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知の巨人、原島博氏が提唱「自己家畜化への警鐘」と「創造的生活者」への道

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2018年12月14日、3年間にわたり活動してきたコグニティブ・イノベーションセンター(以下、CIC)の締めくくりとして、CICシンポジウム「デジタル時代の人類への警鐘と未来創造」が開催された。会場は東京大学 伊藤国際学術研究センター内にある伊藤謝恩ホール。東京大学情報学環 特任教授・東京大学名誉教授 原島博氏による基調講演と、有識者によるパネルディスカッション、そしてCIC会員企業による研究発表が行われた。本記事では基調講演を中心に当日の様子をレポートし、デジタル時代を生きる人類の課題について歴史的時間軸の中で考えていきたい。

 

宇宙138億年の歴史から見た人類の立ち位置

2016年2月に発足したCICは、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、IBM)が国立情報学研究所(以下、NII)と設立した産官学提携を実践するプログラムである。日本を代表する上場企業のエグゼクティブや経営の意思決定に関わるビジネスパーソンが参加し、まさしく「業際連合」で日本産業の将来について議論を繰り広げながら数々の研究活動が行われた。この日のCICシンポジウムのオープニングに登場したCICセンター長の石塚満氏は「最終年度となる今年は、よりビジネスに近いイノベーションの施策を真剣に検討できた」と振り返った。

オープニング後の基調講演のテーマは「宇宙138億年の歴史の中で現代という時代を考える」。講演者は原島博氏だ。2009年3月に東京大学を定年退職された原島氏は、1973年に東京大学大学院 工学系研究科博士課程を修了するなど情報理論の研究者だが、後にヒューマン・コミュニケーションに関心を持ち、東京大学大学院情報学環設立に尽力するなど文理融合の「知の巨人」として知られる。

東京大学情報学環 特任教授・東京大学 名誉教授 原島博氏

約1時間に及んだ基調講演は、宇宙138億年の歴史をいっきに振り返る前半パートと、“現代”に生きる我々がそれらの歴史から学ぶべきことは何かを考える後半パートで構成された。まずは前半パートの途中までをハイライトで振り返ってみよう。

●138億年前に「地球誕生」
宇宙誕生から現代まで--。138億年の時間経過においてはその時々で“時代”が形成されてきた。かつ、各々の時代で「ホップ→ステップ→ジャンプ」による進歩や進化があったと定義できる。宇宙が誕生した約138億年前から生命誕生までは「宇宙の時代」であり「宇宙の急膨張→物質の形成→恒星や銀河系の誕生」というダイナミックな変化があった。そして約46億年前に太陽系と地球が誕生した後にいよいよ「生物の時代」を迎えた。

●「生命」の誕生と進化、そして大量絶滅
深い海の底で最初の生命(生物)が誕生したのは約38億年前のことである。その後は「深海→浅瀬→陸上」と棲み家を移しながら生物は進化した。約38億年前から現在まで生物は5度の大量絶滅を経験しており、最も直近が約6,500万年前のこと。恐竜全盛の時代を迎えるも地球への隕石衝突に端を発し、恐竜は絶滅した。しかし生物はこうした大量絶滅の度に、大きく進化を遂げている。

●賢く戦略を立てながら絶滅を逃れた「ホモ・サピエンス」
「人類の時代」が到来するのは約700万年前のこと。人類は「誕生→ホモ属(ホモ・ハビリス)→ホモ・サピエンス」と進化を遂げた。一方で約35万年前にヨーロッパで出現したネアンデルタール人は絶滅。ホモ・サピエンスだけが生き残ったのは、その当時地球上で激しい気候変動が巻き起こっていた中、「共同生活→道具の使用(肉食が可能になる)→文化伝承(衣服の着用、助け合いによる社会形成)」と、その度に賢く戦略を立てたためと考えられる。絶滅を逃れたホモ・サピエンスは今もこうして地球上で暮らしている。

●新たに迎える「歴史・文明の時代」
ホモ・サピエンス誕生とともに始まった「森林・草原の時代」は、人類が農耕を始めた1万年前から「都市の時代」へと移り変わる。この時代において18世紀の産業革命は人類にとってとりわけ大きな意味を持ったが、その反面、近代における科学技術発展によって、人類は自分に都合のいいように自然環境を変えられるようになり、現在はそれが地球規模にまで広がってしまった。ではこれからの時代を我々現代人は、どう生きるべきなのか--。

