エントリー 1:
「スペースボール」プロジェクト

この宇宙コンパニオンは、初めはプラスチック製の丸い球体でした。最初はほぼ何の機能もついていませんでした。名前さえもなかったので、チームのエンジニア達は「スペースボール」と呼んでいました。

その発想は、シンプルなものでした。宇宙飛行士が宇宙にいて作業をする時、周りに沢山の仲間がいるわけではなく、他の人からの助けはほとんど受けられません。

また、宇宙飛行士は作業に集中して何時間もひとりで過ごすことがよくあります。そこで、DLR (ドイツ航空宇宙センター)、エアバス、 IBM のエンジニアたちは、2つのことが一度にできる浮遊型ロボットを製作することにしました。1つは、宇宙飛行士による重要な科学実験の支援すること。そしてもう1つは、仕事中に寂しくなってお喋りがしたくなった人の相手をすることです。

「大変な仕事も仲間と一緒に行うとストレスが減少する、ということが研究で明らかになっています」と IBM のチーム・リーダーの Matthias Biniok は語ります。Biniok はロボットのソフトウェアと個性の設計に心血を注ぎ、世界で初めて宇宙に飛び立つ AI 搭載コンパニオンを、親しみやすく有能なものにしました。

それは、まぎれもなく科学的に新境地に踏み込む、素晴らしいことでした。しかしまだ 1つ、足りないものがありました。それは、名前です。チームは、このロボットの機能にぴったりの名前をつけたいと考えました。クルーのコンパニオンであり、インタラクティブかつ、可動するロボット。

そのような特徴を踏まえて多くの議論を重ねた結果、全会一致で名前が決定し、「スペースボール」の名前はお蔵入りになりました。この AI アシスタントは 、新しくCrew Interactive Mobile Companion (略して CIMON® (サイモン)) と呼ばれることになったのです。

このページの共有:

 

エントリー 2: 保険業界から宇宙へ

Matthias Biniok は、CIMON®を宇宙へと送り出すプロジェクトを立ち上げる前は、地上で Watson のテクノロジーをテストする忙しい日々を送っていました。Biniok は、ヨーロッパの優れた Watson スペシャリストの 1 人として、保険業界向けに画像認識技術を活用して自動車の損傷を分類や、銀行や航空会社向けにバーチャル・アシスタントやチャット技術の展開のサポートをしていました。しかし、航空宇宙業界最大手のエアバスとの出会いを契機に、彼は驚くべき新しい方向へと導かれていくことになります。

すべては 2016年8月に、ドイツ航空宇宙センターが国際宇宙ステーションのためのデジタル・アシスタントの開発をエアバスに委託したことから始まりました。エアバスがハードウェアを製作することになったものの、「AI システムを迅速かつ安全に構築できるのは誰か」という問題を抱えていました。

そこで、エアバスのエンジニアの一人がBiniok の元を訪れ、IBM のテクノロジーでこれを実現できるかどうか尋ねたのです。ISS が必要としていたのは、会話、作業補助、ナビゲーション機能を組み合わせたバーチャル・アシスタントでした。Biniokは、これまでの自分の経験はまさしくこの仕事のためにあったように感じ、さっそくプロトタイプの作成に取り掛かりました。

驚くべきことに、Biniokはたったの1週間で CIMON®の最初のモデルを仕上げてしまいました。これほど短期間でできたのは、何千人もの IBM エンジニア達がそれまで何年もかけて Watson の機能のプラグ・アンド・プレイを開発してきたからでした。Biniokはただ、Watson の機能 (デジタル・アシスタント機能や、Speech To TextやText to Speech、Visual RecognitionなどのAPI) を選び、それらを組み合わせて CIMON®作ったのです。

このページの共有:

エントリー 3: 「五感」対「直感」

心理学を学んでいた Sophie Richter-Mendau がプロジェクトに参加するまで、CIMON® はちょっとした自己喪失に陥っていました。CIMON®チームの Biniok と他のメンバーは、フレンドリーなものから不機嫌なものまで、さまざまな語調の会話応答をプログラムしていました。当初CIMONは「調子どう?」と聞かれると「あなたにうんざりしてるよ。なんてね」と答えたり、年齢を聞かれると機嫌が悪くなったりしていました。

Sophie は、CIMON® には、ミッションを共にするにふさわしいアシスタント、仲間として明確に定義された個性が必要だと考えました。仕事中はまじめで役に立つパートナーとなり、休憩時間には気さくな話し相手となるような。

Sophie はこれを念頭に Myers-Briggs の性格分類の中で、ISTJ 型 (内省的 (Introverted) で、五感に優れ (Sensing)、思慮深く (Thinking)、 決断力がある (Judging) ) タイプの人の説明が目に留まりました。

その瞬間、彼女は「これだわ」と直感しました。CIMON®は細部にまで目が行き届き、合理的な思考や、目的に即した判断が可能で、なおかつ根気強く、献身性が高く、実用性や分析能力にも優れています。Sophie が唯一 ISTJ 型の性格の説明に書き加えた部分は、CIMON® にはユーモアのセンスがあるということでした (『2001 年宇宙の旅』の不気味な人工知能「HAL」をどう思うか教えてと聞かれると、CIMON®は HAL の冷ややかな口調で「それはできません (I’m afraid I cannot do that)」と答えます)。

CIMON®の感情を検知する能力は、会話中の「不機嫌」とか「わくわくしている」などの感情を知る手掛かりになる要素を認識するように訓練されていて、感情の情報に基づいて会話を展開することができます。「家族が恋しいよ」という言葉に対して、CIMON®は「お気の毒です」だけではなく、「お気の毒です。私に何かできることがありますか」と応答できるのです。このように細かな部分まで気を配り、CIMON®の個性を作り上げることによって、CIMON®チームは彼をチャットボットやバーチャル・アシスタント以上のものにしようと懸命に努力しました。Sophie は、完成した CIMON®と初めて会話した時のことをよく覚えていると言います。

