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THINK Business

進まない「2025年の崖」の克服。日本企業がDXを加速させるために

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松尾 美枝
日本アイ・ビー・エム株式会社
執行役員
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
ビジネス・トランスフォーメーション・サービス事業部長

日本アイ・ビー・エムにてSEとしてお客様のシステム導入を担当後退社し、税理士資格を取得。大手監査法人勤務・日本企業米国子会社の間接部門責任者として経理業務に従事。日本アイ・ビー・エムに再入社後は経理財務関連及び間接業務全般の効率化高度化のコンサルティングに従事。AIなどのテクノロジーを活用したプロセス変革を実施する事業部責任者を日本及びシンガポールのアジア・パシフィック本部で歴任し2021年2月より現職。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19/以下、新型コロナウイルス)の感染拡大はあらゆる産業において急激な変化をもたらし、その対応の鍵がDXであることも広く知られることとなった。しかし、明らかに浸透しつつあるリモートワークなどと違い、日本企業のDXはさほど進んでいないと言われる。

DXにおいて、上流の戦略コンサルティングからプロセス設計、ERP(基幹システム)の導入、AI・ブロックチェーンなど先進技術を使ったプロセス変革やシステムの導入、そしてBPOまで幅広く支援している日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)のビジネス・トランスフォーメーション・サービス事業部(以下、BTS)。2021年2月からBTSのリーダーを務めている同社執行役員の松尾美枝は、日本企業のDXの現状についてどのように見ているのだろうか。そして、DXを成功に導くために必要なものはいったい何か話を聞いた。

「2025年の崖」の警告から2年、日本企業におけるDXの現在地

——経営環境が激変する中で生じた新型コロナウイルスの影響は、日本企業のDXの現状をあぶり出したとも言われています。その点についていかがでしょうか。

松尾  従来から、日本の企業は生産労働人口の減少や技術継承の問題などを抱えていました。さらに、2020年の新型コロナウイルスの影響により、国境遮断によるサプライチェーンの中断、非対面による営業活動への移行など新たな問題が生じました。たとえば製造現場においては、社員が一部出勤せずとも工場を稼働し生産の継続性を保つ必要があります。

つまり、新型コロナウイルスの影響は、DXへの取り組みやリスクに対する備えが進んでいる企業とそうでない企業の差を白日の下にさらし、その結果、「DXが進んでいなかった、変化に対応できていなかった」と感じた企業が多いのではないでしょうか。

——経済産業省が2018年に発表した「DXレポート~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」では、2025年までに企業のDXを進めなければ多大な経済損失が出るという、いわゆる「2025年の崖」が指摘されています。

松尾 警告されていたにも関わらず、その発表から2年経ち蓋を開けてみたら、約9割の日本企業において、当初の想定よりDXが進んでいなかったということ。新型コロナウイルスがきっかけとなりDX化は加速すると言われていますが、実際はDX化に苦労しているお客様が多いという印象です。

——そのような実情の一方で、IBM Institute for Business Value(IBV)が3000名のCEOを調査した「CEO Study 2021」では、56%のCEOが「アジャイルで柔軟なオペレーション構築」を今後2〜3年で積極的に推進する必要があると答えていますね。

松尾 はい。変化へ対応するためには、アジャイルにビジネス・スタイルを変えなくてはなりません。日本企業の多くがデジタルの領域において硬直化してしまい、新しいビジネスへ変革したくても時間がかかっているというのが実情だと思います。

私が2020年末まで約2年間、シンガポールのIBMアジア・パシフィック本部(IBM APAC)に赴任していた中で感じたことは、シンガポールはデジタル化がかなり進んでいることです。たとえば新型コロナウイルス感染拡大防止に関しては、感染者と接触した人を追跡する「Trace Together(トレース・トゥギャザー)」というスマートフォン・アプリが2020年3月という早い時期にリリースされました。

また、シンガポールの某大手銀行は、顧客が営業店に行かなくても全ての取引が可能です。わからないことがあればチャットや電話で質問し、その回答も的確。非対面であってもオペレーターが専門家のように答えられるようサポートするシステムが確立されており、コロナ禍においても不都合は全くありませんでした。日本企業にも、こうしたデジタル変革をアジャイルに行う仕組みが求められているのです。

