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経営者が白熱議論、「新しい社会でいかに生きていくか」を考えるための3つの鍵

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日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)と東京大学は、産学連携で人文社会科学系の学問と情報理工系の先端技術を融合して、社会課題を起点にこれまでなかった概念や社会モデルをデザインし、ひいては日本社会の世界的なプレゼンスを高めることを目的とする研究プログラム「Cognitive Designing Excellence(以下、CDE)」を立ち上げた。その第2回研究会が9月に行われ、大手企業、大学などのリーダーたちがCDE会員として多数参加した。

まず、IBM グローバル・ビジネス・サービス事業本部 戦略コンサルティング&デザイン統括 CDE統括エグゼクティブ・的場大輔氏が、オープニングにて今回のテーマ「新しい社会でいかに生きていくか」について説明した。

7月に開催された第1回目の研究会を経て、以下3つの社会課題・テーマが浮かび上がった。

  1. 格差
  2. 多様性
  3. 教養

 

今回の研究会では、これら3つの課題・テーマを軸として、前半では東京大学先端科学技術研究センター教授・Ph.D 福島智氏による基調講演が、後半ではその視座を自分事化し、「新しい社会でいかに生きていくか」を考えるための価値基準についてディスカッションが行われた。

 

基調講演:絶対的孤独を通じて考える多様性・格差・教養

障碍に対する考え方を根本から捉え直し、バリアフリーを取り巻くバリアを取り除くことを目的とする新しい学問、障害学の教鞭を執る福島氏。3歳で右目、9歳で左目の視力を失い、18歳で聴力を失った全盲ろう者として初めて東京大学の教授になった。自分の声は聞こえていないが18歳までの記憶で話し、相手が話すことは指点字通訳*をしてもらうことでコミュニケーションを取っている。

*指点字通訳:盲ろう者の指を点字タイプライターのキーに見立て、トントンと指を叩いて言葉を伝えるコミュニケーション方法

福島氏は、自身の状況を「宇宙空間にいるような感じ」だと表現した。

「ある宇宙飛行士と対談する機会があり、見えない聞こえない状態の疑似体験をやってもらったところ、『似ている』と言っていました。『船外活動で感じた不安、絶対的な虚無の孤独を感じる』と。私が感じているものと性質は違うけれども、類似性はあるのだと思いました」

そうした絶対的な孤独という状況にある福島氏は、自分と社会をつなぎとめるものは「存在が承認されること」だと言う。

「私が生きていていいと思ってくれる人がいるかどうか。私が何かをするから、何かを作るからではなく、そのままの私で生きていていいと承認されることによって勇気や元気が出てくるのです」

 

格差や多様性をめぐる議論に必要な、何もしないで存在することを認める視座

2016年、神奈川県相模原市の知的障害者施設で19人が刺殺されるという痛ましい事件が起きた。被告は「意思疎通のできない人間は生きる価値はない」と供述したと報道された。福島氏は被告と面会しあらためて犯行動機を問いかけたが、「良い社会にするため」だと言い放ったという。今年6月には、元農林水産事務次官が引きこもりの息子を殺害する事件が起き、ネット上では「長年引きこもって何もできないやつは殺されても仕方がない」という意見が少なからず見られた。

「これらの根っこは同じで、優生思想です。生産性が高い人、効率性に優れている人、作業の質が高い人、そういった人間ばかりを追い求める価値観では、重度障碍者、引きこもりの人は存在する価値がないと思ってしまう。そういう人が社会になにがしかの割合でいる。言葉にはしなくても、本音ではそう思っている人もいる。そういう状況をどう考えるか。それは(今回のテーマである)格差、多様性、教養の問題を考えることにもつながってくると思います」

その上で、格差について、福島氏は次のように述べた。

「経済的な格差が注目されがちですが、先ほどの重度障碍者の例について言えば、生産能力が低いとか高いとかのレベルを超えて、基本的には何もしないで存在するという状態の人が世の中にはいる。そういった人たちのことをどう考えるか。それが格差問題のコアであるべきだろうと思っています。ある程度稼いでいる人たちの差をならしていくだけではなく、すべての人間が尊厳をもって存在することが認められること。なんの条件も理由も必要ない。そういう発想を持っていないと、いつのまにか条件つきの格差の話になってしまう。それを私は恐れています」