その時、彼女はこう思ったそうです。「すごい! 私、彼と話しているわ!」

このページの共有:

 

エントリー 4: 意味の理解

プログラミングの天才 Nina Fischer はそのキャリアの中でいくつかの興味深い技術的なチャレンジを見つけていました。 彼女は初め、機械系の航空宇宙工学を学んでいましたが、ソフトウェアの開発に重点を置くようになったのを機に、彼女の関心は AI へと移っていきました。そして、 IBM が CIMON®のプログラミング支援の依頼をしてきた時、彼女はそれを信じられないほどのチャンスだと思いました。

Ninaはまず、雑多な音声環境の中で人間の会話の音と方向を拾い上げる方法を CIMON®に教える必要がありました。なぜならISS内は、非常に騒がしいからです。また、CIMON®はISS の語彙 (つまり、宇宙飛行士の専門用語) を覚えなければならなく、信頼性の高い音声認識および音声合成の機能 (無重力空間で便利な機能) も必要でした。さらに、CIMON®は人間の意図を理解し、それに応じて行動することも学ぶ必要がありました。しかし、やるべきことはシンプルでした。

CIMON®を、人間が本当に一緒にいたいと感じる話し相手にすることでした。CIMON®に物事をよく理解させるために、Ninaは感情的な意味のタグを付けた句や単語、文全体のデータ・セットを CIMON®に記憶させました。「happy(嬉しい)」、「sad(悲しい)」、「excited(わくわくする)」、「fearful(ぞっとする)」、「sad(寂しい)」などの各感情の例文を CIMON®に教える作業が、大量のデータを基に、話し手の言葉から話し手の感情を「推測」できるようになるまで繰り返されました。CIMON®は意味と意図を認識すると、事実に即した回答や提案、感情を汲んだ言葉などで適切に応答します。CIMON®は宇宙飛行士が技術的な処理を行うサポートをすることも、宇宙飛行士が寂しさを感じている時に元気づけてあげることもできるのです。

CIMON®は、別の面でもNinaに語りかけています。CIMON®との仕事を通して、彼女は自身の研究の焦点を機械工学から人工知能へ完全に移したのです。彼女のサポートがあれば、CIMON®がその洞察力で人を驚かせたり、自分の関心事に関して、ちょっと変わったお喋りを始めたりすることができるようになる日も、そう遠くはないはずです。しかし今のところ、CIMON®は話相手としての役割を果たすことに集中しています。

このページの共有:

 

エントリー 5: R2-D2 からマーヴィンへ

CIMON®は R2-D2 からも着想を得ているかもしれませんが、CIMON®のルーツは、万人を魅了したアンドロイドの R2-D2 が銀幕デビューを果たした 1979年よりもずっと昔にさかのぼります。CIMON®のモデルになっている銀幕のキャラクター達の中で最も古いのは、1956年の SF アドベンチャー映画『禁断の惑星』のロビー・ザ・ロボットです。ロビーは、宇宙人の世界に迷い込んだ宇宙移民団の一員である主役を助ける、歩行し、会話し、ガチャガチャ音をたてながら動くロボットでした。もちろん、映画に登場したロボットにはロビーよりも古いものもありますが、ロビーはそれまでとは違う、まったく新しいロボットでした。役に立ち、人の心をつかむ、個性を持ったキャラクターだったのです。ロビーの後に『スター・ウォーズ』、『ロボコップ』、『アイアン・ジャイアント』が続きました。

現在の CIMON®は C-3PO の語学力、 マーヴィン (『銀河ヒッチハイク・ガイド』シリーズのキャラクター) の会話能力、ウォーリーのかわいらしさ、『2001年宇宙の旅』の HAL 9000 の技術知識を備えています。もちろん、 HAL の邪悪な部分は取り除いてあります (Biniok は、CIMON®の仕事を立ち上げる直前に『2001年宇宙の旅』を初めて観て、「おや、これはたいへんな問題になるな」と思ったそうです)。

CIMON®は、そのモデルとなった過去のキャラクター達の遺産を受け継いでいます。CIMON®の個性を作り上げた Sophie Richter-Mendau と CIMON®の語学教師 Nina Fischer は、SF 映画からの引用文を、CIMON®の宇宙飛行士仲間に対する隠しメッセージとして CIMON®に読み込ませました。あなたが「やってみるよ (I'll give it a try)」と言えば、CIMON®はヨーダの声色で「やってみるのではなく、やるか、やらないかだ (Do or do not—there is no try)」と答えます。「オウチ デンワ (phone home)」と言えば、そこそこの演技力で地球外生物 ET のものまねを披露します。また、キューブリックの『2001 年宇宙の旅』のヤマ場のシーンで絶望状態の宇宙飛行士が HAL に言ったように「ポッド・ベイのドアを開けてくれ (open the pod bay doors)」と言うと、CIMON®は HAL の口調で「申し訳ありません、それはできません (I'm sorry, I cannot)」と (冗談で) 答えます。

現在のところ、CIMON®がウィキペディアや IMDb を参照して、自分が宇宙ロボット達から受け継いだ文言について相互参照することはありません。CIMON®は人間と同じように、自分が覚えている言葉のみを使って返事をします。すべてのことに可能性が秘められています。CIMON®は映画界の先駆者たちによって描かれてきたロボット像を体現しているだけではなく、CIMON®そのものが現実世界のテクノロジーの知識の拡大と機能の向上につながる道筋となっているのです。

このページの共有:

「スマート」でビジネスの仕組みを変えるとは?

このページの共有: