IBMは、公開しているロードマップよりもさらにその先の未来の量子コンピューターを構築するために必要な研究と協力を開始しています。
フォールト・トレラント量子コンピューティングは私たちの目下の目標ではありますが、それはIBMが持つコンピューティングの未来ビジョンの一部に過ぎません。量子中心のスーパー・コンピューティングは、CPU、GPU、QPUを組み合わせて計算を行う枠組みです。IBMが公開しているロードマップを超えて、このビジョンをその先へとスケールアップするために重要な要素は、量子コンピューターのネットワーク化です。
古典コンピューティングでもそうだったように、多様なベンダーや研究機関が連携してハードウェア、ソフトウェア、そして知識を共同で提供するという業界全体のパートナーシップが、量子中心のスーパー・コンピューティングの未来には必要です。私たちはこの未来を構築する計画を開発ロードマップにまとめており、2033年までに2,000量子ビットで10億回の演算を行う量子回路を実行できる規模を持った量子コンピューターの開発を進めています。しかし、演算回数の点でも量子ビット数の点でも量子計算をさらに桁違いに拡張するためには、システム接続を用いた分散量子コンピューティングが必要です。そしてさらにその先には、量子コンピューティングのインターネットを実現したいとIBMは考えています。
このビジョンのために、IBMはこの未来に必要な研究を開始し、協力関係を築いています。2025年11月初め、私たちは五つのNQISRセンター(アメリカ国立量子情報科学研究センター、National Quantum Information Science Research Centers)のうち四箇所と協力することを発表しました。この協業には量子コンピューティング・インターネットのような、IBMの開発ロードマップを超えた技術の研究加速に焦点を当てた取り組みも含まれています。11月20日、私たちは、量子プロセッサーをリンクさせて分散量子コンピューティングの基盤を築くためにCiscoと協力する計画も発表しました。
量子コンピューターのネットワーク接続は画期的な研究開発を必要とする大きな課題であり、それを解決するには段階的なアプローチが必要です。最初のマイルストーンは、今後5年以内に、二つの極低温冷凍機に分散した量子プロセッサーの間に量子もつれを実現することです。そしてこれはIBMとパートナーの協業によってのみ可能になります。
量子ネットワークを理解するには、まず古典コンピューターのネットワークを理解する必要があります。コンピューターは情報を二進数のコードに符号化し、これを変更する命令を適用して処理します。これらの指示はチップに直接伝えることもできますし、有線や無線のリンクで繋がった別のチップにメッセージとして送ることもできます。古典コンピューターは因果則に従います。すなわち、2台のコンピューターが接続されている場合、1台がメッセージを待ち、メッセージを受信したらそれに対して動作します。多くのコンピューター(ノードとも呼ばれます)をそのようなリンクでつなげることで、コンピューターのネットワークが作られました。インターネットは広大でグローバルなネットワークの一例です。
量子コンピューターは情報を量子状態に符号化し、原子スケールで自然が従う、時には直感に反するような独特の数学を用いて処理します。現代のコンピューターがネットワーク接続されているのと同じに、量子コンピューター・ノードを量子計算クラスターや分散ネットワークに連結することを考えることができます。この量子ネットワークをさらに拡張し、より大規模な量子計算のインターネットへと発展させることができます。量子計算の実力を最大限に発揮するためには量子ネットワークが必要です。
量子ネットワークと古典ネットワークには大きな違いがあります。2点間に量子リンクを作ると、それらの間に量子もつれが生じます。それらはもはや因果関係の古典的な規則には従いません。すなわち、それらは数学的に一つの存在として動作するのです。量子リンクを介して量子もつれ関係にある二つの量子プロセッサーは、たとえ遠距離であっても単一の量子コンピューターのように機能します。あるノードで適用された演算は、そのノードと量子もつれ状態にあるノードで測定される結果を瞬時に変えることができます。量子コンピューター(および量子リンク)は計算の間のみにおいて量子的性質を持ちます。計算の最後には、量子情報が単一の古典出力、すなわち各ノードで一つずつのビット列に収束します。
