量子コンピューター

QOBLIB:量子最適化の技術発展を追う

量子優位性が現実のものとなった今、次に問いになるのは、どこにそれを応用するかです。量子最適化ワーキング・グループ発の新情報が、この先の展開を垣間見せてくれます。

主なポイント:

  • Quantum Optimization Benchmarking Library(QOBLIB、量子最適化ベンチマーキング・ライブラリー)は、最適化における量子優位性への進捗を追跡するためコミュニティー主導のフレームワークとしての役割を果たします。
  • 最近のNature Computational Scienceへの新しい論文で、QOBLIBは量子最適化ベンチマーキングの基盤的リソースとして確立されました。
  • 新しいQOBLIBウェブサイトにより、ベンチマークの探索、結果の比較、新しい知見の投稿がこれまで以上に容易になります。
  • 既に登録されている2,000件以上の投稿は、量子および古典最適化コミュニティー全体の研究者からの参加が増加していることを示しています。
  • QOBLIBのようなオープンなベンチマーキングへの取り組みは、量子コンピューティングが初期の優位性実証を超えて実用的な価値をもたらせる領域を特定するのに役立っています。

IBMとそのパートナーは最近、三つの画期的な成果を発表しました。これらは、信頼された量子計算が明確な量子優位性を初めて実証している、三つの独立した実験です。これはコミュニティーが長年目指してきたマイルストーンであり、その達成は重要な新しい問いを提起しています。すなわち、量子コンピューターが古典手法に対して実際の計算優位性を示した今、これらの能力を私たちはどこで活かすことができるのでしょうか?

最適化は、最も有望な活用先の一つとして急浮上しています。最適化は、前述の優位性実証では題材になっていませんでしたが、研究者たちが次のブレイクスルーを期待している分野のリストの上位には確かに存在します。実際に、量子最適化ワーキング・グループの最近の研究では、近い将来における優位性実証に有望なアルゴリズム候補が複数生まれきています。それと同時に、Quantum Optimization Benchmarking Library(QOBLIB)に関係するコミュニティーが拡大することによって、この探求活動に必須である研究の厳密さとコミュニティー内の協力活動が促進しています。そして、Nature Computational Scienceへのある基盤的な論文の掲載と、新しいウェブサイト、さらにエコシステム全体のパートナーから提出された新たな実験結果によって、この取り組みはますます勢いを増しています。

これらの新しい活動は、研究リポジトリーが大きくなったから見た目を整えただけなどでは決してありません。むしろ量子コミュニティーが次に向かう方向のモデルになっています。量子優位性が可能であることを証明することは一つの課題でしたが、実世界の価値をどの領域でもたらすかを発見することもまた別の課題です。その取り組みには、研究者個別の努力だけではなく、オープンで厳密なコミュニティー主導の協調活動が必要です。

QOBLIBはまさにそのために構築されています。初の量子最適化ベンチマーキング・フレームワークの一つとして、どの問題カテゴリーが実用的な量子優位性に最も近づいているかを確認するための、透明性が高い情報共有手段を最適化コミュニティーに提供します。さらに、古典と量子の研究者の力を結集して、それらの問題をさらに前進させます。このアプローチは、今後数か月・数年の間に最適化の分野を大きく超えて広がっていくと私たちは期待しています。

量子優位性への道をベンチマークしている他のコミュニティー活動: QOBLIBは、優位性への道をベンチマークするためのオープンソース・コミュニティー主導の取り組みとして唯一のものではありません。もう一つはQuantum Advantage Trackerで、分野を横断して有望な優位性候補をモニタリングし、最良の古典手法に照らして評価しています。

QOBLIBとは何か?

