柔軟性のための設計
ハイブリッド・バイ・デザインのオペレーティング・モデルが明日の企業基盤である理由

このレポート・シリーズでは、「ハイブリッド・バイ・デザイン*」と呼ばれる手法を用いて組織の「テクノロジーのグレート・リセット」を設計・遂行する方法について取り上げており、本レポートはその第5弾に当たります。今回は、ハイブリッド・バイ・デザインによるオペレーティング・モデルの徹底的な強化について考察します。

* 重要なビジネス優先事項を達成し、ROIを最大化するために、ハイブリッドなマルチクラウドIT資産を構築します。戦略的アプローチによるアーキテクチャー・フレームワーク( 詳細はこちら

 

貴社のオペレーティング・モデルは有効に機能しているだろうか

 

一般的な企業は、1つ1つの大規模なプロダクト・イニシアチブの中で78回のハンドオフ(作業の引き継ぎプロセス)を行います。そこには控えめに言っても改善の余地があります。なぜこのような状態なのでしょうか。それは、従来のオペレーティング・モデルでは現在のビジネスに対応できなくなっているためです。

従来のオペレーティング・モデルの多くは硬直的で、柔軟性を欠いており、ボトルネックを生み出します。また、サイロとハンドオフがまん延しており、それらは、当事者意識と説明責任の欠如や、決断力不足、チームのエンゲージメント不足につながっています。

オペレーティング・モデルは組織が重要業務をどう行うかを決めるものです。プロダクトやサービスを顧客に提供するための「スタート」ボタンを押す時、その組織はオペレーティング・モデルを用いることになります。そして、業務の段取りや、従業員のスキルの活用、テクノロジーの利用、意思決定の統制の在り方などに関して組織があらかじめ下していた選択が、そのオペレーティング・モデルによって具現化されます。優れたオペレーティング・モデルは優れた結果を、劣ったオペレーティング・モデルは劣った結果をそれぞれもたらします。組織が生み出す結果が、そこに行きつくのに用いたオペレーティング・モデル以上に良いものとなることは決してありません。

これまでハイブリッド・バイ・デザインのアプローチが中心的な対象としてきたのは、ハイブリッドクラウド・インフラ上でデジタル・プロダクトを開発・運用するためのオペレーティング・モデルでした。しかし、ハイブリッド・バイ・デザインは適応力に優れている生きたアプローチであり、生成AIアプリケーションの爆発的拡大を支えるために変化を遂げつつあります。今回のレポートで焦点となるのは、ハイブリッドクラウド環境で生成AIプロダクトを設計、開発、運用するためのオペレーティング・モデルです。

ハイブリッド・バイ・デザインは、クラウドに対するアーキテクチャー的アプローチ、すなわちクラウド・フレームワークとして始まりましたが、今やそれをはるかに超えるものとなっています。
本レポートでは、企業のクラウド導入の最前線から得られた貴重な学びを発展させて、企業がオペレーションの質、速度、効率を向上させる方法を導き出します。 

今やミレニアル世代やZ世代が労働力の相当な割合を占めています。階層構造とトップダウンのマネジメント方式を伴う従来型のオペレーティング・モデルでは、この新たな世代の従業員のエンゲージメントを引き出せません。しかし、オペレーティング・モデルを成り立たせるのは人材です。従業員のエンゲージメントがなければ、最良に設計されたシステムもうまく機能しません。オペレーティング・モデルを再設計するには、プロセスの流れの見直しだけでは不十分です。変化において重要なのは人と文化です。文化の転換にはトップダウンの奨励が必須ですが、その浸透はボトムアップで進める必要があります。

 

もっと良いシナリオが存在する

 

大部分の組織はハイブリッド・バイ・デザインを取り入れておらず、特にオペレーティング・モデルに関してそれが顕著です。大多数の企業は自社内のさまざまな場所で育てられてきたオペレーティング・モデルの寄せ集めを抱えていて、それらの運用は連携していません。コストの削減ももたらしていません。また、ビジネス価値を生み出してもいません。ハイブリッド・バイ・デザインは、「バイ・デフォルト」のオペレーティング・モデルを脱して「バイ・デザイン」のオペレーティング・モデルに移行するための助けになります。

ビジネスの進め方を無視するのではなく、それを基軸としたオペレーティング・モデルを意図的に設計することで、差別化が可能です。効率性やスピード、創造性、イノベーション、当事者意識を促進させる業務環境が生まれ、従業員のエンゲージメントや生産性の向上をもたらします。また、大半のオペレーションのスピード低下につながる摩擦も減ります。

新たなEコマース・プラットフォームの立ち上げに苦戦している企業について考えてみましょう。マーケティング部門は素晴らしいキャンペーンを企画済みですが、IT部門によるウェブサイト構築に依存しています。IT部門は多くの場合、コスト中心型のマインドセットで業務を行っています。出費を最小限に抑えることに重点を置き、それが遅延や期限超過につながることがあります。コミュニケーションは損なわれ、不満が募り、立ち上げ日程は先延ばしされます。

では、ハイブリッド・バイ・デザインを採用した場合はどうでしょう。つまり、オペレーティング・モデルを今日現在のビジネス・ニーズに合わせて意図的に設計し、部門とワークスタイルを超えた相互交流を実現するのです。ハイブリッド・バイ・デザインでは、マーケティング、IT、オペレーションの担当者からなる部門横断的なチームが最初から協力して取り組みます。チームは協働とリアルタイムでの問題解決を促進させるべく(リアルとデジタルの)共有ワークスペースで働きます。階層構造とハンドオフは最小限に抑えられます。直接の担当者が権限を与えられた意思決定者となるため、意思決定は顧客に近いところで行われます。そして、リーダーと最前線の担当者との間に多くの階層は存在しません。決定は速やかに下され、各部門は共通の目標に対して高い集中力を維持します。その共通目標とはすなわち、常に完璧とはいかなくとも、スピーディーかつ成功裏に立ち上げを行うことです。


