表内容を簡単に振り返りました。

「IBMのAIエージェント製品であるwatsonx Orchestrateを使ったシステムを開発し、その内容を発表しました。
テーマは『飲食店の検索と予約を行ってくれるAIシステム』です。

中部地区では毎月1回、IBM Championが集まり勉強会を開催しています。そして終了後には必ず懇親会があります。しかし、この懇親会の準備には、

  • お店選びが大変
  • 誰も意見を言ってくれない
  • 参加メンバーへの共有が手間

といった課題がつきまといます。

『それなら、検索から共有まで全部AIに任せてしまおう』――そんな思いからこのプロジェクトは始まりました。」

チームBメンバーはそう話すと、6月の発表時に出来上がっていたシステムの紹介と、その段階での課題、そして現在の完成状況を紹介しました。

・ 前回システムの概要

  1. 希望エリアと料理ジャンルを入力すると、watsonx Orchestrateが事前に用意された店舗データから候補店を提示
  2. 店舗を選ぶと、予約メールの本文を自動作成

・ その際に残っていた課題

  1. データが古い可能性
- 事前準備したデータを手作業で管理しており、最新情報との差分が出やすい
  2. メール送信まで自動化できていない
- 本文生成に留まり、実際の送信は手動操作
取り組み発表中のチームBメンバー

ここからが今回のアップデートです。

「今回は、可能な限りwatsonx Orchestrateを活用し、ローコードで課題解決に挑みました。」

そう前置きして、チームはデモを交えながらこの5カ月の3つの取り組みを紹介しました。

1.    最新データの自動取得

ホットペッパーグルメAPIを利用し、店舗情報をリアルタイムで取得する仕組みを構築。

「名古屋駅周辺 × イタリアン × 飲み放題」など、エリア+ジャンルの2軸で検索できるPythonツールを作成しました。

Pythonの深い知識はなくても、生成AIと公式ドキュメントを頼りにわずか20行ほどのコードで実現できたとのことです。

2.    メールの自動送信

Microsoft Outlookと連携する「メール送信ツール」を組み込み、件名・宛先・本文を渡すだけで送信が可能に。

こちらは完全ノーコードで実装できました。

3.    エージェントへの統合

ジャンル取得、飲食店検索、メール送信の3つのツールを、watsonx Orchestrateの画面上で選び紐づけただけで統合を完了。

用意されているプレビュー画面を用いて、動作を確認しながらプロンプト調整を行いました。

・ チームBが語る振り返りと今後

最後に、チームBメンバーは改めて全体を振り返り、今後の展望について話しました。

「ツールさえ作れば、連携や実装はGUIで簡単でした。難点は、日本語の参考情報がまだ少ないことくらいでした。

今後は、エリア・ジャンル以外に人数・予算など複数条件を追加できるように発展させていきたいです。そしてメール送信の宛先の保存やテンプレートの追加など、Outlook連携も拡充していこうと考えています。」

危険地帯を自動で“避けてくれる”避難支援AI「ココサケテ

チームAの発表は、株式会社ナイスの佐脇 有祐氏(IBM Champion)、尾関 渉氏、そして株式会社グランドデザインの岡部 優太氏の3名によるものでした。

「こちらは2月開催の『watsonx Tech challenge 2024』でコンセプトを発表した『避難支援サービス』をテーマにしたプロダクトです。まずなにはともあれ、デモをご覧ください。」

そう語ると、チームはさっそくライブデモを開始しました。

動作はやや不安定ながらも、watsonx Orchestrateで作成した避難経路案内画面に「中日ビル」と現在地を入力すると、最寄りの避難所として「山王公園」がURLとともに返され、リンクを開くとGoogleマップでルートが表示されました。

ただ、この部分は前回6月の発表でも披露されていた内容です。このプロダクトの本当の特徴は、危険地帯の情報を踏まえ、危険区域を避けたルートを提示できる点にあります。

今回の発表では、土砂崩れ・通行止め・浸水などの危険発生地帯データを新たにアップロードした上で再度検索を実施。

すると、同じ「中日ビル」からの検索でも最寄り避難所が「名古屋市立白山中学校」へと変わり、Googleマップで新たなルートが表示され、会場からは大きな拍手が上がりました。

