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THINK Business

今必要な競争力“レジリエンシー”をもたらすAIの進化―“モデル指向”から見る次の自動化

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鈴村 敏央氏

鈴村 敏央氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
コグニティブ推進担当 パートナー

 

20年近くにわたり、サプライチェーン戦略立案や業務改革、見える化、システム構想・導入に携わる。米国にてIBMグローバルのサプライチェーン・コンサルティングのソリューション開発にも参画した。近年はAIやIoT、アナリティクスを活用した業務改革プロジェクトをリード。現在、先進テクノロジーを活用して新しい業務変革を実現する部門、コグニティブ推進部門の責任者を務めている。

 

米沢 隆氏

米沢 隆氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
コグニティブ・プロセス変革
プリンシパル・データ・サイエンティスト

1989年に日本IBMへ入社しソフトウェア研究開発部門に配属され、1999年より東京基礎研究所と共同で数理計画ソリューションの研究・開発に従事。2008年より設立されたビジネス分析・最適化部門にコンサルタントとして異動し、特にサプライチェーン領域における数理計画ソリューションを用いたコンサルティング業務に従事。2013年にはUS INFORMSのEdelman Award Finalistに選出。オペレーションズ・リサーチ学会理事を歴任。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19/以下、新型コロナウイルス)の思わぬ副産物となったビジネスにおけるデジタル化の加速。デジタル化による効率化が認められ、リモートワークや業務の自動化があらためて注目を集める中、日本アイ・ビー・エム(以下、日本IBM)が提唱するのが次世代の自動化を可能にするコンセプトである「インテリジェント・ワークフロー」だ。

インテリジェント・ワークフロー」とは、より「組織横断的」かつ「動的」であることに加え、「人間的判断」の領域も含めた次世代の自動化を示す概念となるが、実現には昨今のAI技術の発展が深く関わるという。

新たな自動化・効率化に関する変革について解説するシリーズ「次世代のビジネスシフト オートメーションのその先へ」の3本目となる本稿では、AIやIoT、アナリティクスを活用した業務改革プロジェクトをリードする鈴村敏央氏と、データサイエンティスト・グループの中で先進的最適化チームを率いる米沢隆氏が、今後の自動化を考える上で不可欠なAI技術の発展と、人と機械の関係性について解説する。

“レジリエンシー(対応力)”の獲得に必要な4つの行動

――世界的にあらゆるものが大きく変化した2020年ですが、現在のビジネストレンドをどう見ていますか。また、そのビジネストレンドに対応するために必要な考え方についてお聞かせください。

鈴村 経済産業省が出した“DXレポート”(『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~』)により、デジタル化が待ったなしという動向は昨年までの段階でもすでにありました。これが2020年に入ってさらに加速したと言えます。

ビジネスにおいて考慮すべき要素も増え続けています。お客様のニーズや市況といった環境の変化に合わせて求められるオペレーションも変わり、想定するべきリスクも変化し続けています。リスクの予知は難しく、その全てに事前に対応することは非常に困難です。

そのような状況下で事業を継続し、顧客に付加価値を提供するためには、一時的にダメージを負ったとしても、いかに早く対応し持ち直すことができるかが重要になります。今後、企業が競争力を持ちつづけるためには、変化に対応する能力、つまりレジリエンシー(対応力)の強化が必須となってくると考えています。

――レジリエンシーを強くするためには、具体的にはどのような変化が必要になりますか。

鈴村 日本IBMでは、現在のビジネス課題やトレンドに対応するべく、「インテリジェント・ワークフロー」を提唱しています。これはAIなどのテクノロジーを活用することで、より「組織横断的」かつ「動的」であることに加え、「人間的判断」の領域も含めた次世代の自動化を可能にするコンセプトです。

変化への迅速な対応は、“OODAループ”で考えることができます。これは以下の4つの頭文字を取ったもので、先の読めない状況で成果を出すための意思決定フレームワークとして使われています。

    • Observe(観察)
    • Orient(状況判断、方向づけ)
    • Decide(意思決定)
    • Act(行動)

 

ここから、変化に対応するために必要となる行動を考えると、「情報の把握」「情報の意味理解」「何をすべきかの意思決定」「行動の実施」の4つが導き出されます。

「情報の把握(Observe)」については、センサーなど設備のIoT化などでかなり広がっています。「行動の実施(Act)」も、システムやロボットの導入で自動化が進んでいました。一方で、「状況判断(Orient)」や「何をすべきかの意思決定(Decide)」は、これまで機械が行うことが難しく、人間の担当領域とされていたのです。ただ、先述のとおり考慮するべき変数があまりにも多くなってしまった現在のビジネス環境においては、限界が見え始めていました。しかし、昨今のAI技術の発達により、状況判断や意思決定の領域もカバーできるようになってきたのです。