Quantum Optimization Benchmarking Library(QOBLIB)は、10個の難しい最適化問題カテゴリーのコレクション(「難題デカスロン(十種競技)」)と、研究者が量子手法と古典手法を対等な条件でテストし比較するために必要な評価尺度、ベースライン、ツールで構成された、オープンソースのコミュニティー主導リソースです。

QOBLIBは、Zuse Institute Berlin、Technische Universität Berlin(ベルリン工科大学)、パデュー大学、シンガポール国立大学、E.ON Digital Technology GmbH、Kipu Quantum、Forschungszentrum Jülich(ユーリッヒ研究センター)、南カリフォルニア大学、IBM Quantum、および学術界と産業界のその他のパートナーなどの組織からの貢献を受けて、量子最適化ワーキング・グループが開発しました。

2025年にarXivプレプリントとオープンソースのGitHubリポジトリーとして初めて公開されたQOBLIBは、最適化における量子優位性への進捗をコミュニティーが追跡できるよう構築されたものです。10個の問題カテゴリーは、比較的小さなサイズでも最先端の古典ソルバーでは計算が困難ではあり、かつ、近い将来の量子ハードウェアの手が届く範囲に収まるという基準で選ばれたものです。

QOBLIBの開発についてさらにご興味がある方は、Nature Computational Scienceの論文こちらのブログでぜひ詳しい情報をご確認ください。

なぜベンチマーキングは優位性の探求を促進するのか

研究者が実際に使用する最適化アルゴリズムのほとんどは、古典・量子を問わず、ヒューリスティクスです。それらは複数の問題カテゴリーに対して概ね良い解を返す手法ですが、特定の問題インスタンスについて先験的な性能保証はありません。だから厳密なベンチマーキングが不可欠になるのです。最適化においては、理論によって量子優位性を証明することはできず、実行して示さなければならないのです。

これは乗り越えるのが簡単なハードルではありません。信頼できる優位性を最適化分野で主張するには、単に一つの古典アプローチを上回るだけでは不十分です。利用可能な最も強力な古典手法を凌駕する必要があります。古典最適化コミュニティーは数十年の研究を経て多くの手ごわいアプローチを生み出してきました。一人の研究者や一つの研究グループだけでその試練を乗り越えることはできません。

QOBLIBは、困難で実用的に動機付けられた一連の問題カテゴリー、共通の評価基準、透明なベースラインを共有してそれらを軸にコミュニティーを結集します。オープンソースのQuantum Advantage Trackerはすでにこのモデルの価値を示しており、そのモデルは優位性実証後の世界においても引き続き不可欠であり続けるものと思われます。このようなベンチマーキングへの取り組みは、研究者が最適化だけでなく分野を横断して公正な比較を行い、実際の進捗を追跡するのに役立ちます。

QOBLIBウェブサイトのご紹介

新しい論文の掲載に合わせて、専用のQOBLIBウェブサイトが構築されました。これにより、ベンチマークの探索、この分野での進捗の確認、そして新しい実験結果の投稿が誰にとってもこれまで以上に容易になります。

サイトは10個の問題カテゴリーとそのインスタンス(合計1,200件以上、うち500件以上はすでに最適解が求められています)を中心に構成されています。計算複雑性の全体像を示す可視化機能は、すべてのインスタンスをサイズと密度(非スパース性)でマッピングしており、最も難しく興味深い問題がどこにあるかをひと目で確認できます。

また、各インスタンスについて既知で最良の結果と、その達成者および所属機関をリアルタイムで追跡するページも備えています。これにより、このライブラリーは最先端の状況の継続的な公開記録になっています。誰もが自分の手法を他者と比較でき、すべての投稿者が自らの研究に対して可視化された評価を得ることができます。

最も重要なのは、投稿が容易なことです。ガイド付きのSubmission Builderがそのやり方をガイドし、結果を検証し、プルリクエストとして開くためのファイルをエクスポートします。これにより、古典および量子の研究者を問わず、参加のハードルが下がります。

