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Smarter Business

IBMとセールスフォース・ドットコムが描く、CRM変革のストーリー

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2018年8月、日本IBMで主に企業経営者を対象としたセミナー「AI×CRMで変える新しい競争優位〜IBMとセールスフォース・ドットコムが創るCRMの未来〜」が開催された。このセミナーは、企業の顧客との接点が複雑かつ多様化する現況から、クラウドシステムやAIを活用したCRM(Customer Relationship Management、顧客関係管理)への関心が高まっていることをきっかけに企画されたものだ。
大企業向けのコンサルティングサービスプロバイダーとして多くの知見を持つIBMの中で、Salesforceの導入を始めとして、クラウド型CRMやAIを活用したCRMの構築支援に強みがある専門チーム、Bluewolfと、CRMソリューションの分野でサービスクラウドを提供するセールスフォース・ドットコムが登壇。コールセンターやデジタルマーケティングにおける、AIを用いたカスタマー・エクスペリエンスの変革についての事例や、各社のキーマンが「AIが創るCRMの未来」について語り合った。

冒頭、日本IBM グローバル・ビジネス・サービス事業本部の山口明夫氏のスピーチでセミナーはスタートした。

「IBMが持つAI『Watson』と、セールスフォース・ドットコムが持つAI『Einstein』、2つを活用することで進化した形のCRMを提供できると考えています。Einsteinの顧客データの洞察、Watsonによる大量の企業データの分析を組み合わせることで、新しい価値を顧客に提供するとともに、IBMは一昨年、  Bluewolfを仲間に加えたことで、日本国内でも一層高めたコンサルティング力をもって、サービスを提供する段階にきました」(山口氏)

また、山口氏はIBMの社内にはSalesforceの専門チームも組織されたと語り、より活発にSalesforceとのソリューションを打ち出す体制が整っていることをアピールした。

山口明夫氏

日本IBM グローバル・ビジネス・サービス事業本部の山口明夫氏

 

巨大なグローバル企業でもアジャイルな変革が可能

オープニング後のセッションに登壇したのは、IBM North AmericaサポートセンターのVice PresidentのRobert McDonald氏だ。

「皆さんのなかで、IBMをアジャイル(俊敏)な企業だと思っている人はほとんどいないだろう」

Robert McDonald氏

IBM North AmericaサポートセンターのVice PresidentのRobert McDonald氏

少々シニカルなコメントを投げかけるMcDonald氏。しかし、「最先端コンタクトセンターへの変革」と題した講演で、自身が携わったIBM社内のコンタクトセンター変革のあらましに、会場は釘付けになった。セールスフォース・ドットコムと行ったIBMのコンタクトセンターの変革は、スタートしてわずか4カ月で完了。実に年間1万2000時間を削減するなど、短期間で大きな成果が出たことを強調した。

IBM内のコンタクトセンターは、製品のカテゴリーによって19の部門に分かれている。また改革を実行する以前、サポートチームでは顧客対応に300以上のツールを扱い、非常に煩雑な状況であった。ナレッジベースは複数あり、チャットシステムはツールが13種もあったが、いずれも使用頻度は低かったという。

「エンタープライズサポートプロバイダーであるIBMのコンタクトセンターでは、利用者1人ひとりのニーズに応えられるサポート体制を築く必要がありました。顧客から連絡が来るのを待つだけでなく、顧客のビジネスでどのような問題が起きるか、どのような問い合わせが来るかを予測し対応することで、プリセールスから導入、展開までシームレスに、より価値のあるカスタマー・エクスペリエンスの提供を目指したのです」(McDonald氏)

IBMのコンタクトセンターの変革には、大きく分けて2つの存在に対する配慮が必要だったという。1つは製品・ソリューションの社外の利用者。もう1つが世界で2万人近くいるIBM社内のサポートチームだ。

「1つの製品について部門間での情報連携が弱いことや、サポートに対する洞察がないことが問題でした。顧客がどういった形でIBMのサポートを利用したのか履歴を残せず、マネジメントや開発部署にもそうした情報をフィードバックできていなかったのです」(McDonald氏)

こうした背景でコンタクトセンターの変革がスタート。最初に取り組まれたのは、サポートチームが膨大なデータソースから必要なデータを簡単に見つけられるシステムづくりだった。IBMには数千万に及ぶドキュメントの蓄積、複数の技術やコンテンツがあるが、長い歴史のなかで、IBM Watsonを始めとする他のソリューションとそうした資産の連携がうまくできていなかった。また、利用者がそうしたサポートを可能な限りセルフサービスで受けられる仕組みづくりも求められた。

