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IoTの次!? ヒトとネットをつなぐ “Internet of Bodies (IoB)”が目指す健康で幸福な長寿社会

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益崎 裕章
琉球大学大学院医学研究科
内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座(第二内科)教授

1989年、京都大学医学部を卒業し、96年、同大学 大学院医学研究科 博士課程修了、医学博士。2000年、ハーバード大学医学部 客員助教授を務める。08年、京都大学 内分泌代謝内科 講師として勤務。09年、琉球大学大学院医学研究科 内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座(第二内科)教授に就任。14年、同大学医学部附属病院 副病院長を併任し、15年には同大学医学部 副医学部長を併任する。16年、寄附講座「糖尿病とがん 病態解析学講座」教授を併任。


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三寺 歩
ミツフジ株式会社
代表取締役社長

1977年生まれ。京都出身。立命館大学を卒業後、松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)に入社し、大手法人顧客を担当。その後、シスコシステムズ合同会社、SAPジャパン株式会社、ブルーコートシステムズ合同会社などのIT企業の営業職を経て、2014年に三ツ冨士繊維工業株式会社(現ミツフジ株式会社)に入社、代表取締役社長に就任。


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高野 敦司
日本アイ・ビー・エム株式会社
Associate Partner(HC/LS)

分子細胞生物学、遺伝学の学士、修士をバックグラウンドに持ち、IBMでは製薬業界のR&D、安全性領域の業務改善やシステム構想策定といった、複数の国内・グローバルプロジェクトに従事するなど、一貫してヘルスケア・ライフサイエンス業界に従事。システムエンジニア、コンサルタントを経て、現在は産官学をまたいだ業界横断でのエコシステムビジネス創出を推進している。

「モノのインターネット」——IoT (Internet of Things) という言葉が使われるようになって久しく、すでに製造業の生産現場などさまざま場所で導入されている。そしていま期待が高まるのが、人体とインターネットをつなぐ「ヒトのインターネット」——IoB (Internet of Bodies) だ。人生100年時代に、IoBはヒトの健康や社会の幸福にどう貢献できるのか。東京大学で応用生命科学・遺伝分子生物学を専攻した日本アイ・ビー・エムのAssociate Partner (HC/LS) 高野敦司をファシリテーター役に、健康データを集められるスマートウェアを開発したミツフジ株式会社代表取締役社長の三寺歩氏、琉球大学大学院医学研究科 内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座(第二内科)教授で、予防医学について幅広く提言している益崎裕章氏を招き、IoBの可能性について鼎談を行った。

人生100年時代の鍵は、IoBの提供する“予防”と“予知”

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高野 益崎先生は医師のお立場からIoB (Internet of Bodies) についてどのようなお考えをお持ちですか?

益崎 我が国は世界の中でもトップレベルの超高齢社会を迎えています。テレビ・新聞では盛んに「人生100年時代」という言葉が踊っていますが、今の小学4~5年生の子どもたちが100歳以上の人生を歩む確率は「50%」とも言われています。質の高い、健康に恵まれた人生100年時代の実現のために、IoB (Internet of Bodies) が大きな役割を果たすと期待しています。

高野 ヒトが本当に100歳まで生きる時代が、すぐ先まで来ているということですね。

益崎 そのとおりです。では100年間生きられるようになったときに何が起こると思いますか?まず、「病気」と向き合う状況が圧倒的に増えることになります。日々の良くない生活習慣の積み重ねが病気につながります。これまでは病気になってから治療を行っていましたが、国民医療費が高騰し、国家財政がもたなくなります。そこで期待されるのがIoBではないでしょうか。健康な人体を日常的にモニタリングし、生体データの解析によって病気の兆候を予見する。そんな取り組みが求められています。

高野 生活習慣病の研究・臨床を専門とする益崎先生ご自身も、2017年7月からデジタルデバイスやビッグデータを活用し、早期の生活習慣病予防・改善に役立てる「久米島デジタルヘルスプロジェクト」を推進されていますね。

益崎 小規模な成功事例を蓄積していくことが医療界・産業界に求められていると思います。従来は年に一度の健康診断の場で、医師や保健師さんが「もっと運動しましょう」、「食事量をもっと制限しましょう」と行動変容を促してきたわけですが、現実的には生活習慣病はなかなか、なくなりませんよね。誰にとっても、言われたこととできることには相当のギャップがあるからです。一人ひとりを目覚めさせ、自覚させ、そして行動変容を起こすにはどうすればよいのか。時々刻々、自分のからだがどうなっているのか、日々のデータを各人にフィードバックしていくという、IoBを駆使したデジタルヘルスデータ活用が有効と予想されます。

高野 ミツフジで自社開発された「hamon」(ハモン)も、そんなIoBのユースケースの一つかもしれません。hamonについて簡単にご紹介いただけますか?

