量子コンピューティング

量子ユーティリティー時代のハードウェア/ソフトウェアがここに

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新しい量子コンピューターの時代

その期間を特徴づけるテーマによって、時代は定義されます。量子コンピューターの場合、ここ数十年のテーマはこの新しい技術の出現と確立でした。その間、コミュニティーは基盤を固める作業に集中してきました。量子ハードウェアでの実験、ユースケースの模索、量子コンピューターの利用方法の教育が、量子コンピューターのデバイス自体を検証する実験と同時に行われ、量子コンピューターが現実化されてきました。

2023年前半、私たちはその現状を大きく塗り替える実験を発表しました(有用な量子コンピューティング実現への道筋を示した、IBMとカリフォルニア大学バークレー校のその新しい論文はこちらです)。直接的に量子状態を計算する古典的シミュレーション手法では計算できない回路を、量子コンピューターが実行できることを実証したのです。私たちは歴史上初めて、答えのわかっていない量子回路を、100量子ビットおよび3,000ゲートのスケールで動かすことができるハードウェアとソフトウェアを手にしています。もはや量子コンピューターは計算の道具と呼ぶことができ、量子コンピューター以外の科学領域の前進に資することができることに、心が躍ります。

量子コンピューティングをするために量子コンピューティングを使っているユーザーもいますが、私たちは、量子計算サイエンティストとも呼べるような、新しいユーザーに道を開く機能を追加し続けています。このことは私たちが新しい時代を迎えたと言えることの十分な証拠ではないでしょうか。

大規模な実験からは、従来の回路モデルを超えて、回路の並列実行や、古典的計算との同時実行、動的回路を活用するべきであることが明らかになりました。Circuit Knitting(サーキット・ニッティング)のようなツールを利用することで、量子計算の対応範囲を拡大することができること、そして(将来的には)複数の量子回路を並行して動作させ、同時に古典的な計算を行うような量子アルゴリズムも出現しています。明らかに、スケーラブルで並列的な回路の実行と高性能な古典的計算を行うような異種混在アーキテクチャーが必要なのです。

量子中心型のスーパーコンピューティング(Quantum-centric supercomputing)が、未来の高性能システムに対する私たちのビジョンです。2023年のIBM Quantum Summitで、私たちはこのゴールに近づくための大きなアップデートと、量子中心のスーパーコンピューティングに向かう今後十年の旅の詳細を俯瞰する新しいロードマップを発表しました。このロードマップでは、より先進的なユーティリティー・スケールの実験や、ユーザーにとってのフリクションレスな開発環境が実現していくことが予定されています。

 

1,000量子ビットの壁を破るCondor

私たちは、交差共鳴ゲート技術に基づく1,121超伝導量子ビットを持つ量子プロセッサーであるIBM Condorを発表しました。Condorは、50%の量子ビット密度の向上と、量子ビット製造や積層サイズにおける進化など、チップ設計における規模とイールドの限界を押し上げました。Condorでは1台の希釈冷凍機内に、1マイル以上の高密度極低温フレックスIOケーブルを使用しています。パフォーマンスでは昨年発表した433量子ビットのOspreyに匹敵しますが、スケールの問題を解決し将来のハードウェア設計に関する知見をもたらしている点で大きな価値を持つイノベーションの一歩です。

 

最高の量子プロセッサーへのアクセス:Heron

4年間の研究の成果として、私たちは初めてibm_torino量子システム上のIBM Quantum Heronプロセッサーを発表しました。固定周波数を持つ133量子ビットとチューナブルなカプラーを持つHeronは、クロストークをほとんど除去し、当社のフラグシップであった 127量子ビットEagleプロセッサーと比べて3~5倍の性能向上を実現しました。このHeronによって、今後数年のハードウェア・ロードマップの基礎となる量子ビットとゲートの技術を開発することができたものと私たちは自負しています。

 

 

