技術的負債とは

コンピューターで作業している人

執筆者

Tim Mucci

IBM Writer

Gather

技術的負債とは

技術的負債とは、ソフトウェア開発中に、短絡的な近道や最適ではない決定に頼ることに関連する将来のコストを指します。コード負債または設計負債とも呼ばれるこれらのコストは、主に、急ごしらえの修正、不十分なドキュメント、古いコードへの依存が原因で発生します。時間が経つにつれて、この負債に対処しなければならず、さらなる努力が必要になります。この「返済」には通常、リファクタリング、デバッグ、継続的なコードの保守が含まれます。

不十分なプロジェクト管理、非現実的な納期、そして関係者からの土壇場での要求により、チーム・メンバーは追加作業を必要とする短期的なトレードオフを強いられることがよくあります。技術的負債は、ビジネスニーズを満たしたり開発を加速したりするために必要なトレードオフとなる場合もありますが、過度に蓄積すると、進捗が遅れ、コストが増加し、ソフトウェアの信頼性が低下する可能性があります。技術的負債を管理するには、短期的な配信目標と長期的なコード品質およびシステムの持続可能性のバランスを取る必要があります。

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技術的負債の種類

技術的負債は、性急な回避策から、アーキテクチャー上の欠陥まで、さまざまな形で現れます。ソフトウェアエンジニア兼作家のWard Cunningham氏1は、この概念を金融債務に例えて説明しました。金融債務では、時間の経過とともに利息が蓄積し、返済が難しくなります。その後、ソフトウェア開発の専門家であるMartin Fowler氏は、論文『Technical Debt Quadrant2でアイデアを洗練させ、負債を4つのタイプに分類しました。

  • 無謀か慎重か:負債は慎重な意思決定によるものか、それとも無謀な意思決定によるものか。
  • 意図的か不注意か:負債を負うことをチームは認識していたか、それとも無意識であったか。

この分類以外にも、ソフトウェア開発においては、債務はさまざまな形態をとります。

アーキテクチャー負債は、システムの基盤に拡張性、柔軟性、または保守性が欠如している場合に発生します。レガシー・システム、モノリシック・アーキテクチャー、および密に結合されたコンポーネントにより更新が困難になり、将来の開発に必要な労力が増加します。

コード負債は、急ごしらえの開発、一貫性のないコーディング、不十分なドキュメンテーションによリ生じます。プログラマーがロジックを重複させたり、不明瞭な変数名を使用したり、業界標準に従わなかったりといった近道をとると、技術的負債が蓄積され、デバッグと保守に時間がかかるようになります。

古いデプロイメント・プロセスと非効率的なCI/CDパイプラインが自動化と拡張性を妨げると、インフラストラクチャーとDevOpsの負債が蓄積されます。適切なインフラストラクチャー計画がなければ、チームはアプリケーション・プログラミング・インターフェース(API)の統合、依存関係の更新、またはクラウド環境のコスト効率の維持において障害に直面する可能性があります。

プロセス負債は、不十分なコラボレーション、不明確なワークフロー、ドキュメントの不足から生じ、機能の提供の遅延やオンボーディングの課題の増加を引き起こします。アジャイル手法を無視したり、スクラムの原則を統合できなかったりする企業は、バックログの蓄積に苦労することが多く、問題を効率的に追跡して解決することが困難になります。

セキュリティー負債は、チームが暗号化、認証、または脆弱性のパッチ適用を省略し、ソフトウェアがサイバー脅威やコンプライアンス・リスクにさらされたときに発生します。自動化されたセキュリティー・テストが不足すると、チームの負担が増加し、安全なシステムの維持が難しくなります。

技術的負債の影響

技術的負債は、金融負債と同様に、時間の経過とともに利息が蓄積されます。対処されないまま時間が経てば経つほど、解決にかかるコストは増大します。技術的負債を負うことで市場投入までの時間を短縮できる一方で、適切に管理できないと、保守コストの増加、開発者の効率性の低下、ビジネス・チャンスの損失につながります。

最も直接的な財務的影響の1つは、新規開発ではなくバグ修正ややり直しに費やされるエンジニアリング時間のコストが増加することです。負債の多いコードベースで作業するチームでは、より長いデバッグ・サイクルが必要となり、小さな変更でもコストがかかります。負債が蓄積するにつれて、企業は保守にさらに多くのリソースを割り当てるか、機能の提供が遅れるリスクを負う必要があり、どちらの場合も運用コストが増加します。

時代遅れのアーキテクチャーや非効率的なDevOpsワークフロー、または古い依存関係により、機能を維持するために高額なオーバーホールが必要になると、インフラストラクチャー・コストも増加します。企業は、脆弱なシステムを稼働させ続けるためだけに、クラウド・ストレージ、コンピューティング・リソース、またはサードパーティーのライセンス料金に多額の費用を費やすことになるかもしれません。

競争の激しい市場では、過剰な技術的負債によってイノベーションが遅れ、企業が顧客の要求に迅速に対応できなくなる可能性があります。製品アップデートの遅れ、頻繁に発生するシステム障害、パフォーマンスの低下は、顧客離れにつながり、収益の減少やブランドの評判の悪化につながる可能性があります。また、規制対象の産業の企業であれば、セキュリティー上の脆弱性に対処しないと、コンプライアンス違反、罰金、法的措置が科されることもあるでしょう。

アプリケーション開発

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技術的負債を管理する

技術的負債を管理することで、品質基準を強化し、複雑さの増大や保守の課題など、その影響をCIOや関係者に伝えることができ、ソフトウェアが長期にわたって実行可能かつスケーラブルな状態を維持できるようになります。