スマートウェアシステム「hamon」の写真

三寺 繊維メーカーである当社は1992年、銀メッキ繊維「AGposs」(エージーポス)を開発・販売しました。AGpossはその導電性の高さから多くの産業界で高い評価をいただいていますが、この繊維を用い、完全自社開発で生み出したのがスマートウェアシステム「hamon」です。AGpossを電極として編み込んであるウェアの胸部に、生体情報を発信するトランスミッターを組み込んでいます。それらウェアラブルデバイスを日常的に装着することで、アプリでのモニタリング、そしてクラウドでのデータ蓄積・解析を行えます。

高野 データからどんなことが分かるのでしょうか?

三寺 hamonのデータ解析の可能性は、異変を察知してアラートを出す「予防」の側面と、もっと未来を知ることができるような「予知」の側面があると考えています。まずは日常的な心電・心拍データの変動解析などによってストレス軽減や熱中症予防、あるいは保育施設の乳児窒息死のような事故防止に役立てる、そんなサービスを提供していきたいです。

高野 hamonのようなプロダクト・サービスについて、日々臨床の現場で患者さんと向き合われている益崎先生はどのような感想をお持ちですか?

益崎 投薬治療を行っている糖尿病の患者さんが何かしらの理由で薬を飲めなかったとき、血糖値がアップダウンします。そして次に異常が現れるのが心電図。急激な血糖値の変動や低血糖状態は心電図に異変を引き起こします。いわば心電図は、人体情報のウィンドウのようなものです。hamonによる心電図・心拍の変動解析は病気の悪化の兆候を知ることにつなげられると期待できます。人生100年時代を健やかに生きるために心臓は鍵を握りますね。

高野 IBMも医療機器メーカーMedtronicとコラボレーションして、IBM Watsonを活用した糖尿病管理ツールを開発・実用化しています。これは身体にパッチのようなものを貼って、各人の活動量・食事内容で変化する血糖値など生体情報をリアルタイムにモニタリングするもの。その変化に応じて的確なタイミングでインスリン投与などの介入措置を行うことができ、効率的な糖尿病の治療が可能となります。それに加え、分析を繰り返していくと各個人ごとに、低血糖に陥るリスクを、3時間も前に予測できるようになります。そうした予測・予知は患者のご家族に大きな安心をもたらすものだと考えています。

IoBのデータが “最適”な未来を提案


三寺 歩氏の写真

高野 ここからはもう少し未来についてお話したいと思います。生体データがビッグデータ化すれば、三寺さんがさきほどおっしゃられたように「予防」以上の「予知」が可能になると思います。hamonでの「予知」には具体的にどんな可能性があるのでしょうか?

三寺 その可能性の一つとして見据えているのが、コンディションの予知です。中でも世界を舞台に戦うスポーツ界のアスリートの方々は、全体・個人の練習メニューはもちろん、睡眠時間や1日の食事の内容など、すべての活動が細かく管理されています。特に海外のチームと戦う場合、日本人選手は体格差で不利な分、事前に戦略立案を精緻にやらないと結果が伴いません。そこで我々がスポーツ界とともに実証を進めているのが、生体データから選手のコンディションを予知する取り組みです。それらの情報を試合前の戦略立案に役立てるようなニーズが実際に拡がっています。

益崎 福島県立医科大学の「笑いと健康」に関する興味深い研究は「1日に声を出して笑う回数が少ないと、がん・肥満・糖尿病・認知症になるリスクが高い」というものです。日常のなにげない生活習慣をきちんと修正すれば、未来を変えることができる——そんなことを示唆する研究だと思います。予知に対するニーズはアスリートに限った話ではなく、みなさんのような企業人にしても同じではないでしょうか。データを積み重ねるほど、より正確な解析が可能となり、予知もできるようになる。そうすれば3カ月後、1年後の行動・生き方が根本から変わります。

三寺 これはある占い師の方にお会いしたときの話です。その方が「私の占いは外れない」と自信満々におっしゃるので、その理由を聞いてみました。するとその方は「これまで数万の方の人生を聞いているので、そこに統計情報を掛け合わせれば、類型化されたパターンが見えてくる」と言うのです。

