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THINK Business

超高齢社会の日常に溶け込むヘルスケア。
認知症の早期発見を目指す取り組み

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65歳以上の人口が28%を超える日本。65歳以上の高齢者のおよそ4人に1人が認知症もしくは軽度認知障害(MCI)を抱えていると言われている。米国の研究では、早期介入によってアルツハイマー型認知症の発症を5年遅らせることができれば、患者数が57%減るという試算もある。そこで期待されているのが日常生活における認知症の早期発見だ。AIやIoTなどのテクノロジーをいかに認知症の発見に応用するか。超高齢社会におけるヘルスケアの取り組みを紹介する。

小林 正朋
小林 正朋

2003年東京⼤学理学部情報科学科卒。2008年同⼤学院情報理⼯学系研究科博⼠課程修了。同年、⽇本IBM⼊社。高齢者の社会参加やQoL向上を目的とした情報技術の研究に従事。JST「⾼齢者クラウド」プロジェクト開発リーダー。博⼠(情報理⼯学)

 

日常生活の中で「健康を見守る」ためのテクノロジー

――日本はいま、全人口の28.1%(※)、男性の4人に1人、女性の3人に1人が65歳以上の高齢者であり、その割合は年々増えています。こうした超高齢社会における課題にはさまざまなものがありますが、とくにヘルスケアの領域においてはどのような課題があると思われますか。(※2018年9月時点での総務省統計局による推計)

小林 超高齢社会におけるヘルスケアにはさまざまな課題がありますが、その中で私たちが着目しているのは日常生活の中で自然に行うヘルスケアです。具合が悪くなって医療機関に行く以前に、もっと気軽に日々、自分で健康管理をする。そしてできるだけ病気にならないように予防する。たとえ病気になっていても早期に発見する。そういったヘルスケアのための仕組みが必要になってきていると感じています。

アイ・ビー・エム(以下IBM)では、テクノロジーを活用したヘルスケアをグローバルで研究、推進しています。ヘルスケアは、医学論文のようなテキスト情報を扱う技術、MRI画像のようなイメージ情報を扱う技術などさまざまなテクノロジー領域と関連し、対象とする疾病も糖尿病やパーキンソン病など多岐に渡ります。私たち東京基礎研究所の高齢社会工学チームが取り組んでいる、IoTセンサーを用いた認知症に関する研究も、そうしたプロジェクトの1つです。

 

――センサーを用いてのモニタリングとは、具体的にはどのようなものなのでしょうか。

小林 ヘルスケアのためのセンサーと言っても、心拍や血糖といった生体情報を測るセンシングではなく、より広い意味でのセンシングを考えています。「会話」や「動作」など日常のさまざまな振る舞いの特徴が、健康を測る「センサー」になり得ます。カメラやマイク、ウェアラブル端末などを介してそうした特徴を計測し、AIによる分析を行います。私たちのチームでは認知症を例として、日常の行動に着目した研究を行なっています。

認知機能の低下はさまざまな日常の行動の変化に関連があると言われています。物忘れが顕著であるとか、同じ話を繰り返すようになるなど、医療の知識がない人でもそうした変化から異常に気付くことがあると思います。センシング技術を使うと、そうした変化を24時間いつでも観察することができる、あるいは定量的・客観的に比較できるといった利点があります。

小林氏

 

会話の特徴から認知症の早期発見を目指す

――モニタリングの対象となる日常行動には具体的にどんなものがありますか。

小林 会話の内容や声の調子、表情や視線、歩行、書く、描(えが)くといったさまざまな行為が対象になります。また、1日の活動量や食事、睡眠、排泄といった日々の習慣的な行動を対象とした取り組みもあります。

一例として、会話の分析から認知症の早期発見を目指す研究についてご紹介させてください。技術的には、①繰り返しや品詞の特徴など会話内容の分析、②間の取り方や音声波形の特徴など非言語的な分析の2つの側面がありますが、こうした研究を筑波大学や静岡大学、あるいは高齢者向け会話サービス「つながりプラス」を提供する株式会社こころみとの協力のもとで進めています。

ヘルスケアのためのAIを研究するには、医学的な知見やデータを持つ大学病院等との連携が欠かせません。IBMリサーチでは、世界各地の大学や医療機関とさまざまな形での共同研究を行っています。

小林氏

「つながりプラス」というのは会話型の見守りサービスで、株式会社こころみの担当コミュニケーターが1人暮らしのお年寄りに電話をし、会話の内容を離れて暮らすご家族にメールで連絡するというものです。電話の内容は「今日は何をしましたか」とか「お体の調子はどうですか」といった日常会話です。こうしたお年寄りの日常会話のデータというのは研究する側にとっては大変に貴重で、こころみさんとの協力によってはじめて研究が可能となりました。

 

――電話での日常会話の中からその人が認知症であるかないかを判断するのはどのような方法を用いるのでしょうか。

小林 認知症の方の会話の傾向として、同じ質問を繰り返しやすく、話題の広がりに乏しいというような特徴があることは、多くの人が意識しているものと思います。実際、テキスト解析技術を使って会話内容を分析してみるとそういった傾向が見てとれるのですが、日常的な会話データは実験室で収集された会話データと比べ、会話の状況や内容が人によって、また時によって異なり一定ではないという性質があります。そのため、伝統的なテキスト解析手法だけでは十分な結果を得ることが難しい。

