日本IBMグループでは、プロジェクトマネジメントを「職種にかかわらず全ての社員が身につけるべきコア・スキル」と位置付け、社員の積極的なスキル習得を推進しています。体系立てられたPM研修コースが多数提供されているほか、現役のPMからさまざまなテーマでプロジェクト事例や体験談を聞く「PMキャリアカフェ」が社員主導で開催されています。職種や経験に関わらず多くの社員が参加し、プロジェクトマネジメントについての学びを深める機会となっています。これまで開催したPMキャリアカフェの内容を抜粋してご紹介します。
日本IBMグループでは、プロジェクトマネジメントを「職種にかかわらず全ての社員が身につけるべきコア・スキル」と位置付け、社員の積極的なスキル習得を推進しています。以下に示すようなプロジェクトマネジメントの基礎知識は、どの職種においても実務を遂行する際に活用できるためです。
プロジェクトマネジメントのスキル領域
・タイムマネジメント ・コストマネジメント ・スコープマネジメント ・リスクマネジメント
・品質マネジメント ・コミュニケーション ・リーダーシップ ・ネゴシエーション
出典:IPA独立行政法人 情報処理機構 ITスキル標準V3 2011 | スキル領域とスキル熟達度・知識項目(職種別)(Word:720 KB) (参照日2024/07/23)
IBMでは、PMを育成するための体系的な研修コースが用意されているほか、現役のPMからさまざまなテーマでプロジェクト事例や体験談を聞く「PMキャリアカフェ」が社員主導で開催されています。PM職に限らず誰でも参加できる気軽なキャリアカフェで、これまで多くの社員が参加しています。これまで開催したPMキャリアカフェの内容を抜粋してご紹介します。
井上: これからのPM育成には、その人の持つ多様なケイパビリティ(Capability:スキル、知識、経験など)を最大限に活かした育成方法やスキルアップを考えていく必要があります。
小倉さんは、3児の母親であり、現在はお客様の大規模なITプロジェクト現場の最前線でPMを担当していますが、PMとして仕事をする上で何か工夫していることはありますか。
小倉: 私は20代の頃からPMの仕事をしていましたが、1人目、2人目と産休・育休を取ったあと一度PM職を離れ、いわゆるマミートラック(*1)状態になったこともありました。育児が大変な時期ではあったものの、自分のキャリアの先が見えなくて不安に感じたものです。
そうしたことにならないよう、3人目の時は育児休職の真っ最中の、早い時期から所属長と話す機会を作りました。自分にとっての仕事と育児のちょうどいいバランスや働き方、この先やって行きたい仕事など、自分の思いを早目に会社に伝えた方が良いと思ったんです。
私が描いた復職後の姿は、しばらくは家事・育児を生活の中心におきたいので、急な仕事や会議が入りにくいバックオフィス的な業務に就きたいというものでした。
所属長は私の子育ての状況や今後の働き方について理解してくれて、できるだけ私の希望に沿った形で復職できるよう環境を整えてくれました。とてもありがたかったです。
こうして私は、復職後しばらくはPMO(Project Management Office:プロジェクトマネジメントオフィス=プロジェクトマネジメントを支援する役割)を担当し、その後は子供の成長とともにキャリアを伸ばし、現在は規模の大きいプロジェクトのPMをしています。
安藤: その当時の所属長が、私ですね(笑)。よく憶えています。小倉さんと話をする中で、小倉さんが仕事と3人の子育てに奔走している状況だけでなく、彼女の仕事への熱意や責任感など気持ちの部分もよく理解できたんです。
常々私が大事だと思っているのは、「一人で抱え込まない」ことです。男女を問わず、ライフステージやその人の置かれた状況で、発揮できる力も変わってきます。困難に直面した時ほど一人で抱え込んでしまいがちですが、そういう時はどんどんPMやチームリーダーにヘルプを求めて欲しいんです。どうすればその人が最大限に力を発揮できるかを考えるのがPMやリーダーの役目でもありますから、遠慮はいりません。
こう考えるようになったのは、私自身が家族の看護と仕事と子育てを担っていた経験があるからなんです。周囲の人にどれほど助けられたか、その時に感じた感謝の気持ちは忘れることができません。もし私が一人で抱え込んでいたら心身ともに非常につらくなっていたでしょう。
それ以来、何かあった時は一人で抱え込まない、リーダーやチームに相談して、必要なサポートを得られるような環境作りを心がけています。小倉さんにもそのことを伝えたように記憶しています。