今回の調査では、ハイブリッド・バイ・デザインを使ってオペレーティング・モデルを徹底的に強化するために、すべてのリーダーが知っておくべき3つのことが明らかになりました。 


そして、すべてのリーダーが今すぐ実行すべき3つのこと:

 

知るべきこと:

ハンドオフと決断力不足がスピードを妨げている

 

価値実現までのスピードは長きにわたり課題となっています。テクノロジー・プログラムを軌道に乗せるのにこれほど長い時間がかかるのはなぜでしょうか?ビジネス・パフォーマンスに十分に目立った効果をもたらすほどプログラムを拡大するのに、これほど時間がかかるのはなぜでしょうか?その答えは主にオペレーティング・モデルにあります。あなたは「バイ・デザイン」でスピードを上げることも選べるし、「バイ・デフォルト」で失速することも選べるのです。

今日の企業の多くのオペレーティング・モデルは、「バイ・デフォルト」のモードです。組織はハンドオフ、つまり引き継ぎ地獄の中で溺れています。IBVの調査では、プロダクトの提案から完成までに平均78回のハンドオフが行われることが明らかになっており、その結果、誤解、遅延、コスト超過やその他のナンセンスなことが発生する確率は天文学的なレベルとなっています。その犯人は?何ら驚くことではありませんが、“サイロ”です。部門ごとに区切られた領土が、長いリードタイム、情報のブラックホール、そして「それは私の問題ではない」で済ませる無責任な文化を生み出しています。実際、ビジネス・リーダーの95%は、デジタル・オペレーションのビジネス成果の改善を阻む最大の障壁として、サイロ間のハンドオフと、それに起因する長いリードタイムを挙げています。

それが行きつく先は?不満と停滞です。しかし、それだけにとどまりません。

ビジネス・リーダーは、意思決定のスピード低下(より具体的に言えば、意識決定のガバナンスの遅延)が2番目に大きな障壁(93%)であり、ITをコストセンターと見なして管理することを3番目(90%)の障壁として挙げています。

大規模なテクノロジー・イニシアチブの実態を悪化させているのが、経営幹部と実際に業務を進める担当者との間の距離です。一般的な企業では両者の間に6層以上の管理階層が介在します。コミュニケーションは混乱し、責任は分散し、期限は忘れ去られてしまいます。

しかし、いかなる組織も旧式のオペレーション方法を継続せよという宣告を受けているわけではありません。ハイブリッド・バイ・デザインのオペレーティング・モデルにおいては、少数の重要領域に的を絞ることで、必要なハンドオフを大幅に減らし、決断力不足の問題を解消できます。

プロダクトの提案から完成までには、78回という気が遠くなるような数のハンドオフがあり、オペレーティング・モデルが機能不全に至ってしまうほどの摩擦が生まれます。サイロは長いリードタイム、情報のブラックホール、そして「それは私の問題ではない」で済ませる無責任な文化を生み出しています。 

現場担当者に裁量権を与える

決定権を現場の方へと委譲する、つまり決定権を顧客やオペレーションに最も近い従業員に与える企業では、上級管理職に承認を仰ぐことも減り、意思決定サイクルが高速化します。リアルタイムのデータや分析ツールを持つチームは、他の多くの部門に相談する必要もなく、より情報に基づいた決定を下し、自社の意思決定能力全体の礎となります。忘れてはならないのは、こういった変化に合わせて従業員に裁量権を与える文化を醸成する必要があるということです。信頼と自律の文化は、権限の分散を成功させる上で最も重要です。データに基づくインサイト(洞察)と行動の権限が従業員に与えられていると、組織では当事者意識と説明責任の風土が醸成され、業績向上につながります。

ハイブリッド・バイ・デザインのアーキテクチャーは、さまざまなデータ処理システムやデータ保管システムを組み合わせて、リアルタイムのデータ分析を実現します。これにより、組織はさまざまなテクノロジーの強みを活かして、大量のデータをリアルタイムで処理・分析することが可能となります。例えば、ハイブリッド・アーキテクチャーを利用すると、IoT(モノのインターネット)デバイスやソーシャルメディアといった多様なソースからリアルタイムのデータ取り込みが可能となり、組織はトランザクション・イベントを即座に分析し、対処できるようになります。

また、ハイブリッド・アーキテクチャーは機械学習とAIモデルを統合することで、リアルタイムでの予測分析や自動化された意思決定も実現します。これにより、組織は速やかな対応と、データに基づく意思決定を行えるようになります。

ハイブリッド・バイ・デザインのオペレーティング・モデルでは、「シングル・ペイン・オブ・グラス」が得られます。これは、さまざまな情報ソースやデータへの一元的かつ全社的な可視性を提供する単一のエンタープライズ・ダッシュボードまたはプラットフォームを意味し、組織における「信頼できる唯一の情報源」を生み出します。効果的に機能するオペレーティング・モデルには不可欠なものです。
 

プロセスとワークフローの自動化

反復的な手動タスクを特定して自動化する企業は、ハンドオフを減らし、従業員の時間をより戦略的な業務に振り向けられます。そのような企業は、インテリジェント・ワークフローによって、自動化やAI、分析およびスキルをオーケストレーションすることで、仕事の進め方を根本的に変えており、その結果、リアルタイムに行動を起こすためのインサイトをチームに提供しています。ハイブリッド・アーキテクチャーは、ワークフロー・エンジンやビジネス・ルール管理システムといったビジネス・プロセス管理(BPM)ツールを統合することにより、種々の複雑なビジネス・プロセスを自動化およびオーケストレーションします。また、ハイブリッド・アーキテクチャーはロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)を組み入れ、ルールベースの反復的なタスクを自動化することもできます。