DXにおいて重要な「トップのやる気」と「組織の意識」

——日本企業がDXを成功させるために必要なことは何でしょうか。

松尾 まずは「トップのやる気」でしょう。さらに、役員(経営層)もやる気にならないといけません。そして、全社的に進めていくため、しっかりとしたブレないビジョンを持って、専任のDX担当チームを作らないと、成功への道のりは厳しいと思います。

経営陣をやる気にさせるには、実際に動いているものを見ていただくのが一番ではないでしょうか。今はバーチャルツアーになっていますが、例えば私たちは大連やインドのBPOデリバリー・センターを案内しています。そこで、社員がデジタルツールを使って継続改善活動をしていたり、さまざまなプロセスを自動的に処理していたりといった現場を見学いただいています。百聞は一見にしかずで、皆さんが驚かれますね。

——これからDXに取り組もうとする企業にとっては、非常に興味深い現場ですね。すでにDXに取り組んでいる日本企業についても教えてください。

松尾 たとえば大手製造業のお客様は、新型コロナウイルスの影響が生じる前、2017年から生産性の倍増を目指してスマートファクトリーを推進していました。工場の自律化による生産性の向上を目指し、データ収集基盤を構築し、集めた情報を管理分析し、最適化された製造計画を立て、製造を実行するデジタル・プラットフォームを構築しました。現場からリアルタイムで集まってくる情報をAIが分析し故障予知アラートを出すなどして劇的に生産性を向上させることができました。

また、大手部品メーカーのお客様の場合、工場保守には熟練の技術者が必要でしたが、技術者の高齢化問題を抱えていました。そこで、設備管理システムであるIBM Maximo(マキシモ)を導入。現場は、タブレットからシステムにアクセスして故障履歴を検索し、必要に応じて遠隔支援ツールにてベテランの指示を仰ぐことができます。これにより若手技術者のサポートと育成も実現されています。データは、10年前からの故障対応履歴などをIBM Watsonに学習させて蓄積し続けており、さらに、将来的にはARと組み合わせ、修理マニュアルを表示させながらハンズフリーで修理できるようなシステムを考えているようです。

——具体的にはどのようにDXを進めているのでしょうか。

松尾 たとえば、あるお客様では、DX推進部門を立ち上げて自社が最も重視している「安全・安定な工場」の理念に沿ってスマートファクトリー化を進めました。その際、工場のエンジニアも巻き込み、テーマを細かく振り分けて変革を実施。細かく段階を踏んで成功を積み重ねることで全社規模の大きな成功へとつなげていきました。このように、小さな成功事例を作りながら徐々に全社展開する企業がある一方、全社横断で一気に進める企業もあります。

どちらの場合もIBMの強みは、提言に終始するのではなく、現場に深く入り一緒に共創していける点です。多くの日本企業においては、先のお客様のように現場と一緒に段階を踏んで全社へ広げていく方が成功しやすいように感じています。

——さまざまなテクノロジーの導入・活用だけでなく、組織の意識変革も必要だといわれています。

松尾 はい。IBMでは、DXにおける企業風土や意識の変革についてもサポートを行っています。たとえば新しいことにチャレンジして一度失敗したら評価や出世に大きな影響がおよぶ企業文化では、PoC(概念実証)ばかり繰り返されその先へと進みません。新しいことにチャレンジして、たとえ失敗してもチャレンジしたことを評価する制度や企業文化を作ることを提言しています。また、ダイバーシティやインクルージョンも必要でしょう。市場は日本だけでなく世界です。多様性のある意見を取り入れていくことが重要になるのは言うまでもありません。

——DXの成功には、組織の意識も鍵となるのですね。そのほかDXにおける最新の潮流をお聞かせください。

松尾 先ほどご紹介した「CEO Study 2021」では、新型コロナウイルスの影響から社員をケアし、さらにエンゲージメントを高めていくことの重要性が報告されています。つまり、感染防止のために在宅ワークを推進し仕事環境を整えるだけでなく、そのような状況下における業務をどう評価するのか、安定志向ではなく新しいことにチャレンジできる人材を育てていけるのか、といったエンプロイー・エクスペリエンスに関わることですね。

かつてであれば、懇親会や雑談など対面で気軽に社員の意見を聞くことができましたが、コロナ禍ではそれが難しくなった。そのため、ある企業では自由に意見の交換ができるラウンドテーブル・ミーティングや、ワーキングマザーや若手のセッションなどさまざまな会話の機会を作り、かつ明確なキャリアパスを示していきました。その結果、エンゲージメントが上がったといいます。今後、コロナ禍が終わったとしても、エンゲージメントの向上に貢献するこうした活動がより注目されていくでしょう。