また、多様性について、「多様性があれば組織が活性化する」といった主張が一般的にあるが、「注意すべきは、多様性は二重構造になっていると思われる点です」と福島氏は指摘する。さまざまなマイノリティグループとともに生きるという意味での多様性が成り立つとき、それぞれのグループ内部での個人の多様性を考慮する視点が不足する可能性があるという。

「“多様性”という言葉からこぼれ落ちる人たちがいる。たとえば重度障碍者や引きこもりの人は“多様性”の中に含まれるのか。彼らを仲間に入れようと考える組織や団体はあるのかと考えると、疑問が生じます。もちろん、男女の多様性や外国人も含めた組織を作るという意味での多様性も大事ですが、その一方で、多様性は“格差や排除を否定しない”、すなわち“格差や排除を包含した”多様性がありえることを留意したいです。つまり、なんらかの属性を持っているマイノリティグループを包み込んでいくことで多様性を実現する場合、最終的にはそのグループ内の一人ひとりの違いや多様性を覆い隠してしまう危険性があるということです。組織や社会は一人ひとりの多様性をどう受け入れていくのでしょうか」

さらに、教養については、複数の学生から「高校までは東大に入るという目標があって、勉強していれば自分が認められ、自分も納得できた。ただ、大学に入ったら何をしたらいいのかわからなくなった」という話を聞くという。

「『これから探すしかない』というくらいしか言えませんが、なるべくいろいろな人と会って話すことです。ネット上だけのつながりではなく、実際に会って話す、話を聞くことが大事です」と語り、大学受験をゴールと想定する学校教育や学習塾などの民間教育の姿勢が今後問われると指摘した。

3つのテーマを貫くものは、他者との関わり。福島氏は「他者が存在しなければ、自分が存在することもわかりません。宇宙空間に自分がいるだけでは自分の光を見ることはできないのです。他者に反射する自分の光を見ることで自分が見えてきます」と講演を結んだ。

 

ディスカッション:これからの社会で「いかに生きていくか」

次にディスカッションの時間へ移った。モデレーターは、東京大学大学院 情報学環・学際情報学府 教授・Ph.Dの中尾彰宏氏が務めた。9人の参加者によるインナーサークルで行われる議論を見ながら、アウターサークルが意見を言う「フィッシュボウル形式」で議論が進められた。同時に、リアルタイムで意見を書き込めるアプリ「Sli.do」を導入し、随時意見や質問を受け付けて適宜ディスカッションに活かした。また、議論を深めるため、多摩美術大学講師の清水淳子氏によるグラフィックレコーディングも行われ、内容をリアルタイムでグラフィックによって可視化し、複雑な情報を構造化しながら理解するのに役立てた。

議論のテーマは「これからの社会で『いかに生きていくか』」。これまで資本主義における成長を旗印にしてきた日本は、「勤勉」であることを前提とした社会基盤の上で成り立ってきた。社会、経済ともに成長を前提としたこれまでのモデルが機能しなくなってきている今日に、多様性、格差、教養を議論することは、経済成長のために勤勉であるという前提からいったん離れて、新たな価値観をもって「いかに生きていくか」を考えることと言える。

議論にあたって下記の3つのポイントが設けられた。

  1. 勤勉に代わる日本のあるべき指標とは。男性中心、経済力優先の社会の次に来る価値観とは
  2. 社会のさらなる情報化によって、効率化、省力化、自動化が進めば人は幸せになれるのか
  3. 情報化、効率化に加えて、新たな視点で自分たちの幸福を築いた例を挙げてみる

 