その結果は?6カ月のうちに業務コストが40~70%低下することも珍しくありません。

 

実行すべきこと:

ハンドオフをハックする

 

生成AIプロダクトのためのオペレーティング・モデルは、データ・プラクティス、開発とエンジニアリングのスキル、ガバナンス、コスト管理、ベネフィット・リアライゼーションといったさまざまな領域での変化に対応する必要があります。1つ1つの変化が新しいハンドオフを生み、しかもオペレーティング・モデルの成熟に伴って、ハンドオフは変化し続けます。例えば、生成AIプラットフォーム・チームからデータ取り込みチームへの仕事のハンドオフはどのようにすべきでしょう?またその逆については?その場しのぎの「バイ・デフォルト」アプローチを用いる組織は、変えるべきハンドオフ、維持すべきハンドオフ、廃止できるハンドオフを見分けるのに苦労するでしょう。ハイブリッド・バイ・デザインは、実証済みのオペレーション基盤を提供することにより、進むべき道を明確にし、ハック(改善)するべきハンドオフに的を絞れるようにしてくれます。

覚えておいてほしいのは、大半のハンドオフは、専門化された部門ごとのサイロを軸に仕事を系統立てていることに由来するということです。生成AIのオペレーティング・モデルを「バイ・デフォルト」で設計すれば、ハンドオフの問題が悪化しかねません。生成AI技術の新たな要素の1つ1つが、プラットフォーム・チーム、データ取り込みチーム、推論チームといった新たなサイロを軸にして系統立てられる可能性があるからです。78回のハンドオフを伴うオペレーティング・モデルの元凶であるサイロに対処するためのさらなる推奨事項は以下の通りです。

資金の流れをマッピングする。すべての出費とハンドオフを追跡した、明確なバリュー・ストリームのマップを想像してみてください。この図は、プロダクトのアイデアが考案された瞬間から、キャッシュが銀行口座に入ってくる瞬間までを追跡したマップです。これにより、時間と資金の両方を浪費している、ボトルネックや冗長な箇所を明らかにします。言い換えれば、問題を解決するには、まず問題を理解する必要があるということです。コンセプトからキャッシュに至るまでのプロダクト開発サイクルにおけるハンドオフを目に見えるようにマップ化しましょう。

容赦なくそぎ落とす。すべてのハンドオフが同じ重要度を持つわけではありません。あなたのマップを分析し、難しい判断をせねばなりません。どれを廃止できるか?どれを自動化できるか?プロセスのどの部分を効率化できるか?インパクトの大きいすぐに手をつけられそうな1つのハンドオフ(もしくは意思決定ポイント)に的を絞ります。今週、そのプログラムに関する改善をしたら、それを足がかりとして利用し、好循環がおのずと繰り返されるようにします。

ハッカソンで人々の力を解き放つ。ハンドオフに関するハッカソンによってチームに奮起を促します。1つのプロジェクト内のハンドオフの数を削減するという課題を与えます。このゲーム要素を組み込んだアプローチは、クリエイティブなソリューションを生むだけでなく、当事者意識と効率性の文化を醸成します。忘れてはならないのは、ゴールはハンドオフが多過ぎる状態から脱して、単一の合理的なフローに行きつくことです。参加することにインセンティブを与えましょう。チームの創意工夫に報い、改善事例を組織全体に紹介しましょう。この好ましい行動を促進させる仲間意識によって、最初の成功が、継続的改善の好循環につながります。

 

覚えておいてください。ハンドオフの廃止の1つ1つが、スピード、イノベーション、そして究極的には業績向上につながる1つ1つの勝利そのものなのです。 

 

知るべきこと:

量子もつれは単なる物理的法則以上のものである

 

爆発的イノベーションを解き放つ秘策は、奇妙な物理現象にあります。それが量子もつれです(ただし、量子力学のそれとは異なります)。ビジネスの世界に置き換えた「量子もつれ」は、ビジネス部門とIT部門が切っても切れない関係にある2つの粒子のようになる際――両部門間にどれだけの(物理的または比喩的な)距離があろうとも完璧にシンクロして動く際――に発生します。

ビジネス・リーダーは大胆なアイデアを投げかけ、IT部門はそれをシームレスに画期的なソリューションに落とし込みます。摩擦はなく、遅延もなく、あるのは指数関数的な飛躍だけです。絵空事のように思えるでしょうか。確かに野心的ではありますが、手の届かないものではありません。今、世界中の企業の各所でそれが起こっています。

ハイブリッド・バイ・デザインの環境で定石となっている2つのプラクティスが、ビジネス部門とIT部門を、一般的なオペレーティング・モデルでは通常成し得ない形で結び付けるのに役立ちます。経営層はデザイン思考(81%)とフュージョン・チーム(74%)を、自組織に特に重要なものだと評価しています。ハイブリッド・バイ・デザインはこの両方を可能とします。

デザイン思考は…
ビジネス部門の野心的意欲とIT部門の技術的現実の隔たりに橋を架けます。どのように?その手始めとなるのが、ユーザーのニーズを理解することです。ビジネス部門とIT部門の両者間で共通認識を育むことで、最終プロダクトが社内目標を果たすだけでなく、間違いなく実際の問題を解決できるようになります。オペレーティング・モデルにおいては、デザイン思考は構造化されたイノベーションを通じてスピードを生むのに役立ちます。デザイン思考により、構造化されていないブレーンストーミングやトライ&エラーのアプローチ(効率性に欠けることがあります)の落とし穴を回避できます。また、ユーザーを焦点の中心に据えることで、ソリューションが実際に有用なものとなることを確実にし、コストのかかる手直しを避けられます。