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高野 まさしくAIですね。

三寺 そうですね。IoBにしても、データを積み重ねていくことがとても重要だと考えていますし、そのための実証を繰り返していきたいです。

益崎 そうした積み重ねで生まれる未来予知は、ビジネス界における人事考課やキャリアプランにも活かせると思います。IoBで分析すると、各人にとってどんな仕事が向いているのかも分かるかもしれません。結果として社会全体の生産性が上がり、一人ひとりがハッピーになれるかもしれません。日々をハッピーと感じることは、医学的に見ても長生きの秘訣なんですよ。

高野 IoBは多様な環境、生活を送っている万人にとって、その個人ごとに有益なデータを生み出すものであり、最終的にはヒトをハッピーにするものである——。そんなことが分かってきました。しかしそれに対して、自分の身体的・行動的な情報を取得されることに、いささかの不安を感じるヒトもいるかもしれません。その点についてはいかがでしょう?

三寺 いわゆる監視社会といったネガティブなイメージを持つ方は実際に多いと思います。でも私は、そこに異議を唱えたいです。これまでの社会的な価値観では、仕事選びにしても、働く意欲や志望動機はあるにせよ「なぜその職業を選択したか」の明確な根拠を示せなかったと思います。しかし益崎先生がおっしゃられたように、IoBはその状況を根本から変えてしまうもの。私はそこに期待を込めています。

高野 たしかにIoBはヒトの働き方・生き方の可能性を広げるものだと思います。誰でも人生の岐路に立つとき、例えば職業を選択する際には「この仕事が自分に向いている!」という自信は当然ながら持てないもの。IoBの予知によって、自分の向いている仕事の性質や種別をある程度示してくれるような未来になれば、後悔する可能性を減らしつつ前向きな仕事選びができるようになると思います。

益崎 生涯未婚率が上昇し、若者の仕事に対する価値観も以前と比べて大きく変化したりするなど、既存の社会モデルに限界が見え始めています。医学の世界ではPrecision Health(プレシジョン・ヘルス)という言葉が流行っており、平たくいえば、一人ひとりの実状、好み、性格、ニーズに合わせて、いろいろなしつらえを行い、最適化していくことを指します。将来、IoBのモニタリングデータを利用して、プレシジョン・ヘルスの観点を取り入れれば、思ってもみなかったいろいろな関連性が見えてきて、社会に異次元の変革をもたらす可能性があります。

IoBのラストワンマイルが抱える課題と期待

高野 敦司(左)、益崎 裕章氏(中央)、三寺 歩氏(右)の写真

高野 ここまでIoBの現状、そして将来像についてお話を伺ってきました。となれば「今後IoBをどのように社会実装していくのか」が大きなポイントになります。特にhamonはIoBの社会実装を実現するプロダクトと言えそうですが、三寺さんはどのようにお考えですか?

三寺 IoBの社会実装を考える上で我々がメーカーとして特に課題と感じているのは、ハードウェアの側面です。とりわけhamonのようなウェアラブルデバイスは着用へのハードルがあり、高齢者の方に着ていただくのも今のままでは難しい。「独居老人」というなんとも寂しい言葉が社会的に広まっていますが、これからは一人で生きることを選択できる社会を目指さなければいけないと思います。しかし仕組みが追いついておらず、テクノロジーの力によって社会問題の解決に貢献するために、メーカーに課せられた課題はまだまだあります。

高野 IBMが推進している新しい技術というと、塩一粒よりも小さい“world’s smallest computer”(世界最小のコンピューター)やQuantumコンピューターがあります。テクノロジーの進歩を通して社会問題解決の手法を大きく変えていくという点では、同じテクノロジー領域の人間として共感します。

益崎 今後は病気になってから治療するというモードは縮小していくでしょう。糖尿病・認知症・がんは、診断される10年前から体内にさまざまな異変が起こっています。hamonのようなIoBデバイスは、健康診断だけではわからない“予備軍”を未病段階から見つけ出す仕組み・技術であると感じました。我が国の皆保険制度は世界的に高く評価されてきましたが、その仕組みも破綻しつつあります。一人ひとりが人生100年時代に向けて、自らの人生をデザインできる仕組みを作ることが喫緊の課題です。IoBの社会実装によって「長生きすることが本当に幸せになる世の中」の実現を期待しています。

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