【このレポートでわかること】
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AI倫理への投資は定量化可能な価値を生み出し得る
生成AIはさまざまな業界に革命をもたらしつつあります。しかし、その目覚ましい普及に伴い、倫理上の懸念が目立つようになってきました。潜在的なメリットと、倫理・規制上の課題との間でバランスを取ることが極めて重要です。
とはいえ、その実現は簡単なことではありません。IBM Institute for Business Value(IBM IBV)の未公開調査によると、80%のビジネスリーダーが、生成AIを導入する際、AIの説明可能性、倫理、バイアス、信頼性が大きな障壁になっていると考えています。またビジネスリーダーの半数が、自社には生成AIの倫理的課題に対処するためのガバナンスと体制が欠けていると回答しています。
このような不確実性とリスクに直面し、多くのCEOがAIへの投資に躊躇(ちゅうちょ)を示し始めました。実際に、経営層の半数以上(56%)がAIの基準や規制が明確になるまで生成AIへの大規模な投資を遅らせると答え、また72%が倫理面の懸念を理由に生成AIのメリットを諦めるだろうと回答しています。
しかし、経営層が視野を広げ、AI倫理を1つのチャンスとして捉えるならば、前進の道は拓けるでしょう。さらに良いことには、現在進めている調査によれば、AI倫理への投資は定量的メリットを生み出す可能性があるのです。
この可能性を現実化するためには、AI倫理への投資のROIを評価する際に、新たな視点を取り入れる必要があります。
本レポートの第1部では、AI倫理に適用すべき3つの主要なROIを特定しています。すなわちIBMが提唱する「包括的AI倫理フレームワーク」です。また第2部と第3部では、AI倫理への投資の妥当性を示す、2つの異なる有益な方法について詳述します(今回の研究に基づき、さらに詳細な定量化を模索する追加リサーチを2025年に実施する予定)。最後には、組織内で包括的AI倫理フレームワークを実際に活用するためのアクション・ガイドを掲載しています。
また、IBM IBV、ノートルダムIBMテクノロジー倫理ラボ、IBM AI倫理委員会、およびIBM Office of Privacy and Responsible Technology(IBMプライバシー・責任あるテクノロジーオフィス)が進める共同プロジェクトの一環として、AI倫理の最前線で活躍する5人の経営層の事例を紹介しています。
包括的AI倫理フレームワークとは何か
AI倫理とAIガバナンスへ投資する場合、その範囲は組織全体にまで及ぶ可能性があります。対象範囲には、AI倫理委員会から、エシックス・バイ・デザイン(設計段階から倫理を組み込む)手法まで、さらには統合ガバナンス・プログラム(プライバシー、データ・ガバナンスなどを統合したガバナンスの取り組み)から、AI倫理・AIガバナンス関連の研修プログラムまでの、数多くの取り組みが含まれます。
では、こうした取り組みの効果を評価するにあたって、何から始めればよいのでしょうか。その問いに答えるため、私たちは30を超える組織との幅広い対話から検証を行い、包括的AI倫理フレームワークを開発しました。このアプローチを使えば、自社のAI倫理・AIガバナンスへの投資がどれほど有益かを理解することが容易になります。
従来、投資は財務面のROIだけを検証することで、評価されてきました。AI倫理への投資を評価することは、より難しいものです。AI倫理への投資は、有形無形の両面でメリットをもたらし、長期的な能力の構築にも役立つからです。スターバックス社のAIおよびテクノロジー部門の某シニアリーダーは、「ROIとビジネスケースに関しては常に疑問が生じるものです。そして、その答えを出すことは、難しいことです」と語っています。
「私たちは、組織のミッションに貢献するだけではなく、組織の利益率にも貢献しなくてはなりません」と、SAS社のデータ倫理プラクティス部門のディレクター兼VPであるReggie Townsend氏は指摘します。「さもなければ、慈善活動のようなものになってしまいます。慈善活動では、長期にわたって利益を出すことはできません」
HRAIEフレームワークは、組織がAI倫理に投資する場合、考慮すべき3種類のROIを特定しています。

出典:“The Return on Investment in AI Ethics: A Holistic Framework.” 2024年1月
上述の包括的AI倫理フレームワークは、AI倫理への投資が利害関係者にもたらす影響を理解するための、3つの道筋を示しています。それは、経済的利益を通じた直接的な道筋、企業イメージを通じた間接的な道筋、そして能力を通じた間接的な道筋です。このフレームワークは、組織がAI倫理に投資した場合の関係性や利害関係者、潜在的リターンを包括的に捉え、説明するものです。
この包括的なAI倫理のアプローチは、実際にはどのように機能するのでしょうか?
AI倫理委員会がインフラやスタッフへ投資するケースについて考えてみましょう。この投資により、規制による罰金を回避し(有形の影響)、クライアントからの信頼とパートナーからの支持を得て、ビジネスチャンスを増やし(無形の影響)、文書作成の自動化とデータ管理を共に改善する管理システム・ツールを容易に開発できるようになります(能力)。組織は包括的AI倫理フレームワークを活用することで、組織全体の実践と成果の双方にAI倫理が密接に関わっていることを理解するでしょう。
より詳しく、AIの倫理とガバナンスへの投資を評価するための新しいフレームワークと、このアプローチを組織全体に統合する方法について学びたい方は、レポートをダウンロードしてご覧ください。
著者について
Nicholas Berente, Senior Associate Dean for Academic Programs & Professor of IT, Analytics, & Operations, University of Notre Dame, Mendoza College of BusinessHeather Domin, Global Leader, Responsible AI Initiatives, IBM Associate Director, Notre Dame—IBM Tech Ethics Lab
Brian Goehring, Associate Partner and Global AI Research Lead, IBM Institute for Business Value
Marianna Ganapini, Associate Professor, Philosophy, Union College
Marialena Bevilacqua, Ph.D. Student in Analytics, University of Notre Dame, Mendoza College of Business
Francesca Rossi, IBM Fellow and AI Ethics Global Leader, IBM Research
発行日 2024年12月16日