今後10年のスケーラブルな量子計算のためのシステム:IBM Quantum System Two

IBM Quantum System Twoは、スケーラブルな量子計算のための基盤であり、すでにニューヨーク州ヨークタウンの研究所で稼働しています。幅6.7メートル、高さ3.7メートルで、今は3つのIBM Quantum Heronプロセッサーを搭載しています。これは、第三世代の制御電子機器、古典的ランタイム・サーバー、そして極低温インフラストラクチャーを利用したシステムです。

IBM Quantum System Twoは量子中心型のスーパーコンピューティングにおいて並列回路実行を実現するために利用する予定のモジュラー・アーキテクチャーを持った量子コンピューティング・プラットフォームです。

2024年2月にリリースされるQiskit 1.0

量子中心型のスーパーコンピューティングは、ハードウェアだけで達成されるものではありません。量子回路を生成・操作するための性能の良いソフトウェアと、異種混在な計算環境におけるハイブリッドな量子・古典ワークフローを実行するためのミドルウェアが必要です。Qiskit 1.0は最も人気のある量子コンピューティングSDKであるQiskitの初の安定リリースです。回路の構築、コンパイル時間、メモリ消費に関して以前のリリースと比較して顕著な改善を達成しています。

さらに、Qiskit 1.0は量子ハードウェアへ回路をマッピングする際の、実行時間と2量子ビット・ゲート数の両方において、競合するコンパイル・フレームワークよりも優れています。

 

AIトランスパイレーション・アルファをプレミアム・ユーザー向けに提供

IBMは、強化学習を使った世界初の回路コンパイル・サービスをIBM Quantum Platform上で実行可能とすることで、量子コンピューティングにAIの力をもたらしました。この初期プレビューでは、標準のヒューリスティック法と比較して、2量子ビット・ゲート数が20~50%削減されることが示されています。

 

実行モード

複数の独立したジョブを実行する時のスループットを最適化するために、私たちはバッチモードという新しい実行モードを導入します。これは、シングル・ジョブのサブミットと比較して、最大で5倍の処理時間の改善をもたらします。さらに、大規模な反復的ワークロードに対しては拡張セッション(extended Sessions)を導入しましたが、これは複数のセッションを組み合わせて先進的な量子・古典ワークロードをシームレスに実行できるようにします。

 

Qiskit PatternsとQuantum Serverless

IBMは、量子プログラムの構造のアウトラインを形づくるプログラミング・テンプレートであり、大規模な量子アルゴリズムとアプリケーションを構築するための論理的枠組みであるQiskit Patternsを発表しました。Qiskit Patternsが提供するコンポーザビリティー(組み立ての容易性)、コンテナ化、抽象化を利用することで、ユーザーは基礎となるビルディング・ブロックのコレクションから選択して量子アルゴリズムとアプリケーションを作成し、それらのPatternsをQuantum Serverlessのような異種混在計算インフラストラクチャーで実行することができます。このことは既存の企業スケールのワークフローに集中した量子加速を可能にして、量子回路や量子演算子を意識しないで済む抽象化を提供します。IBMはこのQiskit Patternsとともに、Patternsの大規模な自動的マネージド実行のベータ提供として、Quantum Serverlessのデプロイを発表しています。

 

量子のための生成AIにwatsonxを利用

IBMは、量子開発プロセスをさらに効率化するため、IBMのエンタープライズAIプラットフォームであるwatsonxを用いた量子コードプログラミングへの生成AIの利用の道を拓きました。watsonx上で利用可能な生成AIがどのようにQiskitの量子コード開発を自動化することができるかをIBMは実際に実行して示しています。これは200億パラメーターを持つ、プログラムコード用IBM Granite基盤モデルをファイン・チューニングして行われました。

 

2033年まで拡張されたロードマップ

量子中心のスーパーコンピューティングを実現するという私たちのミッションのガイドとして、業界を定義するロードマップを、10年分のイノベーションを含めて2033年まで延長しました。このロードマップでは、プロセッサーとシステムが実行できるゲート数を拡大することを特に強調しています。2024年内に5,000ゲートを実行する目標を持つHeronから始まるこのロードマップは、品質の改善を行ってますます大きなゲート数を達成する複数世代のプロセッサーを展望しています。

