S
Smarter Business

ニューノーマルにおける真の自動化は、インテリジェント・ワークフローが実現する

post_thumb

岡部 武 氏

岡部 武 氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
コグニティブ・プロセス変革&B P Oサービス事業
パートナー 事業部長

日本アイ・ビー・エムに入社以来、20年以上に渡り、業務変革プロジェクトに従事。グローバルでの基幹業務・システム刷新プロジェクトを、コンサルタント・プロジェクト責任者として幅広く経験。構想からシステム構築、グローバル展開までEnd to Endの支援を実施。最近では、AI/Analytics、Blockchainを代表とする先進テクノロジーを活用した業務・社会変革を推進。

企業における自動化や効率化など、ビジネスにおけるデジタル化が加速した年となった2020年。新型コロナウイルス感染症(COVID-19/以下、新型コロナウイルス)の影響により人の動きが制限されたことが、その大きな要因として挙げられる。だが一方で、これまで主流とされてきた局所的な自動化では、まだまだ人の介在が必要なことも露呈した。

そこで日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)が提唱するのが「インテリジェント・ワークフロー」である。AIを活用してビジネス・プロセス全体をシームレスに連携し、さらには事業環境の変化にも柔軟に対応できる自動化を見据えた新たな概念だ。この概念に基づく変革により成果を上げる企業もすでに出てきているという。

新たな自動化・効率化に関する変革について解説するシリーズ「次世代のビジネスシフト オートメーションのその先へ」の2本目となる本稿。企業のデジタル・デバイド拡大が指摘される中、インテリジェント・ワークフローによるアプローチはどのようなものなのか。IBMのグローバル・ビジネス・サービス事業 コグニティブ・プロセス変革&B P Oサービス事業 パートナー 事業部長の岡部武氏に、事例を交えて語ってもらった。

外部環境の変化が高速化する中、求められる“真の自動化”

——新型コロナウイルスの影響により、世界的に大きな変化が起こった2020年ですが、現在のビジネストレンドをどう見ていますか。

岡部 企業には、労働力人口の減少や働き方改革の浸透などにより、限られた人材の有効活用、付加価値の高い業務に集中できる環境の整備などといった課題があります。これに加えて、市場競争が激しくなっているという外部環境の変化もあります。とはいえ、これらは新型コロナウイルスの影響が生じる前からのビジネス・トレンドです。

たとえば、米国を代表する企業500銘柄から算出される株価指数である「S&P500」を見ると、ある企業(銘柄)がリストに収録されている平均期間は、1964年で33年、これが2016年には24年になり、2027年には12年まで短縮されると予想されています。このように企業が置かれた環境の変化が高速化している要因の一つとして、需要と供給のバランスが挙げられます。需要に対して供給が増えており、特に、これまでの状況に比べて海外企業やスタートアップとの競合が増えているのです。

そのような変化に対して、これまでも企業には全社規模のDXなどの変革が必要と言われてきました。とはいえ、目先の業務課題解決に忙殺され、本質的な変革が進まないという状況が続いていたのです。

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大による影響は社会の全ての人に及ぶこととなり、企業には変革を促す強制的な流れが生じたのです。当該部署や関係者のみでなく全社員が否応無しに関わるものであり、そのため、全社規模の幅広い変革を全員で進めるという機運も高まっていると感じています。

——変革に向けた機運が高まっているとのことですが、変革のためにはどのような考え方が要なのでしょうか。

岡部 新型コロナウイルスの影響を受けて、多くの企業がその対応に動いています。そして、重要なことは、この機運をきっかけにして企業が自社を変革できるか否かであり、難しいのは、トップが考える変革を全社員にまで広げること、これまでの固定概念を捨て、常識に囚われることのない変化を根付かせることでしょう。

そのためには、これまでの変革とは違うアプローチを取る必要があるでしょう。バックオフィスではRPAの導入がすでに進んでいます。ですが、その多くは局所的に適用したに過ぎず、RPAにAIを組み合わせた自動化を「ビジネス・プロセス全体」に適用することができている事例はごくわずかです。たとえば、多くの企業が新型コロナウイルスの影響を受ける以前から取り組んでいるペーパーレス化も同様で、局所的にペーパーレスにしてもビジネス・プロセス全体を根本から効率化したり、新型コロナウイルス禍でリモートから全ての業務を遂行するのは難しい状況がありました。プロセスを分断する要素をなくす変革まで踏み込む必要があるのです。

一方、それを支えるテクノロジー側を見てみると、AIが急速に発展しています。人の言葉を理解する、データから学んで将来を予測する、そして意思決定のための支援までカバーできるレベルになっています。テクノロジーの発展を活用することで、組織を横断して複数のテクノロジーが相互に連動する世界が可能になりました。

先述の通り、このようなAIを代表する先進テクノロジーを活用してビジネス・プロセス全体を連携するワークフローを、IBMでは「インテリジェント・ワークフロー」として提唱しています。この概念に基づいたワークフローによる成功体験を持った企業は主に海外に多いのですが、最近は日本でもその動きが盛んになってきたと感じています。