「ひたすらITの専門家でいるわけにはいきません。私たちはまさしく、ビジネスの領域のドアをたたき始めました。『プランニングに加わりたい。私は貢献できる』と言いながら」
 
ブラジル銀行(Banco do Brasil)、最高テクノロジー&デジタル・ビジネス開発責任者 Marisa Reghini Ferreira Mattos氏

ハイブリッド・バイ・デザインは、IT部門と財務部門などの部門間の協働を促進させます。また、プロダクト開発や顧客体験といった領域のアジャイル(俊敏)部門間での協働も促します。デザイン思考チームはこの協働によって、多様な専門知識やリソース、視点にアクセスできるようになり、より包括的で効果的なソリューションを生み出せます。一方、ハイブリッド・バイ・デフォルトでは、部門はサイロ化したままとなります。

さらにハイブリッド・バイ・デザインには、現実世界での導入にとって重要な要素が含まれています。ソリューションのスケーラビリティーと実現可能性を考慮するようチームに要求することです。これは、革新的なアイデアが間違いなく成功裏に実装され、組織内で維持されるための助けになります。

フュージョン・チームは…
テクノロジーの専門知識、分析の専門知識、ビジネスのドメイン専門知識を融合する、領域横断的なチームです。このチームでは、ビジネス人材とIT人材を最初の段階から一体化します。フュージョン・チームは、サイロの解消によってイノベーションの加速に貢献し、顧客へのより総体的なフォーカスを可能とします。

ハイブリッド・バイ・デザインの適応性に優れたガバナンス・モデルによって、フュージョン・チームは自社の全体的な戦略や目標に沿いながら、必要な自律性を持って業務に当たることができます。反復的で適応性に優れたハイブリッド・バイ・デザインは、フュージョン・チームが自身のアプローチに実験、テスト、改善を加えた上で、利害関係者やユーザーからのフィードバックを組み込むことを可能にします。

チームに裁量権が与えられていれば結果は良好なのですが、1つの驚くべきギャップが明らかになっています。経営層は、フュージョン・チームの価値を認めているのに、多くの場合「ホーリー・グレイル(究極の目標)」のプロジェクト以外にはフュージョン・チームを用いないのです。経営層の29%は、フュージョン・チームは最も優先度の高いプロダクト・イニシアチブに限って結成されるとする一方、55%の経営層は、そのようなチームは要請を受けるか、もしくは場当たり的にしか結成されないとしています。

これでは、宝の持ち腐れです。もしフュージョン・チームがオペレーティング・モデル全体でもっと惜しみなく活用されれば、より広範に急速な進歩が見られるかもしれません。およそ4人中3人(72%)の経営層は、ビジネス部門とIT部門の協働は大方の場合効果的だとしています。ここに厳しい現実が見えます。残りの28%では、イノベーションの大きな足かせとなっているのです。

理論を越えて組み込みへ
企業がデザイン思考を用いていないというわけではありません。活用している企業もあります。また、フュージョン・チームを用いる企業もあります。しかし、このような極めて効果的なプラクティスを積み重ねてオペレーティング・モデルに組み込み、「あればありがたい」ものではなく、間違いなく使われるものにすれば、より密度の濃い成果が得られます。ハイブリッド・バイ・デザインによって、企業はベスト・プラクティスの導入段階を脱して、ベスト・プラクティスの組み込みというより高度な段階に移行できます。デザイン思考とフュージョン・チームが組織のDNAに刻み込まれるのです。

 

実行すべきこと:

量子的飛躍を果たす

 

ビジネス・リーダーとテクノロジー・リーダーは馬が合わないという考えは、目新しいものではなく根が深いのです。クラウド移行のラッシュ時期、テクノロジー・リーダーは、コンテナ、ランディング・ゾーン、クラウドネイティブ開発などについてビジネス・リーダーと話し合うことすら、すでに大変でした。今、ビジネス・リーダーとテクノロジー・リーダーはどちらも生成AIの用語を習得せねばなりません。プロンプト・エンジニアリング、データ取り込み、モデル・トレーニングなどといったものです。

生成AIのオペレーティング・モデルを設計する仕事は、両者をそれぞれ別々の窮地に追い込む恐れがありますが、ハイブリッド・バイ・デザインを利用すれば、その仕事を、両者を団結させてより緊密な協働へと導く機会の場に変えられます。

サイロは可能性を抑圧します。協働はあらゆるオペレーティング・モデルにおいて新たなレベルのパフォーマンスを実現する鍵です。協働で事を円滑に進めるのです。組織内の情報と専門知識を結集して活用することで、企業はプロセスを合理化するとともに、イノベーションを加速させ、ひいては卓越した結果を得られます。障壁を打破し、真に協働的な環境を育み、その結果、ハイブリッド・バイ・デザインによって指数関数的イノベーションを推進するための戦略を以下に紹介します。

現実世界を学びの実験室とする
チームは現実世界での実験を通じて結束し、力強く成長します。ハイブリッド・バイ・デザインは、スプリントやスクラムなどのアジャイル手法を内包しており、現実世界の環境の中における迅速な反復と実験を促進させます。このアプローチにより、チームは要件の変化に素早く対応するだけでなく、設計を反復的に改善させ、実働するソリューションを提供できます。このタイプの学習と協働をオペレーティング・モデルに組み込みましょう。そうすれば、協働が楽しくなり、より良い結果が生まれ、究極的には協働が野心的な目標ではなく、共通の成功の副産物となります。

