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THINK Business

製品開発におけるデジタル変革の実現に向けて

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後藤 禎

後藤 禎
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業
コグニティブR&Dソリューション
アソシエイト・パートナー

3DCAD(CATIAなど)やPDMを用いたPLM・設計改革適用支援に従事。2006年よりIBMにてシステムズエンジニアリング(MBSE)のチームに参加。モデルベース開発とALM領域のコンサルティングを行なっている。近年は設計開発領域へのAI/Cognitive適用支援へと展開している。

 

「つながる車」や自動運転車に代表されるように、“モノとモノ”や“モノとコト”がつながることで新しい価値を生み出す「Connect」の時代が到来し、製品開発は複雑化している。また顧客ニーズの多様化により製品のライフサイクルは短くなり、付加価値の高い製品を競合他社に先んじて市場に送り出すことが求められている。これにより、製品開発におけるソフトウェア開発の占める範囲は増加し続け、内容も高度になる一方だ。

こうした背景から開発の現場では今、システムズエンジニアリング・プロセスの全体最適と一層の効率化が急務となっている。その解決に向けて最も重要な施策の一つとなるのが「システムズエンジニアリングのプロセスのデジタル化」だ。

新たなビジネス機会の獲得に向けて、製品開発の方法やプロセスが大きな転換点を迎える中、日本のものづくりの製品開発力をさらにステップアップさせるシステムズエンジニアリング・プロセスのデジタル変革を支援する日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)のソリューションを紹介する。

複雑化するシステムへのアプローチ:システムズエンジニアリング

今、自動車やエレクトロニクス製造業で製品開発に携わるお客様の多くが、複雑多様化する要件に対して、限られた期間と人員で開発を進めることに、これまで以上に難しさを感じているのではないだろうか。

変化のスピードが増していることに加え、モノがネットワークに接続することで、つながる社会の変化の影響を受けやすくなっている。複数の異なるシステムが互いに複雑な関係性を持つ「システム・オブ・システムズ」という話は以前からあったが、複雑化が増すにつれて影響が分散している点が非常に重要だ。開発において、多様な顧客ニーズや、法規制・ガイドラインに対応していく中で、変化の影響をいかに把握して、影響を抑え込んでいかれるかが課題となる。

こうした開発現場の課題を解決するカギとなるのが、「システムズエンジニアリング」だ。国際システムズエンジニアリング協議会「INCOSE」は、システムズエンジニアリングを「システムを成功させるための複数の専門分野にまたがるアプローチと手段」と定義している。複数の専門領域にまたがる多様な価値を考慮しながら、全体最適を実現するためのアプローチだ。もともと宇宙・航空分野を中心に導入が進められ、欧米では一般的な製品やシステムへの適用も進んでいる。

システムズエンジニアリングでは、目的の実現に向けてシステム全体を俯瞰して、その構成要素の関係性をどう作り上げていくかがポイントになる。慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科の白坂成功教授は、「全体と構成要素間の相互の関係性を認識し、外部とのどんな関係性で今これが成り立っているかを考えて、ものをつくることが重要だ」と話す。たとえば自動車の自動運転システムでは、センサーの進化や法制度の変更がしばしば起こると予測される。その際にシステムを全部作り替えずとも、何が変化するのか、どこから分岐するのかを考えれば、変化対応を予めアーキテクチャーに埋め込むことが可能になる。

さらに複雑化する製品の設計開発をより効率的に行う手法として「モデルベース・システムズエンジニアリング(MBSE)」も注目を浴びている。MBSEはシステムズエンジニアリングをモデルという共通言語を使って行うものだ。モデルで関係性が記述されていれば変化の影響がどこに及ぶのかを理解しやすくなる。

急がれるデジタルを活用したシステムズエンジニアリング・プロセスの構築

前述のとおり、顧客ニーズが多様化し、経済の不確実性が高まり、課題が複雑で解決困難なものとなった現代において、一社単独で競争力あるイノベーションを実現することは困難になってきている。既に欧米では、多様な主体がデジタルでつながり、データを共有することによって企業間の共創を促進し、新しい価値創造を進めている。こうした共創を実現する基盤となっているのは、データを共有し各企業の作業を最適化していくITソリューションだ。

しかし、組織内のエンジニア同士のすり合わせや直接のコミュニケーションを重視する従来のスタイルから脱していない日本の設計開発現場では、製品開発分野でのデジタル変革が欧米に比べて遅れている。昭和や平成の時代に形づくられた、優秀なエンジニアが個人の努力により、表計算ソフトを駆使してエンジニアリングの要件や仕様をまとめ、修正するという個人のモチベーションに依存したプロセスをそのまま維持している企業が多いのが実情だ。

こうした中、今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大は日本の製品開発プロセスにも大きな影響を与えている。以前とは異なり「社内外・国内外で人の移動が制限される」状況下で、ビジネスを継続し、新製品開発のパフォーマンスを向上するための開発基盤の構築が急務といった新たな課題対応に迫られている。

エンジニアリング業務のデジタル変革のキーポイント

デジタル変革とは「デジタル技術とデータの活用が進むことによって、企業の業務プロセスの自律化・自動化が進み、複雑な問題を解いていく力をつけること」であるとすれば、エンジニアリングにおけるデジタル変革のキーポイントは「全プロセスを通貫するデータソースを用意すること」であると言えよう。