インテリジェント・ワークフローの適応によってもたらされる効果

——インテリジェント・ワークフローに基づいた変革は、これまでの自動化とどう違うのでしょうか。

岡部 インテリジェント・ワークフローとは、AIなどのテクノロジーを活用し、変化に対して柔軟な業務の遂行を行うという概念です。キーワードとして、「横断的」「動的」「人間的判断の自動化」の3つが挙げられます。

「インテリジェント・ワークフロー」を3つのキーワードから解説した記事はこちら
『AIとの関係が人の仕事を次世代に導く——新たな業務自動化“インテリジェント・ワークフロー”の全貌とは』

出典:IBM

キーワード:横断的
自動化の対象を、組織を横断したプロセスに適用することで、人の介在を無くす、あるいは最小限に抑えることがこれまで以上に可能になります。多くの場合、その企業のメインであるビジネス・プロセスはきれいにシステム化され、滞りなく流れています。一方、それ以外のビジネス・プロセスについては、規模が小さかったり投資コストに見合わなかったりという理由から、定型化できるものをRPAで局所的に自動化しているというような状況です。そして、人の介在の大部分は、このようなメインから外れたプロセスにおいて生じています。

たとえば、サプライヤーから請求書が届き、金額が自社で管理している情報とは違う場合は確認作業が必要になります。「サプライヤーの担当者は誰」で「何を連絡すればよいのか」といったことを、俗人的に暗黙知でやっているのです。あるいは、会員種別などで多数のキャンペーンを同時に走らせているクレジットカード会社において、キャンペーンの組み合わせによってワークフローの種類が無尽蔵に増え、しかもそれが刻々と変化する。このような状況下において組織を横断する一連のワークフローを間違いなく数珠繋ぎするには、熟知した人の判断、サポートがこれまでは必要でした。

結果、ビジネスの流れがそこで中断してしまうのです。このように、これまで明確にルール化できておらない部門や組織をまたぐプロセスにおける課題を、インテリジェント・ワークフローの導入により解消します。

キーワード:動的
ルールやプロセスを固定化して運用するのではなく、事業環境の変化や当該事象の洞察に応じて動的に変更し、柔軟な運用をするということです。新たな思考パターンや事業環境を認識し、新しく定められた法令やルールに対応し、既存ルールとの調整を経て新しいルールとして最適化し・運用する、というサイクルを回します。

たとえば、クレジットカード会社にとって大きな問題である不正請求。これまでは、何らかの攻撃や不正行為が起きてから対応していた、後手に回ってしまうことが多かった分野です。しかし、AIが攻撃や不正行為のパターンを機械学習し認識の精度を上げ、最適化したルールを自動的に作成して対応をとることが可能になります。さらに、疲れ知らずのAIによってシミュレーションが豊富に実施できるため、攻撃の前に脆弱性を検知して未然に防御することも可能になりました。これらは当然、自動化による効率化はもちろん、高速化のメリットが得られます。

キーワード:人間的判断の自動化
お客様との対話におけるAI活用による自動化があります。問い合わせの内容を担当者と一緒にAIが認識して、それに対する回答例をシステムの中から引き出します。チャットのようなネット上で動くシステムだけでなく、電話による通話もその対象となります。

これは海外ですでに実装されている事例ですが、たとえば、「〇〇までに納品できますか?」と問われた場合は、即座にAIが調べて回答を示唆したり、出荷停止や遅延が生じればAIが原因を調べ解決したりというところまでやります。さらに、その停止の理由が与信限度の超過であれば、AIが再判定に回すなどのプロセスを裏で回しながら、自社の担当者には理由と見通しを提示することで、担当者が素早く説明できるといったこともできます。従来は人があちこちに問い合わせて処理してきたことですが、インテリジェント・ワークフローを適用することでスピードと顧客満足度が大きく改善しているのです。

従来のRPAだけでは、電話の会話を理解してビジネスプロセスを柔軟に回す、事業が置かれた市場や環境などの状況を判断して適切なルール作成やプロセスを選択する、といったことはできません。これを可能にする仕組みであることがインテリジェント・ワークフローの特徴と言えるでしょう。

——インテリジェント・ワークフローの導入によりどのような効果が得られるのか、事例を交えて教えてください。

岡部 日本の保険会社・A社が、営業活動でインテリジェント・ワークフローを導入している事例をご紹介します。営業担当は、自分の業務時間をどの業務に振り分けるのかが成績に大きく影響します。そこでA社では、AIがアシスタントのように営業担当と一緒に活動しながら最適な行動を提案するという仕組みを構築しました。

出典:IBM

具体的には、営業担当はAIが入ったタブレット(携帯できるデバイス)とともに営業に行きます。訪問先でAIは、担当とお客様との会話を認識して学習しつつ、いただいた質問があれば迅速に検索して答えを示唆することもできます。そして、その場の営業活動をAIが認識しながら、データとして蓄積された自社の営業サンプルやお客様のステージなどと照合し、次のアクションとして、「さらなる提案を進めるべきなのか」「今日はここまでの提案として区切り、次回へつなげるのか」といった最適案を導き出すのです。

