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分身ロボット開発者・吉藤オリィ氏と考える、誰もが孤独にならず暮らせる街づくり

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人文社会科学系の学問と情報理工系の先端技術を融合し、従来にはなかった概念のもと新しい社会モデルの実現をめざす、東京大学と日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)の協同プログラム「Cognitive Designing Excellence(以下、CDE)」研究会。2021年12月7日、13回目の研究会がオンラインで行われた。

第1部では、カメラ・マイク・スピーカーが搭載された分身ロボット「OriHime」の開発者であるロボットコミュニケーターの吉藤オリィ氏が、「人の孤独」をテーマに講演を行った。第2部では、日産自動車をホスト・カンパニーとして活動中の分科会Dが、愛媛県今治市の大三島を舞台に行っている「街づくり」に関する実証実験の報告を行った。

諦めていたことが“できる”へ変わることに価値を見出す

2021年6月、外出困難な従業員が分身ロボットを遠隔操作してサービスを提供する世界初のカフェ「分身ロボットカフェ DAWN verβ(ドーン バージョンベータ)(IBM外のWebサイトへ)」が、東京・日本橋にオープンした。ファシリテーターを務めるIBMシニア・マネージング・コンサルタント柴田順子は、立ち上げのためのクラウドファンディングに協力し、実際にパイロット(遠隔操作でOriHimeを動かしているスタッフ)と話す機会があったという。柴田は「吉藤氏のお話はロボットの領域に留まらず、アートに昇華している」と考え、吉藤氏へアーティストとしての講演を依頼したという。

吉藤氏は子どもの頃から体が弱く、学校に通えない時期もあった。そのため「健やかで朗らか」という意味の「健太朗」という本名が嫌いで、18歳の時に「キャラ・リメイキング」をする。折り紙が好きだったことから「オリィ」と名乗るようになった。

工業高校に進学し、「かっこいい車椅子」を作ろうと思い立ち、ジャイロセンサー(角速度センサー)を搭載した傾かない車椅子を作ったり、段差を登ることができるホイールを作ったりした。

しかし、そういった車椅子を作ったとしても、「車椅子で外出すると社会に迷惑をかけるのではないか」と考え、精神的に外出が難しい人がいる。そういった問題を解消するため、バリアフリー情報を共有しながらマップを制作する「WheeLog(ウィーログ)(IBM外のWebサイトへ)」というプロジェクトに取り組んだ。

「“できないこと”が連続していく人生は本当につらいのですが、それが“できる”に変わった瞬間、前向きに生きられる。『何かをやりたい』と思わせるもの、『誰かのために何かができる』と思えること、今まで諦めていたことが“できる”に変わることに価値があると考えています」(吉藤氏)

体が動かなくても行きたいところに行けるロボット

不登校になって居場所を失い、半分うつ状態になって無意識のうちに死へ向かったこともある。そんな子ども時代の「学校に通いたい」という思いを叶える目的で、遠隔で操作可能なロボット・OriHimeを開発したのは2010年。

2012年にオリィ研究所を設立し、2015年には、「寝たきり秘書」の番田雄太氏が毎日OriHimeを使って、盛岡から遠隔出社するようになった。彼は4歳のときに交通事故に遭って以来、首から下を動かすことができない。10歳のときに顎を使ってパソコンを操作できるようになり、インターネットへ接続して世界を広げる。そこから吉藤氏と出会い、OriHimeの研究に加わるようになった。 

「『OriHimeはテレビ会議システムと何が違うのか』とよく聞かれます。たとえばシンポジウムでは、番田も私の横にいて参加し、質問があると私をじっと見るんですね。何か言いたそうだなと察してマイクを渡すと、彼が話す。横にいることで、言いたいことがスッと言える機会が得られる。その後、OriHimeを通して参加者と名刺交換するなどして友人が増え、番田が東京に来る理由ができる。『OriHimeがあったら移動しなくなる』と思われるけれども、逆です。OriHimeによってつながった人たちに生身で会いたくなって、移動する目的ができるんです。今まで外に行くことによって人と人がつながっていたが、これからは、体は最後に運べばいいというアプローチができるようになる」(吉藤氏)