インテリジェント・ワークフローはこうした最新のAI技術をコアとし、これまで以上に省人化、高速化、高度化を進めていくための考え方です。

変化の時代に対応する “モデル指向”のAI

――進化したAI技術によってさらなる効率化を目指すとのことですが、ビジネスにおけるAIの必要性はすでに語られているポイントのように感じます。その変化を理解するため、あらためてAI活用の“現在地”をご教示いただけますでしょうか。

米沢 おっしゃる通りすでにAIはさまざまな場面で使われています。例えば、文字を読んで入力する、工場の検品作業で欠陥を発見するなど、単純な知的作業で活用され成果も出ている状態です。

先述の通り、インテリジェント・ワークフローのポイントはOrient(状況判断、方向づけ)、Decide(意思決定)でのAIの活用です。たとえば、Decide(意思決定)とは、さきほどの例のように単に対象を認識するだけではなく、コストが下がる、売り上げが伸びる、顧客満足度が上がるといったプラスの結果を生み出す選択が求められます。これまでの機械学習のモデルには、そうした“善し悪し”の判断が入っていませんでした。

善し悪しに必要な評価の定義や、その意思決定により発生する売り上げやコストの関係をモデルとして設定することで、それに基づきAIが無数の組み合わせの中から状況に応じてベターとされる選択を提案してくれる――このようなAIの使い方が、インテリジェント・ワークフローでは可能になります。

――AIにできること、任せられることが変化すると、それに応じて人間が行うべきことも変化してくるように感じます。AIへの向き合い方など、どんな考え方が必要になってくるでしょうか。

米沢 これまでのAIは、深層学習や機械学習など、過去のデータに基づいて学習してモデルを自動的に作り、アウトプットを出すという「データ指向」のAIでした。それに加えて、これからは「モデル指向」のAIも必要になると考えています。ビジネスの過程をモデル化し、その中から最適・最善の意思決定を出すというものです。

モデル指向は、冒頭の「レジリエンシー」にも関連します。データは常に“過去”のものであるため、状況がデータを取得した時点から変わると古いデータとなってしまい、新しい状況に対応できなくなります。これはデータ指向の限界と言える部分です。モデル指向では、予め抽象化したモデルに、その時点での状況を当てはめていくため、新しい状況への対応が容易になります。

鈴村 これまでの深層学習などがブラックボックスのAIとすれば、モデル指向のAIは根拠がわかり説明ができるホワイトボックスのAIと言えますね。

大量のデータが取れるのであれば、深層学習でモデルを作ってブラックボックス型でもある程度信頼性のある形で使えるかもしれませんが、それができないケースもたくさんあります。今回の新型コロナウイルスの状況もそうです。

必要なのは、ある程度演繹的なルールが入っているビジネスモデリングです。これと深層学習などのデータ指向型との組み合わせが主流になると思います。ここについてIBMはノウハウを持っており、お客様のエンジニアと共同で組み合わせの実現をご支援できると考えています。

分析結果にとどまらず、対応アクションまで提示する高度な自動化の事例

――インテリジェント・ワークフローとしてのAIの活用事例にはどのようなものがあるのでしょうか。

米沢 データ指向とモデル指向、2つのAIを1つの業務システムで使用して意思決定を行ったケースをいくつか紹介します。

1つは自動販売機の事例です。1台の自動販売機の中でも、どの商品をどの列に置くかで保管本数が変わります。また、商品がなくなると当然補充が必要ですが、なるべく同じタイミングで多くの商品がなくなれば補充はより効率的になります。この商品の配置は、これまで事業者の経験と勘を頼りに決めていましたが、インテリジェント・ワークフローを導入することで、補充作業の効率化に加えて訪問回数の減少も実現しました。

技術的には、需要予測に基づいて自販機の列の割り当てを最適化するもので、よく売れる商品は複数の列を割り当てるといったことをします。これにより、論理的には訪問回数を2〜3割削減できると見ています。自販機業界は人手不足が深刻になっており、このような効率化が解消の支援になると考えています。

もう1つは実行系の連携として、航空会社の個人別価格の事例があります。ビジネスクラスへのアップグレード対象者へ、それに必要な料金を提示する場合に、強化学習を利用して過去の履歴を参考に、なるべく高い料金でアップグレードしてくれそうな人をレコメンドするというものです。価格要因分析として、データマイニング技術を使ってコンバージョンに関連した因果関係の要因を特定し、低価格割引でコンバージョン率を向上させ、結果として収益率が改善するというものです。

――将来予測での事例はありますか。

米沢 金融業界の市場予兆の事例を紹介しましょう。複数の独自アルゴリズムを統合して市場の暴落予兆の確率を分析するという高度な例で、日米の株と債権の4つの商品のアセットを対象に用いて、“この市場状況なら株を多めに売る”“好調だから4商品とも買い足して大丈夫”といったレコメンドを出すというものです。

