ROIの処方箋

ハイブリッド・バイ・デザインが、テクノロジー投資に対するビジネス・リターンをどのように高めるか
ROIの処方箋
ハイブリッド・バイ・デザインが、テクノロジー投資に対するビジネス・リターンをどのように高めるか

このレポート・シリーズでは、「ハイブリッド・バイ・デザイン」と呼ばれる手法を用いて組織の「テクノロジーのグレート・リセット  」を設計・遂行する方法について取り上げています。
今回は、ハイブリッド・バイ・デザインを使ってテクノロジー投資に対するビジネス・リターンを高める方法について考察します。

 

ROIの処方箋

 

経営責任者(CxO)は、デジタル・トランスフォーメーション(DX)が急速に進展する時代 にビジネスのかじ取りを担っており、IT(情報技術)投資に価値があることを証明しなければならないプレッシャーを強く感じています。IT投資を通じて、コスト削減にとどまらず、ROI(投資利益率)を高められると実証することが、かつてないほど重要です。役員会でも討議の対象となります。

どのような環境にあっても難しい取り組みですが、特に課題となっているのは、テクノロジー予算のうち、実際のビジネス収益に直結する取り組みに23%(平均的な組織における数値)しか振り向けられていないことです。目覚ましいROIを生み出そうとするには、極めて小さな予算配分でしょう。それでいて経営層の72%は、テクノロジー投資に対するROIを最低でも25%増やすことが、重要なビジネス目標であると回答しているのです。

そこでソリューションを提供するのがハイブリッド・バイ・デザインです。この手法をプログラムに適用した組織は、5年で3倍以上も大きなROIを生み出すことができます。リターンが増大するだけでなく、生成AIを通じた広範なビジネス価値の拡大も見込めるようになります。

今こそ、社内のテクノロジー投資、プログラム設計、およびポートフォリオを真摯(しんし)に見直すべき時です。テクノロジー部門だけでなくビジネス部門も巻き込む必要があるでしょう。両部門の協力を促すことができればなお良い結果をもたらします。ROIが改善しないのは、両部門の連携不足によることが多いからです。生成AIの活用を可能にするハイブリッド・バイ・デザインという基盤を構築すれば、テクノロジーのリセットを実現し、生産性低下を招いている溝を一気に解消できます。

 

「ROIで結果を出さねばならない。プレッシャーは常にある。『コストがかさんでもいい、業務も複雑化して構わない』などと言うCEOがいるなら会ってみたいものだ」 
–消費者信用会社(英国)のデジタル・バンキング担当CIO 


今回の調査では、すべてのリーダーがハイブリッド・バイ・デザインを使ってROIを高めるために知っておくべき3つのことが明らかになりました。 


そして、すべてのリーダーがすぐさま行うべきこととして、以下の3つのことが挙げられます。

 

1. 今すぐに学ぶ


知るべきこと:

貧弱なテクノロジー・ポートフォリオは貧弱なROIにつながる

 

貧弱なテクノロジー・ポートフォリオが生まれる理由は数多くあります。しかし、大きな要因の1つは、漫然としたテクノロジー支出です。私たちは「自動操縦モード」に陥りやすく、ROIが悪化するのは、まさにそのような時なのです。

組織はハイブリッド・バイ・デザインの取り組みに乗り出すことで、プログラムのROIを大幅に高めることが可能です。IBMが50以上の組織を分析したところ、ハイブリッド・バイ・デザインの原則を導入した場合、プログラムのROIが5年間で3倍も向上することが分かりました。しかし、ほとんどの企業がいまだに抱え続けている貧弱なテクノロジー・ポートフォリオでは、こうした成果を実現できません。

テクノロジー支出をさらに詳しく調べてみると、大きな障害が浮き彫りになります。すなわち、組織のIT予算のかなりの部分が保守・運用コストに費やされているということです。テクノロジー支出全体のうち約半分(47%)は、業務運営の維持のためだけに充当されおり、19%近くが人事や財務といったSG&A(販売および一般管理)用途に使用され、それとは別に11%がIT機能の最適化に充てられています。ビジネスを前進させる予算はどれほど残っているのでしょうか。

