量子コンピューター

信頼できる量子計算による量子優位性の実証

量子計算の、古典手法で検証不可能な領域での、信頼可能なデモンストレーション。

主なポイント:

  • 新たに発表された3本の論文が、結果への検証も含めて量子優位性を実証したことで、古典コンピューターによる厳密検証を超えた領域での、信頼可能な量子計算を実現しています。
  • IBMとシカゴ大学は、ドープ型クリフォード・サンプリングと時空間符号を用いて、古典コンピューターでは計算困難な量子計算結果に保証を与えました。
  • Qedma、理化学研究所、BlueQubitは、バイアスがないという理論保証のあるエラー緩和技術を使用し、最先端の古典シミュレーションを超えた量子現象を観測しました。
  • Algorithmiqは、古典コンピューターとの比較ではなく、計算プロセスそのものを検証することで、信頼できる量子結果が得られることを示しました。
  • Quantum Advantage Trackerは引き続き、量子優位性を主張する量子手法と最先端の古典手法の比較の場になっています。
  • 量子コンピューティングは、古典計算を超える結果を、厳密な信頼性の根拠とともに生み出せる時代に入りつつあります。

量子優位性が達成されたと言えるのは、量子コンピューターが古典計算だけでは達成できない計算を実行し、かつその結果を厳密に検証できるときです。しかし、これはある根本的な問いを提起します。古典計算が到達不可能な問題で、古典計算と比較して検証することがもはやできないならば、量子コンピューターが正しく問題を解いているとどのようにして知って、どのように量子コンピューターの出力を信頼することができるのでしょうか?

2026年7月30日、シカゴ大学(UChicago)QedmaAlgorithmiqのそれぞれとIBMの共同研究チームは、量子計算への信頼を構築するために設計されたフレームワークに基づいて量子優位性の実証を報告する3本の論文を発表しました。

量子コンピューティングが登場して以来、量子コンピューターの出力を検証するのに私たちはいつも古典コンピューターを用いてきました。量子コンピューターが古典計算の限界を超えた問題について結果を出し始めた時代になっても、量子計算の有効性の根拠として、小規模な問題、あるいは単純な問題について得られた古典計算結果を、古典計算では到達できない規模や複雑性の問題へと外挿することで、これまではその検証としてきました。

しかし、このような外挿では、より複雑な「優位性」の領域における計算を正しく完全に検証することはできません。その領域では、ノイズの影響やエラーの伝播の仕方が、まったく異なる可能性があるからです。

以下でご紹介する3本の論文は、Quantum Advantage Trackerで追跡されている継続的な研究のほんの一部に過ぎません。このブログの執筆時点で、TrackerへのエントリーにはQ-CTRL、BlueQubit、インドのPilaniにあるビルラ工科大学(Birla Institute of Technology and Science)からのインプットが含まれています。今後もコミュニティーのベンチマーク活動が続いてさらなる議論が展開されていくことが期待されます。

(1) ランダム回路サンプリング問題を検証する新しい方法

注意深く構成されたランダム量子回路は、規模が大きくなるとそのサンプリングの古典シミュレーションはすぐに計算困難な問題になるため、ランダム回路サンプリング(RCS)は量子計算分離性の主要な題材となっています(量子計算分離性とは、量子コンピューティングの能力に、古典手法に対して明確な差があることを意味します)。しかし、前述のように、計算困難性は同時に検証の問題も生み出します。

従来、RCSの検証に使われてきたのは交差エントロピー・ベンチマーキング(XEB)という方法です。しかし、この方法は理想的な出力確率の計算を必要とし、最大規模の回路ではこれは非常にコストの高い処理になりえます。そのため、これまでの実験では多くの場合、フルスケールで直接確認できない回路の性能を、より小規模または単純化した回路の実験結果に基づいて推測していました。確かにこの方法でハードウェア性能の実用的な推定値が得られますが、あくまでも「代用の代用」にすぎないものであり、古典で困難な計算そのものの直接的な証明にはなっていませんでした。

IBMとシカゴ大学の研究者による新しい論文は、ドープ型クリフォード・サンプリングと呼ばれる構造的な代替手法を使って、この検証困難性に取り組んでいます。著者たちはRCSに使われるのと同様の仮定のもとで困難性の保証を確立しましたが、特に重要なのは、この追加された構造が量子計算中のエラーも検出できるという点です。

量子計算中のエラーを検出するために本論文で用いる時空間符号は、空間と時間の両方向に分布した補助量子ビットを使用します。量子回路の実行結果から、時空間符号を用いた整合性チェックを満たす実行結果だけを後選択すれば、研究者は論理演算の忠実度を大幅に向上することができます。このデモンストレーションでは、70論理量子ビットの計算において実効ゲート・エラーを約10分の1に低減しつつ、実用的な実行レートを維持することに成功しました。

そして著者たちは、大規模なTドープ型回路を使ったアプローチを実証しました。これは、効率的にシミュレート可能なクリフォード回路に非クリフォードのTゲートを戦略的に追加したものです。これにより、エラー訂正と検証に必要な構造を保持したまま計算を古典的に困難なものにしています。

鍵となるイノベーションは、検証が計算フレームワーク自体の一部となることです。実験は、符号化されたクリフォード参照回路から始まります。クリフォード・ゲートは古典コンピューターで効率よくシミュレーション可能なので、この段階では回路の出力もまだ古典的に効率よくシミュレートでき、それによって信頼できるベースラインが確立できます。そして次に本手法ではその回路に、同じシンドローム・チェックを保持したまま戦略的にTゲートを導入します。これによって、このサンプリング問題は最先端の古典シミュレーション手法での計算可能領域をすぐに逸脱する困難な問題となります。

