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5Gとエッジが促進する製造業のDX

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杉浦 由紀

杉浦 由紀
日本アイ・ビー・エム株式会社
理事 グローバル・ビジネス・サービス事業本部
IoT Strategy担当 パートナー

20年以上にわたり、主に製造業でのサプライチェーンおよびスマートファクトリーのコンサルティング経験を持つ。サプライチェーンの計画領域や分析領域、システム導入などさまざまなSCMプロジェクトに従事しており、グローバルのプロジェクトや新興国におけるサプライチェーン推進プロジェクトの経験も豊富。また、日本IBMにおけるスマートファクトリー・チームの立ち上げをリードし、エッジ・コンピューティングとデータ連携するアナリティクス・データクラウド基盤「CFC analysis platform」のソリューション開発を主導。大手製造業のお客様とIBMのスマートファクトリー分野での協業活動も積極的に推進している。

製造業では、これまでもIoTやAIなど先進技術とデータを活用することによって生産効率を向上させてきたが、今後、現場業務の自律化をさらに加速させる技術として「5G(第5世代移動通信システム)」と「エッジ・コンピューティング」にも注目が集まっている。エッジ・コンピューティングとは、データを収集する現場の端末デバイスの近くにエッジサーバーを置くことで、高速かつリアルタイムにデータ処理、分析を行う仕組みだ。一方、5Gはデバイスの多数同時接続や、データ伝送の超低遅延、大容量データの高速転送などの特徴を持ち、この2つの技術が合わさることで相乗効果が発揮される。

本稿では、5Gとエッジ・コンピューティングがもたらすデジタル・トランスフォーメーション(DX)をテーマに、これらの技術が製造業にもたらす効果と活用のユースケース、実現のアプローチを紹介する。

データ主導型社会の実現には5Gとエッジ・コンピューティングが不可欠

日本政府は、日本が将来目指すべき姿として「Society 5.0」(超スマート社会)の実現を提唱している。それに呼応して多くの企業がAIやIoTなど先進技術の活用を進めてきた。しかし、それを上回るスピードで社会課題が深刻化している。労働人口が減少する中で企業活動をどう維持していくか。感染症は従業員の現場への出社や出張を妨げる。さらに、不規則に変動するサプライチェーン上で適正な需給バランスを維持するのは困難な状況だ。

こうした課題を克服しようと、製造現場でのデジタル変革が加速している。データ主導型社会を支えるテクノロジーには、ハイブリッド・クラウド、AI、量子コンピューターなどさまざまなものがある。その中で、社会にさらなる変革をもたらす技術として注目を集めているのが5Gとエッジ・コンピューティングだ。

5G通信は超高速で大容量のデータの転送が可能で、高い信頼性と低遅延でのデータのやり取りが行え、膨大な数のデバイスも同時に接続できる。一方、エッジ・コンピューティングは、データの収集・蓄積・分析といった処理をより高速に行える、クラウドの可能性をさらに拡大するテクノロジーだ。2020年現在、アクセス可能なデバイス数は世界中で数百億を超えるといわれ、そこから大量のデータが生み出されている。企業内のデータはデータセンターやクラウドで処理されているが、これからはエッジ・コンピューティング上でも処理されるようになる。また、セキュリティーの観点からもエッジ・コンピューティングの利用が進むと考えられる。

IBMは、データ主導型社会を実現する次世代ビジネスモデルを「先進デジタル企業」と定義している。先進デジタル企業は、データとデジタル技術を最大限に活用して、戦略的優位性を具現化している企業を指す。IBMは、企業が顧客や従業員に最先端の技術を使ってデジタル体験を提供する、あるいはデジタル技術を活用して業務の自動化を進めることで戦略的優位を実現することを支援している。

5Gとエッジ・コンピューティングにより加速するデータ主導型社会

5Gとエッジ・コンピューティングにより加速するデータ主導型社会(出典:日本IBM)

時と場所を問わないDigital体験と、業務のさらなる自動化を可能に

先進デジタル企業の実現には、次の3点が求められる。1点目はビジネス戦略で、企業や業界横断のビジネス・プラットフォームの構築ができていること。2点目は企業にとって最適なインフラを選択し、その上でデジタルテクノロジー基盤を作り上げられること。3点目は新しい世界に適応するために企業文化やスキル、人材を自ら変革していける組織変革能力だ。