もう一つ、最近のトレンドとしてあげられるのが、環境問題に対する取り組みの必要性が高まっていることです。従来のCSR、社会貢献といった位置づけではなく、ビジネスモデルそのものを長期的な視点でどのように変革していくべきかを検討する段階にきています。IBMではサステナビリティ・トランスフォーメーションを実現していくためのステップを4段階で定義しています(Comply、Optimize、Reinvent、Lead)。それぞれの取り組みを実現するためにどのように推進するかは、IBM自身の経験も元にして、私たちがお手伝いできることは多いと考えています。

DXのポイントとなるインテリジェント・ワークフロー


——企業のDXを推進するために、IBMはどのようなサポートを提供しているのでしょうか。

松尾 私たちは、グローバルの情報網から毎日のように共有される世界中の事例や情報も参考にし、それぞれの企業に合うものを選択しご提案しています。また、AIや量子コンピューターの基礎研究を行う部門なども抱えており、最先端の技術とともにその技術がどのようにお客様のビジネスに役立つかの提案もできるでしょう。コンサルタントとして絵を描くだけでは不十分で、実現まで併走する提案をすることができます。クイックに試行して実装と修正を回すアジャイルな手法も用いて、短期的なサイクルで最適なサービスを提供することもできます

また、私たちはインテリジェント・ワークフローを推奨しています。インテリジェント・ワークフローは各業務に閉じた個別の自動化ではなく、企業における業務全体が統合され、AIやブロックチェーンなど新しいテクノロジーを生かしたエンドツーエンドのワークフローを実現し、業務の飛躍的な効率化を可能にするというものです。

たとえば、スマートファクトリーの場合、故障の発見から修理のサポート、必要に応じて交換部品の注文まで、一つのタブレット上で完結させます。従来行われていた関連部門の連携や調整、手続きなどは、エンドユーザーが気にすることなく利用できる状況が理想。それがインテリジェント・ワークフローであり、共創して目指す先だと考えています。

——インテリジェント・ワークフローは企業内だけでなく、取引先やエコシステム全体に及ぶ可能性もあるのでしょうか。

松尾 あります。たとえば、経費の支払い業務の効率化を図ったお客様では、当初は取引先からの請求書は紙でした。IBMは全てデジタル化してエンドツーエンドで流れるプラットフォームの構築を提案しました。この場合、取引先も巻き込むことになります。IBMの担当社員は、メーカーに常駐するだけでなく、取引先とのお話の場にも同行しています。この点も、まさしく共創だと思います。

企業が枠を超えて、外部の企業などとよりオープンに、バーチャルにつながることは、今後の大きなトレンドになると考え、IBMはそのような企業をバーチャル・エンタープライズと名付けています。最新のIBVの調査では、全世界で60%の企業がパンデミックをきっかけにDXを加速しているという結果も出ていますので、日本企業も負けてはいられません。インテリジェント・ワークフローはパンデミックで促進されたバーチャル・エンタープライズの実現に向けても、重要な役割を担うと考えています。

→データとAIを活用したDXで自動化・自律化を実現する「インテリジェント・ワークフロー」

→「バーチャル・エンタープライズ」の詳細

企業自身が軸となり、自社のDXを推進できるように


——「デジタル化したい」と一口にいっても、ステークホルダーは多岐に渡るということですね。

松尾 はい。たとえば新型コロナウイルスの影響など、予期せぬビジネス環境の変化などにも対応し、DXが陳腐化しないようDXを更新し続ける必要があります。そのため、コンサルティングの契約期間が終わり、コンサルタントが去った後、自社だけでは何もできなくなってしまったり、結局元に戻ってしまったりすることのないよう、お客様でも継続して改善ができるように意識をもって取り組むことが重要です。

その点において、IBMはお客様の業務を俯瞰してロードマップを描き、「私たちがサポートすること」と「お客様で実現すること」を明確にしていきます。そして、構築に留まらず、その後の運用や更新を見据えたサポート——たとえば育成が難しいDX人材の分野では、Talent Transformation(タレント・トランスフォーメーション)チームが支援する育成プログラム——も提供できます。

私たちは、企業自身が継続してDXを進めていけるような環境と意識を共創していきたいと考えています。特にDXを軌道に乗せるまでの最初の段階では様々な困難を伴うことが多いため、まずは、私たちのような外部の力も活用して検討を始めてみてはいかがでしょうか。