営業は「人の活動そのもの」が主軸であり、定型化やデータ化が難しい分野です。これまでは成績の良い営業担当が暗黙知として行動してきたことが、インテリジェント・ワークフローの導入によりデータ化が進み、そこから示唆や洞察が導き出され、その内容を自社の営業活動へフィードバックすることができます。A社の場合、そのようなPDCAサイクルを回すことで成約率の150%増を達成しました。これは、インテリジェント・ワークフローに基づいた新しい変革を進める企業と、従来の変革を続けている企業とでは競争力に差が出ることに他ならないのです。

組織を超えたビジネスプロセス連携の実現に向け、IBMができる3つのこと

——インテリジェント・ワークフローに基づいた変革に向け、どのような障害が考えられるのでしょうか。

岡部 インテリジェント・ワークフローにおいては、局所的な変革だったこれまでのアプローチを変える必要があります。ビジネス・プロセスが単一の部署や自社組織だけ完結することは稀で、関係するサプライヤーや業界など、組織をまたいだエコシステムを見据えて変革を進める必要があるでしょう。そして、そこが大きな課題であり、障害となり得ると考えています。

出典:IBM

ブロックチェーンを活用した変革がいい例ですが、グループ企業、さらには業界を巻き込んだサイズへ拡大して情報を共有し、ビジネス・プロセスをつなげています。また、そこで重要なのは、変革する業務を自社単独のオペレーションとして捉え、単にデジタル化・自動化するのではなく、社外も含めた一連のオペレーション変革と捉え、エコシステムを支える関係者が利益を享受する変革をプランニングしていくことです。

たとえば、自社にとっての「支払い」は単なる1オペレーションですが、その先には「入金」を行う取引先がおります。インテリジェントワークフローを活用し、自社の支払業務に限らず、取引先の入金業務も効率化できれば、取引先の満足度向上やシステム投資コスト負担軽減など、変革効果はこれまでのデジタル化・自動化とは比べ物になりません。例えば、業界で共通の課題点を一緒に解決するといった考えも有効です。

——企業は、インテリジェント・ワークフローに基づいた変革へどのようなアプローチを取ることができるのか。また、そこでIBMはどのような支援ができるのでしょうか。

岡部 IBMはお客様のパートナーとして一緒に変革に取り組みたいと考えています。その上で、アプローチを踏まえて大きく3つの支援ができると考えています。

1つ目として、IBMはビジネス・プロセスをお客様と一緒にデザインします。多くの業界における実績と具体的な業務知識を蓄積しており、また、変革をサポートしてきた経験も豊富です。そのため、お客様とは違う目線で「この技術を活用すればこんな世界を目指すことができます」といったご提案ができると考えています。

2つ目は、コンサルティングおよびデータ・サイエンティストと一緒に取り組みます。仮に、車をIoT化させてセンサーを搭載したとしましょう。センサーが「振動している」というデータを収集しても、専門家でない限り何の振動データなのかわかりません。山道だからなのか、車の中で子供が遊んでいるからなのか。

同様に、ビジネス・データの分析においても専門家が必要なのです。IBMのデータ・サイエンティストは現象を結びつけて、データから意味を見出すことをお手伝いできます。営業活動の高度化・効率化のサポートを行うにしても、最も効果が出るためには訪問すべきか、もしくは他のアプローチでいくべきかなど、現状のデータを分析して実績に裏付けられた洞察を組み込むことができるのです。

3つ目は企業カルチャーに関するフォローです。変革は企業カルチャーに根付かせる必要がありますが、ここが最も難しいかもしれません。

AIの示唆は多くの場合で人のそれよりも精度が高いのですが、ビジネス上の意思決定となると、人はAIよりも社員(人)の意向を重んじることが多い印象です。ここに関するハードルは非常に高いので、IBMが持つ豊富な知見から、企業カルチャーを踏まえた適切な支援も合わせて行います。

このように、新しいプロセスをデザインし、これまで収集しても活用が難しかったデータからも洞察を引き出し、それを成果に結びつけるために必要なカルチャーを企業に根付かせる。この3点を軸とした変革アプローチを実現できる人材がIBMには揃っていると自負しています。

局所的なポイントの変革を実現するITソリューションは多々ありますが、インテリジェント・ワークフローに基づく変革は、ITだけを導入して終わりという性質のものではありません。課題を抱えており、やりたいと思っていることがある——つまり入口と出口がわかっているとしても、その道筋であり過程をどうつなげるのかという部分が重要なのです。

実はIBMにも1990年代に、それまで主軸としてきたハードウェア事業が行き詰まり、大きな変革を実行して成果を上げてきたという歴史があります。IBMは自身の変革からもノウハウやスキルを蓄積していきました。

日本における多くの企業は、スタートアップのようにゼロから創り出すのではなく、企業の歴史とともにこれまで育ててきた既存の企業基盤を前提に変革していくことになります。これは時に変革の阻害要因になります。そのため、同様の歴史を持つIBMがご支援できることはたくさんあると思います。やり方はいくつかあるでしょう。インテリジェント・ワークフローという概念のもと、お客様にとって最適な道筋を一緒に探していきたいと考えています。