そこで、日常会話データに含まれる単語や話題の繰り返し傾向を計測する、新たな2つのアプローチを提案しました。1つは、異なる日にまたがる、継続的な会話中の繰り返し傾向を数値化することです。あくまで今回の研究対象としたデータの範囲での検証結果ですが、この方法を用いて作った識別モデルは、1回の会話を対象とした従来手法よりも高い性能で認知症の方の会話とそうでない方の会話を区別することができました。

もう1つのアプローチは、短い発言を詳しく分析可能な、最新のテキスト解析手法を用い、1回の会話中に含まれるセンテンス単位の繰り返し傾向を詳細に指標化する方法です。この新しい指標を使って、1回分の会話でも高い識別力を持つモデルを作ることができました。

このようなモデルを応用することで、疾患の早期発見に寄与できると考えています。たとえば認知症の方は発症しているのに受診していないというケースが多く、それが早期発見の妨げとなっている。認知症の受診率は先進国でも4から5割程度、途上国だと1割未満だといわれています。テクノロジーを使えば、医療機関に行く前に、日常生活の中から兆候を見つけることができる可能性があります。

 

使う人の気持ちを考慮し、いかに日常に落とし込むか

――そのようなテクノロジーを現実的に実用化していくためには、どのような課題があるのでしょうか。

たとえば生活の中でどのようにセンサーとなるデバイスを使うか、を考えただけでも実にさまざまなケースがあります。カメラを設置するのか、ウェアラブル端末を使うのか。24時間365日モニタリングするのか、もしくは限定的な時間に絞ってテストのような形をとるのか――IBMの中にもそれらに応用可能な技術のいくつかはすでにあるのですが、一方でプライバシー上の問題や使う側の立場や気持ちも考慮しなければなりません。

また、AIとの対話に関して言うと、高齢者の方々の中にはAIが相手だと喋りにくそうな人も、逆にどんどん喋る方もいます。

今後ビジネス化していくためには、「テクノロジーをいかに日常の中に落とし込むか」という視点が必要です。たとえばスマ―トフォンやタブレットで動くアプリケーションを新たに作り、「これでテストを受けてください」といったサービスを始めても、こうしたサービスに慣れていない高齢の方にはそれだけでハードルとなってしまうことがあるでしょう。かといって、カメラやマイクを装備した見守りロボットのようなものによる24時間のモニタリングにはプライバシーの問題もある。

私としては、その間にあるエリアに注目しています。使う人自身が意識して、でも日常の暮らしの中に組み込まれ、簡単に使えるようなユースケースを考えてみる。あるいは、よく行く店舗の店頭などでちょっと試してみることができるようなものとか。使いやすさとプライバシーの両面で、できるだけ抵抗の少ない技術が求められていると思います。

関連する技術の研究開発に取り組んでいる大学や企業は他にもありますが、私はこの部分に関してB to B事業者としてのIBMにアドバンテージがあると思っています。一方にIoTの製品を作るメーカーや、新しいヘルスケアのサービスを提供する保険会社など、エンドユーザーとつながるフィールドを持つ弊社にとってのお客様である事業者さんがいる。そしてもう一方に、集めたデータを解析し、プラットフォームを担当するIBMがいる。その両者が力を合わせることで、これまではなかったものを世の中に提供していけるようなコラボレーションを目指しています。

小林氏

 

見守られながら、社会に貢献していく高齢者

――この研究に取り組まれている意義と今後の展望をお聞かせください。

小林 冒頭でもお話したように、「自分の健康は自分で守る」という意識が超高齢社会では求められています。この意識とテクニカルな基盤というのは表裏一体で、今後はそれを前提としたサービスが色々な業界で発展することが予想されます。こうしたテクノロジーが普及するためには、どれだけ多くの人に触れてもらえるかが鍵となるでしょう。

超高齢社会と言っても、いまの時代は「アクティブシニア」と呼ばれる元気な高齢者が大勢います。テクノロジーを使ったヘルスケアはこうした元気なシニアにも使ってほしいと考えています。ある観点ではテクノロジーに健康を見守られながら、ある観点ではアクティブに活動して社会に貢献していく、というのがこれからの高齢者のあるべき姿ではないかと思っています。

以前、80代をターゲットにした見守りのためのテクノロジーを研究開発したときの話です。60代の元気な方にその話をしたら「ぜひ使いたい」と言われました。「いまから20年後に本当にケアが必要になったとき、いきなり新しいテクノロジーを覚えろと言われても無理だから、いまのうちから慣れておきたい」と。元気なうちは社会に参加したり、仕事をしたりする。でもその裏側ではテクノロジーを日々のヘルスケアにも使う。確かにこういう習慣があれば、いざ本格的なケアが必要になったときにもシームレスに移行していけますし、テクノロジーに親しんでいることで社会参加の道筋も残すことができると思います。

ヘルスケアには、健康増進や予防、早期発見、ケア、リハビリなどさまざまな側面がありますが、テクノロジーが特に役立つのは、数字で定量的に測り、小さな変化を見つける、あるいは予測するという観点です。そうした仕事は人間よりもコンピューターのほうが優れている。ユースケースも含めてテクノロジーのポテンシャルを最大限に発揮させる仕組みを作り、ひとりでも多くの方がより長くアクティブに活動していける社会にしたいですね。

photo:Getty Images
 

 

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