サーキット・ファンクションは、量子ハードウェアのパフォーマンス管理を抽象化する、使いやすく強力なソリューションです。私たちは、Deutsches Elektronen-Synchrotron(DESY)、ノースカロライナ州立大学、ダブリン大学トリニティ・カレッジの研究者から、サーキット・ファンクションを利用した経験について話を聞きました。それらのサーキット・ファンクションはIBMの量子スタートアップ・パートナーであるQedma、Q-CTRL、Algorithmiqによって開発されたものです。
以前は、量子コンピューターで興味深い実験を設計し実行するには、計算ワークフローのほぼすべてのステップを手作りする必要がありました。量子アルゴリズムやアプリケーションの開発者は、新しいユースケースを開発したり、新しい問題の解決策を探究したりしたいと思ったら、デバイス実行とハードウェアのパフォーマンス管理について広く詳しい専門知識が求められました。
それこそが、IBM®がQiskit Functions Catalogを、そして特にサーキット・ファンクションのカタログを立ち上げた理由です。サーキット・ファンクションは量子回路トランスパイル、エラー抑制、エラー緩和などの技術専門知識を必要とする時間のかかるタスクを抽象化します。これを使うことでユーザーは、量子ハードウェアのワークロードの最適化に費やす時間を減らし、新しいアプリケーション・ワークフローの発見と構築により多くの時間を費やすことができます。ファンクションは、Qiskit Runtimeプリミティブ、Qiskit NoiseLearner、ダイナミック・デカップリングなど、複数のIBM Quantum™機能を組み合わせると同時に、多くの場合、スタートアップ・パートナーによって開発された革新的な独自技術を統合しています。Estimatorに似た使い慣れたインターフェイスを通して結果として得られるのは、最適なパフォーマンスです。さまざまなファンクションを簡単にテストし、取り組みたい特定のワークロードに最良なファンクションを見つけることが容易になっています。
今回、3つのサーキット・ファンクションのユーザーにインタビューをし、それらのファンクションを実験にどのように組み込んでいるかお話を伺いました。それらのファンクションとは、Q-CTRLのPerformance Managementファンクション、AlgorithmiqのTensor-network Error Mitigation(TEM)ファンクション、QedmaのQESEM(Quantum Error Suppression and Error Mitigation)ファンクションです。このインタビューから明らかになったのは、物理学や化学などの分野のコミュニティーには、量子ハードウェアのパフォーマンス管理に関する広範な専門知識を持ってはいないが、量子コンピューティングを用いた実験から大きな恩恵を受けられるものと思われる研究者がたくさんいるということです。
研究者は、Qiskitファンクションを使うことで、実験から有用な結果をより早く、より少ない労力で得ることができ、取り組みたい領域に集中する時間が増えたと述べています。以下の体験談をご覧になり、ぜひQiskit Functions Catalogにアクセスしてみてください。IBM Quantumのプレミアム・プランのユーザーは、サーキット・ファンクションおよびアプリケーション・ファンクションの無料トライアルをご体験いただけます。
量子スタートアップQedmaのQuantum Error Suppression and Error Mitigation (QESEM:量子エラー抑制およびエラー緩和)ファンクションは、量子計算実験におけるエラーの削減とQPU時間のオーバーヘッドの最適化を目的とし、一連の洗練された方法を提供します。特性評価に基づいた独自のさまざまなエラー処理手法と回路トランスパイル手法を活用すれば、ユーザーはノイズのある量子ハードウェアを扱うための広範な知識を持っていなくても、量子回路から意味のある結果を抽出できます。
(QESEMファンクションの処理フロー図は原文ブログをご参照ください)
QESEMファンクションをワークフローに組み入れることで、研究者が現実にどのようなメリットを得ているのかを知るために、ドイツの国立研究センターであるDeutsches Elektronen-Synchrotron(DESY)のthe Center for Quantum Technology and Applicationsセンター長であるKarl Jansen氏に話を聞きました。Jansen氏は粒子加速器を運用し、光子科学や高エネルギー物理学など基礎物理学の研究を行っています。また、DESYの研究者であり、QESEMファンクションを直接使用した経験を持っているArianna Crippa氏、Miriam Goldack氏、Paulo Itaborai氏にも話を聞きました。