経済力優先の社会に対する賛否両論

「勤勉」や「経済力優先」という価値観については、「見直したほうがいいのではないか」という意見と、「資本主義社会である限り必要」という意見に分かれた。

  • 見直したほうがいいという意見
  • 「GDPで国の格差を評価することは根本的に限界。GDPに代わるものを日本が打ち出し世界に発信しなければならない。デンマークには個々人にとっての幸せを追いかけるフィロソフィーが最初にある。企業経営も同じ。それぞれの企業が何のために存在するのかを考える。それは企業によって違う。ユニークなアイデンティティでいい。横並びで比較するのは違う。企業としての生き方を示す力があれば、従業員は生きがいを感じてエンパワーされると思う」

    「勤勉そのものが悪いとは思わないが、時間尺度で測って長く仕事をすることがいいという価値観に問題がある。次にあるべき価値観は、足るを知ること。企業や個人が成長するのは悪いことではないが、領域が違うものを、配当が高い、昨年より伸びたというのと同じ尺度で比べるからおかしくなる。組織においてあるべき価値なのかを考えて成長を見るべき」

  • 勤勉さ、効率性などは必要という意見
  • 「勤勉を否定すると、勤勉な人を否定することになる。価値観は一つでなくていい。次に重視される価値観は合体。多様な能力を包摂して一つのチームとして作り上げる能力、いろいろな能力を高め合って共生し、包摂することではないか」

    「生産性、効率性を追求することを否定してはいけない。それがないと社会の進歩はない」

    「資本主義において効率性を放棄することはありえない。福島先生のお話の中で、特に印象深かったのは他者がいて自分を認識するという点。日本はもともと和を尊ぶ社会。人のためになればがんばれるというところが日本人のベースにある。そうした消えかかっている価値観を強化していけばいいのではないか」

    「企業としては効率を追求せざるをえないが、バランスが重要。バランスを取るとき、何をベースの価値観とするか。日本にはトヨタ生産方式(TPS)やアメーバ経営など素晴らしい考え方がある。それは欧米で上位概念化されて逆輸入されている。私たちも日本のいいところを上位概念化すればいいのではないか」

 

今後の社会を構想するために不可欠な、教養と多様性

また、教養の必要性と個々人の多様性を認める必要性を主張する意見も多く見られた。

「会社は利潤追求、効率追求で環境破壊をしている側面もある。そこで環境に優しい事業がしたいと、世界の砂漠化している地域に牧草を植える事業を提案したところ、当時の上層部の合意を得られず諦めた。そのとき一緒に事業に取り組んでいた若い社員が、形を変えて別の国で野菜プラントを作る事業を起こした。会社は利潤追求であっても、そこでつぶされずに逆らうことが大事。それも教養だと思う」

「教育問題について危惧している。25年前(1994年)にルワンダで大虐殺が起こったが、それは教養がなかったからだと言われている。人間としてどう生きるか、人をどう思いやるか、そういうことを考えることが必要。今の教育から一歩進めていかないと日本がおかしくなっていくと危惧している」

「今の社会は、日本に限らず、社会規範や同調圧力が強い。たとえば、女は良妻賢母であるべきなど。仕事でも、企業や社員は目標に向かって行動すべきなど「(〜する)べき」の仕事が多い。私は「(〜し)たい」の仕事がしたい。「(〜し)たい」の仕事は、会社の期待目標があっても自主性や自立性がある。人間は自分の目的に向かって行動しているときにエネルギーが湧く。社会的な同調圧力を取り払って、多様性を守っていくことが大切ではないか」

「今、いろいろな会社にダイバーシティ推進のための組織があるが、組織を作ればいいのではない。突き詰めると個々の人間が何をしたいか、私はこう生きたいというものを引き出す経営が求められる。そして自分で考える力を持ち、『こんな課題を解決したい』とプロブレムステートメントを書ける人間を育てる。自律的な人材を、企業も、アカデミアも、国も大切にしなければならない」

 

ディスカッションに対する三者三様のフィードバック

ディスカッションについて、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授・Ph.D 大学総合教育研究センター長 須藤修氏、福島氏、東京大学大学院情報学環・学際情報学府特任教授 原島博氏からも意見が述べられた。