「明日死んでもいいから今日、自分の人生を生きたい」と言い続けていた番田氏は、2017年、28歳の若さでこの世を去った。

今、OriHimeはさまざまなところで使われている。OriHimeを使って登校したり、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患った先生が卒業式に出席したりしたケースもある。身体の障害だけでなく、出張などで遠方にいる、家族の介護でなかなか外に出られないという人が、OriHimeを活用して結婚式に参加できるサービス「OriHime ブライダルプラン」も行っている。身体労働を伴う業務が可能な全長約120cmのOriHime-Dによる分身ロボットカフェでは、50人以上の外出困難者がテレワークでカフェ業務を行っている。

「カフェのメンバーは『ただ働きたい』というだけでなく、『誰かの役に立ちたい』『何かを残したい』という人が多い。そういった寝たきりの先輩メンバーたちと『世界初の失敗を見に行こう』をスローガンにしながら、体が動かなくても自分の意志で会いたい人に会えて、行きたいところに行けて、死ぬ瞬間まで人生を謳歌できる未来を作っていく。それが17年続けている孤独解消の現段階です」(吉藤氏)

実際に分身ロボットカフェを訪問した柴田は、「ロボットに接客されたという感覚がない。遠隔で働いているウェイトレスさんとお話しして接客してもらったという感覚」と感想を語った。

「飲食店に2回、3回と行く理由は、ごはんの美味しさもありますが、やはり人もある。自動配膳ロボットはすでにレッドオーシャン化しましたが、我々はいかに安く速く効率的にものを届けるかという機能面ばかりを見ているのではありません。美容院では『その美容師に切ってもらいたい』、病院も『その先生に診断されたい』など、人に対する関係性も重要で、これは孤独を解消するための一つのテーマです。老後に持っていけるのはお金ではなく関係性。飲食店も、『この店員さんとまた会いたい』という気持ちがある。カフェというよりスナックに近い。いずれスナックOriHimeを開きたいと思っています」(吉藤氏)

「自分が社会の荷物である」と感じる孤独のつらさ

参加者からは「人間は孤独な時に、どのようなつながりを求めていますか」という質問があった。吉藤氏は「人それぞれです」と回答し、孤独にはいろいろな孤独があると説明した。

「私が問題としている孤独は、『自分は誰からも必要とされていなくて、自分の居場所はどこにもない』と自分が思ってしまっている状態。健康で孤独を辛いと感じず、にぎやかなところから離れて一人になりたいという状態はいいんです。それは困っていない。私の場合、学校に居場所をなくしてしまったことで家の中でも居場所を失ってしまいました。両親も困り、妹も家族旅行へ連れていってもらえず、『自分が社会の荷物である』と感じました。自分は生きていても意味がない、死なない理由を見つけられない状態です。それが辛かったですね」(吉藤氏)

「将来、リアル・ワールドでの関係性とともに、メタバースでの関係性も出てくると思いますか」という質問も。

「第一印象のイメージのコントロールは効くようになると思います。OriHimeで会話していると、相手が屈強なおっちゃんでも関係なく仲良くなれる。我々はビジュアルによる第一印象に制限され、知らず知らずにフィルタリングしていることがけっこう多い。自分の気持ちすらコントロールしてしまっています。それで私はリアル・キャラ・リデザインしたわけですけど、それがVR空間はやりやすくなる。『この世界では自分はこういうキャラクター』と性格を変えていきながら、関係性を作っていくことができるし、関係性ができた上でオフ会、リアルに会う事例は増えていくでしょう。引きこもりや不登校の子の解決策としては有効だと思います」(吉藤氏)