「そこで目指したのが“Watson Everywhere”です。すべての問題解決にIBM Watsonを使うとともに、Salesforce Service Cloudも活用して一定のクオリティーを保ってサポートを提供できるようになりました」(McDonald氏)

そして、さまざまな問い合わせケースを効率的に管理するための複数要素の分析、適切なサポート担当者のマッチング、オートメーションでの問題解決への所見など、オムニチャネルで顧客対応を実現するためのプラットフォームとして、IBM Watsonとともにセールスフォース・ドットコムのクラウドプラットフォームが貢献したという。

 

WatsonとEinstein、2つのビジネスAIでつくる勝機

次の「AIを活用した最新のインダストリーソリューションと実績」と題したセッションに登壇したのは、日本IBM グローバル・ビジネス・サービス事業本部 理事、セールスフォース・プラクティスリーダーの浅野智也氏だ。浅野氏はIBMがセールスフォース・ドットコムとパートナーシップを組んで実現するビジョンについて、次のように語った。

「私たちが目標とするのは、大きく4つ。1つめは、Salesforceを用いたコンサルティングとシステムデリバリーを行うBluewolf専門チームの設立。Bluewolfはセールスフォース・ドットコムにとって最も歴史あるビジネスパートナーであり、これまで多くのビジネスの成功事例があります。2つめは、WatsonとEinsteinを連携した新しいカスタマー・エクスペリエンスの提供。3つめは、IBMが持つ世界の気象データのSalesforceプラットフォームへの提供。4つめは、IBMの知見を生かしてレガシーシステムを含めたシステム統合を行うことです」(浅野氏)

また、浅野氏はIBMが調査、発表している『 C-suite Study(グローバル経営層スタディ)』と、BluewolfによるSalesforceユーザーを対象にしたレポートに共通する、ある示唆について言及した。

「それは『顧客体験においてCEOがAIに大きな期待をしている』という点です。細かくパーソナライズされた顧客体験は満足度の向上につながりますが、人的リソースやクオリティーなどの面で課題があります。そこで、AIを活用したコンピューティングパワーの増大、ビッグデータの増大、そしてディープラーニングの用途の拡大などに、期待が寄せられているのです」(浅野氏)

浅野智也氏

日本IBM グローバル・ビジネス・サービス事業本部 理事、セールスフォース・プラクティスリーダーの浅野智也氏

つづいて登壇したBluewolf インダストリー・ソリューション リーダーのDavid Trinh氏は、WatsonとEinsteinの活用について語った。

「大量のデータをすぐにリサーチできるIBM Watsonと、顧客とそのインタラクションを発見できるEinstein。これら2つのAIを駆使すれば、営業などの分野でより良いビジネスアクションを起こすことが可能です。顧客にまつわるデータは通常、SNS、検索エンジン、CRMなど、モデルの違いによりサイロ化されます。IBM Watsonを使えば、これらのデータサイロを一括でリサーチできます。さらにEinsteinの洞察が加わることで、よりパワフルに深くデータを収集できるようになり、スマートアラート、ロボティクスサービスなどの可能性も広がるでしょう」(Trinh氏)

ソリューション例の図

WatsonとEinsteinを用いたソリューション例

さらに、高度な性格・趣向分析や、非構造化データ分析やインサイトの抽出によってセールス活動の高度化を図るといった実例が紹介された。

「自動車メーカーのGMは、IBM Watsonが顧客の自動車の位置、頻繁に利用するルートからどのような店に訪れるかを分析しています。また、気象が行動にどう影響するか、そこにユーザーと自動車のプロファイル、過去のプロモーションへの反応などを取り込み、好みのブランドと消費者を結びつけるサービスを提供しています。IBM Watsonは業界と市場のデータにもとづくインサイトを提供する『ビジネスAI』であり、幅広く活用されています。今後は金融サービス、ヘルスケア、製造業、リテールなどの業界とその顧客について学習が進み、より精度の高いサービスを実現するはずです」

David Trinh氏

Bluewolf インダストリー・ソリューション リーダーのDavid Trinh氏

 

