CEOのための生成AI活用ガイド第21弾 ー 企業のオペレーティング・モデル

【このレポートでわかること】
 

  • 企業に生成AIを迅速かつ大規模に取り入れるためにはオペレーティング・モデルの再考が必要であること
  • 生成AIを活用するためのオペレーティング・モデル再考の3つのポイント
     
    1. 生成AIがオペレーティング・モデルを大きく変える
    2. 生成AIの拡張は全員で担うべき仕事である
    3. 新たなオペレーティング・モデルは最初の試みから完璧に構築できると思ってはならない

 

【関連情報】  
 

 

生成AIは過去のどのテクノロジーとも異なっています。瞬く間にビジネスと社会を揺るがす存在になりつつあり、リーダーはこれまでの想定や計画、戦略の見直しを迫られています。

こうした変化にCEOが対処するための一助として、IBM Institute for Business Valueは生成AIの調査に基づくガイドをシリーズ化し、テーマごとに公表しています。内容はデータ・セキュリティーからテクノロジー投資戦略、顧客体験にまで及びます。

今回は第二十一弾として「企業のオペレーティング・モデル」をお届けします。

 

ゲームのルールを書き直す

 

古いパラダイムは、文字通り過去のものとなりました。

生成AIは人々のあらゆる行いにテクノロジーを組み入れることを促していますが、サイロ化されたトップダウンの意思決定がイノベーションの妨げとなっています。階層型の組織構造とウォーターフォール・モデルのような直線的なプロセスは、かつては成功の原動力となっていましたが、今となっては停滞につながる道筋であり、失敗の源です。

しかし、CEOはただ統制を緩めるわけにはいきません。むしろ、組織を無秩序状態に陥らせることなしに生成AIを最大限活用できるよう、ワークフローや意思決定プロセスを一から見直す必要があるのです。

そのためには、オペレーティング・モデルを再考し、従業員が草の根レベルからの変革を起こせるようにしなければなりません。従業員には、これまでと同じ従来プロセスを生成AIで高速化させるのではなく、自分たちの携わる役割やワークフローを生成AIでどう作り変えられるのか見定めてもらう必要があります。この企業文化の転換に拍車をかけるために、CEOは社内とエコシステムの全体にわたるシームレスなデータ交換、協働、共創を促進するオープンなオペレーティング・モデルを構想しなければなりません。また、従業員には成功に必要なツールや研修を提供し、リーダーたちには転換を先導するための専門性を身に付けさせる必要があります。

この転換プロセスの中核となるのは、優れたガバナンスです。従業員をデジタル・トランスフォーメーション(DX)推進の担い手とするには、オペレーティング・モデルにヒューマン・エラーやバイアスから組織を守るガードレール(安全対策)を組み込んでおく必要があります。例えば、強固なガバナンスの枠組みや監査メカニズム、予期せぬ結果につながる前に問題を未然に検出・是正するフィードバック・ループ* などが該当します。

CEOは今こそ、階層型の古い組織構造を覆すべきです。日々の業務を無秩序状態に陥らせることを防ぎつつ、従業員がイノベーションを起こすための自由を与えなければなりません。十分な考えに基づいて部門間のサイロを解消し、意思決定を民主化することで、CEOは俊敏性(アジリティー)と適応性に優れた相互接続型のオペレーティング・モデルを作り出すことができます。このモデルは、生成AIを迅速かつ大規模に取り入れるために不可欠であり、混乱状態を抑制することも可能です。

* 業務やプロセスにおける反応や修正を継続的に繰り返すこと

 

IBVが考える、すべてのリーダーが知っておくべき3つのこと: 

 

そして、すべてのリーダーが今すぐ実行すべき3つのこと:

 

 

リーダーが知るべきこと1ー 「アジリティー + 生成AI」

生成AIがオペレーティング・モデルを大きく変える

 

未来のビジネスを過去のオペレーティング・モデルで運営することはできません。ビジネス・リーダーたちもそのことに気づいており、79%の経営層が、今後3年のうちに生成AIは自社のオペレーティング・モデルの中核的な要素に大きな影響をもたらすと予想しています。