テクノロジー予算のうち、実際にビジネス収益を生み出す領域のパフォーマンス改善に投資できる額は、わずか23%しか残りません。

今こそ、テクノロジー・リセットを敢行することで、ITポートフォリオをビジネスにもっと寄与させるべき時です。


 

コストセンター・アプローチがITに弊害を及ぼしている

ITをコストセンターとして扱っていると、IT投資によるROIの向上から遠ざかってしまいます。問題は予算規模だけではありません。むしろビジネス・パフォーマンス(成長、生産性、顧客満足度など)の向上に直結するプロジェクトやテクノロジーにどれほどの予算を割けるかが問題であり、現時点では足りていないのです。
しかし、経営層がITポートフォリオについて、具体的なビジネス成果に直結する投資対象グループの1つとして見なすようになれば、重要かつ革新的なプロジェクトへの資金供給を、他のビジネス戦略と並ぶ優先事項として取り扱えるようになるでしょう。

ROI向上を図るためには、ビジネス上のリターンを重視したテクノロジー支出へ意識的に予算を配分していくことが必要です。

まさにここで、ハイブリッド・バイ・デザインの「バイ・デザイン(設計段階からの)」が意味を持ちます。ハイブリッド・バイ・デザインの言葉に込められた「意図」に基づいた意思決定を迫られ、分散化していたIT投資が効率化されます。例えば、新しく立ち上げられる大規模なテクノロジー・プログラムは、平均で9つの類似プログラムと競合し、6人の異なる後援者が存在します。それらを必要なものだけにそぎ落とすことで、最も価値の高い取り組みに回せる資金を確保できるでしょう。
 

スタートアップのメンタリティーで「現状への安住」を克服

予算が硬直化した大企業は、状況変化になかなか適応できないことがよくあります。立案した計画がうまくいかない場合も、リソースが事前に割り当て済みだったり、意思決定サイクルが長かったりするために、生命維持装置につながれたように延命されていることもあります。その影響で、本来さらに収益を得られるはずだった事業活動に支障が生じることがあります。
スタートアップの俊敏性と大企業のリソースの安定性を組み合わせれば、優れた適応力と継続的な改善を実現するIT投資プロセスを構築できるでしょう。
言い換えると、起業したばかりの会社のような、より小規模で事業展開の速い環境では、計画を絶えず評価し直す必要があります。市場から即座にフィードバックがもたらされることで、迅速な適応を迫られ、成果のない取り組みは中止に追い込まれます。このダイナミックな構造に付随する俊敏性は、戦略的な優位性となるでしょう。

 

「投資規模が拡大するたびに、ROIを再チェックすべきだ。改善しているなら、そのままでいい。そうでないなら、その理由を見つけなければならない」
–家電・産業用電子機器メーカー(英国)CTO

 

実行すべきこと:

IT支出を「経費の一覧表」ではなく、「投資のポートフォリオ」として管理する

 

一般的なIT予算レポートでは、経費項目の長いリストしか確認できません。しかし、投資ポートフォリオからは、一連の戦略的なビジネス目標と、各目標に直結する投資が確認できます。テクノロジー・ポートフォリオとビジネス上のリターンをより良く結び付けるには、次の3つのアクションを重視すべきです。
 

  • データ・ドリブンの視点でポートフォリオを把握する。
    ビジネスの原動力となる重要データについて理解し、長期的に追跡します。例えば、改善させたい指標が総所有コスト(TCO)である場合、データ・ドリブンの視点を持つことで、目立った変化をもたらすために必要なトレードオフを敢行できます。現状のアーキテクチャーの問題もあって、すべてのアプリケーションがそれ自体のTCOを下げられるわけではありませんが、投資とコスト削減それぞれの対象を判断する上で有用なデータがあれば、TCOを全体的に削減するのに役立ちます。それこそが組織全体としての目標です。
     