流体力学の研究で速度場の統計的特性の計算に主に取り組んでいるGoldack氏は、QESEMサーキット・ファンクションにより、自身がエラー緩和の専門家にならなくても、ノイズのある量子ハードウェアで実験を行うことができたと述べています。「私にとって、このQESEMファンクションはエラー緩和プロセス全体を完全にカバーしてくれています。私はエラー緩和技術をまったく習得していないので、これは大きな省力化です」とGoldack氏は言います。「(エラー緩和技術の習得には)多くの時間が必要だったのではないかと思います。そして、何が最も効果的で、自分のプロジェクトに何が適用できるかを判断するために、多くの時間を費やす必要があっただろうと思われます。そのすべてがQESEMによって支援されました。」
Itoborai氏と Crippa氏の共同研究は、量子電磁力学 (QED)、特に量子ハードウェア上の 2+1空間次元における QEDの理論シミュレーションを中心としています。Itoborai氏は、QESEMファンクションを自分のニーズに合わせて調整することがいかに簡単だったかを強調しています。「このQiskitファンクション自体を変更するのは難しくありませんでした。本当に数行のコードを入れ替えただけでした」と、Itaborai氏は述べています。「それは、つまり、ある日の午後にドキュメントに目を通しただけでした。」
この点を説明するために、Itoborai氏はこのファンクションのインターフェースの単純さを明らかにするコード例を共有してくれました。
(コード例は原文ブログをご参照ください)
Jansen氏は、Qiskitファンクションを初めて使用するユーザーは、助けを求めることを躊躇するべきではないとアドバイスしています。Qedmaは、QESEMファンクションのユーザー向けに広範なトレーニングを提供し、特定のユースケース向けのベスト・プラクティスについても相談にのります。IBMは、全般的なQiskitファンクションのインフラストラクチャーに関連する問題に対して強力なサポートを提供します。「私たちはまだ、利用可能なリソースや正しい使い方を教えてくれる会社の手助けが必要な段階にあります」と、Jansen氏は述べています。「無闇に進まないでください...私たちのようにすでにある程度の経験を持っている人からガイドを得たり、IBMの人々に直接連絡しアドバイスを求めたりしてみてください。」
量子ソフトウェアのスタートアップであるQ-CTRLが開発したPerformance Managementファンクションは、AIを活用したエラー抑制パイプラインを用いて、あらゆる量子アルゴリズムのハードウェア・エラーを抑制し、有用な結果を得られる確率を高めます。この機能は、デバイス・リードアウト・エラー、CNOTエラー、クロストーク・エラーなど、さまざまなエラー源を考慮し、ゲート・レベルで入力回路を変更してエラーを削減し、正しい出力を実現します。このファンクションは、エラー抑制だけでなく、AIを利用したリードアウト・エラー緩和、デバイス・レイアウトの選択、エラーを意識したアグレッシブなコンパイラなどのツールも活用しています。これは、時間とコストのオーバーヘッドを削減しながらパフォーマンスを向上させる自動化パフォーマンス管理ソリューションであり、選択した任意の量子アルゴリズムやデバイスのサイズに合わせて適切にスケールします。
(Performance Managementファンクションの処理フロー図は原文ブログをご参照ください)
Hrushikesh Pramod Patil氏は、ノースカロライナ州立大学の博士課程の研究者で、量子エラー緩和アルゴリズムなどの量子ミドルウェアを専門としています。Patil氏のような量子エラー緩和の専門家は、すぐに使えるソリューションよりも、自分でカスタムメイドしたエラー処理スキームのみを使うことを好むと考える人もいるかもしれません。しかし、Performance Managementファンクションがエラー緩和ではなくエラー抑制に重点を置いているため、彼の研究と完全な補完関係にあると彼は言います。
「(Performance Managementファンクションが)特徴としているのは、より優れたトランスパイルやゲート・スケジューリングなど、エラー緩和の研究者にとって本当に苦痛なことすべてをやってくれるということです」とPatil氏は述べています。「なぜなら、完璧なトランスパイル、完璧なゲート・スケジューリングがあれば、忠実度を大幅に向上させることができるからです。そして忠実度が上がったら、さらにエラー緩和を進められます...そして結果はなおさら良くなります。」
しかし、Patil氏は、アルゴリズムの研究者や、量子エラー緩和の専門知識を持たないその他の人々ならば、Performance Managementファンクションによって提供される性能向上から、一層大きな恩恵を受けられる可能性があると言います。「[Qiskit Runtime]エラー緩和を有効にしてテストし、Performance Managementファンクションと比較しました...私がテストしようとしていたのは、基本的に、知識のないユーザーがそれをどのように有効にするかということでした」と彼は言います。
「私が得た結果はかなり素晴らしいものでした...場合によっては、忠実度が60%から約90%に跳ね上がりましたが、これは非常に大きな効果です...そして、Qiskitファンクションについて何も知る必要はありません。ユーザーがする必要があるのは、ファンクションを適用するだけで、残りはそれ自体で行われます。」以下に、Patilが作成したコード例を示します。この例からQ-CTRLファンクションが既存のワークフローに簡単に統合できることを見ることができます。
