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“調剤業務”から“対人業務”へ——AIで実現するさくら薬局のデジタル変革

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加藤孝範氏

加藤孝範氏
クラフト株式会社 システム室 室長


レセコンメーカー、調剤機器メーカーのシステム部門を経て、2004年クラフト株式会社入社。システムの内製化を進め、2011年よりシステム室長。

 

浅黄徹氏

浅黄徹氏
クラフト株式会社 執行役員 薬局事業部 部長/薬剤師 


2000年、明治薬科大学を卒業し、同年、クラフト株式会社へ入社。数店舗での店舗勤務を経てマネージャーとして経験を積む。その後、関東ブロックの責任者などを経て現職。

 

調剤薬局は昨今、大きな変革の時を迎えている。2015年に政府が策定した「患者のための薬局ビジョン」では、処方箋に基づく調剤中心の業務から、患者に対するきめ細かな対応を中心とした対人業務への構造転換が示された。2016年にスタートした「かかりつけ薬剤師制度」もその流れの中にある。医療費の増加が社会課題化する中、その約2割を占める調剤医療費の削減や調剤薬局の生産性向上を求める声も依然大きい。

こうした課題に向き合うべく、「さくら薬局」を展開するクラフト株式会社が、IBMと組んで、2020年1月より「薬剤師支援AIプロジェクト」の運用を開始する。日々蓄積される膨大な調剤データおよび患者個々人のデータなどを活用することで、薬の専門家であるとともにかかりつけ薬剤師として患者と向き合い、同社が抱える薬剤師の業務効率化および最適化をサポートするのが狙いだ。同社の先進的な取り組みについて、システム室室長の加藤孝範氏、執行役員 薬局事業部部長で薬剤師でもある浅黄徹氏に話を聞いた。

 

調剤薬局の業務は“モノ重視”から“ヒト重視”へ

——まずは、本プロジェクトに取り組まれた背景について教えていただけますか。

加藤 調剤薬局は、頻繁に行われる法改正や政府が策定する方針の変更によって大きな影響を受けます。最近の最も大きな変化が、政府が示した「調剤業務から対人業務への転換」です。2014年の薬剤師法改正では、服薬指導が薬剤師の義務とされ、調剤技術料が引き下げられるとともに、服薬指導などから算出される薬学管理料が重視されるような見直しが行われました。2016年度の診療報酬改定に従い、患者に指名された薬剤師が薬を一元的および継続的に管理していく「かかりつけ薬剤師制度」もスタートしています。

さらに2019年4月には、厚生労働省から「調剤業務のあり方について」(0402通知)が発表され、薬剤師以外が実施できる業務が明確化されました。これは、薬剤師の業務は「薬を揃える、袋に入れる」ことではなく、「患者に正しく薬を飲んでもらえるよう服薬指導する」ことだという政府からの明確なメッセージにほかなりません。

当社でも数年前、薬剤師が提供する対人サービスのレベルアップを大きな課題と捉え、解決するためのソリューションの一つとしてAIの活用を視野に入れていました。ただ当時は、ゼロからシステムを構築する必要性があり、ハードルが高かった。その後、IBMがパッケージをベースにした、いわばセミオーダーで導入できるAI活用を実現し、我々にも利用しやすい状況になりました。約2年前にいよいよプロジェクトへの取り組みをスタートさせたのです。

 

属人的だった薬や服薬指導に関する知見を集積し、全店舗で共有

——薬剤師支援AIプロジェクトによって、どのような変革を目指しているのでしょうか。

加藤 パイロット版でのテストに参加した薬剤師へのヒアリングにより、患者対応については、特に新人の場合、先輩の仕事ぶりを見ながら現場で覚えていくという実態があらためて浮き彫りになりました。また、店舗の立地によって、眼科の処方箋が多い、小児科の処方箋が多いなど状況が異なるため、たとえベテランであっても、店舗が変われば、わからないことが出てきてしまいます。

今回のシステムでは、これまで個人のキャリアや資質に大きく依存していた薬や服薬指導の知見を統合しました。属人的だった知見が集積され、全店舗で共有できるようになれば、キャリアや店舗などによらず、全薬剤師がどこでも同じように自信を持って適切なアドバイスができるようになるはずです。

浅黄 私自身も薬剤師として店舗に勤務していたのですが、慣れていない店舗で夜勤をしていた際、知らない薬が処方されているのに、深夜だったということもあり、誰かに相談することが難しかった事態を経験しています。そもそも現場の業務に求められる知識は、それまでの薬学教育だけでまかなえるものではありません。健康保険法や薬機法(医薬品、医療機器などの品質、有効性及び安全性の確保などに関する法律)などは改正によって頻繁に算定基準やガイドラインが更新されるほか、新しい薬の知識なども更新していかなくてはならないのです。たとえば薬の名称だけをとっても、一般名称のほか、先発品の商品名、ジェネリックの商品名など複数にわたります。