  • 取締役会のメンバーを啓発する。
    テクノロジーに精通した(少なくともテクノロジーについていける)取締役会メンバーが監督の任に当たることは極めて重要です。米国では、独立した情報技術委員会を設置する企業が増えており、2023年には15%に達し、5年前の9%から増加しました。取締役会メンバーがテクノロジーについて理解を深めれば、それがコストセンターではなく、年次報告書と株主総会で取り上げられる業績や戦略、目標に貢献する存在であると捉えることができるようになるでしょう。役員たちが自信を持って戦略的なテクノロジー投資を承認する上で、こうした理解は欠かせません。生成AIが企業の基礎構造の一部として急速に組み込まれつつある今は、なおさらです。こうした役員たちはやがて「テクノロジー・ポートフォリオのアンバサダー(大使)」になってくれるでしょう。
     
  • DIY型のモダナイゼーションを機会に応じて進める。
    モダナイゼーションでは、万能なアプローチを採用しなければならないわけではありません。あらゆることに対応できる複雑なセンター・オブ・エクセレンス(CoE)を設置する必要もありません。その代わり、自社の全体的なIT戦略に沿っている限り、モダナイゼーションを機会に応じて進め、クイック・ウィン(早期の成功体験)こそが適しています。

 

 

2. 飛躍する


知るべきこと:

テクノロジー・プログラム設計に無為無策のまま挑むとROIを損ねる

 

優れたプログラム設計は、優れたROIにつながります。設計後の遂行も重要ですが、初期段階での優れた設計こそが、遂行を成功に導きます。

ビジネス目標とIT投資との間に断絶が残っていると、ただでさえ煩雑なテクノロジー・プログラム設計のプロセスにさらなる時間とコストがかかります。例えば、戦略的なビジネス・ニーズではなく、華々しさだけに重点を置いて最新テクノロジーを優先させてしまうと、効果に乏しいプロジェクトにつながり、リソースを浪費します。

この種の取り組みでは、明確なビジネス・プランがないまま開発進展が滞ることが多く、その結果として機会コスト費用を発生させ、全体的な進捗前進のが妨げられることになります。

ビジネスを向上させ、成長を促進するためには、ITがビジネスの向上に果たせる役割について統一的な理解を共有することが有用です。例えば、経営層の72%は、テクノロジー予算に対するROIを最低でも25%増やすことが、重要なビジネス目標であると回答しています。しかし、彼らの71%は、ITが事業実績の大幅な改善にどう貢献できるのかについて明確なビジョンが共有されていないとしており、それがテクノロジーROIの向上を強く阻んでいると回答しています。改善させたいという願望はあっても、その実現に向けた共通ビジョンを誰もつくり出せていないのです。IT部門だけで取りかかればよいという話ではありません。ITとビジネス両部門のリーダーが、共通ビジョンの策定を優先課題としなければならないのです。

さらに、経営層の3分の2は、ビジネス・リーダーがROI改善提案を十分に要求していないとし、これもテクノロジーROIがなかなか向上しない大きな要因だと答えています。要求不足の理由はさまざまですが、新しいテクノロジー・プログラムのアイデアのうち、ビジネス部門からの要求によるものは12%に過ぎません。そのため、当然とも言えますが、大規模な新規テクノロジー・プログラムで、立ち上げ前に複数の重要なビジネス関連の要件についてテストが行われたものはわずか18%にとどまりました。平均的な企業における新しいプログラムの設計・計画・立ち上げには9カ月以上かかっていることから、ビジネス価値との関連性が薄い、リソースおよび時間の集約型プロジェクトに多額の投資が注ぎ込まれていることになります。

生成AI時代のテクノロジー・プログラム 
生成AIがITレパートリーの定番になるにつれて、ハイブリッド・バイ・デザインはその移行を加速させます。

なぜでしょうか。それは、生成AIのPoCから本番製品での適用への移行は、より複雑さを増していくからです。生成AIは、分散環境や異なるプラットフォーム環境での利用に関連する課題に直面しています。データ・ガバナンスは、様々なITスタックで実行される企業全体の企業全体のワークフローによって複雑になります。拡張性と再現性は、異種環境では難しくなります。また、生成AIは企業のデータ資産全体でより多くの価値を生み出しますが、AIをあらゆる場所に組み込み、分散データを適切にオーケストレーションするには、ハイブリッド・バイ・デザインのアプローチが必要不可欠です。