今治市・大三島の「もっとお年寄りを外に連れ出すプロジェクト」

第2部では、分科会Dの日産自動車モビリティ&AI研究所 所長の山村智弘氏が、事業の進捗を報告した。分科会Dでは「人とひとが出会うまちづくり」をテーマに、人口が減少する地域の「人とひと」のつながりを再構築し、住人の幸福度を確保することをゴールに設定して取り組みをスタート。愛媛県今治市にある大三島で、地域固有の文化を支えながら課題の解決を行い、地域の人びとを活気づけ、出会いを創出する活動を行うとしている。

具体的には「もっとお年寄りを外に連れ出すプロジェクト」を実施。島への移住を支援している「オオミシマワークス」の方々をはじめ、多くの人にプロジェクトの趣旨に賛同してもらい、課題解決の一つとして、生徒が少なく廃校の危機にある「今治北高等学校 大三島分校」を盛り上げていくことはできないかと考えている。

また、島の半分を占める上浦町の高齢化率(人口における65歳以上の高齢者の割合)は55%と、日本の平均高齢化率(2020年は28.7%)の倍近くある。分科会Dのファシリテートのもと、大三島分校の生徒たちが中心となり、高齢者の方々を巻き込んだ取り組みを進めることを考えているという。

廃校危機や高い高齢化率のほかにも、移住者と古参者のギャップや、畑の耕作放棄問題、参道のにぎわいがないこと、空き家の増加などの課題が見えている。これらの課題のどこにフォーカスして解決していくかを島民と議論。「人とひと」がつながり存続可能な島にするというプロジェクトビジョンを掲げて実行していく。特に、どうすれば高齢者の知識や経験を活かしていけるかに着目しているという。

ディベート「高齢者はSEXYである」。賛成か反対か

分科会Dの活動報告の後、ディベートが行われた。方法やテーマについてCDE 統括エグゼクティブを務めるIBMの的場大輔が説明。今回のテーマである「人とひとのつながり」や「孤独の解消」を軸に、高齢者が「自分で生きたい人生」「役割を持っている人生」をいかに送ることができるかを考えた。ディベートのテーマは「高齢者はSEXYである。賛成か反対か」。任意で賛成派と反対派を3人ずつ選出。

賛成派は、オリンパス執行役員 技術開発担当役員長谷川晃氏、NTTドコモ・ベンチャーズ代表取締役社長笹原優子氏、反対派はポーラ代表取締役社長及川美紀氏、コニカミノルタ執行役員 ヒューマンエクスペリエンスデザインセンター長平賀明子氏。また、それぞれに中央大学の学生が1名ずつ加わった。ディベートについては3名の評定員、鹿島建設副社長執行役員 海外事業本部長越島啓介氏、味の素マテリアル&テクノロジーソリューション研究所長伊能正浩氏、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授小渕祐介氏が評価し、オーディエンスとなる参加者は、チャットで自分の考えをアピールした。

  • 反対派1人目

「SEXYという言葉は広い意味でいうと魅力的と訳せるが、誰から見て魅力的なのか。高齢者に対して、そういうことを判断することがいいことなのかどうか疑問。たとえばAさんから見てSEXYである人は、Bさんから見てSEXYでないかもしれない。SEXYでない人に新たな価値があるかもしれない。SEXYであると定義した時点で思考が止まってしまう。SEXYではないが、どんな価値があるかというところに、新たな思考の展開、未来に向けての可能性が出てくるのではないか」

  • 賛成派1人目

「年を重ねた方の強いこだわり、誇りに感心する。長年培ってきた知識と、それを与えてくれる度量の深さに魅力を感じる。それが私にとってSEXYだと主張したい」

  • 反対派2人目

「『高齢者は○○である』というのは、評価する側がそのような受け取り方をして評価しているのであるが、人と人との関係から何を学ぶか、何が生まれるかがより大事。さまざまな感性を持った人が、多様な高齢者と接してこそ、いろいろ学ぶ、知る、発見することがある。SEXYという言葉以外にもっと多くの感性があるので、SEXYに限定したくない。その人自身がどう生きていくか、その感覚的なところを尊重したい」