井上: 職場で共に働くチームメンバーは、年齢・性別・能力が異なるだけだけでなく、置かれている状況もさまざまですね。そうしたメンバーの多様性や個別の事情を理解し尊重したたうえで、その人がもっとも働きやすく、パフォーマンスが出るようにサポートすることは、プロジェクトマネジメントを成功させる大切なポイントだと思います。
井上: 安藤さんと小倉さんは、以前は所属長と部下の関係だったと聞きましたが、メンター、メンティの間柄でもあるそうですね。お二人はPMの育成や成長の観点でどのようにメンタリングを活用していますか。
小倉: 私の場合、PMをやっていて誰かに相談したいと思うのはこの2つの場面が多いです。
1つ目のプロジェクトマネジメントについての技術的なサポートが欲しい時は、メンターにも相談しますが、社内でその分野に精通している社員を見つけて教えてもらうことも多いです。IBMでは自分が直接知らない人でも技術サポートや情報提供しあうカルチャーがあるので、いろいろな人に協力してもらえて助かっています。
一方、2つ目の精神面のサポートについては、メンタリングがとても効果的です。私という人間をよく理解してくれているメンターに対しては、私が心に抱えたモヤモヤを遠慮なく発散できるからです。
例えば、ある課題があったとき、ほぼ自己解決ができそうなのだけれど、どうしても1度ネガティブな感情を発散させないと次に進めないような時があります。そのような時はメンタリングでたまった気持ちやストレスを発散するんです。
メンターの安藤さんは、どんなことも否定せず聞いて受け止めてくれて、まるで心のサンドバッグのような存在です。そのおかげで私は気持ちをリセットして前に踏み出すことができています。
井上: とても共感します。自分の気持ちを正直に話せる、発散できる先がどれだけあるか、改めて考えてみたいですね。私たちが生きていくうえで、身体だけでなく心も健康に保つことはとても大切です。プロジェクトマネジメントの技術的なサポートと、メンタルケアの両面で、上手にメンタリングを活用していきたいものです。
インポスター症候群はコミュニケーションで和らげる
小倉: 心の健康に関連してもう1つエピソードがあります。私は3人目の育休から復職して数年後に所属長職に昇進し、その後ある製造業のお客様のシステム運用・保守を担当する大規模プロジェクトのPMにならないかと打診を受けました。
私がPMとして現役だったのは3人の子供が生まれる前の20代の頃ですから、10年以上のブランクがありました。PMOとしては経験を積んでいたものの、お客様プロジェクトのPMを務めることになれば大きな責任が伴います。
10年のブランクがあっても大丈夫か、3人の子育てと責任ある役職を両立できるか、その判断は自分にしかできません。私は悩みに悩んだ末に辞退しました。その後も何度か打診を受けたのですが、全て辞退したんです。
いま思えば、インポスター症候群(日々の仕事や業務面で成功して周囲から良好な評価をされていても、自分自身を過小に評価して否定的に捉えてしまうこと)だったかもしれません。
井上: インポスター症候群のような心理傾向にあると、行動面では、何ごとにも必要以上に遠慮してしまったり、過度に失敗を恐れてチャレンジを避けてしまうことがあると聞きます。当時の小倉さんも、それに近い状況だったのですね。そこからどのように気持ちを切り替えて、PMの道に進むことができたのでしょうか。
小倉: 何度かメンターである安藤さんと、家庭の状況や私の中にある緊張やプレッシャー、将来のキャリアなどにについて話し合いました。
メンタリングで少しずつ気持ちが楽になった頃に、もう1度安藤さんに「それでもやっぱり、やってみたら」と背中を押されたんです。そこで私もようやく「完璧でなくとも、失敗してもいいからチャレンジしてみよう」と思うことができました。
最終的には、「やってみて失敗したら、任命責任は所属長にありますね」「そうだね」と2人で笑顔で合意したあと、正式にPMの任務を受ける返事をしたことを憶えています。
井上: お二人の信頼関係あっての良いコミュニケーションですね。これはPMに限ったことではなく、リーダーが「この人ならできる」と任命しても、自分がそんな大きな役割は果たせないと尻込みしてしまうことは、しばしばあるように思います。安藤さんは、どのような点に気をつけてコミュニケーションをとっていたのでしょうか。
安藤: これまでの働きぶりや、コミュニケーション能力の高さ、何より小倉さんが先を見てよく勉強していたことを見てきましたから、それらを根拠として話し、これからワークライフバランスが少し大変になるかもしれないけれど、次のステップへの成長のためにもぜひやってみないか、と話をしました。その際に付け加えたのは、小倉さんが全部一人でやるのではなくチームメンバーと力を合わせてうまくやっていけば良いこと、相談できる人が私を含め周囲にいることを伝えました。