これは好循環です。生成AIは、複雑な環境をより適切に管理することでハイブリッドクラウドの価値を高め、ハイブリッドクラウドは、オープンソース・テクノロジー、企業全体のデータ・プランなどを利活用して生成AIの価値を高めます。
 

「ITチームは、ビジネス・パーソンと話すとき、専門用語や頭字語をたくさん使います。彼らはテクノロジーについて話し、製品の話をします。彼らはビジネス価値や、ビジネス・ラインについては言及しません。そして、ROIについては語らないのです。一方で、ビジネス・パーソンは収益にのみ関心があります。しかし、技術者は、最新かつ最高のテクノロジーと、そのテクノロジーで実現できるすべての「素晴らしいこと」を紹介しようとします。それは、収益に影響を与えるという点で、実際にはどのようなビジネス価値を実現できるのでしょうか?このように、ビジネスとITの間には断絶があるのです。」
–建設・不動産会社(シンガポール)のCIO

 

実行すべきこと:

ビジネス部門と足並みをそろえ、的の中心部、すなわち効率的なプログラムに照準を絞り、より高い効果を狙う

 

的の中心部、すなわち最大限のROIをもたらすビジネスIT投資に照準を絞ります。そのためには、データを集め、確かな分析に基づいて意思決定を行う必要があります。
 

  • データを放っておかず、絶えず測定する。 
    ビジネス成果に直結した指標を用いて、テクノロジー・プログラムのパフォーマンスを定期的に測定します。改善と最適化を継続的に実施し、最大限のROIと戦略的な効果をもたらす取り組みにリソースを再配分します。
     
  • 少数のビジネスクリティカルな投資対象に集中する。 
    主要な利害関係者すべての期待をすべて満たしたいという誘惑に駆られるかもしれませんが、それにとらわれると、成功などがおぼつきません。 ビジネスクリティカルな投資対象、すなわち的の中心部にある対象を重視したテクノロジー・ポートフォリオを設計します。そうすれば、リソースの節約になり、最も重要な領域での効果を強化できます。
     
  • 経営層を後ろ盾にする。 
    経営層の後押しがなければ、ビジネス・チームを現状から脱却させることは難しいです。何を変えるべきか、将来の要件は何かといった議論をリードする上で後ろ盾もしくは後援者になってくれる経営層を見つけ出せば、脱却を加速させることができます。そのような経営層は、ビジネス・バリュー・チェーンとIT計画との関係性という、重要なつながりを作り上げて維持する上で助けになります。データ・ドリブンのストーリーテリングを用いて、そうした経営層と分かり合えるように話す ことで、彼らのビジネス目標の達成にプログラムがどう役立つかを示すとよいでしょう。
     

 

 

3. 先を見据える


知るべきこと:

テクノロジーの乱立は俊敏性の不足を生む

 

「プロジェクトが多すぎる」

「使用ツールが多すぎる」

「なぜこれほど多種類の環境があり、それぞれの環境で別個のツールを使っているのか」

「有望なテクノロジーを厳選できていない」

上記のような状況に心当たりはありますか。もしあるなら、あなたの組織はテクノロジーの乱立に見舞われているのではないでしょうか。貴社だけの問題ではありません。ハイブリッド・アプローチに移行した組織のほとんどは、特に目立った対策を講じることもないまま、同じことを経験しています。

ITチームがさまざまな機能を実現しようと努めていく中で、組織内には何年かたつうちに、多種多様なツールやエクスペリエンスがひしめき合うようになります。こうした状況が生じると、ITの速力は低下し、ビジネスの俊敏性も損ねます。ハイブリッド・バイ・デザインのアプローチでは、企業は開発と運用の両エクスペリエンスで一貫性を図ろうとします。これが重要である理由は、ビジネス・リーダーはプロダクトやサービスの迅速な実地投入を追求しており、そのためにエクスペリエンスの一貫性が有用だからです。エクスペリエンスがばらばらだと、実地投入までの時間は遅くなります。

