IBM®とVanguardによる新しい研究論文では、ポートフォリオ最適化への変分量子アルゴリズム応用を調査しています。
このブログ記事は、Gabriele Compostella、Dimitris Alevras、Vaibhaw Kumar、Sumit Kumar、Manuel Proissl、Duane Martin、Brian Jaffe (Vanguard)、Bimal Mehta (Vanguard)、Paul Malloy (Vanguard) の協力を得てRoberto Lo Nardo と Gabriele Agliardi によって執筆しました。
IBM®と Vanguardの研究者たちは新しい研究で、金融業界で最も計算量が要求される問題の一つである、現実世界の制約条件を満たしつつポートフォリオを最適化して構築する問題に量子コンピューティングがどのように役立つか探っています。サンプリング・ベースの変分量子アルゴリズム(VQA)として知られる手法を活用したこの研究は、量子・古典ハイブリッド・ワークフローが、複雑な金融最適化タスクに対して、古典のみを用いる手法に匹敵する解を提供する可能性を持つことを示し、資産管理やその他の分野での将来のアプリケーションへの道を切り開いています。
ポートフォリオ構築は、特定の投資目標を満たす金融資産(株式や債券など)の組み合わせを選択するプロセスです。最もよく知られているアプローチは、1950年代に経済学者のHarry Markowitzによって初めて導入されたMarkowitzモデルで、これは期待リターンとリスク(通常は「分散」として測定)のバランスをとり、いわゆる「効率的な」ポートフォリオを特定します。こうして設計されたポートフォリオは効率的フロンティアと呼ばれる分布を形成しますが、これはそのポートフォリオが、指定されたレベルのリスクに対して可能な限り最高のリターンを提供することを意味します。
ただし、Markowitzモデルはいくつかの単純化した仮定を用います。すなわち、リターンは正規分布するものとして扱うことに加え、リスクとリターンの推定値に関する完全な知識を前提とし、さらには取引コスト、流動性、規制上の制限などの現実世界の制約をしばしば無視します。現実には、ポートフォリオ・マネージャーははるかに複雑な状況を扱わなければなりません。その状況には、特定の債券を含めるかどうかなどの離散的な決定、ポートフォリオに保有されている資産間の相互作用(リスクなど)などの非線形制約、およびリスクを最小限に抑えながらリターンを最大化することが目標である場合などの複数の競合する目的が含まれることがあります。
候補資産の数が増え、しばしばあることですが数千の規模に達すると、最適化の問題は指数関数的に難しくなります。古典的ソルバーでは、現実世界のユースケースに実用的な時間内で高品質の解を見つけることが困難になる場合があります。これは、一般的な整数変数、クラスタリング制約、非凸目的関数など、計算の複雑さを増大させる要素が問題に含まれている場合に特に当てはまります。
IBM・Vanguardチームはこの研究によって、サンプリング・ベースの変分量子アルゴリズムでこの問題をどのように扱えるか探求しています。これらの手法は、量子サンプリングの利点と、古典による最適化および後処理を組み合わせ、複雑な解空間を従来の手法よりも効率的に探索できる新しいクラスのヒューリスティクスを可能にします。
ヒューリスティクスは、厳密な手法と同じような性能保証は提供しないアルゴリズムです。厳密な手法は、問題に対する絶対的な最適解を見つけるように設計されていますが、その解が実際に得られるには数百万年の時間や無限の計算リソースを必要とするかもしれません。効率を高めるために、ヒューリスティック・アルゴリズムは、多くの場合、考慮されている問題についての深い直感的な理解に基づいた、あるいは厳密な最適化アルゴリズムを実行してそれらを中断することから導き出された、「十分に良い」解を目指します。
ヒューリスティクスには非常に価値があることが証明されており、現在では、現実世界のアプリケーションで使用する古典的な最適化アルゴリズムのほぼすべてに用いられています。研究者には、変分量子アルゴリズムなどのヒューリスティック手法が量子最適化の新しいパラダイムにおいても重要な役割を果たすと信じる十分な理由があります。