従来のやり方にとどまることが、もはや選択肢の1つではない中で、CEOは何をすべきでしょうか。まず行うべきは、アプローチの見直しです。

当初、リーダーは生成AIの力を、既存の中央集権的な意思決定プロセスに合った中央集権的な組織構造や展開プロセスを通して活用しようとしました。しかし、中央集権的な統制は大抵の場合、生成AIによるワークフロー変革に不可欠なオープンイノベーションとは相いれないものです。

それゆえ、生成AIの展開に対しては、中央集権的なアプローチに代わって、ハイブリッド型のアプローチが主流になりつつあります。成熟したIT企業において広く採用されている「ハブ・アンド・スポーク」型モデルもその1つです。このアプローチでは、中央のハブ・チームが生成AIモデルの開発、トレーニング、メンテナンスを担当し、分散した部門横断的なスポーク・チームは、特定のビジネス・ニーズに合わせて生成AIモデルを展開し、組み込み、カスタマイズすることに専念します。対象となるビジネス・ニーズの例としては、新しいプロダクトの機能開発や、従業員の生産性向上などが挙げられます。


現在、63%の経営層が、初期のユースケースにおいて生成AIの展開に「ハブ・アンド・スポーク」型モデルやその他のハイブリッド・アプローチを採用しており、12%の経営層は、自社の生成AIオペレーティング・モデルは完全に分散型になっていると回答しています。経営層は、今度はこの転換を企業のオペレーティング・モデルにも反映させなくてはなりません。

標準化と統制のバランスを取ることで、CEOはビジネスのさまざまな場面における柔軟性や適応性の必要性を理解し、進展を加速させることができます。新しい働き方を時代遅れの組織構造に無理やり組み込もうとするのではなく、役割、ワークフロー、意思決定権の進化を促すことにより、生成AIの導入を推進し、将来の収益成長の促進を図らなければなりません。

 

リーダーが実行すべきこと1ー 「アジリティー + 生成AI」

自社のオペレーションを再構築する

 

「ハブ・アンド・スポーク」型アプローチをはじめとするハイブリッドな生成AI展開モデルを検討し、自社のオペレーティング・モデルをアップデートすることで、意思決定へのハイブリッド・アプローチを可能にします。生成AIを搭載したツールを提供するとともに、ガバナンスの枠組みやガードレールも整備します。これにより、従業員は安全を保ちながら自身の役割を見直すことができます。

 

  • プレイブックを破り捨てます。何を達成したいのかを定義することから議論を始め、その上で、生成AIがその達成にどう役立つかを考えます。オペレーションやワークフローの再設計を促し、生成AIがもたらす新たなチャンスを活かせるものにします。
     
  • 顧客第一主義を徹底し、例外は設けません。サービス志向、プロダクト志向、プラットフォーム志向のオペレーティング・モデルを導入します。パフォーマンスの向上を追跡するとともに、生成AIを利用したワークフローが持つ業務上の価値を付与します。サービス提供やプロダクト開発、さらにはプラットフォームやエコシステム全体で、生成AIがどのように使用されているのかについて、透明性が確保されたガバナンス・モデルを構築します。
     
  • 意思決定を加速します。既存のAIケイパビリティーとガバナンス構造の基盤をベースにオペレーティング・モデルを構築することで、従業員が素早く方向転換し、新たなチャンスに機敏に応じられるようにします。インセンティブの付与、社内コンテストの開催、従業員のパフォーマンス目標の設定といった取り組みにより、探究を支援・奨励します。
     

 

 

リーダーが知るべきこと2ー 「協働 + 生成AI」

生成AIの拡張は全員で担うべき仕事である

 

生成AIにより、従業員がより高価値なタスクに専念できるようになっている中で、各人の役割は、経営層による組織構造の更新が追い付かないほど急速に進化しています。ルーチン業務の自動化に伴い、創造性や共感力、批判的思考力といったスキルが一層重視されるようになってきました。これまで以上に幅広いリーダー層が、生成AIについての議論に加わるようになりました。

生成AIに関する投資判断は、依然としてIT部門が担っていると経営層の46%が回答しているが、多くの組織がこれらの決定を他の部門に移譲するようにもなってきています。IT部門に次いで、AI・アナリティクス部門、CEO、およびビジネス部門が主要な意思決定を担っているケースが多いです。この点においても経営層の65%が、財務部門とテクノロジー部門の連携が組織の成功にとって、現在は極めて重要だと答えています。