この取り組みに参加する準備はできましたでしょうか? QOBLIBウェブサイトで問題カテゴリーを探索し、ぜひご自身の結果を投稿してください。

成長するコミュニティー

QOBLIBが最初にローンチされたとき、中心的な目標の一つは研究コミュニティー全体から投稿を集めることでした。今、それがリアルタイムで起きています。

2,000件以上の結果がすでに提出・登録され、このライブラリーはこの分野の最新進捗を反映する、日々変化を続けるリソースへと進化しました。そして、E.ONForschungszentrum Jülich(ユーリッヒ研究センター)、STFC Hartree Centreを含む量子エコシステム全体の主要組織からの量子分野の新しい投稿によって、再び成長しています。Aqarios、Global Data Quantum、JIJ、Kipu Quantum、ParityQC、Q-CTRL、Qoro、Qunova(いずれもIBM Quantum Startup Programのメンバー)からも新しい結果が提出されました。

読者の皆様の組織が、もし量子最適化ソリューションを構築していらっしゃるのであれば、ぜひIBM Quantum Startup Programの詳細と、Qiskit Functions Catalogで、スタートアップパートナーが開発したQiskit Functionsをご覧ください。

これらすべてを俯瞰することによって、この分野の今の立ち位置が見えてきます。量子アプローチがいかに普及しつつあるか、そして最良の古典ソルバーとの間にどれだけの差が残っているかがわかります。そして、その差自体が動く標的であり、量子・古典の両手法が常に改善し続けているからこそ、最先端技術がどこにあるかを知れば、分野の進捗を知ることができます。

進捗は量子だけにあるのではありません。QOBLIBは量子パラダイムと古典パラダイムの両方を並べて追跡するために構築されており、ライブラリーのローンチ以来、古典手法がどのように進歩してきたかも捕捉しています。これはQOBLIBの成功に不可欠です。というのは、量子優位性の主張の強さは、その量子手法を比較するベースライン古典手法によって決まるからです。そして、そのベースラインは上がり続けています。

マーケット・スプリット(市場分割)問題はその好例です。QOBLIBのローンチ以来、このリポジトリーで解決済みになっているマーケット・スプリット問題インスタンスの最大規模は、約60変数から110変数へと成長しました。つまり、古典手法で解ける問題のサイズがほぼ倍増したことになります。これは量子手法が優位性を示すために超えなければならないハードルが引き上がっているということですが、それと同時にこの問題カテゴリーで将来に量子優位性を主張した時にその主張が持つことになる信頼性が大幅に向上してきているとも言えます。

ぜひ実験結果を追加してください

最適化における量子優位性の探求はコミュニティーとしての取り組みであり、新しい結果の投稿があるたびに前進します。古典であれ量子であれ、読者の皆様ご自身が最適化に携わっているならばぜひご自分の実験結果を提出してください。既知の最良解、量子実行の結果、そして有益な否定的結果もすべて、量子手法の現在の立ち位置への理解を深めるのに役立ちます。

結果の提出に加え、新しい問題カテゴリーの提案も歓迎します。QOBLIBに何を含めるかの決定は、コミュニティー全体が参加して対話によって行われるべきであるため選定プロセスは必然的に厳密ですが、私たちは常に新しいアイデアを検討したいと望んでいますし、皆様の投稿を楽しみにしています。

IBM Quantum Open Plan(無償プラン)で利用可能な範囲を超えたハードウェア・アクセスを必要とする量子最適化研究をされている教員や専門研究者の方は、IBM Quantum Creditsプログラムをご検討ください。このプログラムは、高いインパクトを持つ実用規模のプロジェクトに、IBMの最先端量子システムへの無料アクセスを提供しています。

私たちの目標は、量子と古典の両研究コミュニティーの信頼を得た、最適化における量子優位性の実証です。それは私たちのうちの誰一人として単独で達成できるマイルストーンではありませんが、ベンチマーク結果を一つ投稿していただくごとにその実現が一歩ずつ近づいています。


 

この記事は英語版IBM Researchブログ「QOBLIB: tracking progress in quantum optimization」(2026年8月12日公開、Stefan Woerner、Robert Davis著)を翻訳し一部更新したものです。

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監訳者

立花 隆輝

東京基礎研究所 シニア・テクニカル・スタッフ・メンバー