調剤薬局は女性が多い職場でもあり、産休などで、キャリアや知識にブランクができる人も大勢います。社内でも教育を担う部署で定期的な指導をしていますが、全ての薬剤師に対して指導や新薬などの情報共有を徹底することは難しいのが現状です。現場の感覚からも、薬剤師をフォローするシステムは非常に有効だと思います。

加藤 経営的な事情としては、業界内で繰り返されているM&Aによって、文化もキャリアも異なる薬剤師が同じ職場で働く機会が増えています。さくら薬局として高いレベルで“質”を保つためにも、AIによるサポートは有効でしょう。サービスや労働環境の質が上がれば、患者満足度の向上、さらには、働く薬剤師の満足度の向上にも必ずつながると考えています。

——今回のシステムでは、具体的に、どのような形で薬剤師をサポートするのでしょうか。

加藤 薬の組み合わせや用量といった定められたルールに基づいたチェックシステムは、すでに備えており、今回のシステムでフォローするのは、ルールだけでは判断が難しい部分がメインです。患者の背景は一人ひとり異なるため、同じ薬でもAさんとBさんでは服薬指導の内容が変わります。薬剤師は、それぞれの患者に対して、過去の処方履歴、今回処方される薬、これまで患者からヒアリングした内容をベースに服薬指導をします。ただこれまでは、そうした情報の中からどこをポイントとして説明すべきか、特に注意すべきことは何かを判断するのは、前述のように、薬剤師個人のキャリアや資質に依存している部分がほとんどでした。

日々蓄積される全店の調剤データ、これまでの服薬指導に関するデータ、患者個々人のデータなど膨大なデータの中から、気をつけるべきポイントが、当該薬剤師のキャリアに応じてリアルタイムで表示されます。特に、全店の調剤データなどから、平均的な調剤状況やユースケースを引き出すことができるので、それを見て「なるほど」と納得したものを自分の服薬指導に活かす。これが基本的な仕組みです。

浅黄 たとえば、この薬が年間どのくらい調剤されているか、この患者はどのような背景を持っているかなどの情報は、店舗単位で共有していました。これからは、それらを匿名化し、全店共有の情報として一つに統合することで、効率的に閲覧できるようになります。

 

AIの活用で、顧客満足度向上と業務効率化を両立

——対人業務に重点が置かれるようになれば、窓口での負担が増え、患者一人ひとりに割く時間も増えることになります。待ち時間の増加は、患者満足度や収益性のロスとなる可能性がありそうですが。

加藤 確かに、患者一人ひとりに寄り添う服薬指導は、業務の効率化と相反する可能性はあります。だからこそ、AIの力を借りて効率化を図ることで、患者満足度と収益性の向上をできるだけ両立させたいですね。

※出典元:IBM

——効率面ではどのような工夫がなされたのでしょう。

加藤 窓口での服薬指導では、リアルタイムでの対応が求められるため、多くの情報を見ている時間はありません。実は、パイロット版でテストした際、新人薬剤師からは「情報が豊富で助かる」という評価が得られた一方で、ベテランからは「情報が多すぎる。基本的なことは把握しているので、その先の情報だけがほしい」という意見が多く寄せられました。確かに、窓口で情報を取捨選択するためにも、情報は多ければいいというものではありません。

こうした意見を受け、処方する薬剤や患者の背景に加えて、利用する薬剤師の経験なども考慮できるシステムにしました。“その”薬剤師が見習うべき、いわばロールモデルとなる薬剤師が、似たような事例でどのような指導をしているかをAIが判断します。処方する薬剤と患者の状況に、キャリアや熟練度のバイアスをかけ、その薬剤師に必要な情報だけを取り出せるようになったのです。

——薬剤師個々人のロールモデルを推定し、最適なアプローチをリアルタイムに推奨する仕組みができたということですね。運用を続けていく過程で、精度が上がっていくことも期待できそうです。

加藤 引き出した情報に対して、参考になった場合はフィードバックできる仕組みになっています。つまり、質のよい情報は、提供の優先順位が上がっていくということ。これによって、後から見る別の薬剤師の使い勝手がどんどんよくなります。一方、情報が評価されることで、ロールモデルとなった薬剤師にとってもモチベーションになるでしょう。

浅黄 患者のデータも更新されていくので、背景や服薬履歴を踏まえた上でのやり取りができるようになれば、結果的に信頼感が増し、かかりつけ薬剤師の推進にも役立つのではないでしょうか。

 

処方過誤の予防だけでなく将来の減薬にもAIが寄与

——そのほかにもAIだからこその優位性があれば教えてください。

加藤 患者の来局間隔などに関するアラートも出るようになっています。たとえば、これまで来院間隔が2週間だった患者が3週間後に来院すると、アラームが表示されるので、何か問題があったのかを確認できます。用法用量アラートなどは、患者の持つ残薬の確認にも役立つため、患者個々人の状況を把握した上での服薬指導につながります。患者の健康を守るだけでなく、こうしたことが会話のきっかけになったり、また、患者に「自分のことをわかってくれている」と感じていただけたりもするでしょう。