テクノロジー投資のROIの最大化は、少数の重要な投資対象に集中した上で、パフォーマンス改善のサイクルを速めることによってもたらされますが、持続的な実行も不可欠です。時間と共に色あせていくようなクイック・ウィンばかりでは、目立った変化は実現しません。 投資判断の確定後は、プログラム遂行に必要となる機動的なロードマップに対して、資金投入方法をどう改善すべきかを把握することが大事になってくると経営層の80%が考えています。

それは今日のCIOとCTOのチームにとって容易なことではありません。生成AIワークフローのためにハイブリッド環境を設計しようと努めている状況では特にそうです。経営層はベンダーから平均32件のAIユースケースの提案を受けています。そのうち64%には、競争優位性を高めるポテンシャルが秘められています。しかし、その競争優位性に到達するには、テクノロジーの乱立を抑え、チームの俊敏性を高める必要があります。

 

実行すべきこと:

成長のスパイラルのように勢いをつけ、小さな成功を大きな成功につなげていく

 

目覚ましいROIを達成するための新規プログラムを設計する際は、ポートフォリオを少数のプログラムに絞ることです。次に、そのポートフォリオを、早期かつ頻繁なROIによって回る“成長エンジン”として扱うことにより、IT資産を活性化およびモダナイズし、プログラム遂行を直接サポートします。
 

  • 夢物語ではなく、明確なゴールに焦点を合わせる 
    乏しい資金を何十もの「戦略的」目標に分散させ、そこから高いROIを得られるという考えは夢物語です。一方、意図を持ってハイブリッド・バイ・デザインの成長エンジンとするときは、サポートしたい目標について厳しい判断を下すことを迫られます。選び抜いた重要目標を支援する成長エンジンを設計し、それらが互いに補完し合うようにすれば、長期にわたって持続的な価値を生み出せます。
     
  • 速力を測定する 
    複数年にわたるROIの目標では、そこに到達するための強いモメンタムを維持しながら取り組む必要があり、この双方のバランスを図らねばなりません。成長エンジンの速力を測定・管理しなければならないのです。フライホイールが回転するたびに価値がもたらされ、テクノロジー環境を簡素化し、次のサイクルのための資金が生み出されるとしても、結局、すべてはフライホイールの回転速度にかかっています。スピードを上げるには、意思決定のサイクルを短縮する必要があります。フライホイールを動かし続けるために不可欠な意思決定の内容と方法を定義しなければなりません。後援者全員に、誰が決定権を持ち、どれくらい迅速に決定を下す必要があるかについて合意してもらうことです。
     
  • 行動経済学を役立てる 
    CEOの3分の2近くが、生成AIの成否は、テクノロジーそのものよりも、従業員側の受容にかかっていると答えています。成長エンジンも同様に、人間の自発的な行動によって力を与えられます。仕事をする人々の許容する限界が、速力の上限となります。成長エンジンの各ステップを実行する人が、自分にとって最善の利益に合致すると思えなければ、回転は遅々としたものになるか、停止してしまいます。最悪の場合、逆回転するかもしれません。あらゆるステップでこう問い続けることです。
    「どうすれば意欲のマイナス要因を特定し、取り除くことができるのか」
    「速力を維持し続けることを全員にとって最善の利益とするためにはどうすればよいのか」 

    例えば、あるビジネス・アプリケーションとデジタル製品との統合に必要なモダナイゼーションは、そのビジネス・アプリケーションの現在のオーナーから抵抗を受けるかもしれません。しかし、アプリのモダナイゼーションについてそのオーナーのスコアカードに記載すれば、経営層もモダナイゼーションの取り組みを確実に支持するようになるでしょう。
     

ビジネスの“成長エンジン”の内と外 
成長エンジンは、大規模なDXプログラムのデメリットを生じさせずに、全社規模でより良いビジネス成果を実現するための優れた手法です。

本来は機械用語(原文:フライホイール)で、エネルギーを生み出し、機械の他の部分に伝達する重い車輪のことをいいます。フライホイールが回転し始めるにはたくさんの力が必要ですが、いったんスピードが上がると勢いがつき、回転し自走し続けることができます。

