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ESG経営時代に企業価値を高めるため、CFOが果たすべき新たな役割

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*新型コロナウイルスの拡大防止に最大限配慮し、写真撮影時のみマスクを外しています。

武貞 嘉孝

武貞 嘉孝
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部

大手通信会社を経て、2017年に日本IBM入社。経理・財務領域のデジタル・トランスフォーメーションに係るコンサルティング・ビジネスをリード。最近は、見込み・予測・データ・ドリブンといったテーマでの管理会計・経営管理の高度化を多数支援する中、非財務データの経営管理への取り込みについても提言を進めている。

企業価値を測る観点として近年注目されているESG経営への取組み。ESG投資が進む中、かつて企業価値の大部分を占めていた財務指標に加え、環境への取り組みや社員満足度、女性管理職の割合といったESG経営を構成する要素が重要視されてきている。こうした現状を踏まえ、財務部門の責任者であるCFOは、自社のESG課題を解決し、新たな企業価値を創出するために何をすべきなのか。

CFOに求められる新たな役割と、ESG経営を目指す企業に対して日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)が提供できる支援サービスについて、IBMコンサルティング事業本部でファイナンスのコンサルティングを担当する武貞嘉孝に語ってもらった。

ESG投資への機運の高まりが企業の変革を促す

*新型コロナウイルスの拡大防止に最大限配慮し、写真撮影時のみマスクを外しています。

――最近ビジネスにおけるグローバルな動きとしてESG経営への関心が高まり、それに伴って日本企業も、新たな企業価値の創出という課題にさらされています。背景にあるものは何でしょうか。

武貞 ESG経営が注目されている理由として、切っても切れないのが投資家との関係です。国連が提唱するSDGsに象徴されるようにサステナブルな社会への変革が求められている中で、企業も環境(E)や社会(S)、ガバナンス(G)といったESG課題に取り組む必要に迫られています。一方で投資家も企業を評価する際に、従来のBSやPLといった財務情報だけにとどまらず、非財務情報であるESGの情報を重要視するようになってきています。海外のファンドや国内の年金ファンドは、こうしたESGの情報を実際の投資判断に活用しています。自社の価値を認めてもらうにはESG経営というキーワードが切り離せない。今はそういう状況にあると思います。

日本の場合ですと、ESG投資への機運が高まり始めたのはだいたい2015年くらいからです。もちろん、それ以前からESG経営という観点での投資は投資家の間では活用されてきたのですが、GPIF(年金積立管理運用独立法人)に代表される著名な機関投資家がESG投資に動いたことで、日本でも一気に認知度が上がりました。

ESG経営により拡大する、CFOとファイナンス部門の役割

――このような社会的変化が起きている中、財務部門の責任者たるCFOの役割も変わってきているのでしょうか。

武貞 日本企業の財務というと、昔は経理の職人さんがやっているイメージでした。現在では役割分担が拡大し、テクノロジーを用いたファイナンスの業務効率化や意思決定の高度化など、データドリブン経営に貢献するバリュー・インテグレーターとしての活躍が期待されるようになりました。企業価値を高めるためには、CFOや財務部門が経営の意思決定に参画し、IRを担うなどして自社の価値を最大化していくべきだと言えます。

その際、CFOが見るべきは基本的には財務部門がメインなのですが、財務情報だけを見ていればいい時代は終わったと考えていいかと思います。企業価値の物差しは時代によって変化します。企業の価値を見ていると、だいたい1980年代まではTangible Assets(有形資産)が半分以上を占めていましたが、2020年はわずか10パーセントにまで後退しました。残りの90パーセントは非財務情報であるIntangible Assets(無形資産)が占めています。

このように非財務情報が企業価値を大きく変える重要な要素となっている現在、それをCFOもコントロールしていく必要があります。そのためには企業としてガバナンスがきちんと統制されていることが大事です。CEOや他のエクゼクティブと協力して企業価値にインパクトを与える。そういう観点で経営に参画していく姿勢がCFOには求められています。

――日本企業はどのような状況にあるのでしょうか。

武貞 CFO組織の役割でいうと、やはり財務表にフォーカスし過ぎという実情があります。投資家がESGを重視しているのに対し、そこにうまく情報提供ができていないのです。ESGへの取り組みを積極的に開示している会社もいくつかはあるものの、残念なことに開示のための開示で終わっている会社が多いように見受けられます。

開示はしても、それが企業価値につながっていないわけです。取り組みにどういうインパクトがあるのかを、ロジカルに体系立てて説明することができていない企業が少なくありません。その結果として、日本企業の企業価値が伸び悩んでいる現状があると言えるでしょう。

企業価値を高めている企業が実践する情報開示

*新型コロナウイルスの拡大防止に最大限配慮し、写真撮影時のみマスクを外しています。

――情報の開示により企業価値を高めている企業の場合、それをどのような方法で成し得ているのでしょうか。

武貞 欧米でも日本でもESG経営に先進的な企業は、もともとは定性的な情報であるESGをファクター別に捉えて、定量的に情報開示するといった試みをしています。例えば「従業員満足度が○パーセント向上すれば営業利益がいくら上がります」「女性管理職の割合が○パーセント上がれば○年後に○パーセントの営業利益にヒットするでしょう」といったように情報をデータ解析して数値化することで、投資家の間で高く評価されています。