加えて、40%の経営層は、自社内のイノベーション推進における最大の障壁として協働不足を挙げています。この課題を克服するには、組織はオペレーティング・モデルを進化させることで、生成AI導入に対する全社横断的なアプローチを可能としなければなりません。

つまり、個々のチームは単独で意思決定を行うべきではないということです。テクノロジー、財務、ビジネスのリーダーは積極的にサイロを解消し、協働と連携の文化を醸成していくことで、生成AIの可能性を最大限に解き放つ必要があるのです。生成AI関連の取り組みについて明確なゴールや目標を設定し、ビジネス戦略に沿った実装ロードマップを確立することで、リーダーは各チームの足並みをそろえながら進展を加速することができます。

しかし、計画は実行してこそ意味があります。そして企業文化の変革こそが、この過程の中心を成さなければなりません。CEOの64%が、AI導入が成功するか否かはテクノロジーそのものよりも、従業員がテクノロジーをいかに受け入れるかにかかっていると答えています。その一方で、CEOの61%は一部の従業員が適応できないほど速いペースで、生成AIの導入を推し進めていると回答しました。

懸念を打ち消すには、リーダーが誰よりも早く専門性を高めなくてはなりません。生成AIが自社をどのように変革するかについて明確なビジョンを得たら、続いて、今後どのようなことが待ち受けているのか、従業員の役割はどのように進化していくのかといった将来像を描き出す必要があります。さらに、この新たな状況の中で成功を収めるためには、従業員にどんなスキルが必要かを把握し、そのスキルを高めるための明確な道筋も提供しなければなりません。

従業員に提供する研修には、生成AIの利点を実感できるような実践的で没入感のある体験を組み込むべきです。そうすれば、従業員は生成AIによっていかに自身の業務が容易になったり、キャリア向上がもたらされたりするかを認識できるでしょう。適切な教育やインセンティブ、ガバナンスを提供する企業は、従業員を生成AIに速やかに適応させることができますが、これを怠る企業は競合他社に後れを取る恐れがあります。

 

 

リーダーが実行すべきこと2ー 「協働 + 生成AI」

従業員に変革推進の力を持たせる

 

責任共有、インクルーシビティー(包摂性)、積極的な参加といった協働的な文化を醸成します。オペレーティング・モデルを進化させることで、革新的なプロダクトやソリューションの考案にたけた領域横断的なチームづくりを促進し、生成AIの大規模活用を阻む障壁を克服します。

 

  • リーダーの責任回避を認めません。生成AI関連の取り組みに、すべてのリーダーが当事者意識を持つようにさせます。社内の生成AIエキスパートとなるために必要な教育を、経営層と管理職に提供します。生成AIの課題に対しては、失敗を恐れて回避するのではなく、正面から立ち向かう参加型の組織文化を醸成します。
     
  • サイロ化された考え方を打破します。AI倫理担当者、データ・キュレーション担当者、コンテンツ・オーケストレーション担当者といった部門横断的な役職を設置します。生成AIを活用したプロダクトやプラットフォームの開発・提供に向け、プロダクト、エンジニアリング、AIの専門性を結集したチームを編成して知識の共有を促します。
     
  • 明確なビジョンや必須事項の共有により、文化の変革に拍車をかけます。生成AI導入の成功に欠かせない全社的なマイルストーン、スケジュール、リソースをまとめます。生産性向上やコスト削減など、測定可能なゴールと目標を設定し、すべてのチームにその達成責任を負わせます。

 


リーダーが知るべきこと3ー 「イノベーション + 生成AI」

新たなオペレーティング・モデルは最初の試みから完璧に構築できると思ってはならない

 

生成AIで成功を収めるための道は1つではありません。CEOが自社のオペレーティング・モデルをどのように変革するかは、既存のビジネス・アーキテクチャー、人材、働き方によって異なります。

したがって、最善の道筋を見つけるには、幅広く継続的な実験が必要です。リーダーはイノベーションとスケーラビリティーを最初から考慮して、単なる組織構造を超えたオペレーティング・モデルを設計し直さなければなりません。そのためには、新たなアプローチやプロセス、テクノロジーを試し、どれが最も効果的かを確かめることも肝要です。