浅黄 全国の調剤傾向から導出された「特異的な処方」についてもアラートが出されます。たとえばAとBの薬が同時に処方されたとして、その組み合わせは許容の範囲であって間違ではないが、全国的に見ると珍しい、といったケースです。人間の注意力では気づきにくいケースをAIが見つけ、アラートを出して知らせてくれるわけです。従来のルールに基づいたチェックに加え、今回、こうしたプラスアルファの機能を得たことで、より過誤の予防ができるようになると思います。

また、疑義照会(薬を処方した医師に、その処方内容に関しての疑問などを問い合わせること)や処方医への提案など、まだまだ完璧にできる薬剤師が少ない現状があります。ただその際、膨大なデータの中から、意見の裏付けとなる事例や結果が抽出できれば、医師に進言しやすい。自分だけの知識ではなく、多くのデータや薬剤師の知識を統合した結果を伝えることができれば、それは大きな助けになります。

ポリファーマシー(多くの薬を服用することで副作用などの有害な事象を起こすこと)や医療費拡大の社会課題などからも、調剤薬局の責任は大きいと感じております。減薬の提案などを行う際にAIが活用できれば、大きな力になるのではないかと思いますね。

——さまざまな点から期待が大きいことがうかがわれますが、業界内でこうした薬剤師サポートへのAI活用の例はあるのでしょうか。

加藤 活用したいという意向をもつ企業はあると思いますが、具体的に運用をスタートする企業としては当社が先駆けになると思います。こうした先進的な取り組みは、薬剤師としてのキャリアやレベルを高めることに寄与できる。また、薬剤師不足が叫ばれる昨今、労働環境の向上による定着率アップや、これから就職を考える学生の皆さんにとっても有益な取り組みになると期待しています。

 

健康サポート薬局制度、地域包括ケアシステムも視野に入れた展開

——調剤薬局には各種データを保管しておく義務があることから、データリッチとも言われています。この豊富なデータを活用することも視野に入れていますか。

加藤 確かに、他業界から見れば魅力的なデータを持っていることは確かです。ただ、個人情報の扱いなどクリアしなくてはいけない問題もあり、活用するにあたり超えなければならない壁があるのも事実です。いずれは、IBMのアナリティクス・サービスの支援を受けるなどして、次のビジネスにつなげたり、世の中の役に立つ使い方をしたりといった可能性も模索すべきだと認識しております。

——今回、プロジェクトを進めてみてIBMとの取り組みでどのようなことを感じられましたか。

加藤 IBMのプロジェクトのスタイルは、完全なパッケージを提供するというのものではなく、現場の声を聞き、パイロット版の試行を重ねながらシステムを完成させていくというものです。ヘルスケア業界の営業支援において、AIの導入実績があったことも信頼できる点でした。また、IBMのメンバーに調剤薬局出身の薬剤師がいるなど、技術も知見も併せ持っていたことで、ベースとなる部分に共通知識があり、同じ言葉や空気感で仕事ができたことは大きな助けになりました。

浅黄 対応が非常に早く、むしろ当社のほうがそのスピードに追いつかない場面もあったように思います。

——最後になりますが、薬剤師支援AIプロジェクトの運用が軌道に乗った先には、どのような展望をお持ちでしょうか。

浅黄 特色のない調剤薬局の持続的な発展は難しくなると考えています。今のデータを鑑みると、選ばれる調剤薬局の一つの要因が病院からの近さであることは否めませんが、立地依存からの脱却は我々に課せられた課題の一つです。2015年、モノからヒトへの業務シフトなどを掲げた「患者のための薬局ビジョン」とともに、政府は未病の人の健康をサポートする「健康サポート薬局制度」も策定しています。これを受け、当社でも健康サポートのための測定会、健康フェア、市民講座などを実施しています。ゆくゆくは、こうした測定会などでの検査値を分析して、利用者に将来の病気の可能性を指摘するといったことができれば、健康に関する相談場所としての存在感を示すことができるかもしれません。患者だけでなくその家族、さらには地域住民に対してかかりつけ薬剤師が健康相談にのることで、地域に定着していくでしょう。そしてその先には、政府の進める地域包括ケアシステムも見据えています。

加藤 当社は「調剤」という本業を軸に、事業の継続的な発展を目指しています。冒頭でも述べましたが、調剤薬局を取り巻く環境が大きく変化する中、薬剤師個々人に頼る従来の属人的な仕組みではその発展は望めません。デジタル時代に対応し、AIをはじめとした技術変革を取り入れることで、企業として、技術・環境面から薬剤師全体のレベルアップを支援したいと考えています。それは必ず、調剤薬局としての価値向上につながるはずです。

そのためには、薬剤師支援AIプロジェクトに留まらない変革も見据えなければなりませんが、その中心に「患者本位の調剤薬局である」ことを意識し続けるべきであることは、言うまでもないでしょう。

 

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