ITアーキテクトとは、システム全体をどのような技術や手法、構造で作るかの「アーキテクチャー」を考え、その実現をリードする仕事です。より効果的なシステムを構築するためには、常に最先端の技術や新しい技法を修得し、プロジェクトにおいてそれらを組み合わせる技術的リーダーとして活動する必要があります。
プロジェクト・マネージャーは主に、プロジェクトのスケジュールやコスト、人の配置を管理します。それに比べると、ITアーキテクトには実際の中身について技術的に考えて進めていくという役割がありますが、設計したアーキテクチャーが技術的に間違っていれば、役に立たないシステムになってしまいます。技術的責任は重たい分、自分の考えたシステムが利用者の役に立った時の達成感が仕事の醍醐味でもあります。
二上 哲也
技術理事(IBM Distinguished Engineer)
ITアーキテクトとして大規模Java案件の基盤アーキテクチャー構築や開発方法論の標準化に従事。現在はグローバル・ビジネス・サービスにおいて、WatsonやFinTechなどの先進技術を活用したお客様システム構築を統括。特にFinTech企業や金融機関をつないで新しいビジネス創出を目指す、APIエコノミーをリードしている。
デジタル技術がビジネスを創出している最先端エリア
私はもうすぐ50歳ですが、IBM Distinguished Engineer (DE:技術理事)という技術的エグゼクティブの立場で、今でもITアーキテクトの一人として先進技術の活用をリードしています。IBMには、いわゆる管理職でなくても、技術的リーダーとして活動できるエグゼクティブとしてのキャリアパスが存在しているのです。ある程度の年次になってから最先端技術にキャッチアップしていくのは少々大変なところもありますが、常に若手社員と一緒に勉強会をしたり、社外の技術者の方と意見交換をしたりしながら最新動向を吸収しています。私からも、先進技術の活用の進め方について、これまでの経験を共有しています。
私が今、IBMでリードしているFinTechは、特に変化のスピードが速い分野です。技術的判断を誤れば、大きく出遅れてしまう可能性もあります。FinTechでは、金融機関の預金やカード、証券などの既存システムをAPI*と呼ばれるインターフェースで公開し、それをベンチャー企業などのさまざまな企業が利用することで、新しい付加価値のあるサービスを提供することに注目が集まっています。スマホの家計簿アプリなどがその典型といえるでしょう。我々は今、多くのベンチャー企業や金融機関と一緒に、どのような形でこのAPIを構築すれば、FinTechビジネス全体を効果的に拡大することができるのかを検討しています。
このようなAPIによる新しいビジネス創出を「APIエコノミー(API経済圏)」と呼びます。クラウドを活用したAPIや、モバイルのアプリ、IBM Watson(以下、Watson)などのデジタル技術を駆使して、複数の企業が新しい経済圏を「共創」していく――。まさに、デジタル技術がビジネスを創出している最先端のエリアです。このような分野では、いかに最新技術を組み合わせて利用者の真に役立つシステムを提供するか、また、それを新しいビジネスにつなげることができるかが、ITアーキテクトの腕の見せどころとなります。
※API: アプリケーション・プログラミング・インターフェース。Web APIとも呼ばれる
いかに品質を高め、実際に動くシステムに作り上げるか
アーキテクチャーという用語は元々、建築様式・設計からきています。建物や橋といった建築物と同じような過程でITシステムを構築するため、ITシステムの全体構造もアーキテクチャーと呼んでいます。建築設計士は、建築物の設計に責任を持ちます。建てたビルが後から傾いてしまったり、橋がちょっとした地震で壊れてしまったりすれば、建築設計士の責任になるでしょう。建築設計士はそれを防ぐために、その時点で最適な素材を使って、最適な構造で設計を行います。
ITアーキテクトも同様に、さまざまなIT技術を駆使して、その時点で最適な組み合わせでシステムを考えます。ただ、ITシステムは建築物と異なり、実際に作る物の大半がソフトウェアで、建物や橋のように可視化できません。そこで、ITアーキテクトは、さまざまな手法を使ってそれを可視化するモデル(図)を作成し、お客様やチームと共有して、システム全体がしっかり整合性をもって稼働することを専門家(スペシャリスト)と確認しながらシステム構築をリードしていきます。
その際に大切なのは、最も効率的に、しかも品質よくシステムを作ることです。クラウドやWatsonのようなコグニティブ技術、モバイル、IoT*など、常に新しいIT技術や製品が出てきている今、それらを駆使しながら効率よく使い勝手のよいシステムを目指していく――。ただし、新しい技術を使っても、不安定なシステムになってしまっては本末転倒。その中でいかに品質を高めていき、実際に動くシステムに作り上げるかが、ITアーキテクトとして最もやりがいのあるポイントであると思っています。
※IoT: Internet of Things。 モノのインターネット
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