 

大量絶滅回避に求められる文芸復興と人間復興

原島氏の基調講演は後半パートへと移っていく。「人類は今、人工的につくられた環境のもとで完全管理された空間でしか生きられない--“自己家畜化”という大きな問題にぶち当たっています。そしてその自己家畜化の先にあるのが、人類自らが引き起こす6度目の大量絶滅です」(原島氏)。

環境に適応しすぎると、環境が変わったときに生物は絶滅する。例えば約3万年前に絶滅したネアンデルタール人は氷河期に適応させるべく自らを頑丈な体へと進化させたが、温暖期が始まると次第に適応できなくなり絶滅した、と原島氏は考える。

原島氏は、宇宙138億年の歴史を一つの年表に凝縮して講演を行った

「現代においても自己家畜化がそれに近い状態です。人工的につくられた環境に適応しすぎてしまい、我々はそれをなしに生きていけなくなっています。しかもこれまで生物は多様性を確保して自然 淘汰によって変化する環境に数万年をかけながら適応していく--そんな生物学的な自然進化をしてきましたが、遺伝子を変える“計画的な進化”も可能になってしまった。まさしくポスト・ヒューマン、さらには人間が神の領域に入るホモ・デウスの時代が到来しようとしているのです」(原島氏)

ならば、人類が絶命しないためには何をすべきなのだろか?「近代という時代が終わり、新しい時代を迎えようとしているというのが私の感覚です。1万年前に始まった『歴史・文明の時代』は『古代→中世→近世・近代』と大別できますが、これらの時代は『都市の時代→大陸の時代→地球の時代』とも捉えられる。中世においても大陸レベルでとんでもない経済発展があり、そして大開墾により生態系を崩しました。中世から次の時代に移り変わったときに、何か学べることがあるのかもしません」(原島氏)。

ヒントになるのは「中世→近世・近代」の節目に起こった「ホップ・ステップ・ジャンプ」である。15世紀にはルネッサンスにより、中世で忘れ去られていたギリシャ・ローマ時代の価値観が再評価された(=ホップ)。16世紀には宗教改革で当時の絶対的な価値観が再点検された(=ステップ)。そして17世紀にはデカルトの近代哲学を出発点に近代思想を獲得した(=ジャンプ)--。「まずは足がかりとしてホップに立ち返ることができるはず。15世紀に起きたホップ--すなわちルネッサンスとはギリシャ・ローマ時代の文化をもう一度重んじた文芸復興、そして人間らしい生き方を取り戻した『人間復興』でもあります」(原島氏)。

新しい時代を迎えるための文芸復興と人間復興とは? 原島氏は「モノの豊かさから心の豊かさへ」「“受動的消費者”から“創造的生活者”へ」という2つのキーワードを提示し、基調講演の最後を次のように締めくくった。

「近代において人類はモノの豊かさを目指してきました。たしかにそれで大きな恩恵を受けた面はあるかもしれない。しかしこのままでは絶滅を迎えます。それを人類が乗り越えるべく、新しい文芸復興では心の豊かさを取り戻す事象がとても重要になるのではないでしょうか。また産業革命以降、生産と消費が分離され、人類は生産されたものを受け取って消費する“受動的消費者”になりました。今迎えた新たな節目において、我々は“創造的生活”者へと転換する人間復興が必要である、と私は考えています」(原島氏)

 

人間とAIの分岐点として問われる創造性

基調講演後に行われたパネルディスカッション「デジタル時代の日本再興」では、パネリストとして再び原島氏が登壇。CICの会員である株式会社三井住友銀行 取締役専務執行役員・谷崎勝教氏とNII所長・喜連川優氏と、1時間以上にわたって丁々発止の議論を繰り広げた。モデレーターは、日本IBMグローバル・ビジネス・サービス 戦略コンサルティング&デザインExecutive Project Managerの的場大輔氏が務めた。

日本アイ・ビー・エム株式会社の的場大輔氏

このシンポジウムに先だってCIC研究会では「コグニティブ・イノベーションワークショップ」が行われており、的場氏はそこでの議論を整理し、これからの日本企業のあるべき姿として(1)積極的なデジタル投資、(2)世界から面白がられること、(3)発想力・構想力という3つテーマを提示した。

