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デジタルデバイドをテクノロジーで解決—発展途上国の課題と未来 —

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関根 亮太郎

関根 亮太郎
日本アイ・ビー・エム株式会社 事業戦略コンサルティング・グループ アソシエートパートナー

コンサルティング・ファーム数社を経て日本アイ・ビー・エムに入社。事業戦略コンサルタントとして、ハイテク、自動車、メディア、素材、流通などの業界において、事業戦略、海外市場参入戦略、新規事業企画、組織改革、先端テクノロジーを活用した戦略および実行支援などのプロジェクトをリード。特に、米国、欧州、中国、東南アジアなど、クロスボーダー環境における戦略立案から実行支援までの経験を多く有する。理工学修士。

 

昨今、先進国においては、AI、IoT、ブロックチェーンなど、先端テクノロジーによる高付加価値サービスが人々の生活を大きく変えようとしている。また、それを支える無線ネットワークでも、5G(第5世代移動通信システム)が導入準備段階に入った。

このような先端テクノロジーは、発展途上国の支援でも大きなポテンシャルを秘めており、特に、国際連合が掲げるSDGs(Sustainable Development Goals/持続可能な開発目標)を実現する担い手として期待を集めている。

しかし、発展途上国では、上記のようなサービスを提供するための前提条件となるブロードバンドインフラが十分に整備されていない地域も多く、“デジタルデバイド(情報格差)”が存在しているのも事実だ。

本記事では、ESCAP(国際連合アジア太平洋経済社会委員会)のデジタルデバイド解消に向けた“Asia Pacific Information Superhighway”という会議で、筆者がGoogleやHuaweiと共に、プライベートセクターの視点で講演した内容を紹介する。

また、そこで把握したAPAC(アジア太平洋)各国の抱える課題を踏まえ、先端テクノロジーを発展途上国で適用することの可能性、並びにサービス実現に欠かせない業界を超えた推進体制の必要性を述べる。

 

デジタル活用が進みつつあるアジア各国

日本ではブロードバンド利用可能世帯数がほぼ100%で、デジタルを活用したサービスの恩恵を受けることは日常的な話だ。しかし、ブロードバンドが十分に整備されていない国は未だ多く存在する。国際連合の調査によれば、アジアの大部分の地域では深刻なデジタルデバイドが存在するという。そのような状況下にあって、アジア各国でデジタルサービス提供に向けた取り組みが着実に立ち上がりつつある。以下、各国の状況を紹介していく。

【タイ】
中国企業が圧倒的なプレゼンスを見せている。Huaweiは“OpenLab”と呼ばれる取り組みを通し、タイにおけるICT(Information and Communication Technology/情報通信技術)の構築を広範囲で支援。バンコクであればモバイル決済領域において、WeChatPayやAlipayが多くの店舗やタクシーの支払いで標準的に導入されている。中国人は中国元をタイバーツに両替することなく、キャッシュレスで決済できる。

【カザフスタン】
中央アジアの中でも、カザフスタンはデジタルの力を積極的に活用し、「デジタルカザフスタン」という次世代電子政府の実現を目指して各種実証実験を進めている。具体的には、役所における生体認証を活用した個人認証や、スマートフォンで注文すれば、商品が役所のロッカーまで届けられる自動配達などだ。

【ミャンマー】
ヒマラヤ山脈のような回線工事が難しい環境下でも、軽量かつ頑丈な光ファイバーを用いて外部の業者がDIYで敷設するケースが増えている。デジタルサービスの需要増加に伴い、このようなQuick Win(素早い成果)でネットワークを普及させていく手法も増加すると見られる。今後は、物体や人物の個体識別に必要な画像などの機械学習データを事前にデバイスや半導体側に読み込ませ、インターネット接続をせずとも、エンドポイントで物体や人物を認識して異常検知アラートを飛ばすなど、付加価値の高いソリューションサービスを提供できるのだ。

インターネットインフラの整備においては、ITの巨人Googleも自社サービスとからめてWi-Fiサービスを提供し始めるなど、積極的に進出してきている。加えて、後述する教育領域においても、安価なChromebook、Google Classroom、Gmailが適用されるなど、生活基盤のあらゆる領域にGoogleの製品やサービスが確実に浸透している所感を受けた。