3社が見据える「AIが創るCRMの未来」

最後は、日本IBM グローバル・ビジネス・サービス事業本部の塚越秀吉氏をモデレーターに、前出のMcDonald氏、Trinh氏と、セールスフォース・ドットコム マーケティング本部 プロダクトマーケティング シニアディレクターの御代茂樹氏が、「AIが創るCRMの未来」というテーマでパネルディスカッションを行った。

4名の写真

左から塚越氏、御代氏、Trinh氏、McDonald氏

「いまやCRMと言えばSalesforceが最初に挙がるほどの存在だが、設立からわずか20年ほどでここまで成長した要因は何か」という塚越氏からの問いに、御代氏は次のように返す。

「要因の1つは、SaasアプリケーションをエンタープライズビジネスのCRM分野に持ち込んだこと。さらに従量課金制で多くの企業に導入しやすく、最新のアップデートモデルを常に届けられるというビジネスモデルも評価されています。

現在、CRMは営業支援ツールの他、コンタクトセンターで使うサービス、マーケティングオートメーション、eコマース、アナリティクスの活用までその領域を広げています。私たちは、SalesforceのCRMをカスタマーサクセスプラットフォームと呼んでいるのですが、ツールは導入しただけでは意味がなく、営業活動に活用し、売上げにつながり、企業を支えるエンジンとなって、初めてCRMは機能したと言える。そのためのデータを整えるサポート全般が私たちの考える『CRM』なのです。

例えば、Einsteinがストックされた名刺に記載された会社名や役職などの情報を分析し、営業先として適切な企業を教えてくれる。いままでの営業活動で培った情報を、Einsteinをスイッチ・オンするだけで、より価値のある営業ができるようになります。今後はAIがもっと顧客の会話を理解し、求められた情報に的確に回答をし、CRMを最適化していけるようにしたい」(御代氏)

御代茂樹氏

セールスフォース・ドットコム マーケティング本部 プロダクトマーケティング シニアディレクターの御代茂樹氏

つづいてMcDonald氏に、IBMにおけるコンタクトセンター以外のCRM変革について質問が投げかけられた。

「Salesforce Service Cloudを可能な限りすべての業務のなかで活用し、あらゆる情報をすぐに見つけられるようにしたい。私たちが掲げるCRMに関する最大の目標は、サービスプロバイダーとして差別化を図ること。それにより収益は上がり、新しいビジネスモデルやチャンスが生まれます。これまでエンタープライズのレベルで、CRM変革の重要性を発信する企業はなかったからこそ、IBMが率先して取り組んでいきたい。AIによって仕事がなくなると危機感を抱く人もいるが、そうではありません。AIの進化で、以前は単純な営業活動をしていた人でも、ナレッジワーカーやコンテンツクリエイターとして活躍できる可能性が広がるのです」(McDonald氏)

David Trinh氏には、IBMが次世代のCRMに対してどのような貢献ができるのかという質問がされた。

「IBMは、一番古いモデルのパソコンの時代から、市場における技術の浸透、社会の変化をずっと見てきた存在です。企業のコンサルティングを行いながら、新たな働き方の創造にも携わってきた。IBMの優位性は蓄積された知見だけでなく、大企業の在り方の変容を見ていることにあります。前述のGMの例のように、自動車メーカーが自動車をつくるだけでなく、新しいエクスペリエンスを提供しようと動いている。多くの企業の変革、IBM内の変革のなかで、これからどういったイノベーションが起こるかを予測できるのです。

また、コグニティブ・コンピューティング・システムにおいてもリーダーとして活躍できるでしょう。例えば、ガンの発見や交通の安全など、より専門知識を取り込んだコグニティブを実現できる。単なるサービスプロバイダーを越えたアドバイザーとなれるでしょう」(David Trinh氏)

クロージングでは、セールスフォース・ドットコムの取締役副社長・古森茂幹氏が次のようにセミナーを締めくくった。

「『IBM+Salesforce=トランスフォーメーション(変革、再編)』が私たちの協業におけるキーワードです。AIをビジネスに浸透させているのはもちろん、ブロックチェーンの分野でも『ブロックチェーンon Salesforce』という形のサービスを準備している。これからデジタルトランスフォーメーションに足を踏み入れる企業には、ぜひIBMとセールスフォース・ドットコムのサービスを活用していただきたい」(古森氏)

古森茂幹氏

セールスフォース・ドットコムの取締役副社長・古森茂幹氏

IBM WatsonとSalesforceプラットフォーム、そしてBluewolfが体現する、AIを活用した新たなCRMが、今後のビジネスの羅針盤となることを予感させられた。