変分量子アルゴリズムは、量子と古典の計算リソースを反復ループで組み合わせて問題の解を見つける量子アルゴリズムのクラスです。これらのアルゴリズムは、計算にエラーを引き起こす可能性のある環境ノイズやその他の外乱に敏感な今日の量子デバイス向けに特別に設計されています。ノイズ緩和スキームを備えたVQAは、因数分解のShorのアルゴリズムや量子位相推定など、計算中に発生したエラーを訂正できるフォールト・トレラントな量子コンピューターを必要とするアルゴリズムとは異なり、現在のハードウェアで実行できます。
VQAは、深い回路や長いコヒーレンス時間を必要とせず、古典的な最適化ループを使用して訓練された比較的単純で柔軟な量子回路を使用します。そのため、厳密な答えを計算することではなく、実際のユースケースに十分な解を見つけることが目標である最適化問題に特に適しています。
この研究では、チームはIBM Quantum Heron r1プロセッサーで利用可能な133量子ビットのうち109量子ビットを使用し、最大4,200ゲートの量子回路を実行しました。そして得られた量子サンプルは古典的な局所探索アルゴリズムを使用して改善され、解の品質をさらに向上しました。
研究者らは、簡略化された債券上場投資信託(ETF)ポートフォリオ構築問題にこの手法を適用しました。得られた結果は、このスケールで問題の最適解を導くことができる古典的な最適化ソルバー CPLEXに対してベンチマークされました。結果として次のような有望な指標が示されました。
原文ブログでは二つのグラフをご覧になれます。グラフの一つは、局所探索を適用する前の四つの異なるアンザッツの収束の様子を比較しています。アルゴリズムの反復が進むにつれて、CVaRと、発見された最適な解のコストの両方が減少し、収束する様子を示しています。もう一つのグラフは、局所探索の適用後にアルゴリズムによって見つかった解の分布を示し、最初の量子反復(破線)と、異なるアンザッツでの最終反復を比較しています。分布が左にシフトしていることは、量子収束が良い解を見つけるのに本質的な貢献をしていることを意味します。
この研究は、量子最適化ワークフローの潜在的価値が高まっていることを明らかにしています。高次元解空間を探索する量子回路と、結果を改良して検証する古典アルゴリズムを組み合わせることで、研究者は量子と古典のどちらか一方だけで扱うには大きすぎる、または複雑すぎる問題に取り組むことができます。
このアプローチは、最適化問題に制約条件がある、あるいは非線形である、また、入力データの小さな変化に敏感であることが多い金融などの分野で特に有望です。量子回路は、これらの難しい問題に対する答えを見つけるための根本的に異なるアプローチを提供し、古典ヒューリスティクスでは見逃しているパターンや構造を明らかにする可能性があります。
この研究は、実世界の金融問題への量子コンピューティングの応用における重要な前進を表しています。これは、量子ハードウェアが実用的な最適化タスクの簡略化されたバージョンの解決にはすでに貢献できることを示しています。また、この研究からは、Vanguardのような金融機関が意思決定を強化するために量子技術を積極的に探求していることもおわかりいただけます。
量子ハードウェアが拡張され続け、アルゴリズムが成熟し続けるにつれて、ハイブリッド・ワークフローは、複雑で制約条件のある問題を解決する古典手法よりも優れた性能を発揮することが期待されています。量子ツールがアセット・マネージャー、トレーダー、リスク・アナリストの日常的なワークフローに統合される可能性は十分にあります。
今後を見据えれば、この研究は将来の研究にいくつかのエキサイティングな方向性を提示していると言えます。たとえばVQAの反復プロセスの初期試行状態を生成する量子回路であるアンザッツの、より良い設計を模索する研究が可能です。これには、量子もつれの改善(複雑なもつれ状態を広範囲に表現する能力)と訓練可能性の向上(最適解に向かってアンザッツを変更していく能力、ただしアンザッツが複雑すぎると困難になります)のバランスをとる新しいアンザッツ設計も含まれるかもしれません。
より広い視野で考えれば、同様の手法を金融の他領域に適用することを調査したり、パラメーター転移と古典のみを使った訓練を使用してより大きな問題サイズに拡張する方法を探ったりするような取り組みも考えられます。VanguardとIBMのこの量子最適化研究の詳細については本論文をぜひお読みください。
この記事は英語版IBM Researchブログ「IBM and Vanguard explore quantum optimization for portfolio construction」(2025年9月29日公開、Roberto Lo Nardo、Gabriele Agliardi著)を翻訳し一部更新したものです。