そして、2029年には転換点があります。Starlingプロセッサーでは、新しいグロス符号に基づくエラー訂正を採用し、200量子ビット以上で1億ゲートを実行します。その後2033年には2,000量子ビットで10億ゲートを実行できるBlue Jayシステムが予定されています。これは、2016年に私たちの最初のデバイスをクラウド上に設置した時に比して、ゲート数が9桁増加することを意味します。そしてFlamingo、Crossbill、およびKookaburraプロセッサーでは、それぞれl-coupler、m-coupler、c-couplerを用いるグロス符号の実証が予定されています。

 

量子コンピューティングの力を活用するユースケースの基礎を築く

東京大学、アルゴンヌ国立研究所、Fundacion Ikerbasque、Qedma社、Algorithmiq社、ワシントン大学、ケルン大学、ハーバード大学、カリフォルニア大学バークレー校、Q-CTRLは、ユーティリティー・スケールの量子コンピューティングのパワーを探求する新たな研究成果を発表しました。これらの研究は、デバイスの品質向上と新しい機能の進歩を活かしつつさらに複雑で洗練した回路を設計し、量子と古典的なシステムを連携させて、システムの対象範囲を量子コンピューティング固有の問題を超えた領域へと拡張することが可能であることを示しました。

 

ユーティリティー時代のために刷新したオファリング

ユーティリティー時代に入るということは、ユーティリティー・スケールの実験に適したQiskit Runtimeサービスを提供することと、ユーティリティー・スケールのシステムへのアクセスを全てのアクセスプランで提供するようにシフトすることを意味します。このため、IBMはこれから量子コンピューティングの旅を始める人のためのOpenプランでも100量子ビット以上のシステムへの無料アクセスを提供します。他のアクセスプランには、Pay-As-You-Goプラン、確保した計算キャパシティーを提供するPremiumプラン、そしてパートナー様の敷地に専用のマネージド・システムを提供する Dedicated Serviceがあります。

 

Quantum Accelerator 3.0

ユーティリティー時代の訪れに伴い、企業が量子コンピューティングに関わり労働力の統合を探求する新しい機会が開かれています。私たちは、ユーティリティー・スケールの量子コンピューティングの産業ユースケースをさらに前進させるために、企業向けオファリングを拡張しています。

 

IBM Quantum Safe

量子技術における技術進歩は、量子コンピューターと古典コンピューターのどちらでも解くのが難しいような数学的問題に基づいた新しい暗号が私たちのデータを安全に保つために必要だということも意味しています。 IBM Quantum Safeは、企業が自社における暗号の利用状況を評価し、サイバーセキュリティーを量子ユーティリティー時代に向けてモダナイズできるようにします。

更新したIBM Quantum Safeロードマップは、IBMがどのように耐量子安全暗号の研究を進め、ポスト量子の暗号ソリューションの採用を推進する産業パートナーシップを広げ、新しい量子安全技術を開発しているかを俯瞰しています。量子安全技術の例としては、去る10月にリリースされた暗号ディスカバリー・ツールである、IBM Quantum Safe Explorerがあります。

ユーティリティー時代が到来しています。ユーティリティー・スケールのシステムを利用して量子コンピューターの可能性を見出してください。最新のプラットフォームについて詳細を知りたい方は、こちらをご覧ください。

 


この記事は英語版IBM Researchブログ「The hardware and software for the era of quantum utility is here」(2023年12月4日公開)を翻訳し一部更新したものです。

堀井 洋
監訳:堀井 洋
IBM Quantum, シニア・テクニカル・スタッフ・メンバー, QCSC Softwareマネージャー
Qiskit-Aerの開発、量子コンパイラーの高性能化を担当後、量子中心型のスーパーコンピューティングにおけるソフトウェア開発を担当。
沼田 祈史
監訳:沼田 祈史
IBM Quantum, 量子人材開発, Qiskit Advocate
大学での授業、量子コミュニティー、量子プログラミングコンテストなどを中心に量子人材の育成を行う。
立花 隆輝
監訳:立花 隆輝
IBM Quantum, シニア・テクニカル・スタッフ・メンバー
量子コンピューターの社会実装に携わる。
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