失敗を歓迎する
失敗への恐れが目に見えることがあります。ミスは避けられないものです。行動を起こしやすくするために、オープンなコミュニケーションの環境を育み、非難合戦を問題解決に置き換えましょう。共有され、学びの機会として活用される失敗は、実は成功です。リーダーが失敗に対して低評価やそれ以上の罰を与えるならば、実験や、ビジネス部門とIT部門の共創などを促すことはできません。成功と同様に、失敗の試みから得た学びも共有するようチームに求めましょう。どちらも他のチームにとっての学びの機会となります。ここで生成AIが役立ちます。学びは多くの場合、チームや個人の中だけにとどめられてしまいます。生成AIアシスタントをトレーニングして、チームの報告書、プロジェクトの議論、社内のコミュニケーション・プラットフォームといったさまざまなソースから重要なポイントを見つけ出せるようにしましょう。AIアシスタントがこういった学びの要約を自動生成するための定期的スケジュールを設定しましょう。そうすることで、情報の鮮度が保たれ、他のチームが手軽に利用できるようになります。

スキル交換プログラムを構築する
戦略的な職務ローテーションによってサイロを打破しましょう。ローテーションによる配置転換の一例は、従業員を1つの職務や部門から組織内の別の職務や部門に一定期間にわたって戦略的に異動させることです。この職務をまたいでの相互交流が、互いに抱える困難への共感を育み、より大局的な全体像に対する共通認識を生み出します。各部門のスキル・ギャップや長期的なプロジェクトのニーズを評価することから始めましょう。新しい視点や特定のスキルセットが利益をもたらすのは、どのような領域でしょうか。新しいことを学ぶのに積極的な、順応性が高く優秀な従業員を見つけましょう。新たな職務に合わせて、部門をまたいだコミュニケーションと協働といったソフト・スキルなどの研修機会を提供しましょう。

チームは、内容のないミーティングを行うことではなく、現実世界での実験を通じて結束し、力強く成長するのです。こうした学習・協力の在り方をオペレーティング・モデルに組み込むべきです。


知るべきこと:

言葉には出さずとも、従業員はオペレーティング・モデルのうまく機能している箇所と機能不全を起こしている箇所をあらわにする

 

オペレーティング・モデルに関する真実は、棚にしまわれてほこりをかぶった3穴バインダーの中には隠されていません。従業員のエンゲージメント不足という形で、無言の叫びを上げているのです。

倦怠(けんたい)と不満を抱え込んでいる従業員がいるならば、それは単なる人事面の課題ではありません。自組織のダッシュボード上で点滅する赤信号なのです。競争の激しい今日の環境においては、ビジネス・リーダーは、オペレーティング・モデルに起因する声にならない叫びを聞き逃すわけにはいきません。

ハイブリッド・バイ・デザインのオペレーティング・モデルでは、リーダーはテクノロジーを用いて従業員体験の改善を図ります。そして従業員は、改善の余地がある箇所をすでに示唆しています。クラウドベースの協働・研修・能力開発や、従業員エンゲージメントを強化するプラットフォームなどは従業員体験の向上に役立ちます。

従業員は、オペレーティング・モデルの改善すべき部分を確実に示してくれます。また素晴らしい形で機能している部分も示してくれます。エンゲージメント不足の従業員が素晴らしい結果を出せるでしょうか。時にはあり得るかもしれませんが、長期にわたって継続的に結果を出すことはめったにありません。

従業員のエンゲージメントが不足している場合、それが、とりわけ特定の領域の場合には、オペレーティング・モデルに何か重大な問題があるという明白なサインです。以下、一般的な原因の幾つかを見ていきましょう。

「想像力が往々にして欠如しています。AIやブロックチェーン、量子、そのほか何であろうと、『ハイプ・サイクル』に登場する新たな技術を、私たちは急いで応用しようとします。一方で、そうした技術が実際に解決し得る問題には、十分時間を取って取り組もうとはしません。もし、そうすれば、技術がサイロ(部署間の断絶)下では本当の力を発揮できないことが分かるでしょうし、技術は斬新で意義深い成果を創出できる能力の結集であることを理解するでしょう」
 
HSBCシンガポール、最高デジタル責任者
Shayan Hazir氏

官僚制
プロジェクトを後援する経営層までの道のりが、危険な山登りのようで、最下層のチーム・メンバーと意思決定者の間に無数の管理階層が介在するという大規模なテクノロジー・プログラムを想像してみましょう。調査回答者の4人中3人は、こういった多過ぎる階層が成功を妨げる大きな障壁となっているとしています。情報は混乱し、意思決定は滞り、イノベーションは抑圧されます。驚きには値しません。というのも、チームの最下層のメンバーとチームを後援する経営層の間には、平均で6つの管理階層が介在することが、IBVの調査で分かったからです。これほど多くの官僚制の階層が存在するのだから、どうして1つのイニシアチブでのハンドオフが78回にも上るのかは容易に見て取れます。

行方不明のエンパシー(共感)
高いパフォーマンスを上げるチームをつくるにはエンパシー、つまり、異なる職務を担当する人々が抱える困難を理解し、認めることが必要です。しかし、多くの従業員はリーダー層からのエンパシー不足を報告しています。この感情面での隔絶が鬱憤(うっぷん)やエンゲージメント不足を生み、ついには熱意なく仕事をこなすふりだけをする従業員を生み出してしまいます。IBVの調査では、10人中7人の経営層は、従業員やチームに対するエンパシー不足は、ビジネス成果の改善を阻む大きな障壁または極めて大きな障壁になっていると回答しています。

永遠の「イエス」
上司に気に入られることを、自身のチームの幸福より優先する管理職のもとでは、問題は悪化の一途をたどり、機会は失われるという有害な環境が生まれてしまいます。これが主要な障壁であることはIBVの調査で明らかになっており(10人中8人の回答者がビジネス成果を阻む要因に挙げています)、誠実なリーダーシップの必要性が一層浮き彫りになりました。