技術的負債における生成AIの役割

生成AIコード・アシスタントは、反復的なタスクを自動化し、修正を提案することで開発を加速し、ソフトウェア開発をコーディング担当者にとってより満足度の高いものにします。手動テストやコードレビューなどの従来の方法は時間がかかります。生成AIを正しく使用すると、冗長なコードを識別し、読みやすさを向上させ、より高品質の開始コードを生成することで、技術的負債の管理に役立ちます。

しかし、AIコード・アシスタントの出力が適切なレビューなしに受け入れられると、技術的負債の原因となる可能性があります。例えば、AIによって生成されたコードによって不整合が生じたり、後でリファクタリングが必要になる不要な依存関係が作成されたりする可能性があります。そこで、人間が監視することにより、明確なAPIドキュメントと論理機能が保証されると同時に、開発者がAIの提案を検証し、コードレビューを実施できるようになります。

時間、品質、コストのバランスをとる

技術的負債を管理するには、市場投入までの時間、ソフトウェアの品質、コストのバランスを取る必要があります。多くの企業は、ソフトウェアを早くリリースするか、品質にもっと時間を投資するかを決める際に難しい決断に直面します。例えば、ソーシャル・メディア・エンジニアリング・チームは、初期の段階では長期的な保守性よりも迅速な開発を優先し、「急いては事を仕損じる」ことがあります。そこで、技術的負債が蓄積されるにつれて、企業は俊敏性を維持しながら品質を確保するために厳格なレビュー・プロセスを実装する、より持続可能なモデルに移行する必要があります。

ガバナンス・モデルとツールセットを使用する

ガバナンス・フレームワークと自動化ツールは、組織が技術的負債を追跡および管理するのに役立ちます。大企業では、プロジェクト管理ソフトウェアを使用して、コードの品質を監視し、ボトルネックを特定し、リファクタリングに関連するバックログ項目が適切に優先順位付けされていることを確認します。

開発チーム内で正しい姿勢を徹底する

技術的負債は単なる技術的な問題ではなく、文化的な問題です。プログラマーにコードを正しく文書化し、保守可能なAPIを作成し、長期的なソフトウェアの健全性に投資することを奨励する企業は、不良コードやレガシー・コードの蓄積を防ぐのに役立ちます。

最新テクノロジーを使用する

ローコードおよびノー​​コード・プラットフォームは、手作業によるコーディング・エラーを最小限に抑え、開発を効率化することで、組織が技術的負債を削減するのに役立ちます。

技術的負債の削減を優先する

 

技術的負債を一度限りの修正ではなく継続的な優先事項として扱うことが、長期的な持続可能性の鍵となります。例えば、多国籍のeコマース企業であるShopify社は、開発サイクルの25%を技術的負債の解決に費やしています

同社は、アジャイル・ワークフロー内に「負債スプリント」を実装することで、エンジニアが新機能のみに集中するのではなく、既存のコードを定期的にリファクタリングして改善するようにしています。技術的負債管理をロードマップに組み込むと、チームは機能開発と必要な保守のバランスをとることができ、長期的なソフトウェアの健全性を優先し続けることができます。明確に定義されたロードマップにより、プロジェクト・マネージャーと関係者は、新製品のリリースと並行して技術的負債の解決を予測することができ、さらなる問題につながりうる土壇場でのトレードオフを防ぐことができます。

技術的負債を追跡する

ツールを使用して技術的負債を追跡すると、チームはリスクを積極的に測定し、軽減することができます。多くの組織では、マイクロサービス・アーキテクチャー内に不要な複雑さが蓄積されるのを防ぐために、コード品質メトリクスと自動静的解析処理ツールを使用しています。コードベースを定期的に分析すると、不良コード、非推奨の依存関係、非効率的な構造が長期的な保守の課題につながる領域を特定するのに役立ちます。コードベースをクリーンかつモジュール化しておくことで、技術的負債が拡張性を妨げたり、開発プロセスに不要なボトルネックを引き起こしたりすることがなくなります。

急なスケジュール変更を回避する

非現実的な期限は、技術的負債を増やす性急な決定につながる可能性があります。例えば、2013年のHealthCare.govのローンチでは、タイムラインが短縮されたために重大な問題が発生し、リリース時のシステム・クラッシュ、セキュリティーの脆弱性、不完全な機能など、問題が発生しました。これは、急いで行われた開発プロセスにより、リリース後の修正にコストがかかるため、期限と適切なソフトウェア・エンジニアリングの実践とのバランスを取ることの重要性が浮き彫りにしました。

テストと検証を自動化する

一連の包括的自動テストを実行することで、組織は開発ライフサイクルの早い段階で欠陥を積極的に特定して対処することができ、コストのかかるやり直しによる長期的な負担を大幅に軽減できます。このアプローチにより、ソフトウェアのリリースがより高速かつ信頼性の高いものとなり、一貫した品質が保証され、頻繁な更新でも安定性が維持されます。開発ワークフローに統合された継続的なテストと検証は、技術的負債の蓄積を最小限に抑え、品質文化を育むために不可欠です。

技術的負債のコスト

技術的負債の原因を理解することで、組織は、意図的に負債を負うべきかどうか、またいつ負債の返済を優先すべきかについて、情報に基づいた決定を下すことができます。技術的負債を追跡できない企業は、不良コードや脆弱なシステムを蓄積し、バグ修正やインフラの手直しに伴うコストを増大させるリスクがあります。

脚注

1 Ward Explain Debt Metaphor」、2011年1月22日

2Technical Debt Quadrant」、2009年10月14日

次のステップ

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