仕組みとしては、深層学習などデータ分析に基づく市場予測を行い、その予測に対して暴落のリスクが高まるといったアウトプットが出ます。さらにこの事例では、暴落が起きそうというアウトプットが出ると、売るのか、逆の方向に動く商品を買うのかといったアクションを明示的に出すという意思決定の推奨を試みています。

完全に学習するのではなく、ある程度はモデルとしてどういう場合にどういう判断をするのかを入れておき、強化学習を用いて最適なアクションを割り出します。人間はドライな判断が苦手ですが、“こういうときは、このアクションを取る”と学習して運用することで、人間のバイアスを排除した運用ができます。すでにレポートを出しており、トレーダーが参考にしています。

――インテリジェント・ワークフローを含む高度な自動化は、今後どのように広がっていくとお考えですか。

鈴村 これまでのAIによる自動化は単機能でした。インテリジェント・ワークフローでは複数の機能が絡むところに広がっていく必要があります。

ビジネスサイクルを縦軸に取り、対象領域を実行、管理、戦略とした場合、現在の中心は受発注、ヘルプデスク、製造自動化、経理処理といったビジネスサイクルの短い実行系の業務です。今後、サプライチェーン計画のようなサイクルが長い管理系、さらにはバリューチェーンの再構築、規制・リスク管理、パートナー戦略、開発・特許などの戦略系に広がっていくと予想できます。管理、戦略の領域は複数の情報を加味する必要があるため、現在人間がやっています。ここを自動化していくためには、単体のAIをつなげてインテリジェント・ワークフローとして流れるようにする必要があります。

このように、ファクトリーオートメーションのようなものは今後も継続して進みますが、これに加えてサプライチェーンの計画業務など管理業務へと広がるでしょう。また、細かいレベルの最適化から、組織・機能間をまたぐ活用が必要になるでしょう。

米沢 たとえば、ある石油元売会社は現在、IoTを利用してガソリンスタンドの在庫を確認して補充に行っています。インテリジェント・ワークフローの考え方を取り入れ、需要予測を加味してどの程度ガソリンが売れそうかを考えるとともに、近隣のガソリンスタンドを考慮して配送計画を立て、運送会社に指示を出すところまで一つのシステムで行うような例がすでに出てきています。

鈴村 意思決定の例に該当する最先端レベルですね。複数の要素を使い、データのサイクルも長いのでデータ量も少ない。データ指向のAIでは実現が難しいと言えます。

“透明性”をキーワードに、人とAIの協働で最適な改善を行う

――インテリジェント・ワークフローを取り入れ、さらなる価値を創造するためには、今後どのような考え方が必要になってくるのでしょうか。また、そのためにこれから解決していくべき課題としてどのようなものがあるとお考えでしょうか。

鈴村 さきほどデータ指向とモデル指向の説明で、ブラックボックスとホワイトボックスについてふれましたが、理解できる仕組みを構築することは、大きなポイントと考えます。データを入れたら結果が出てくるだけでは、工夫がありません。原因となる要素が分からなければ改善のしようがありませんし、競争差別化にもつながらないかもしれません。過去に依存するのではなく、進化・発展させるために透明性が必要です。

PoC(Proof of Concept:概念実証)から本番運用への移行がうまく進まないという話をよく聞きますが、ここを乗り越えるために4つのポイントがあると考えます。

1つ目は「オーケストレーション」で、SoR(System of Record)やSoE(System of Engagement)の仕組みとの連携です。AIのモデルが動くためには、これら実行系からのデータが不可欠です。また、この顧客にはこの商品を提案すべきというレコメンドがあったとしても、その後は人間がやるとなると中途半端な自動化になります。AIのモデルだけではなく、実行系にフィードバックしてつなげて動かすワークフローが必要です。

2つ目は、「モニタリング」です。AIのパフォーマンスのチューニングは人手に依存しているケースがまだ多いです。たとえばAIを利用した自動応答の場合、自動応答の成否の状況を人間が都度確認して、応答内容をチューニングしていたのでは運用に手間がかかり過ぎてしまいます。成否の傾向確認からチューニングの必要性判断まで自動で行うようなAI運用を支える仕組みが必要です。

3つ目はAIを作る「エンジニアリング」、4つ目は、AIの元となるデータを管理する「ナレッジ管理」です。これらについても、業務とシステムの作り込みが重要になります。

米沢 透明性という点で付け加えると、日本の製造業は歴史的に現場の人があれこれ考えながら最適化することを重視してきました。そこをAIに置き換えるとなると、これまではブラックボックスであったため、人が考えなくなるという危惧があったようです。しかしながらAIの時代ではお客様自身がAIを理解し、AIをブラックボックスにしない努力が必要であり、またそれができる時代となっています。これにより人と機械が協働しながら、自社に合った改善を行なっていく仕組みを構築し、よりオリジナリティのある価値を提供できる企業になることが求められるのだと思っています。