(コード例は原文ブログをご参照ください)
Patil氏は、興味深い実験を実行し有用な結果を得るためにユーザーが乗り越えなければいけない障壁を下げる抽象化の実現において、Q-CTRLのPerformance ManagementツールのようなQiskit Functionsは、量子コンピューティングが達成したエキサイティングな1ステップであると考えています。「ゲート・スケジューリング、どのエラー緩和手法を使用するか、どのようなダイナミック・デカップリングを使用するかなど、調整方法や詳細をすべて知る必要はありません。これは予期してもいなかった大きな前進であり、だからこそ誰もが試してみるべきです」と彼は言います。「これは多くの時間を節約してくれます。本当に多くの時間です...そのおかげで、私は自分の研究についてよりクリエイティブになり、物事を動作させることに焦点を当てるのではなく、新しいことを考えることができました。」
量子スタートアップAlgorithmiqの研究者によって開発されたTensor-network Error Mitigation(TEM)ファンクションは、古典的なテンソル・ネットワークを使用して、古典での量子ワークフロー後処理で量子回路のノイズを緩和するサーキット・ファンクションです。量子コンピューティングとハイパフォーマンス・コンピューティングの組み合わせにより、QPU実行時間を大幅に短縮でき、ユーザーは適切なエラー緩和なしではアクセスできないような大規模な系に実験を拡張できます。
(TEMファンクションの処理フロー図は原文ブログをご参照ください)
Nathan Keenan氏は、ダブリン大学トリニティ・カレッジとIBM Dublinで物理学の研究をしている社会人博士課程の学生です。彼は、IBMがQiskit Runtimeプリミティブに量子エラー緩和を組み込んで提供するようになる前から、Qiskitを使用して量子計算の実験を構築していました。「私の最初のプロジェクトでは、実行する回路のノイズに対処するのにZNEコードをいくつか書いていましが、私はその種の専門家ではないので非常に粗雑なコードだったかと思われます。」
Keenan氏は、Algorithmiqチームとのコラボレーションを通じて、AlgorithmiqのTEMファンクションを使用し始めました。これは、多体物理学の系、つまりレンガ構造の大規模回路を持つキック・イジング・モデル(kicked-Ising model)をシミュレートするものです。彼は、エラー緩和について初期の経験とTEMファンクションを使っての経験の違いは歴然としていると述べています。「TEMファンクションのライブラリをインポートする以外に私が書いたものはありませんでした。回路がトランスパイルされるその方法が私には役立ちました」と彼は言います。「どうやって書けばいいのかわからないコードを書くのに何日も費やす必要はありませんでした。」
TEMファンクションにより、QPU使用量を削減し、より大きな回路サイズにスケールアップすることができます。Keenan氏は、このことと、高品質の結果、および使いやすさの点において、TEMファンクションは適した回路構造を扱うプロジェクトに従事する研究者にとって素晴らしい選択肢であると述べています。「エラー緩和に求められるすべての要素が網羅されていると思います」と彼は言います。「スピードアップがありながら、精度は (他の方法と) 少なくとも同等で、しかも自分で書く必要がありません。」
このような体験談からは、抽象化と自動化のレイヤーが増えることで、より多くの研究者が実用規模の量子コンピューターの能力と可能性を探求しやすくなってきていることがはっきりとわかります。私たちが話を聞いた研究者のほとんどは、基礎的な物理学現象の研究にキャリアを費やしてきた博士課程の学生や企業の研究者です。量子コンピューティングは、意義ある技術分野で画期的な科学的発見をすぐにも実現するかもしれませんが、量子ハードウェアで大規模な実験を実行するのにもし何年もの専門的なスキル習得が必要だとしたら、その実現は難しいでしょう。
そこで登場したのがサーキット・ファンクションです。これらの強力なツールには、ハードウェアの回路を最適化し、エラー緩和・抑制を管理するための強力なツールの開発に長年を費やしてきたIBMと量子スタートアップの研究者の知識と洞察が埋め込まれています。そのため、ユーザーはこれを利用すれば新しいアルゴリズムとアプリケーションの発見に集中できます。IBM Quantumのプレミアム・プランのユーザーであれば、サーキット・ファンクションとアプリケーション・ファンクションの無料トライアルをQiskit FunctionsCatalogで申請できます。ぜひアクセスしてみてください。
この記事は英語版IBM Researchブログ「How real researchers are using Qiskit circuit functions to accelerate their experiments」(2025年3月5日公開)を翻訳し一部更新したものです。