取り組み発表中のチームAメンバー

・ システム構成

システムはチャットインターフェースを中心としており、

  1. ユーザーが現在地を入力
  2. watsonx Orchestrateがエージェントと複数のツールを呼び出す
  3. GoogleマップのURLを生成して返す

という流れで動作します。

内部的には、メインとなる「経路案内エージェント」の中に「避難所検索エージェント」を組み込む構成を採用。
利用したツールは以下の3つです。

  • 住所の緯度経度変換ツール
  • 避難所検索ツール
  • GoogleマップURL生成ツール

・ 避難所検索ロジックのポイント

避難経路の計算は、単純な距離計算ではありません。危険地帯を考慮するために、次のステップでロジックを構築しています。

  1. 危険地帯を中心に空間グリッドを生成
  2. 危険地帯と接する領域を判定
  3. 回避可能な経路の抽出
  4. 最短距離を算出
  5. 経由地点(経路)を決定しGoogleマップURLとして出力

外部APIを使わず、URLパラメータだけで移動手段や表示を制御するため、実装をシンプルに保てた点も特徴です。

・ 得られた学び(重要性を再認識したポイント)

  • Pythonエコシステムの活用による開発効率の向上
  • プロンプトエンジニアリングの精度向上
  • 適切なツール設計の重要性
  • AIの不確実性に向き合う姿勢
  • 外部API連携のベストプラクティス
  • チーム全体で学びを共有することの価値

「コンセプトを発表したときは『本当に自分たちにできるのか?』と思っていましたが、今は“実装レベルのものになった”と実感しています。エンジニアリングで社会課題の解決に近づけるのは、とても魅力的でワクワクすること。ぜひ、ほかの若手エンジニアの皆さんにも挑戦してほしいです!」

力強いメッセージとともに、チームAの発表は締めくくられました。

IBM 大久保が語る | 若手が伸びる組織は「クラブ活動」を持っている

「今回、IBM Champion中部の皆さまからお声をおかけいただき、ぜひ参加したいと思いここに参りました。本当に素晴らしい発表で、来て良かったと心から感じています!」

発表を終えた2チームに、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下「日本IBM」)大久保 そのみ 執行役員からあたたかいメッセージが送られました。

大久保そのみ(Sonomi Okubo) | 日本IBM 執行役員 テクノロジー事業本部 テクニカル・リーダーシップ事業統括 執行役員

・ チームBへの講評 ― 成功要因の2つを「自然に」押さえていた

「まず宴会幹事エージェントのチームBについてです。

私はここ2年で、多くのAI関連のPoCプロジェクトを仕掛けてきました。その経験を通じて3つの『成功要因』が見えました。チームBの取り組みには、その成功要因のうちの2つが自然に組み込まれていました。

1つ目は、『誰かが幸せになること』。AIエージェントは『誰の困りごとを解くのか』が明確であるほど成功しやすいのですが、チームBはまさにそこがはっきりしていました。

2つ目は『適切なデータが存在していること』。AIエージェントのPoCでは、最後に『ふさわしいデータが取れなくて終わる』というケースも意外と多いのですが、今回はAPIで店舗情報が取得できるという『データの土台』をしっかり押さえていました。この2点が揃っているのは強みです。」

さらに大久保氏は、もう一つのポイントも称賛しました。

「説明の仕方が非常に良かった。技術の細部に寄りすぎず、『どう使えるのか』を軸に伝えられていました。実はこれがお客様にとって最も響くポイントなんです。

専門用語に寄りがちなITシステムの説明で、エージェントを身近に感じられる伝え方ができていたのは素晴らしいと感じました。」

・ チームAへの講評 ― 「課題領域の明確さ」と「複数エージェント連携」の挑戦

「次に避難支援エージェントを発表されたチームAについてです。

こちらは、3つ目の成功要因である『課題領域が明確であること』をしっかり押さえていました。『どこを避けるべきか』という明確な課題設定があり、地図データという基盤データも存在している。AIエージェントとして非常に取り組みやすい、良い題材です。

また、空間グリッドの扱いもリアリティがありました。実際のお客様プロジェクトでも空間データを扱う際はメッシュの切り方がとても重要で、そこにきちんと向き合っていた点は高く評価できます。

そして特に印象的だったのは、複数エージェントの『組み合わせ』に挑んでいた点。エージェント単体でも価値は出ますが、複数を組み合わせるとそれがもたらす価値とともに難易度も一気に上がります。」

ここで、大久保氏は少し声を弾ませてこう続けました。

「これは個人的な意見ですが……私は『ライブデモをやる』という姿勢が大好きです! エンジニアとしては勇気が要るものですし、それを実施することには本当に価値があると思います。かっこよかったです!