役員会で議論されるような重要なビジネス目標から始まります。その後は多数のアクションから成るサイクルを利用して前進していきます(通常のプログラムにおける、設計と実行の各フェーズが直線的に並んでいるプロセスとは異なります)。サイクル内の各アクションは、前のアクションの上に積み重ねられ、次のアクションの達成を容易にしていきます。

例えば、漸進的であっても、ビジネス・パフォーマンスの向上をもたらすデジタル・プロダクトの設計および提供が最初の部分であるとしましょう。第2の部分では、そのプロダクトをサポートできるよう既存のアプリケーションをモダナイズすることが考えられます。第3の部分としては、IT業務のコストを削減し(フライホイールをサポートするために必要でない経費を削減し)、その節約分をより多くのプロダクト開発に投資し直すことが考えられます。

フライホイールは、意図を伴ったポートフォリオやプログラムの設計と同じように、意図的な決定を迫り、それが成長エンジンとなります。ハイブリッド・バイ・デザインのROIの視点を用いることにより、長期にわたって高い価値を持続的に提供できるだけでなく、チームが生成AI の基盤を構築するためにも役立つ成長エンジンを設計し、成長のスパイラルを回すべきである。
 

「短期的なリターンだけでなく、価値のパターンを示すことが極めて重要だ。大規模なソフトウェアの展開のような全社的プロジェクトに投資する場合、『1年目はコスト削減を実現できたが、それ以降はビジネスに何の価値も提供できなかった』などと言うわけにはいかない」 
–工業メーカー(米国)の情報技術担当ディレクター

 

ハイブリッド・バイ・デザインの実践

スプレッドシートから戦略的パートナーへ:The Standard社の歩み

今日のダイナミックな市場では、テクノロジー投資の可視性の向上は、もはや「余裕があればやること」ではなく、戦略上の必須事項です。雇用主と従業員を対象とする所得補償保険の大手プロバイダーであるThe Standard社は、ビジネス目標に沿ったデータ・ドリブンのIT投資に向けた道筋をたどり始めました。

課題:テクノロジー投資における盲点 
The Standard社は業界の需要に遅れずについていくため、DXと戦略的買収に取り組む必要がありました。しかし、行く手には重大な障害が立ちふさがっていたのです。すなわち、自社のテクノロジー投資の可視性の不十分さです。

予算編成や分析の業務をレガシー・システムとスプレッドシートに頼っていたThe Standard社は、業務運営と戦略的トランスフォーメーションのそれぞれのコストを区別するのに苦労していました。こうしたデータの不透明さが、効率的なリソース配分を妨げ、的確な情報に基づく意思決定を阻んでいたのです。 「私の使命はコストの透明性を高めることで、実践的なインサイト(洞察)を提供し、意思決定を迅速化すると同時に、IT部門とビジネス部門との連携を深めることだった」と、ITファイナンスおよびアナリティクス担当バイス・プレジデントのDickson Kasamale氏は言います。

ソリューション:テクノロジーを通じた透明性 
2020年、The Standard社は戦略的な転換点に差し掛かりました。スプレッドシート主導のアプローチを、強力なビジネス管理ソフトウェアに置き換えたのです。財務と業務の両データを統合することで、同社はテクノロジー投資について、高い精度で分析や最適化、計画立案ができるようになりました。

さらに、クラウド・コスト管理ソフトウェアと、リソースおよびポートフォリオ管理ソフトウェアも導入することで、自社で急増中のデジタル投資について、深いインサイトが得られました。

成果 :解き放たれた効率性と俊敏性 
効果はすぐに現れました。透明性が向上した結果、ITとビジネスの両部門の連携が強化されたのです。以前はデータ統合作業に追われていたITファイナンス・チームも、労力の80%を戦略的分析および予測業務に割けるようになりました。