 

デジタル教育推進の鍵となる先端テクノロジー

IBMも今回の国際連合の会議に参加し、プライベートセクターやサービスの視点から、デジタルデバイドを是正するためのサービス・テクノロジーの活用事例をいくつか提示した。その中で、各国の関心が比較的高かったデジタル教育の推進における課題解決の可能性を、ブロックチェーン技術を起点として論じたい。

ブロックチェーンは、ビットコインに代表される仮想通貨の決済プラットフォームとして活用されている。それに加え、IBMでも、国連のSDGsとも関連する領域でさまざまな業界のユースケースが立ち上がりつつある。例えば以下のようなものだ。

・MaerskやWalmartに代表されるサプライチェーンのトレーサビリティの強化
・FDA(Food and Drug Administration/アメリカ食品医薬品局)によるヘルスケアデータの可視化
・プラスチック廃棄物を削減するためにインセンティブを提供する仕組みであるPlastic Bankの取り組み

また、改竄されないデータを業界のプレーヤー間でシームレスに共有することで、デジタルデバイドを是正する技術として期待されている。ブロックチェーンを活用した教育改革の推進は以下のように進んでいくだろう。

 

教育機会の均等を促進するブロックチェーン

発展途上国では、教育水準が一定でないことが大きな問題となっている。iPadやPCを活用したオンライン学習やオンライン試験は、ブロードバンドが普及していない途上国ではデバイスの導入すら検討できないケースが多い。バックエンドである、校内におけるLMS(Learning Management System/学習管理システム)の導入も進んでいない。そのような中、才能のある子どもたちが十分な教育を受けられない場合や、優秀な子がいたとしても優秀な才能が可視化されていないため発掘されず、高度な専門職に就くことが難しくなるケースが存在する。

このような状況を打開するため、卒業・在籍証明書や成績証明書をデジタル化し、ブロックチェーン・ネットワークに載せる仕組みが、各国で検討されている。国、学校、企業、政府間で学習者のデータが共有されることにより、奨学金など学習者の次の学習に向けた支援を行うことが可能になることも予想される。また、進学や就職に必要となる各種証明書発行などバックエンドの業務プロセスが簡素化されるだろう。中国やシンガポールなどAPAC の一部の国々においては、政府主導で同様の仕組みを検討している。日本では、ソニー・グローバルエデュケーションが、デジタル化された各種証明書や学習データをブロックチェーン・ネットワークで共有するシステムを提供している事例もある。

学習者の学び方を個人のレベルで軌道修正したり、企業が採用時に参考にできるレベルまでサービスの質を高めるためには、より精緻で整理された学習者データ(学習履歴、エビデンスなど)が必要になる。そのためにIMS Global Learning Consortiumなどの技術標準化団体は、次のような規格を用意している。企業で必要になるスキルや資格をデータ化するために必要な規格(Open Badge Standard)、学校の成績証明をより細かい生徒のスキルレベル(Competency)やエビデンスで測るデータ規格(Comprehensive Learner Record)などだ。現在、留学や就職時において大学が推薦状などを発行するケースは多いが、個々の能力が可視化されたデータとして既にシステム上に存在するのであれば、推薦状より説得力のある素材になる可能性もある。

 

ブロックチェーン×AIでさらに広がる可能性

このように細分化され、共有された学習者データにAIの仕組みを乗せることで、「学習者と教育コンテンツ」「学習者と先生」「学習者と企業」など、さまざまなマッチングサービスの構築が可能になる。生徒の能力や学習状況に合わせて学習者個人に最適化された学びが推奨され、中長期的学習プログラムが自動作成されることで、教師による学習サポートが容易になるだろう。また、企業が必要とするスキルを持つ求職者と、企業をマッチングさせるサービスの精度が高まれば、結果として、企業は採用ミスによるサンクコストを大幅に低減できるかもしれない。そのような未来の世界では、専門スキルを十分に持つ生徒はそもそも大学に行かない。今以上に、大学を早期に卒業して就職するケースも増加していく可能性がある。教師の役割も、「教える」ことから「生徒の後方支援、またはプロデューサー」のような役割に変化していくのかもしれない。