これらを満たすためには、5Gに接続された多様なデバイスからデータを収集し、最適ポイントにあるエッジ・コンピューティングでのリアルタイム処理が不可欠になると言える。

では、5Gとエッジ・コンピューティングはどのような変革をもたらすのか。代表的な例を挙げる。

一つは「時と場所を問わないDigital体験」だ。たとえば、コンテンツのエンリッチメントとスマートグラスで、VR店舗でリアルに近いショッピング体験ができる。あるいはバーチャル・コンシェルジュで、自分がやりたいことのシミュレーションやアイデアをリアルに近い形で提案してもらえる。リアルとバーチャルの垣根が低くなり、時間と場所を問わないDigital体験が当たり前になっていくだろう。

もう一つが「社会・業務のさらなる自動化」だ。たとえば、クルマには自動運転制御や車々間調整などリアルタイム性が重要な機能がある。画像分析での異常判定やリアルタイムシミュレーション、制御への即時反映などにおいて、より高速な判断と処理が求められる。5Gの安定性のある通信とエッジ・コンピューティングによって、これまでクラウドで行っていた処理がデバイスの近くで行え、リアルタイムに近いフィードバックが可能になる。従来はタイムリーなアクセスや集約が難しかった情報を扱えるようになり、社会活動や企業業務の自動化が一層進むことが期待される。

製造業の現場でエッジ・コンピューティングと5Gを実装可能にして提供

続いて製造業におけるエッジ・コンピューティングと5Gのユースケースを紹介したい。

Case1:コネクテッド・ビークル
エッジ・デバイスがクルマの場合、車載のセンサー情報やカメラ映像をエッジ・システム上で処理できれば、従来は難しかったリアルタイムのフィードバックが可能になる。一方、複数車両の情報から混雑状況を共有するような、多数のエッジ・デバイスのデータを統合した処理が求められるものについては、今までどおりクラウド上で処理し、それぞれの良さを生かしていく。

Case2:スマート・マニュファクチャリング
エッジ・デバイスが製造現場で動いているロボットや生産設備になる場合、設備備え付けのカメラから画像を収集し、異常や不良品を判定して、直ちに製造現場にフィードバックする。それによって製造ラインの中でロットホールドやリワークなどを遅滞なく行う。一方、AIの再学習など、リアルタイム性が必要でない処理はクラウドにデータを上げ、処理する。

このように、エッジ・コンピューティングはアプリケーションをデータがつくられる場所、アクションを取る場所の近くに配置することで、リアルタイムに近いフィードバックを可能にする。また5Gで、従来は処理しきれなかった大容量のデータや、タイムラグが生じていた処理も遅滞なくできるようになる。

IBMは現場で実装可能なエッジ・コンピューティングを提供している。一つは画像解析による品質診断で、IBMはCase2で紹介した仕組みをすでに作り上げている。もう一つは音響解析による品質診断だ。溶接ロボットの溶接時の音をリアルタイムにエッジ上で処理し、溶接の成否を判断する。エッジ・システムとIBMの音響分析アルゴリズムを組み合わせて、ほぼリアルタイムで処理する。

5Gとエッジ・コンピューティングの組み合わせ効果(出典:日本IBM)

5Gとエッジ・コンピューティングの組み合わせ効果(出典:日本IBM)

5G+エッジ・コンピューティングで実現するインテリジェント・ワークフロー

ここまで現場業務における5Gとエッジの活用を紹介してきたが、先進デジタル企業が目指すのは企業全体における業務のデジタル変革だ。部分最適化から生まれた部門間の壁を低くし、横断的で協働的で動的なワークフローを構築。そして、全社でデータを共有しつつ、各業務でAIを活用して一層の生産性向上を実現する。こうしてでき上った業務の流れをIBMは「インテリジェント・ワークフロー」と呼ぶ。5Gとエッジはその成熟度向上に役立つのだが、適用例を通じて説明しよう。

保全業務は製造現場の中でも人の作業に依存するところが多く、自動化が進みにくい領域だ。しかしインテリジェント・ワークフローの適用により、業務生産性の向上が期待できる。