  • 賛成派2人目

「それぞれが捉えているSEXYの意味が違うので、限定されているとは言えない。身近な例を挙げると、自分の祖父母は生き生きとして活動的である。それによって私自身は学びに集中できる。身近な高齢者が元気でいる、SEXYであることで、若者が学びに集中できて文明や技術が進歩している」

  • 賛成派3人目

「見た目ではなく、生き方の美学を持っていることをSEXYと定義すると、人は経験を重ねることで自分の軸ができ、美学につながっている。それを持っている方に私は惹かれる。チーズやお酒も年を重ねると独特のクセが出てくる。強いこだわりは時として面倒と思うこともあるが、そのクセに惹かれる。高齢者は弱者ではなく、SEXY先輩。SEXYを楽しめることで日本が明るくなる」

  • 反対派3人目

「知識や経験があることがSEXYなのか。たとえば、頑固親父みたいな方はSEXYなのか。クールだったり、別の魅力があったりする。我々は自分がありたいようにあるべき。SEXYだと我々が決めるのではなく、高齢者自身がどうありたいかを認めるべき」

高齢者を若者が育て、高齢者が若者を育てる

評定員からは、「反対派は命題に賛成・反対というより意味の話になっていた。賛成派はいろいろな例を挙げてSEXYの意味の可能性を述べており、ロジカルにまとまっていて説得力があった」「反対派はテーマ自体を否定することで反対した。良識が働いて『SEXYではない』ということが差別的になるという気持ちがあったのではないか。賛成派としてポジティブなことを言うのはたやすいが、反対意見を言うのは難しいテーマなのでドロー」という意見があった。

東京大学大学院 准教授の小渕氏は「いろいろな形の魅力やSEXYの議論があるのかと思ったが、常識的な範囲での議論になったのが物足りなかった」、「SEXYという言葉の定義をポジティブに、かつ社会にも認められるように捉えていたが、見た目のSEXYに関する意見も期待していた。お年寄りがある一定のところに定義付けられているので、そこをぶち壊すことができないか。反対派は常識を崩そうという頑張りがあったので、努力を評価して反対派に一票入れたい」と評定。結果として賛成と反対、引き分けになった。

日産自動車の山村氏は次のように感想を語った。

「高齢者を集団として捉えて『高齢者はSEXYである』と表現するのは乱暴だと思う。個人や一人格として捉える必要がある。特徴的な違う色を持っている一人ひとりが集まったときに全体として、SEXYと感じるかどうかが問われていると思った。特に高齢者は個人差が大きくいろいろな色がある。その点は分科会Dのプロジェクトでも考えなければいけない」(山村氏)

最後に、東京大学 名誉教授で中央大学国際情報学部 教授の須藤修氏は総括として、「行動経済学的に言うと高齢者をSEXYにするのは共同体、共同主観です。そういうふうに高齢者を構造的に存在させてあげることが重要。高齢者の活動をSEXYだ、魅力的だと思わせてあげるようにしないといけない。文化は地域社会の共同主観。そこに新しいものが入って新たな文化ができる」、「人間として魅力的だと思わせてくれるように、若い人、中堅の人が使いこなす。そういう高齢者を育て上げることが重要」と説明。

須藤氏は、吉藤氏が講演で述べたように「人の関係性」に着目し、「意識しながら世代間の交流をする。これにより高齢者を若者が育て、若者が高齢者を育てる。お互いに教え合うことが重要」と語った。

望まない孤独のなかで生きるのではなく、障害や世代を超えた交流があってこそ、魅力的な人生を送ることができる。「人とひと」のつながりの重要性を学ぶ研究会となった。