 

実行すべきこと:

官僚制と階層構造を解消する

 

ハイブリッド・バイ・デザインが重視するのはオペレーティング・モデルの設計における2つの主要なシフトです。その1つが、「バイ・デフォルト」のハイブリッドクラウド導入から、ビジネスに焦点を置いたより意図的なハイブリッド・バイ・デザイン投資への現在進行中のシフトです。

2つ目は、生成AIプロダクト構築の基盤となりつつあるハイブリッドクラウドの役割のシフトのことです。大半の組織は両方のシフトを同時に進めており、リーダー層は必要な変化と、その変化を実現するための戦略の設計および文書化に全力を注がねばなりません。しかし、誰もが直接体験する、ある現実が見過ごされがちです。それは、机上で有効な計画と現実世界で有効な計画の違いを生むのは、チームのエンゲージメント・レベルだという現実です。十分なエンゲージメントを引き出すには、形式的なエンゲージメント調査をするだけでは不十分です。調査結果を管理職の日々の行動に反映させねばなりません。

オペレーティング・モデルのスムーズな稼働を目指して人材に力点を置くための主な方法を以下に紹介します。

分散型の意思決定に必要なものを従業員に与える
従業員に一層の自律性を与え、クラウドベースのツールも利用できるようにすることで、ハイブリッド・バイ・デザイン・モデルは分散型の意思決定を可能とし、それによって、階層構造を通しての承認の必要性を減らし、スピードとアジリティーを向上させます。クラウドベースのプロジェクト管理ツール、協働ツール、コミュニケーション・ツール、データ分析ツールが、より迅速でより十分な情報に基づく意思決定を下すのに必要なものを提供し、従業員を支援します。

匿名フィードバックをAIモデルに組み込む 
さまざまなソース(例えば従業員の調査およびフィードバック、職場に関する指標など)からのセンチメント(感情)とエンゲージメントに関するデータを組み込むことで、組織は従業員の行動、エンゲージメント、パフォーマンスについてより正確で繊細な予測を立てられます。これによって、問題領域が深刻化する前に対処することが可能となります。また、場合によっては、問題を完全に予防することができます。ハイブリッド・バイ・デザインは、これをリアルタイムで行うためのキャパシティーと柔軟性を提供し、AIが期待通りの効果をもたらすことを可能にします。

他の誰も追跡していない指標を追う
アイデア損失率は幾つでしょう?従業員のアイデアのうち、承認プロセスのどこかで失われたり、もしくは放棄されたりした案の割合のことです。これは考案されたアイデアがたどるべき明確なルートの欠如や、従業員の提案が尊重されない文化を示唆する場合があります。自己解決率はどうでしょう?従業員が公式のチャネルを迂回(うかい)し、時間や労力が余分にかかっても自分自身で問題を解決する頻度に注意を払うべきです。自己解決率が高いなら、それは既存の承認プロセスへの不満や、上からタイムリーな解決策を得られるという信頼の欠如を示している場合があります。そして最後に、「はい、しかし…」という言葉をどれくらい頻繁に聞くでしょう?新しいアイデアが初期の抵抗や消極性(「はい、しかし我々は以前にもそれに挑戦して…」や「はい、しかし、それはうまくいかないでしょう。というのも…」)をもって迎えられる頻度をモニタリングしましょう。「はい、しかし…」の頻度が多い場合、リスク回避の文化や、従業員が革新的アイデアを提案するための心理的安心感の欠如を示しているかもしれません。ここでも、ハイブリッド・バイ・デザインはほとんど無限の要素を追跡するキャパシティーを提供し、AIは迅速で統合的な分析を提供します。

新しいアイデアが初期の抵抗や消極性(「はい、しかし我々は以前にもそれに挑戦して…」や「はい、しかし、それはうまくいかないでしょう。というのも…」)をもって迎えられる頻度をモニタリングしましょう。「はい、しかし…」の頻度が多い場合、リスク回避の文化や、従業員が革新的アイデアを提案するための心理的安心感の欠如を示しているかもしれません。

生成AIを組み入れたオペレーティング・モデルはイノベーションを解き放つことができる 
しかし、イノベーションを実現するには人間が必要です。企業は自社に有効なやり方でハイブリッド・バイ・デザインのオペレーティング・モデルにアプローチしていますが、その道のりは千差万別です。

 

ハイブリッド・バイ・デザインの実践

Woodside Energy社は、トランスフォーメーションを加速させ、30%のコスト削減を目指している

オーストラリアの大手天然ガス生産会社であるWoodside Energy社は、業務支出を30%削減するという目標を設定しており、慎重かつ戦略的な方法でこれを達成する計画を立てています。

同社は、事業運営と価値創造の方法において、長期的かつ持続可能な変化を求めています。最も安全で最も効率的なエネルギー・パイプラインを構築するために、Woodside社は自律運用の概念を模索し、AIや自動化によって役割を強化することで人間と機械の関係を最適化する方法を検討しています。同社は、リグ、工場、ネットワークの枠を越えた自動契約管理、材料の最適化、在庫管理、予知保全などの概念を研究しています。

必要なトランスフォーメーションの規模とペースを実現するために、Woodside社の最高デジタル責任者であるShelley Kalms氏はビジネスのデジタル・キャパシティーとデジタル・ケイパビリティーを拡張する必要がありました。同社はIBMと提携し、IBM Garage™を用いてトランスフォーメーションを加速させました。

トランスフォーメーションはテクノロジーだけに関するものではない。文化の変容である 
Kalms氏は、トランスフォーメーションとは単にテクノロジーをモダナイズし、データのインサイトを活用することではない、と認識していました。トランスフォーメーションとは、人々が新しい働き方を受け入れることです。Kalms氏は、「デジタル・トランスフォーメーションは企業に対して行われるものではなく、企業と共に行われるものでなければなりません。トランスフォーメーションは人々の心と精神の中に埋め込まれなければなりません」と述べました。