これは情報が光速を超えて伝わるという意味ではありません。「量子非通信定理(quantum no-communication theorem)」というものがあり、これは、量子情報を破壊して出力を測定した後にノードBで即座に意味を持つような行動を、ノードAで取ることはできない、というものです。両方のノードに情報を分散しても、全体で何が起きているかを理解するには古典的なリンクで伝達して他のノードからの出力を集める必要があります。
では、量子コンピューターをネットワーク化する目的は何でしょうか?量子コンピュータ間のリンクが実現すれば、より大きな量子データセンターを構築できる可能性が生まれます。拡大した量子データセンターでは、多くの量子コンピューターを接続してより多くの量子ビットとより大きな量子回路を演算に用いることができるようになります。そしてさらに量子センシング、すなわち量子原理を用いて高精度な測定を行うシステムを強化することができます。レーザー干渉計重力波観測所(LIGO、Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatory)のような天文学研究所は、衝突するブラックホールからの重力波を探求するための超精密な測定にすでに量子センサーを用いています。量子センサーへの量子リンクがあれば、干渉計と呼ばれる技術によって精度を高めたセンサーのネットワークを作ることができるかもしれません。
量子リンク、ネットワーク、さらには量子計算インターネットのすべてが、未来のコンピューティングについてのIBMのビジョンにおいて中心的な役割を果たします。
プロセッサーのレベルでは、より大規模な量子計算を実行するという目標のために、モジュール化された量子プロセッサー複数個を短距離でリンクさせることが必要で、これはCrossbillやFlamingo量子プロセッサーですでに実証されています。しかし、より長距離のリンクがあれば、メートル単位で量子プロセッサー・ユニット(QPU)をリンクさせ、データセンター内で量子コンピューティング・クラスターを構築できるようになります。
このリンクの中心には量子ネットワーキング・ユニット、すなわちQNUがあります。QNUは量子プロセッサーとインターコネクト間のインターフェースであり、固定プロセッサー上で符号化された静的量子ビットを、ネットワーク上で伝播・移動できる「飛行」量子ビットに変換します。光子は飛行量子ビットを実現するのに適した要素ですが、光子のどんな周波数を用いるか、つまり光なのかマイクロ波なのか、ということが、私たちがこのネットワークの実現を想像するインフラの種類を定義することになると思われます。
私たちはすでに政府、学術界、ビジネスパートナーと協力し、分散量子コンピューターや将来的には量子計算インターネットを構築するために必要な技術要素の研究開発を始めています。私たちは複数のパートナーと共に、さまざまな距離の規模についてさまざまな接続技術を検討しておりますが、それぞれごとに独自の目的、課題、考慮事項、協力パートナーがあります。
本日11月20日、私たちは、トランスデューサーとQPU間の光リンクという、この最後の最も難しい部分を探求するためにCiscoとの提携を発表しました。これは量子計算インターネット・ビジョンの最も難しい部分に取り組むためのものです。短距離・長距離でQPUをリンクできるQNUを構築できれば、複数のQPUや量子センサーが数キロメートルという規模でネットワーク化された、真の量子計算インターネットを実現できるようになると期待されます。
量子コンピューターはすでに、コミュニティーが新しいアルゴリズムを開発して量子優位性を実現しつつあるという、価値の兆しを見せ始める段階に来ています。しかし、私たちはまだ量子コンピューティングが実現する可能性の表面しか見ていません。この技術を完全に実現するには、量子コンピューティングのインターネットが必要です。これは乗り越えなければいけない多くの課題を含んだ道のりになることと思われますが、お客様やパートナーの皆様の助けを借りれば必ずややり遂げることができるものと私たちは確信しています。
この記事は英語版IBM Researchブログ「Scaling beyond our roadmap with networked quantum computers」(2025年11月20日公開、Jerry Chow著)を翻訳し一部更新したものです。