標準化されたコスト・モデルと投資計画ツールにより、経営陣はインパクトの大きい取り組みに自信を持って資金を振り向け、確実に予算を達成できるようになりました。

クラウド・コスト管理によって貴重なインサイトが得られ、プロダクトやアプリケーションを担当するリーダーは、クラウド利用を最適化し、価値を最大化できました。

地理的に分散し、多様なプロジェクトに対応しているデリバリー・チームを管理することもはるかに容易になりました。新しいソフトウェアは、ワークフローを合理化し、リソース配分の可視性を向上させ、複雑な組織構造下でのコラボレーションを促進することができたのです。

最終成果:戦略的な優位性 
The Standard社の成功事例は、テクノロジー支出管理の透明性の大切さを裏付けています。適切なツールを活用することで、同社は次のことを達成しました。
 

  • 意思決定の迅速化:データ分析の効率化により、IT部門は戦略計画立案に専念できるようになりました。 
     
  • クラウド統制の強化:クラウド利用が最適化され、コスト削減を実現できました。 
     
  • リソース管理の改善:「当社の目標達成率(IT組織として言明した目標をどれだけ実現できたか)は、20%上昇した。これは、より多くのことを実現できたというだけの改善ではない。コミットメントに対する可視性を共有したことにより、チームが効率よ注力することで、タスクをより迅速に達成できるようになった」と、The Standard社で戦略やポートフォリオ・オペレーション、テクノロジーを担当するディレクターのKaarina Bourquin氏は説明しています。 
     
  • ITとビジネスの両部門の連携強化:透明性が高まった結果、コラボレーションが促進され、目標達成も迅速化できました。
     
テクノロジーの乱立から戦略的ROIへ:IBMのITポートフォリオの歩み

ITの乱立が多くの大企業でまん延しています。何千ものアプリケーションの中には一昔前から受け継がれてきたものも多く、それらはイノベーションを妨げるだけでなくリソースも食い尽くしてしまいます。一時は万能薬ともてはやされて導入されたクラウドも、ともすれば各種のハイブリッド・バイ・デフォルト のソリューションが網の目のように絡み合った状態になってしまいがちです。

多くの企業と同様、IBMも長年かけて広範なITポートフォリオを培ってきました。1年半ほど前、経営陣がポートフォリオを新鮮な目で見直した時、ROIを高めることが目標となりました。より戦略的なIT、つまりビジネス・チームの仕事をより速く、よりスマートに、より革新的にするITを目指し資金を割り当て直すことになりました。それには、ハイブリッド・バイ・デフォルトからハイブリッド・バイ・デザインへの移行が不可欠だったのです。

IBMのテクノロジー・プラットフォーム・トランスフォーメーション担当CIOであるMatt Lytesonは、しっかりとした計画がなければ、プロジェクトが大規模になりすぎて、真の前進力を欠いたまま空回りしてしまう恐れがあることに気付きました。「私が最初に抱いた疑問は、どうすれば今あるものをきれいに整理できるか、また、元帳の視点から投資の視点までをどうすれば適切にマッピングできるか、というものだった」Lytesonは真の変革のためには、投資対リターンの観点からポートフォリオを見る必要があるということを知っていました。

変革の核心 :アプリケーションの徹底的な合理化 
多くの企業と同様、IBMも自社自身の俊敏なトランスフォーメーションを経た後、ビジネス・アプリケーション・チームが高度な自律性を持ってフルスタックのアプリケーションを実行できるようになりました(フルスタックとは、プラットフォーム、Webサイト、またはアプリケーションを構築するために使用される一連のソフトウェア・ソリューションおよびテクノロジーのことをいいます)。その結果、4,000ものアプリが生まれ、多くは過去の遺産でありながらも、IBMのビジネス運営に不可欠なものとなっていきました。

また、IBMはクラウド、ホスティング環境、ネットワーク管理にかける費用を削減する一方で、ビジネス・プロセスのトランスフォーメーションへの投資を増やす必要がありました。