  • 須藤氏
  • 「リベラルアーツは教養と訳される。しかし、石井洋二郎先生(東大名誉教授、元教養学部長)によると、リベラルは自由、アーツは技法であり、本来リベラルアーツは自らの自由をクロスオーバーさせながら発展させるための技法を身につけることだという。しかし、日本の教養学部は、クリエイティブなアクションやワークができる人間を育てていない。次のフェーズの社会でAIなどのツールを使って、どういうふうに育てていくか考えるべき」

  • 福島氏
  • 「私は効率性や生産性を否定しているのではなく、効率性や生産性がすべてに優先する価値基準になることの恐ろしさを言いたかった。すべての人間が文句なしに存在していて良い。みんながお互いを認め合う社会が大事。その上に、効率性を追求する組織があること自体は大切だと思う。時間がかかるけれど、じっくり良い仕事をする人もいるかもしれない。いろいろな形で仕事の仕方、活動の仕方を認めることが大事。いろいろな属性を持った人がいるという多様性だけでなく、いろいろな考え方、価値観、感性が共存しているところに社会を存続させるための鍵がある。SDGsとよく言われるが、大事なのは“Development”ではなく“Sustainability”。成長第一主義は限界にきている。自然は破壊されつつある。放ったままでは子孫はいずれ滅びる。そういったものを是正していく方向で生産性、効率性を使うことは大賛成。そのために良い仕事をする人を養成する教育にお金をかけなければならない。OECDによると、GDPに占める教育機関への公的支出割合に関して、日本は比較できる35カ国中最下位だと報道されている。税金が高くなるかもしれないが、教育にお金をかける方向へいくべき。CDEプログラムは、サイエンスにアートが加わる点が面白い。さらにプラスするならフィロソフィー。遺伝子技術関連でよく言及される哲学や倫理は、情報技術関係でも重要になってくるのではないか」

  • 原島氏
  • 「さきほどの基調講演で福島先生から重要な指摘があった。“能力はなくても存在しているだけでいい”という指摘。ところが、このような場で多様性を議論すると、どうしても“多様な能力の活用が大切”という話になってしまう。そこでは、前に進むということが大前提で、必ずしも前を向かなくてもいいという発想がなかなかできない。なぜだろうか。それは、みんなが企業を経営している立場で議論しているからだと思う。それは仕方がない。私もそうなると思う。立場上かっこいいことを言わなければならないという呪縛もある。一方で、中には子供が障碍を持っていたり、引きこもっていたりする方もおられるかもしれない。その立場で議論したら、まったく違った発言が出てきたのではないか。肩書きではなくて、一人の人間としてこれからを考えること。難しいことではあるけれども、その必要性も感じた」

 

人は戦略性やクリエイティビティを要求される仕事を行い、AIと相補的な関係になる

最後に、第2回の内容を受けて、須藤氏から「いかに生きていくか」について提言があった。

「今年3月に発足したスタンフォード大学の『人間中心のAI研究所』では、ヒューマニティについて本気で考えようと言っており、シリコンバレーの自治体、企業、研究者、市民などさまざまな人が関与しています。我々はAIでどう変わるか、何を貫いて堅持しなければならないか考えなければいけません。中国の有名な投資家、李開復(リー・カイフー)は、AIは最適化を伸ばすが、異なる事象を関連づけて新たなものを生み出したり、発見の仕方を作ったりすることは苦手であり、思いやりが必要な仕事、情熱を発揮しなければならない仕事は人間が大切に残していかなければならないと言っています。これまではルーティンワークでの最適化ばかりが求められ、長時間拘束されました。今後、人間は人工知能ができない戦略性やクリエイティビティを要求される仕事を行い、AIと相補的な関係になるでしょう」

また、須藤氏は「ジェネレーションAIと言うべき、我々とはまったく違う教育を受けているニュータイプの人間が、7、8年経つと社会に出てきます。この人たちとどうコミュニケートして一緒に生きていくか、本気で考えるべきです」とも語った。

時代が大きく変わろうとしている今、我々はいかに生きていくかを問われている。次回の研究会は11月に予定されている。

 

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