中長期的には、発展途上国においてタブレットなどのデバイスがブロードバンドインフラと共に普及することで、学習者のデータは学習後にシームレスにブロックチェーン・ネットワークに入力され、AIによって個人に適した学習がリアルタイムで提供されるようになるだろう。

筆者は昨今、先進国と途上国の双方において、多くの教育省や教育業界関係者と話をする機会を得た。多くの国では、「STEM(科学・技術・工学・数学)人材の育成や確保」が重要テーマとなっている。顧客サービス、企業間取引、企業内業務プロセスなどの多くがデジタル化する未来では、物資ではなく、その時代を牽引する「人材」が国家の競争力醸成に直接影響を及ぼす。どのように国を超えて効率的にSTEM人材を獲得し、かつ自国内でも育成するかが、先進国/発展途上国を問わず重要になる。上記テクノロジーを駆使して、早期にSTEM人材を育成し、管理する仕組みを構築することで、国家の競争力醸成に大きく寄与することができるはずだ。

 

発展途上国でのデジタル推進に必要な3つの観点

このような大掛かりな仕組みを構築するのは決して容易ではない。仕組みの構築に際し、筆者は3つの観点が必要と考えている。

1. テクノロジーを5つのレイヤーに分解し、個々の技術進展度および価値を評価、縦断的活用を検討する

1)データ取得(IoT/デバイス)
2)データ共有(ブロックチェーン)
3)データ活用(AI)
4)データ基盤(クラウド環境・ネットワーク/有線・無線)
5)データ構造(1〜4全てに関連する)

現状、個々の領域においては、実証実験などによる技術検証が行われているが、検証に注力している段階であるため、これらを縦断した検討は多く存在しない。例えば、ブロックチェーンにおいて、IBMは食の安全情報提供のために“IBM Food Trust”というサービスの提供を開始した。将来、IoTや個人の健康データとからめることで、より高付加価値なサービスが提供されるとみている。

2. 業界課題視点からの「ユースケース」を定義する

国際連合のケースを例に取ると、SDGsレベルで「ユースケース」を規定し、課題解決に必要な施策をテクノロジーレイヤーを縦断して検討することなどが相当する。特にSDGsの話は、国民の生活に大きな影響を及ぼすことが多い。そのため、デザイン・シンキングなどの手法も活用することで、最終消費者視点で課題を深く観察し、必要な施策を検討することが望ましい。

3. テクノロジーレイヤーを縦断した検討を推進するために、2つの検討組織を設ける

1)企業誘致の母体となるプラットフォーム(パブリックセクター)
現プライベートセクターを誘致し、取り仕切るプラットフォームとして、パブリックセクターが役割を担っていく重要性はより高まると思われる。

2)実検討推進組織(テクノロジー企業)
全てのテクノロジーやレイヤーをパブリックセクターで取り仕切ることは難しく、高度なIT専門性を持つ「推進組織」および人材が別途求められる。その組織は単にプロジェクト・マネジメント能力に優れているだけでなく、各レイヤーにおけるテクノロジーの価値を理解し、適用面における課題や施策を優先順位付けし、ロードマップを策定できる必要がある。例えば先述の教育のケースでも、必ずしもブロードバンドやデバイスが生徒に100%普及していなくても、教育機関を横断したデータ共有のためのブロックチェーンを導入するなど、必要に応じてデジタル化に踏み込みやすい領域から方策を適用していくことも可能だ。

 

求められる官民連携

発展途上国の抱えるさまざまな課題解決に向けて、AI、IoT、ブロックチェーンなどのテクノロジーが貢献できる領域は非常に大きい。一方、その検討難易度も飛躍的に高まっている。そのため、現在以上にパブリックセクターとプライベートセクターの連携を強め、課題を解決する視点からテクノロジーレイヤーを俯瞰した上で、テクノロジー適用を検討していく必要がある。

photo:Getty Images

 

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