Woodside社は、トランスフォーメーションの拡大と、ビジネス上重要なオペレーションの改良を目指していました。慎重かつ思慮深いアプローチを確実にするために、チームは革新的な運用モデルであるWoodside Acceleratorを開発しました。

IBM Garageのプラクティスを組み込んだ、Woodside Acceleratorには、Woodside社、IBMの従業員、Woodside社のパートナー・エコシステムからなる共同チームが含まれており、新しい働き方を取り入れ、アジャイル、DevOps、ユーザー中心の設計を採用しています。Woodside Acceleratorは、共創、共同実行、共同運用というIBM Garageの方法論に従っています。

賢明な投資選択
Woodside社の経営幹部は3日間の仮想IBM Garageワークショップに参加し、事業全体を見渡して、どこで効率と収益を改善できるかを検討しました。

チーム・メンバーは、それぞれのイニシアチブについて、早い段階で解決策を特定しようとせず、さまざまな角度から問題を分析しました。問題の領域に基づいて、どのような人材、テクノロジー、リソースが問題の解決に役立つかを判断しました。
特定のイニシアチブによる価値実現のスピードと組織のトランスフォーメーションの速度を計算するために、チームはIBM Garage V.O.T.E(速度、成果、テクノロジーと管理上の負債、従業員エクスペリエンス)フレームワークを使用しています。これは、パイプライン内のすべてのイニシアチブに対して継続的に更新され、各イニシアチブの投資可能性を評価するためにポートフォリオ・レベルで集計されます。V.O.T.Eから得られたインサイトは、どのイニシアチブにどのような順序で資金を投入するのか、Woodside Acceleratorの投資委員会が情報に基づいた意思決定を行うために使用されます。

投資委員会は、イニシアチブのビジネス・ケースの予測価値が妥当であり、資金の投入を正当化できるほど十分な速さでビジネス価値を組織に還元できることを確認する必要があります。

「結果を見るのに1年も待つ必要はない」
Woodside Acceleratorには現在、Woodside社のバリュー・チェーンとサプライチェーン全体にわたるインテリジェントなワークフローのトランスフォーメーション、自動化、簡素化を行う稼働中のチームが10チーム存在します。Woodside Acceleratorは拡大を続けており、すでに30以上のイニシアチブを特定するとともに、見直して、さらに改良を加えています。この動的プログラムは新しいイニシアチブが導入され、既存のイニシアチブによって新しいプロダクトやサービスが立ち上げられ、それらがビジネスやそれ以外の分野へと拡大するにつれて、常に進化し、成長しています。

Woodside Acceleratorチームは、現在のイニシアチブが実現された場合、年間約1.1億豪ドルの業務費用を削減できると予測しています。チームは、目標の30%に到達するまで、Woodside Acceleratorの展開を続けていきます。

Kalms氏は、「現在では、継続的な改善がWoodsideの職場のマインドセットとなっています」と語りました。従業員は新しい働き方に触れており、加速されたアジャイル・デリバリーを使用するプロジェクトに参加した従業員は、それを心から受け入れています。Woodside社の統合リモート・オペレーション・プロジェクト・マネージャーであるLeon Burgin氏は、「本当にリアルタイムで変化が見られます。結果を見るのに1年も待つ必要はありません。2週間、4週間、6週間、8週間、12週間ごとに成果を見ることができます」と述べています。

Woodside社が価値の最適化に引き続き注力するにつれて、ビジネス・プロセスはよりインテリジェントでデータ駆動型になっています。

保険のイノベーションをバックアップ

保険会社のAXA香港・マカオ(以下「AXA」)にとって、市場環境の変化は急速でした。強固な国際的顧客基盤だけでは、もはや不十分でした。保険業界がデジタル化する中で、AXAは顧客第一のイノベーターになる必要がありました。
香港とマカオに150万以上の顧客を抱えるAXAは、全社的なビジネス・トランスフォーメーション・ジャーニーを開始しました。革新的な保険会社となるための戦略の3つの柱は、デジタル・バックボーンの設計、デジタル・ビジネスへの変貌、デジタル・エコシステムの創出でした。デジタル・バックボーンは、AXAのトランスフォーメーション・ジャーニーに必要な安定性、可用性、セキュリティーを実現するための基盤となる不可欠なものでした。

複雑なITを簡素化
最初の段階から、IBMはクラウドを用いてすべてのITサポートとサービス管理を一元化しました。複雑だったベンダー管理を簡素化し、安定性と可用性を向上させました。これによって、AXAは管理業務に煩わされることなく、調査、実験を行い、市場の需要に合わせて動けるようになりました。

IBMのコンサルタントは、サービス・デリバリーのために新たなコグニティブ技術やクラウド技術、自動化などを活用する、「次世代アプリケーション・マネジメント・サービス」と呼ばれる方法論を採用しました。この新たな方法論は、サービスのレベルを上げ、人の関与が少ない管理の実現に寄与しました。また、AXAのIT部門の「シフトレフト」を支援し、ソフトウェア開発プロセスのより早い段階でテストとトラブルシューティングを行えるようになりました。その結果、アプリの品質が改善し、顧客からの信頼が一層強固になりました。チームは3カ月のうちに、60以上の中核的アプリケーションを移行しました。

保険イノベーションを足かせから解放
AXAは即座にメリットを実感することができました。(アプリケーションに起因する)工数の無駄が86%改善され、重大インシデントの報告が18%減ったのです。システムの安定性と可用性は向上し、自動化されたITヘルスチェックによって、ローカル・アプリケーションの正常性が保たれました。また、プロアクティブなメンテナンス手法は、ごく初期の段階で問題を検出し、対処するのに役立ちました。