この作業には柔軟性と適応性に優れたAIシステムが欠かせません。素早く反復的にアプローチを試し、改良することができるからです。その結果、組織は潜在的な障壁や課題を早期に特定・対処することが可能となります。また展開を阻害するようなコストと時間のかかる問題に直面するリスクを減らせるようになります。実際のところ、そういった問題は広く発生しており、2023年には、54%の経営層が試用段階後に生成AIプロジェクトを停止したと回答しています。

イノベーションとスケーラビリティーが相互に絡み合っていることを認識することが重要です。AIシステムの進化に合わせたコラボレーションや実験、継続的な学習を促すオペレーティング・モデルを設計することが可能になるでしょう。しかし、組織が生成AIを発展させる上で妨げになる大きな障壁は幾つもあります。経営層は主要な3つの障壁として、「データの正確性やバイアス」(45%)、「AIモデルのカスタマイズに利用できる独自データの不足」(42%)、「生成AIに関する経験不足」(42%)を挙げています。


こうした障壁を乗り越えるため、組織は新たなスキルや能力の開発に向けた投資や、必要な専門性を得るための他組織との提携を、積極的に実施しなければなりません。また、プロセスの透明性や説明責任、信頼性を高めることも必要です。生成AIの利用を拡張する道のりには不確実性があふれ、試行錯誤が求められます。だが、ガードレール内での実験を可能にするオペレーティング・モデルを導入することで、責任ある形で進展を加速できるようになります。

 

 

リーダーが実行すべきこと3ー 「イノベーション + 生成AI」

大規模なイノベーションをオペレーティング・モデル変革の基軸とする

 

パートナー組織と足並みをそろえながら、架け橋を築き、迅速な適応を可能にすることで、エコシステム全体でイノベーションを促進するオペレーティング・モデルを設計します。ガバナンスを中核要素として組み入れ、協働したイノベーションを全チーム共有の責務とします。初期段階から実装段階に至るまで、明確な説明責任を確立します。

 

  • チームの団結を成長の起爆剤にします。協働を通じて推進するイノベーションは、共有の責務であることを強調します。日々のワークフローの細部までを含めたイノベーションの取り組みに、チームのメンバー全員が当事者意識を持って積極的に貢献するよう働きかけます。
     
  • 一貫的な責任体制を確立します。構想段階からAIガバナンスに着手し、それをAIソリューションのライフサイクル全体にわたって維持します。明確な資金調達要件を設定し、責任を持つリーダーを指名し、AIのセンター・オブ・エクセレンス* を設置することで、継続的な統制を確保し、企業としての成功を促進します。
     
  • データとAIをイノベーションの構成要素として織り込みます。各種のモデル、ツール、インフラ、アプリケーションを分解して扱える柔軟なITアーキテクチャーを開発することにより、シームレスな統合を可能にし、コスト効率性を確保します。コンポーザブルなデータと生成AIプラットフォームを活用し、イノベーションの駆動力とします。

    * 組織を横断する取り組みのための、優秀な人材やノウハウを1カ所に集約した拠点のこと
     

本ページに記載されているインサイトは、IBM Institute for Business Valueがオックスフォード・エコノミクス(Oxford Economics)社の協力を得て実施した3度の独自調査に基づいています。1件目は、生成AI全般に関する見解について、世界の経営層5,000人を対象として2024年1月~3月に行いました。2件目は、ビジネスの優先事項と企業の変革について、世界のCEO 2,500人を対象に23年12月~24年4月に実施しました。3件目は、AIモデルの最適化に関する見解について、米国企業の経営層200人を対象に24年6月に行いました。このほか、本ページでは、IBM IBVが公開した「CEOスタディ2024:CEOに立ちはだかる6つの真実」で得たインサイトも参考にしました。 
 


このレポートをブックマークする


著者について

Anthony Marshall

Connect with author:


, Global Leader, IBM Institute for Business Value


Brian Goehring

Connect with author:


, Associate Partner and Global AI Research Lead, IBM Institute for Business Value


Christian Bieck

Connect with author:


, Europe Leader & Global Research Leader, Insurance, IBM Institute for Business Value


Cindy Anderson

Connect with author:


, Global Executive for Engagement and Eminence, IBM Institute for Business Value

発行日 2024年9月16日