ここまで進んだ企業はまだ数えるほどです。ただ国内でも、製薬会社、製造業、金融機関、保険会社などで、IRを通じてサステナビリティーの中長期化などを可視化する、自社のマテリアリティー(重要課題)を統計の中でKPIとして設定してトレースする仕組を作るなど、開示のためにさまざまな取り組みを行っている会社が増えてきています。

弊社のお客様である大手金融機関からは、自社の取り組みだけでなく、「ESG投資を判断する際に投資先にどういった改善を求めていけばいいのか、その基準となるガイドラインを作りたい」といったご相談を受けたりしています。

――ESG経営へ舵を切りたいが、何から手をつけていいのかわからない。そうした課題を持つ日本企業のCFOがすべきことは何でしょうか。

武貞 1つ目はさきほどもお話させていただいたように、自社のマテリアリティー(重要課題)の特定をしていただきたいと思います。そして、ESG課題の中で自社の企業戦略に紐づくと思われるものを特定し、定性的にではなく定量的に評価し、情報開示することが重要です。これは企業、業界、地域によって特有の指標があるので、自分たちの取り組むべき課題を精査していくことが必要となります。

2つ目に、マテリアリティーを特定したら、それをどう経営にコミットさせていくか。一つの例がKPIにしてプロセスの中に組み込むことです。毎月の経営報告でKPIを共有し、それについてCFOも含めたメンバーで議論するなど、PDCAサイクルを回すような仕組み作りが求められます。

3つ目に、こうした仕組みができたら、それをレポートにして外部に公開する。ESG課題と企業価値の関係を投資家やステークホルダーにきちんと理解されるような内容にして、相手にとって信頼に足る情報源として提示する努力が必要です。

IBMがワンセットで提供する支援サービス

――このような状況で、IBMにはどのようなことが企業から期待されているとお考えでしょうか。

武貞 IBMのファイナンスのコンサルティング部門では、以前からお客様の経営管理の業務変革についてご支援をさせていただいてきました。具体的には、業績管理、KPI設定、それらのモニタリング、意思決定プロセスや仕組みの変革といったことを、テクノロジーを活用しながら取り組んできました。そこに近年ではESGの観点がプラスされて、財務情報はもとより、非財務情報のデータを収集管理するデジタル経営管理基盤が求められています。そこで必要となる経営体制の構築をIBMとしてご提案させていただいております。

もう一つ弊社が貢献できるであろうと考えているのが、企業価値とKPIの結びつきです。さきほども例に挙げたように、従業員満足度が営業利益にどれだけ結びつくかといった分析を行い、過去のデータまで掘り下げながら現在の企業価値を創出するといったデータ・サイエンティスト的な分析業務、統計的な業務を他のサービスとすべてセットでご提供します。

これらがIBMの強みであり、お客様にとってのバリューになると考えています。特に企業が最初に取り組まねばならないマテリアリティーの特定については、IBM自身が取り組んできた実例があります。そのため、どういった指標が必要なのか、どういった観点でデータを取ってくるのか、きめ細かいお手伝いができるのではないかと自負しております。

――企業がESG経営へと変革していくうえで、CFOや財務部門で担当する人材に大切なものとは何でしょうか。

武貞 お客様と話していていつも感じているのは、物事を変えるにはパッションが必要だということです。企業様自身が、ESG経営に取り組みたい、企業価値を高めたい、そのために開示を厚くしたいという思いがないとなかなか前には進まないものです。

一例を挙げると、お客様から温暖化ガスの排出のデータを集めたいというご相談を受けたとします。データを収集するのはいいとして、それがはたして自分たちのやるべきことなのかどうか、企業価値にどう結びつくのかといった部分を担当者が理解していなければ、ただ情報を収集して開示するところで終わってしまいます。そういったケースだと取り組み自体もスピード感に欠けてしまいがちです。自分たちが自社の企業価値を創る、自分たちがバリュー・クリエイターなのだという意気込みを持って、うまく社内を巻き込みながら進めていかないとプロジェクトは成功しません。成功している企業は、CFOや財務担当者が非常に強い情熱をもって取り組んでいます。

――企業が変革するにキー・パーソンとなる個人が重要というのは、非常に示唆的なお話ですね。

武貞 CFOという財務に明るいリーダーがイニシアチブを握って社内を引っ張っていくことが必要だと思います。弊社でもご相談があった際には、お客様ご自身が会社をどう変えていきたいのか、その思いを聞く場をセッティングしたり、IBMにできることをお伝えする場を設けたりしております。そうすることで、お客様ご自身にあらためて自らの目標を認識していただき、それと向き合っていただければと願っています。

どんな企業にもビジョンがあり、ありたい姿があるはずです。ESGのファクターには、そうした企業の哲学に密接に関わってくるものが少なくありません。そこで浮かび上がった課題をクリアにしたり取り組みを可視化したりすることが、結果的に売上や利益につながっていくのではないでしょうか。

IBMとしては、投資家にとって魅力的な価値のある企業になるために、環境への配慮や社員の待遇など定量化しにくい情報をデータ化し、それがもたらす将来的な利益まで可視化するお手伝いをする。それによって、CFO関連で働く皆様とともに日本企業のESG経営への変革に貢献できれば幸いです。