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物流業界に見る創造的破壊の萌芽

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物流業界におけるグローバル大手企業やスタートアップ各社の動向を観察すると、新たな創造的破壊の3つの潮流を見て取ることができる。日本企業はこれら本質的な変化に対して、ビジネスモデルやオペレーション、マネジメントシステムといった自社事業の構成要素を根本的に見直す必要がある。本稿では物流業界を中心に論じるが、他業界の経営者にも思考のきっかけを提供するものである。

山中 健太郎
日本アイ・ビー・エム株式会社 事業戦略コンサルティング・グループ マネージング・コンサルタント


新卒にて日本IBM入社。戦略コンサルタントとして物流・通信・メディア・製造業界を中心に、新規事業企画・開発、経営改革・組織改革案件をリード。研修講師や社会貢献活動の経験も多数。理工学修士。

 

物流業界 = 創造的破壊の次なる震源地候補

2017年はGoogleやApple、Facebook、Amazon等のデジタル・ジャイアントによる創造的破壊が、日本で大いに注目を集めた年となった。それまで通信・メディア・流通業界に限られていたデジタル破壊が、自動車をはじめとする各種業界に及び始めたからである。

筆者はデジタルによる創造的破壊の次なる震源地として、物流業界に着目している。デジタル技術の進化に加え、構造的な担い手不足という日本経済最大の課題の影響を最も強く受ける業界だからだ。同業界のグローバル大手やスタートアップの動向を観察すると、創造的破壊の3つの方向性を見て取ることができる。

デジタル物流コーディネーターの出現と顧客接点の集約

Flexportをご存知だろうか? 同社は2013年の創業以降、国際輸送事業者の比較・手配と貨物追跡サービスを、ウェブ・サイトを通じて大手フォーワーダー(貨物利用運送事業者)の約6割の手数料で実現する。現在、荷主は64カ国1,000社、時価総額は9億ドルを越える。

今後、順調に拡大していけば、将来あらゆる国際輸送事業者の価格・納期が、実績ベースでガラス張りにされるだろう。そうすると、同社は単なる比較サイトではなく、荷主の条件に合わせて最適提案を行う国際輸送コーディネーターとなり、顧客接点は同社に集約されることになる。また、センサー技術の発展に伴い、温度・衝撃等の輸送品質までもが追跡・最適化対象となることも想像に難くない。さらに、同社は倉庫業やサプライチェーン・ファイナンスへの事業拡大計画も発表しており、対象領域は輸送サービスに留まらない。

このように、物流業界の中でも比較的難度が低く、供給過剰気味な領域から、類似のモデルは広がっていくであろう。現に、大手の動向に目を向けると、UPSが2015年に陸送事業者の価格比較・手配をウェブで行うCoyote Logisticsを買収。また、2017年にDHLがSaloodo!を開始するなど、Flexportモデルの破壊力に気付いたグローバル大手は、すでに対策を講じている。

新たなデジタル・プラットフォーマーによるデータの独占と、既存企業のいちオペレーター化

従来の取組みの延長では、決して成し得ないレベルで業務の効率化・品質向上を実現させるデジタル・サービス・プロバイダーも出現している。例えば、マースクとIBMのジョイントベンチャーで推進するGlobal Trade DigitizationやWalmartを中心に欧州で発足したFood Safety Alliance等を挙げることができるだろう。

高度な分析技術を駆使して、輸配送ルートや在庫水準の最適化を実現するSaaSや、それらを束ねるプラットフォーマーも今後続々と登場するだろう。これらは、伝統的な物流企業のコア・コンピタンスを代替してしまう事業となるため、サービスそのものに注目が集まるのはもちろんなのだが、そこから生まれるデータの行方にも注目しなければならない。このデータは、サプライチェーンの非効率を解消する潜在力を秘めており、データを独占することのできた企業は、巨大な権益を手にすることになる。それと同時に、伝統的な物流企業は単なるいちオペレーターへと追いやられてしまう恐れがある。

このような「データを独占するプラットフォーマーを目指す動き」が存在するという事実に、日本企業は真剣に向き合わなければならない。そして、その一方で、プラットフォーマーにデータを独占させるのではなく、業界全体でその恩恵をシェアするモデルを構築する動きにも注目が集まっている。IBMでは、ブロックチェーンを用いたサプライチェーン全体での最適化・需要予測の実現を提唱している。これは、Amazon EffectやFacebook問題の教訓を生かした、既存業界サイドの動きといえるだろう。

デジタル・サービスによる業界構造の変化と、これまで築き上げてきた資産の負債化

輸配送での自動運転、倉庫業でのロボティクス活用など、物流業において自動化・協調化・知能化が進展することは想像に難くない。しかしながら、テクノロジーの表層的な活用に留まることなく、これらの革新がもたらす「真の破壊」に気付き、対策を講じている日本企業は、どれほどあるのだろうか?

例えば運送業界では、一般的に運送原価の4~5割を人件費が占めると言われるが、レベル3~4以降の自動運転が実現すれば、コスト構造は大きく変わる。そうなれば、現行の戦略が依拠する前提が崩れ、長年かけて築き上げた拠点・人・車といった物流ネットワークが一気に足かせとなってしまう恐れもある。また、シェアリングエコノミーやMaaS(Mobility as a Service)の発展に伴い、それらの車が荷物を運び、運送業者自体が不要となる「伝統的企業にとって最悪の未来」さえも想像することができる。同様に、倉庫業でロボティクス事業者が不動産業やサービスにまで進出することも考えられるだろう。2015年末に、DHLがシンガポールにR&Dセンターを設立したのは、このような破壊的シナリオをいち早く検知し、経営にフィードバックする狙いもあるのではないだろうか。

新たな「価値」の模索

上記のような脅威への防御策を講じると同時に、新たな提供価値を模索することも重要である。we.tradeという欧州系銀行9社によるジョイントベンチャーがある。同社は、域内貿易活性化と、それに伴う融資機会増大のために、中小企業に対するビジネスマッチングとサプライチェーン・ファイナンスを、ブロックチェーンを用いて提供している。

例えば、これをアナロジーとして、物流企業が日本の中小企業のビジネスマッチング・在庫管理・輸配送・融資を一気通貫で行うプラットフォームの役割を担うことはできないだろうか。今や、ビジネスマッチングや融資は銀行の専売特許ではない。モノの取引があり続ける限り、物流企業は、多様な企業を物理的に繋ぎ続けるという存在理由を持ち続けることができる。前述のFlexportが、サプライチェーン・ファイナンス参入を公言しているのは、ここまで見越してのことなのかもしれない。

準備はできているか?

このように、今まさに創造的破壊の地殻変動が起きつつある物流業界において、日本企業はどれだけその準備ができているのだろうか?既存事業の枠に囚われた改善策としてのデジタル活用に留まることなく、ビジネスモデルやオペレーション、マネジメントシステムといった自社の構成要素を根本から変革する覚悟を持ってこの変化と向き合わなければ、文字通り創造的に破壊される物流事業者が現れてもおかしくはない。

photo:Getty Images