今後は、災害時にどうリアルタイムで危険地帯情報を取得し、システムへ柔軟に取り込むか。そして必ずしも最短ルートが求められるのではなく、安全性が最優先される場合への対応方法などの点にどう対応するのか。こういった点で発展していけば、プロジェクトの価値はさらに高まっていくはずです。」

・ 若手エンジニアへ、そして育成者たちへ。これからのエンジニア育成は「クラブ活動」

最後に大久保は、若手エンジニアと育成者への力強いメッセージで締めくくりました。

「2チームの発表を聴いて強く感じたのは、これからのエンジニアの成長には『クラブ活動』のような取り組みが欠かせないということです。

会社も年代も異なる人たちが、興味を軸に集まり、ひとつのプロダクトを作り上げる。忙しい中で時間を捻出し、仲間と学び合う——。こうした活動こそが、これからのエンジニア育成の中心になっていくのではないでしょうか。

私たちもぜひ、皆さんと一緒にコミュニティの仲間として活動を続けさせていただければ嬉しいです。今日は本当にありがとうございました。」

温かく力強いエールとともに、講評は締めくくられました。

発表を終えた若手エンジニアたちとIBM Champion佐脇氏と上田氏

挑戦こそ価値になる | システムリサーチ 五十棲取締役メッセージ

「本日はお集まりいただき、そして最後までご出席いただきありがとうございました。

前半は技術的な内容が中心のセッションが続きましたが、日本IBMやAI Inside株式会社の皆さまにサポートいただきながら、弊社の現場メンバーが日々どのように技術課題に向き合い、解決しているのかをご紹介できたのではないかと思います。」

株式会社システムリサーチ 五十棲 一智 取締役がクロージングでそう話した通り、この日の前半セッションでは、複数のツールを組み合わせたシステム開発・サービス開発の取り組みが次々と紹介されました。

  • LangFlow × watsonx Orchestrate : オープンソースを活用したAIエージェント開発
  • DX Suite × watsonx Orchestrate : AI-OCRを用いた情報検索AIの開発
  • デジクエリ × IBM Cloud Code Engine : 情報検索AIツールをフルマネージドサービス環境移行トライアル

「後半では、AIエージェントのワークフロー組み込みなど、前回からさらに進化した若手エンジニアたちの取り組みもお見せすることができました。「AIエージェントはこう使えばいいのか」というイメージを少しでも掴んでいただけたのではないでしょうか。

今後も、新しいサービスの企画や開発を進め、お客様のビジネス拡大や課題解決に貢献していきたいと考えております。引き続きよろしくお願いいたします。本日は誠にありがとうございました。」

懇親会で聞いた“本音”——若手エンジニアが語る成長と挑戦

最後に、発表を終えてほっとした表情の若手エンジニアたちが、懇親会の場で語ってくれた言葉を紹介して締めくくります。

  • 最初は「IBM Championってどんな活動なんだろう…」と戸惑いも大きかったです。でも、今はそれもいい思い出。社内のプロジェクトとはまったく違う体験ができています。
  • 「責任」の感じ方が違いますね。義務感ではなく、自分から責任を取りにいこうと思える。仲間がいるからでしょうね。
  • 自社だけじゃ関わらない技術やアプローチに触れて、実践できる貴重な場だと思っています。他社の若手エンジニアも、こうした場に飛び込んでほしいです。
  • 言われたことをやるのは得意ですけど、自分で考えて動くことには苦手意識がありました。でも、Championの皆さんとの活動で、少しずつ変わってきている実感があります。
  • ノーコード開発も良いのですが、エージェント開発キット(ADK)を用いた開発は「そこからの小さな一歩」。若手技術者仲間には試してもらいたいです。

若手エンジニアの率直な声からも、このコミュニティが育む成長と挑戦の空気が伝わってきました。ぜひ、第3回にもご期待ください。

著者

パチ 八木橋

コラボレーションエナジャイザー