このトランスフォーメーションによってサポートが簡素化されました。その結果、AXAはますますデジタル化が進む市場においてよりアジャイルになり、職場では課題に迅速に対処する健全な人間関係が確立されました。

主な成果:

  • 60以上の中核的アプリケーションを3カ月で移行
  • 工数の無駄を86%改善
  • 重大インシデントの報告が18%減少
意思決定を有利にする:ビジネス上の複雑な疑問に対する即時のインサイト

ハイブリッドクラウドとAIという急成長分野で効果的に競争するために、IBMは意思決定のスピードを上げて、全社の生産性を推進しなければなりませんでした。すでに業務、システム、データ・モデルが断片化・重複し、IBMは継続的にビジネス・インサイトを提供することが難しくなっていました。多くの時間がレポーティングのためのデータ統合に費やされ、IBMerは、さまざまなシステムからデータを集め、手作業でスプレッドシートやプレゼンテーション用のスライド資料にデータをまとめ上げる、いわば“切り貼り屋”としての働きを強いられていました。実際、アナリストの時間の63%はインサイトを生み出すことではなくレポートを作成することに費やされていました。また、データのレビューだけに焦点を置いた会議が全社で年4万回行われる一方で、ITレポートは無秩序に増え、7万種のレポートと300種以上のレポーティング・アプリが用いられました。

IBMは統合された企業データの信頼できる情報源および迅速な意思決定をもたらす触媒として、企業パフォーマンス管理(EPM)プラットフォームを構築しました。単一の企業データ・モデルを基盤とするEPMは、地理的な隔たりや事業部門の違いを超えて、信頼できるすべての社内ソースからのデータを統合するもので、これにより長年存在してきたデータ・サイロを解消します。EPMはKPI(重要業績評価指標)を標準化し、企業データを社内のデータ標準に整合させることで、インタラクティブなダッシュボードを実現し、「シングル・ペイン・オブ・グラス」に基づいて仕事を進める文化を創り出します。これが、よりプロアクティブな分析や行動につながり、IBMの成長と全社的な生産性を促進させます。

EPMは、全社から集めた信頼できるビジネス・インサイトと分析を提供します。一元化されたデータ・モデルを基盤とするこのプラットフォームは、マーケティング、営業、財務、オペレーション、人事、サプライチェーンからのインサイトを1つにまとめます。これによって、全社のユーザーがすぐに使える信頼できるデータに基づいて、迅速に行動できるようになり、全社で2億ドル以上の価値がもたらされました。

2023年には25,000人がこのプラットフォームを使用しました。さらに、毎月数千人の新たなユーザーが増えており、アクセス権の申請、データ・リフレッシュの最新情報、レポートのトラブルシューティングや複雑なビジネス上の問題といった、さまざまなトピックについての質問を寄せています。

このプラットフォームが発展するにつれ、EPMチームには、ユーザーに素早く関与し、速やかなセルフサービスを可能にする手段が必要となりました。そこでIBMは、ビジネス上の複雑な疑問を迅速に解決するために回答を提供するAskEPMという、watsonx™上のチャットボットを開発しました。

すべてのEPMユーザーのSlack®チャンネルに組み込まれたAskEPMは、ユーザーからのあらゆる質問に即座に回答し、有用なインサイトとリンクを提供します。バックグラウンドでは、適切なサポート・チームのために質問がタグ付けされており、そのおかげでサポート・チームはユーザーとAskEPMとのやりとりをモニターすることや、ユーザーに直接対応することができます。これにより、年間、5,000時間以上が節約されています。

AskEPMは、ユーザーを適切な領域専門家につなぐことでユーザー体験を大きく向上させる一方で、生成AIを活用して回答の包括的記述も提供しています。回答には、質問に対する「タッチレス(人間が関与しない)」解決にユーザーを導く有用なリンクなどが含まれます。

主な成果:

  • 2億ドル EPMがもたらしたビジネス価値
  • 25,000人 2023年のEPMのユニーク・ユーザー数
  • 70% IBM全体でEPMによって有効化された企業ワークフローの割合
  • 300種以上 単一のデータ・モデルおよびプラットフォームを通じて集約されたレポーティング・アプリの数
  • 18TB 統合された企業データの量
  • 即時の回答率:質問の100%がAIによって、または領域専門家へつなぐことで回答された
  • 領域専門家とのマッチング 領域専門家とのマッチングが適切な専門家チームにつなぎ、「尋ねてまわる」プロセスを解消
  • 5,000時間以上 1年間に節約される時間
  • 25,000人以上 1年間にAskEPMを利用するユーザーの数

 

 

足かせとなるオペレーティング・モデルからの脱却

 

過去のオペレーティング・モデルは勢いを失っています。世界が変わり、オペレーティング・モデルは時代遅れとなりました。スピードは落ちきり、イノベーションは停止し、かつてアジリティーだったものが、今では馬車並みのスピードと見なされています。

ハイブリッド・バイ・デザインは、それ1つであらゆるケースに対応できるソリューションというわけではありませんが、生成AIや自動化、デザイン思考、分析といった強力な要素を意図的に組み合わせて、オペレーティング・モデルの原動力に変えるアジリティーへの実用的な道筋を提供します。ワークフローを効率化し、チームに力を与え、変化の中で成功を収める文化を醸成してくれます。

オペレーティング・モデルにハイブリッド・バイ・デザインのアプローチを用いれば、多くの企業のオペレーティング・モデルを低迷させる摩擦を排除することができます。このアプローチは、オペレーティング・モデルを足かせではなく、頼れる味方にするための戦略なのです。

 


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発行日 2024年9月23日