特に、(3)発想力・構想力のテーマでは、再び原島氏が基調講演で提言した“創造的生活者”を話題に白熱した議論が交わされた。以下、議論の内容を採録する。

原島 昨今の技術発展により、“創造的生活者”は増えていくかもしれません。情報分野はそれが顕著で、かつて我々消費者はマスコミからの情報を受け取っているだけでしたが、今はそうではありませんよね。もしも工場の製造機械が本当にパーソナル化するようなことになれば、自分が必要なものを自分でつくって消費できるようになる。貿易の概念も大きく変わっていくのではないでしょうか。自国で生産をまかなえるのならば、設計やデザインといった情報だけが流通することになりますし、個人のみならず、地域、さらには発展途上国のあり方も一変すると思います。

的場 いわゆるシンギュラリティ(AIが人間の知能を越える技術的特異点)が2045年ごろにやってくると言われています。AIをはじめとしたテクノロジーの進化については「人の仕事を奪う」というようなネガティブな部分が取り沙汰されがちですが、私はまったく逆だと考えています。つまり人間はクリエイティビティやホスピタリティのある仕事に特化されていくということです。そのことも“創造的生活者”を増やしていく一助となるのではないでしょうか?

原島 そこで人間が守るべきは創造性です。AIがパーソナル化をさらに進めていけば、人の創造性もAIにアウトソーシングされてしまうかもしれませんが、創造性までアウトソーシングしてはいけない。今はその分岐点なのだと思います。

谷崎 日本は高齢社会に端を発し、これから課題先進国になるでしょう。少ない人数で国家を運営しなければいけません。このとき、テクノロジーを十分に活用できるか否かが進路を決めます。日本が本当に幸せな国になるためには、弱点だと思われていた部分をプラスに考えるパラダイムシフトを起こさないといけません。

株式会社三井住友銀行の谷崎勝教氏

原島 ビジョンとして、それぞれがどういう社会や時代をつくりたいかという意識を持つことが重要になるのではないでしょうか。日本は目標に沿って生きていこうとしがちで、国や国連が掲げるような課題解決の目標も大事だけど、みんながみんなそれに向かうのはよくない。「どうなるのか」よりも「どうしたいのか」が先決なわけです。

国立情報学研究所所長の喜連川優氏

パネルディスカッションの後には、CIC研究会3チームによる研究発表が行われ、およそ3時間半のシンポジウムは終了。その後はクロージングとして、3年間を通して参加した企業の代表者がCICの歩みを振り返った。

「CICの取り組みを聞いたときは、デジタルとどう向き合うべきなのか悩んでいた頃で、いろんな企業がつながることでお客様に寄り添うことができるのではないかとぼんやり考えていました。そこにあってCICは、役員クラスの人間同士が会社の関係を超え、社会課題について長いスパンで考えることができる場で大変勉強になりました」

「毎回呼んでいただくゲストも多様性が考慮されていて、いろんな議論ができて楽しかったです。特に、感度が高いZ世代の若い方と議論できたのが刺激的でした。CICの役割は新しいビジネスモデルを作り出すといったことだけではありません。異なる業界の者同士がつながり、そこから新しいムーブメントが起きたのであれば成功ではないかと思います」

他にもいくつかのコメントが寄せられた。共通していたのはCICという自由な場で、真剣な議論を通して培った企業を超えた関係性が、これからどのように花開いていくのか楽しみにするととともに、そんな場を与えられたことへの感謝だった。

最後に、CIC会員企業が「CIC宣言」を行い、参加企業はビジョンを描くこと、時代を見る眼が養われる今回のコンソーシアムをなんらかのかたちで継続していくことを約束した。

喜連川氏はCICの3年間を振り返り、次のようにイベントを締めくくった。
「多くの企業の皆様からこの度の機会をなんらかのかたちで継続することを希望する、そんなご意見もいただいています。単に寄り集まって自社の技術を紹介するだけの場は世の中にいくらでもありますが、CICは共通の問題設定をし、 “同じ釜の飯を食う” 業際連合の仲間として一緒に問題を解いていくコミュニティになったと実感しています」(喜連川氏)。

CIC研究会では毎回問題設定がされ、日本を代表するさまざまな企業の経営者たちが熱の込もった議論を戦わせた。3年間にわたり、多忙な経営者たちが参加しながら築き上げたコミュニティは、一企業の利益というレベルを超えて、日本社会がめざすべきビジョンを考える稀有な場へ育った。CICがもたらす価値は長い時間を経て見えてくるものだからこそ、変化の激しい現代の日本において意味を持つのだろう。