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空間コンピューティング×AIの未来

29 May 2024

 

はじめに

2022年11月にリリースされたChatGPT-3を皮切りに、生成AIの活用が加速し、世界は大きな変化を遂げつつあります。一方、2023年6月に開催されたApple社のデベロッパー・イベントWWDC23では、Apple Vision Proが発表されました。この発表で注目を集めたのは「空間コンピューティング(Spatial Computing)」という用語で、この言葉は瞬く間に世界中へ広まり、現在ではインターネット上に関連記事が溢れています。生成AIと空間コンピューティング、この二つのテクノロジーは、まったく異なる領域のテクノロジーですが、その二つが合わさることで、今後のデジタル・トランスフォーメーションを飛躍的に加速するでしょう。

この記事では、空間コンピューティングと生成AIを組み合わせることで生まれる価値について考察します。

空間コンピューティングとは

まず、空間コンピューティングの定義について確認します。空間コンピューティングという言葉が初めて使われたのは、Apple社のVision Proの発表よりもさらに20年前、2003年にSimon Greenwold氏が米国マサチューセッツ工科大学(MIT)のMedia Arts and Sciencesに提出した論文※1と言われています。そこには、以下のように書かれています。

空間コンピューティングとは、人とマシンとの相互作用(interaction)であり、その中でマシンは現実のものや空間を参照し、保持し、操作する。これは、仕事や遊びにおいてマシンを完全なパートナーとするための重要なコンポーネントである。

空間コンピューティングというと、まずヘッドマウント・ディスプレイを想像されるかもしれませんが、この技術はそれだけに限定されるものではありません。それは本質的にはどこにでも存在できます。パソコンや、スマートフォン、タブレットなどのあらゆるデジタル・デバイスを通じて、私たちを取り囲むリアルな世界にデジタル層を重ねることで新たな空間体験を提供します。

空間コンピューティングは、リアルであれ仮想であれ、三次元空間に生きるヒトが、ごく自然にマシン、すなわちITテクノロジーを活用するために欠かせない技術と言えます。言い換えるなら、空間コンピューティングは、各種センサー技術、ヘッドマウント・ディスプレイやハプティックなどを含むデバイス技術、3Dモデリング技術、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)などのXR(クロス・リアリティー)技術など様々な要素技術を総合的に活用し、新たなデジタル体験を提供する技術です。

これまで、多くのデジタル情報はパソコンやスマートフォンなどのデジタル・デバイス上で二次元的に表現されてきました。空間コンピューティング技術の導入により、これらの情報を現実の三次元空間に直接重ねて表示することが可能になります。それは、情報の伝達と理解を大幅に向上させるだけでなく、デジタル・デバイスの視覚的なストレスを軽減し、より自然で直感的なユーザー体験を提供します。

空間コンピューティング×生成AIの価値

2022年11月にガートナー社が発表した「2023年の戦略的テクノロジのトップ・トレンド」※2では、アダプティブAIと並び、メタバースが注目すべき10のテクノロジーの一つとして挙げられました。メタバースは、空間コンピューティングを活用して実現される最も典型的かつ汎用的なユースケースの一つと言えます。

メタバースがトップ・トレンドの一つであったというその事実は、その後のChatGPT-3のリリースに始まる熱狂的な生成AIブームの中で影を潜めがちでしたが、Apple Vision Proの発表を皮切りに、2023年後半から2024年にかけてMeta社のQuest 3など空間コンピューティングを実現するさまざまなデバイスが発表、リリースされています。また空間コンピューティング市場は、2030年までに約4,235億米ドルに達するという予測※3もされており、この技術が引き続き注目されるべきテクノロジー領域であることを示していると言えるでしょう。

では、なぜ今、この空間コンピューティングが注目されているのでしょうか。それは先に述べたとおり、この技術が、リアルな世界とデジタルな世界を重ねることを可能にし、それによって人とAIとのより自然なインタラクションを実現するからです。企業にとってこの技術は、よりよい顧客体験や従業員体験の下、AIを活用してサービスを効率化、高度化することを可能にする技術とも言えます。

例えば、物理的な製品を中心に展開する企業は、空間コンピューティング技術により、メタバース空間を通じて全世界の顧客やパートナーに直接アプローチすることが可能となります。3Dモデルを使った製品の展示は、分解や拡大縮小、色の変更といった現実では不可能なインタラクションをリアルタイムで実現できます。ここに生成AIを掛け合わせることで、顧客の興味や行動に基づいて動的に製品デモンストレーションをカスタマイズしたり、過去のデータやマニュアルなどから個々のニーズに合わせた製品情報を提供したりすることも可能となります。

これにより、製品の特長や利点をより効果的に伝え、顧客エンゲージメントを高めることが期待できます。またAIを利用した多言語でのコミュニケーションや複雑な相談をサポートすることで、グローバルな顧客基盤へのアクセス拡大も狙えます。あるいは、空間コンピューティングを活用したトレーニング・プログラムは、従業員やエンドユーザーに実践的なスキルを提供し、AIによる個別の進捗調整やインタラクティブなフィードバックを可能にします。

これらはあくまで一例ですが、生成AIと空間コンピューティングの融合は、様々な産業で革新的な変化を推進する鍵であることを示しています。それは、日常生活とビジネスの様式そのものを変革する、デジタル・トランスフォーメーションの新たな道を拓くものと言えるでしょう。

いま、企業がすべきこと

企業が空間コンピューティング技術を活用し、生成AIによるデジタル・トランスフォーメーションで一歩先に行くためにすべきことはなんでしょうか。昨今の技術の進化は目覚ましいものがあり、特に空間コンピューティングや生成AIのような先進技術は、多くの可能性を秘めています。これらの技術を活用することで、前例のない方法でビジネスの課題に対処し、新しい市場を開拓するチャンスが広がっています。

とはいえ、生成AIも空間コンピューティングもそれ自体はあくまで技術であり、「手段」にすぎません。企業がその真の価値を最大限に引き出すためには、技術そのものに焦点を当てすぎることなく、解決すべき課題や達成すべき目的を見極めること、その技術を使って何を実現するのか、どのように顧客や市場のニーズに応えるのかを考え抜くことが重要です。業界・業種を超えた信頼できるパートナーとの共創により、新たなアイデアや解決策を見出し、企業成長を加速させることが可能です。

これらの技術の真の価値は、その活用によって何を達成するかで決まります。そのためには、明確なビジョンのもとで戦略を練り、行動を進めることが求められます。これこそが、今日のビジネス・リーダーにとっての重要な使命であり挑戦です。

※1 Spatial Computing,Simon Greenwold (2023年6月)
※2 Gartner、2023年の戦略的テクノロジのトップ・トレンドを発表(2022年11月1日)
※3 空間コンピューティングの世界市場規模、シェア、産業動向分析レポート:エンドユーザー別、ソリューション別、技術別、地域別展望と予測、2023年~2030年(2023年9月30日)

寄稿者

倉島 菜つ美

日本アイ・ビー・エム株式会社, IBMフェロー, コンサルティング事業本部, ビジネス・トランスフォーメーション・サービス CTO

堀越 諒太

日本アイ・ビー・エム株式会社, Future Design Lab., Future Design and Creative, シニア・コンサルタント