井上: いつ何があっても「頼れる先がある」という安心感が、小倉さんの不安やプレッシャーが和らげたのですね。「やってみて失敗したら、任命責任は所属長にある」と双方が合意したうえで心の安定を保つ場所を持つことができたのも、良い結果につながったように思います。
メンタリングは、メンターとメンティが安心して率直にコミュニケーションできる場として人材育成に有効な取り組みです。PM育成に限らず、会社生活の中で上手に活用していきたいですね。
井上: 近年のDXの加速や新しいテクノロジーの発展で、プロジェクトマネジメントも変化していますね。そのような中でPMとしてどのようなスキルアップを心がけていますか。
安藤: 最近のテクノロジーの進化は本当に目を見張るものがあります。お客様のビジネス環境も刻々と変化していますし、ステークホルダーとのコミュニケーションや意思決定のスピードも加速しています。
そうした変化に対応できるよう、プロジェクトマネジメントの最新動向や事例を学んで、自身のPMスキルをアップデートしています。
また、常にどのようなデジタル技術が世の中に登場しているかを把握して、IBMとしてお客様のビジネスに活用できるか検討するのを習慣化しています。
技術面で言えば、私はもともとインフラやアーキテクト(*2)を担当していたので、自分はテクニカル面に強いと思っていたんです。ところがここ数年のテクノロジーの発展のスピードが早すぎて、一人で学んでいてはとても追いつけません。一人で学ぶのが難しい技術については、社内の専門家に頼んで個人授業をしてもらったりしています。
井上: スキルアップについても1人でがんばりすぎず、時には専門家の手を借りて最新のテクノロジーを学んでいるんですね。そうして学んだことをお客様やプロジェクトメンバーに共有することで、技術情報の提供というだけなく、スキルアップの姿勢としても全体に良い影響が出そうです。
安藤: そうですね、先日は生成AIを学んで、自分でプログラミングしてお客様にデモをお見せしたところ、非常に興味を持ってもらえたことがありました。難しい技術用語を使わず、私が自分の言葉でわかりやすく伝えることでお客様の理解も深まり、お客様が関心を持っているテクノロジーやめざしていきたい方向性などを話し合うきっかけにもなりました。
私としては目の前のプロジェクトを進めるだけでなく、中長期的にお客さんと関わっていくことを念頭に置いてスキルアップして行きたいと思っているんです。
小倉: システム運用や保守などの長期のプロジェクトの場合だと、プロジェクトメンバーの育成も長いスパンで計画的に進めることができるメリットがあります。自分もPMとしてスキルアップして行きたいですし、チームメンバーにも技術者としてどんどん成長してもらうことで、チームを強くして行きたいですね。
井上: PMも技術者もスキルアップすることで、チーム全体が強くなるという点、とても興味深いです。ともすれば目の前の仕事に追われてしまいがちですが、広い視野を持って、お客様に役立つ最新の技術や知識を積極的に学ぶことで自分のスキルをアップデートさせる意識を大切にしたいですね。
それにはPM研修や技術研修などで体系的に学習することも大切ですし、PMキャリアカフェのような現場のPMからプロジェクト事例や体験談など実践的な話を聞いて気づきを得る機会も、スキルアップに効果的だと思います。
私たちが組織の中でビジネスを進めていくと、いつの間にか自分1人でいろいろなことを抱えてしまったり、頑張りすぎて心も体も疲れてしまうことがあります。「PMは孤独」などと耳にすることもありますが、どんなに優秀なPMでも一人でできることには限りがあります。時には人の力を借りて協力し合いながら進めることができれば想像以上の効果が得られますし、一人では成し遂げられない成果をあげることができます。
PMの育成に携わる方は、ここまで述べてきたPM育成のヒント、
などを参考に、相手の置かれた状況を理解・尊重し、その人のケイパビリティを最大限に活かせるようなPM育成に取り組んでみてはいかがでしょうか。
(*1) マミートラック : 育児をしながら働く女性が、昇進や昇給の機会を逃し、出世から離れたキャリアコースに乗ってしまうこと
(*2) アーキテクト : IBMグループにおける職種の1つで、システム全体をどのような技術や手法/構造で作るかを考え、その実現をリードする仕事