まず、保全担当者が現場を回って記録している手書きの情報や画像などを電子化し、5Gとエッジ・コンピューティングによって自動収集する。このデータをもとに設備の劣化や異常の傾向を検知し、故障予測を行うとともに生産計画とも横断的に協働。故障の予兆を考慮し、部品の在庫管理や調達計画につなげ、生産に影響を及ぼさないように生産計画との整合をとる。加えて、すぐに保全できるとは限らないため、設備を延命させるために、故障傾向が見られる設備の負荷を減らしていくよう生産スケジュールを調整する。これら一連の作業をAIが可能にする。

また、実際の保全業務は人が行う必要があるが、ここでも効率化が期待できる。経験が豊富でない作業者が担当する場合でも、ARやVRを活用して、遠隔地にいる熟練社員やオフィスにいる専門技術者からアドバイスを得ながら作業を行える。AR/VRのシステムも高速な5G+エッジ・コンピューティングにより、その場にいるような臨場感のあるサポートが可能になる。

インテリジェント・ワークフロー 〜保全業務への適用(出典:日本IBM)

インテリジェント・ワークフロー 〜保全業務への適用(出典:日本IBM)

エッジ・コンピューティングと5G適用における6つのデザイン・パターン

実際にエッジ・コンピューティングと5Gを業務に適用するにあたっては、どのような処理をどのエッジで行うかを考える必要がある。これをIBMは、どのデバイスから、どのようなデータを収集するか、何のためにどんな処理を行うか、処理結果をどのように活用するかといったことをもとに、アーキテクチャーのデザイン・パターンを整理している。

デザイン・パターンは、「協調処理」「オフロード」「選択アップロード」「クローズド」「デジタル・ツイン」「データ・キャッシュ」の6つに分類できる。

「協調処理」は、エッジ上で処理した結果とクラウド上で処理した結果をうまく合わせて、一つの結果を導いていくパターンだ。「オフロード」は、処理時間の要件を満たすために、どこまで処理するのかを決めていくという考え方だ。リアルタイム性が要求されるにもかかわらず、処理時間がそれを満たさない場合、高速な処理系にデータ処理を分担させるなど、求められるスピードに応じて、エッジ・コンピューティングを活用していく。

「選択アップロード」は、先に紹介した異常検知のケースが該当する。現場での異常判定はエッジ上で行い、分析モデルやAIの再学習のために必要なデータを選択してクラウドで処理する、必要なものだけクラウドに上げていくパターンだ。「クローズド」は、セキュリティー上の問題でクラウドにデータを上げたくない場合に、エッジ上で処理するものだ。

「デジタル・ツイン」は、デバイスが置かれているのと同じ環境をエッジ・コンピューティング上に構築してシミュレーションし、その結果をエッジ・デバイスに返していく。「データ・キャッシュ」は、エッジ・デバイスからのデータをカスタマー・エッジで一時的に保管して、クラウド上には定期的にアップロードしていくものだ。

小さく作り、改善を図る「IBM Garage」でビジネス変革を支援

5Gやエッジ・コンピューティングは新しいテクノロジーなので、導入にあたって検討が必要なことが多数ある。それに対してIBMは、「IBM Garage」というコンサルティング・サービスを提供している。

これはデジタル先進企業の実現に向けて、デジタル体験や自動化プロセスをどのようなデータと基盤で実装していくかを見極めるためのアプローチだ。お客様とともにアイデアを検討し、小さく作って運用し、改善を図りながらDXの立ち上げを支援する。

IBM Garageには大きく6つのポイントがある。1つ目は顧客や従業員などユーザーの経験をベースにした開発を進めていくこと。2つ目は過去の知見を活用し、業務価値を見極めること。3つ目は小さくスタートして大きく育てていくこと。4つ目はアイデア出しからPoCやプロトタイプまでを円滑につなげることだ。そして5つ目は業務的な価値を忘れずに推進していくこと。6つ目は従来の常識にとらわれずに新しい技術や新しい考え方を積極的に取り入れていくことだ。

IBM Garageの6つのポイント(出典:日本IBM)

IBM Garageの6つのポイント(出典:日本IBM)

こうした6つの観点を取り入れたガレージ・アプローチを実際にプロジェクトに適用することで、エッジ・コンピューティングと5Gを使った先進デジタル企業を実現していくことが可能になる。データ主導型社会実現のキー要素である5Gとエッジ・コンピューティングの導入にあたって、IBMはビジネス手法とテクノロジーの両面で、皆様のパートナーとなり、ビジネス変革を支援していく。