「私たちは、スピード、スケール、セキュリティー、シンプルさのすべてが一度に必要だった」とLytesonは説明します。「当社ではハイブリッド・バイ・デザインをきっかけに、ビジネス・アプリケーションのポートフォリオのモダナイゼーションや合理化、標準化、統合を行った。当初は4,000以上あったアプリケーションのうち、1年半をかけて3分の1以上を合理化した。しかし、私たちはまだ歩みの途上にある。今後1年半、2026年までに、アプリの総数が250~400になるまで減らしたい」

とはいえ、トランスフォーメーションはソフトウェア層のみに限った話ではありません。43あったデータセンターも統合され、今ではわずか4つしか残っていません。

手を携えて :ビジネス部門とのコラボレーション 
ITチームはIBMのビジネス・チームと緊密に連携しながら、ビジネス上の重要性に基づいて適切な優先順位付けを行うと同時に、通常業務が中断しないように取り組みました。ビジネス部門との間で緊密な関係を育み、連携と理解を確保することが重要でした。その間、短期的な調整が長期的な利益への道を拓くことを強く訴えたのです。

速力がもたらす高い成果 
結果は良好でした。成功エンジンの効果により、継続的なROIと価値創出への投資に資金を振り向けることができました。
 

  • アプリケーションの総所有コスト(TCO)を90%削減(平均) 
     
  • 60%のビジネス・アプリケーションが、共通のCI/CDパイプラインを使用し、デジタル・ビジネス機能のデリバリーを加速(CI/CDパイプラインとは、ソフトウェア開発チームがアプリケーションの作成・テスト
     
  • 展開を効率化するために活用する自動化されたプロセスのことをいう) 
     
  • ばらばらなパブリッククラウドやプライベートクラウドではなく、ハイブリッドクラウド・プラットフォームを採用することで、プラットフォーム運用要員を55%削減 
     
  • ミドルウェアとオペレーティング・システムの運用をサポートするDevOpsリソースを62%削減
     

 

 

テクノロジー投資をよりスマートに

 

意図を伴ったハイブリッド・バイ・デザインのアプローチを採用すれば、企業は生成AIの活用を可能にする基盤、プラットフォーム、ポートフォリオを構築し、現在にとどまらず、今後5年間にわたり大きなビジネス価値を解き放つことが可能になります。そのためにはビジネスとITの両リーダーが協力して、テクノロジー投資を戦略目標と結び付ける必要があります。

本レポートのインタビュー対象者のうち、欧州企業でテクノロジーを担当する経営層の一人が、以下のような言葉で的確に総括しています。

「私がシニア・リーダー職に就き、ここ数年で得た最大の教訓は、立ち往生を回避せよということだ。部門横断的なチームを作ろうと努めなければならない。1つの部門だけのROIではなく、ビジネス全体での効果に目を向けることも重要だ。テクノロジーやITを、『クールだから』『AIが話題だから』というだけの理由で使ってはいけない」

「デザイン思考のワークショップを実施し、真に解決したいビジネス課題について理解する。ビジネス部門のリーダーと協力し、経営責任者(CxO)に対して影響力を持てるように努める。その上で、思い切ってスタートを切り、前に進む。業界に変革をもたらし巨大なインパクトを与えるような大規模かつ画期的な取り組みを優先し、それに挑戦する。適切なチームを編成し、コラボレーションを重視する。サーバント・リーダーシップ* のマインドセットを持ち、目標に向けて突き進む」

* サーバント・リーダーシップは部下に“奉仕”するように意見に耳を傾けて自立を支援し、能力を発揮できるよう導くという考え方。

ハイブリッド・バイ・デザインに切り替えることができた企業は、デジタル・トランスフォーメーションを推進し、ROIを拡大し、競合他社に先んじることができます。そして、デジタル トランスフォーメーションはビジネスの変革と密接に関連しています。今こそ、テクノロジー・ポートフォリオを再評価し、活性化し、リセットする時です。 レポート全文と関連する図版をご覧になり、さらに理解を深めたい方は、ぜひレポートをダウンロードしてみてください。

 


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著者について

青柳健(監訳者), 日本アイ・ビー・エム株式会社 IBM コンサルティング事業本部 アソシエイト・パートナー、ハイブリッドクラウド・サービス Cloud Advisory 担当

発行日 2024年8月29日