古典的に検証可能なクリフォード参照の忠実度と、シンドローム・チェックおよび論理エラーに関する情報を組み合わせることで、著者らは符号化された論理計算の忠実度について厳密な下限値を導き出しました。実験後に外部の代用指標に頼るのではなく、計算自体が自らの品質を証明するのに十分な情報を持っているのです。

これは検証の在り方を、統計的な代用指標を用いた信頼から、論理計算の忠実度そのものの証明へと転換するものであり、信頼が論理レベルで確立されるフォールト・トレラント量子コンピューティングに向けた重要な一歩であると言えます。

(2) 古典手法では見つからない量子現象を観測する

一方、理研およびBlueQubitと共同研究を行ったQedmaの研究者たちは、フロケ・ダイナミクスを研究しました。フロケ・ダイナミクスとは、相互作用する量子系が反復的なエネルギー・パルスにどのように応答するかを表すものです。

最大74量子ビットの回路を使用して、彼らは系の磁化の時間変化を追跡し、持続的振動の現象を観測しました。この現象は、理研が保有する世界最大級のスーパーコンピューターを用いた2種類の最先端古典シミュレーション手法では観測されなかった現象でした。それらの古典手法は最も要求の厳しい領域で互いに矛盾した結果を示し、一貫した信頼できる応答を予測できなかったのに対し、量子計算はそのダイナミクスを継続的に解析することができました。

比較できる古典参照手法なしで対象回路を検証するために、これらの実験ではQedmaのQESEMソフトウェアをIBM Quantumシステム上で使用し、ヒューリスティック手法および厳密なバイアスなしエラー緩和手法の両方を適用しました。これらの独立した予測結果が一致したという事実と、別の量子コンピューターであるQuantinuumシステム上でも実験を部分的に行って一貫した結果が得られたという事実が、本実験で観察された挙動が物理現象を正しく反映していることの根拠になります。

(3) 答えを検証できないときはプロセスを検証する

Algorithmiqの研究者たちは、演算子ロシュミット・エコー(OLE)を推定する量子アルゴリズムを開発しました。OLEとは、不均一な量子系を通じて情報がどのように広がるかを追跡する物理量です。彼らが56量子ビットを用いて行った実験については、少なくとも三つの主要な研究グループによって古典シミュレーションを使った実験も行われました。しかし、それらの実験結果はお互いに一致もしなければ量子コンピューターの実験結果とも一致しませんでした。これは、この実験はそれだけ困難な問題を扱っているということです。

この研究の中心的な貢献は、信頼できる古典手法を用いて正解を求めることができない状況でも、量子計算に対する信頼を確立することができる戦略です。研究者たちは、異なるノイズ・プロファイルを持つ5台の量子コンピューターのそれぞれで、ヒューリスティックに基づいた同じエラー緩和手法を適用した実験を行なって、一貫した結果を得ることができました。古典手法の実験結果は一致しなかったのに対して、複数の設定による量子実験結果が一致したという事実によって、検討された手法の中で量子計算が最も信頼できる方法であったと考えることができます。

さらに、そのような整合性チェックだけでなく、量子コンピューター実機ノイズの正確なモデルが利用可能である場合、厳密なエラー緩和によって定量的な誤差範囲を持った、バイアスのない推定値を求められることもこの研究は示しました。このことは検証問題を再構成するものです。すなわち、ここで検証問題は、古典コンピューターが量子結果を再現できるかという問題ではなく、量子コンピューターのエラーの記述とキャンセルのために使用したモデルを検証するという問題になるのです。

古典計算とのベンチマークは続く

量子優位性を発表しても、議論に幕が下りるわけではありません。それはむしろ、結果をより高いレベルの精査にさらすことを意味します。

昨年、古典および量子コンピューティング組織の共同作業によってQuantum Advantage Trackerがデビューしました。これは、コミュニティーが量子優位性の有望な候補をモニタリングし、最良の古典計算手法と比べてどれだけ優れているかを体系的に評価するためのツールです。

ローンチ以来、このTrackerは古典コンピューターと量子コンピューターの双方の限界を押し広げる実りある議論を生み出してきました。これら3つの実験は、他の量子優位性候補とともにQuantum Advantage Trackerに登録されており、より広範なコミュニティーがさらなる検証を行えるようになっています。

本日時点のAdvantage Trackerへのエントリーには、Q-CTRL、BlueQubit、ビルラ工科大学によるインプットが含まれています。コミュニティーのベンチマーク活動が続く中で、さらなる議論の展開が期待されます。

最終的に、コンピューターを信頼できると知ることが、検証の基準を確立するために不可欠です。そして量子コンピューターが科学的発見のための道具として成立するのにも、その出力への信頼が必要です。今、量子は古典コンピューターがアクセスできない結果を生み出すだけでなく、その出力に対する信頼を獲得する時代に入ってきています。


この記事は英語版IBM Researchブログ「Researchers demonstrate quantum advantage through trusted quantum computation」(2026年7月30日公開、Abhinav Kandala、Ali Javadi-Abhari、Jay Gambetta著)を翻訳し一部更新したものです。

関連リンク

監訳者

立花 隆輝

東京基礎研究所 シニア・テクニカル・スタッフ・メンバー