IBMでは製品開発工程全体で最適な意思決定を行うための開発情報管理基盤として「IBMエンジニアリング・ライフサイクル管理(ELM)」ソリューションの提供と拡張を進めている。要件管理ツールのDoors Nextやアーキテクチャー・ソフトウェア設計を支援するRhapsodyといった各工程を支える製品を同じ情報基盤に載せて、エンジニアリング業務全体をデジタル化する、“器~データ共有基盤~”をつくることを目指している。そのために文章やモデルもしくは実験検証データなど様々な情報を扱う製品群を統合し、常に信頼できるデータソースを提供することがお客様にとってのメリットになると考える。

また、エンジニアが複雑性に対応した製品を開発するためには、多様な面からシステムを見て管理できる必要がある。プロジェクト計画、詳細タスク、エンジニアリング成果物を一元管理してトレーサビリティを確保するとともに、ソフトウェア開発環境のアーキテクチャーを総合的に整えていく。

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出典:IBM

以下、具体的なエンジニアリングプロセスがデジタル変革によってどう変わるのか、その効果を見ていこう。

エンジニアリング業務のデジタル変革の構築手法

まず要件定義からスタートするが、ここで顧客要求を正確にとらえて的確に定義づけられるかどうかがプロジェクトの成否を左右する。要求管理ツールのDoors NextではIBM Watsonを使った、要求仕様の品質をチェックする機能(Request Quality Assistant:RQA)が用意されている。RQAにはINCOSEのガイドラインを予め学習させてあり、記述された要求の冗長性や曖昧さなどをスコアリングし、要求品質の向上に役立てることができる。

設計においては、Rhapsodyで要件仕様に対する機能のモデルを記述し、製品のアーキテクチャーを定義し、シミュレーションまでを行える。つまり、試作品をつくる前に設計の妥当性を確認しながら進められる。お客様にアーキテクチャーに関する意見を求める場合、情報をPDFやWordのレポートとして出力することもできる。

また派生開発の場合に既存の開発成果物をコピーして進めるが、原本とコピーの間で要求変更が発生すると、変更を追跡することが難しくなるケースがある。デジタル化によって開発成果物全体のバージョン管理、派生管理が容易になれば、ヌケ、漏れ、誤りを軽減できる。

テストではテストケースの情報、担当者、進捗状況、実行結果を一連の情報として記録・管理する。従来はノートや表計算ソフトに記述していたところが、このツール内だけで完結できると同時に、ツールによるテストの完全自動化も可能だ。

そして、デジタル化の最大のメリットは開発成果物を一元管理し、常に最新の形で共有できることだろう。成果物の情報はリンクという形で保持され、トレーサビリティを確保する。データベースに保管された構成管理や開発データの情報は、ツールをまたがった形で可視化されているのだ。たとえば、途中でバグが発生した場合、バグチケットに関連するさまざまな開発成果物の情報をリンクとして登録することで、影響が出るところをビジュアル表示で特定できる。さらに昨今のテレワーク需要にも対応可能だ。ELMはもともと大規模分散開発、グローバル開発に適したものだが、その機能はリモート開発にも適用できる。ワークフロー管理(Engineering Workflow Management: EWM)機能によって開発者の作業タスクの管理を行うと同時に、プロジェクトメンバー間のオンラインでコラボレーションも支援する。

なお、いずれの機能も画面上で直感的に使用できる。たとえば、リーダーが作業タスクを整理し、開発担当者をアサインする場合、画面上にある作業タスクを担当者にドラッグ&ドロップするだけだ。進捗管理は、ダッシュボード画面で、グラフなどわかりやすい形で全体の状況を確認できる。もし進捗に問題があれば、リーダーは各開発担当の状況を見て作業をアサインし直す。こうしたPDCAサイクルをELMで効率的に進めることができる。

拡大し続ける複雑性とスケーラビリティに応える「IBM Engineering Lifecycle Management(ELM)」

上記のような変革を実現するのが、IBMのELMだ。ELMは、製品開発の全ライフサイクルを通じてプロセスを効率化し、開発力を強化する業務変革支援ソリューションだ。かつてない複雑さやスケーラビリティに対応する現場の作業負荷を軽減すべく、テンプレートやレポートを用意している。提供する機能の概要は次のとおりだ。

要求管理: 設計構想をもとに仕様・要件を整理する。要求記述にIBM Watsonの自然言語解析機能を組み込み、仕様・要件の品質をチェックさせることができる。

設計開発: MBSE機能により、効率的なモデリングおよびコード生成、開発者同士の的確なコミュニケーションを支援する。

テスト: テストケースの作成、自動実行ツールにより、テスト工数削減とテスト品質向上に貢献する。またテストで発見された不具合の影響分析も行える。

アジャイル: スクラムやセイフ(SAFe)といったアジャイル開発方法論を運用する機能を備えている。

製品の派生管理: 対象マーケットの違いやグレード違いなど、製品開発プロセス全体の派生管理を行える。開発全体を効率するとともに、仕様変更・設計変更時に迅速に影響分析を行える。

PLM連携: 業界標準のデータ連携インターフェースにより、PLMツールとの連携を実現する。

ダッシュボードレポート: 製品開発プロセス全体の管理として開発状況を多角的に確認することのできるダッシュボードやレポートを提供。作業と成果物を紐づけ、開発の透明性を実現する。

 

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出典:IBM

AIを活用したエンジニアリングの自律化に向けて

一方、IBMはそうしたツール群だけではなく、上流からの分析を行うユースケース分析支援をはじめ、エンジニアリングの手法も同時に提案する。特にソフトウェアに関係する部分のコンサルティングを交えながら、お客様の開発現場へのシステムズエンジニアリングの適用を総合的にご支援している。システムズエンジニアリングは開発手法・考え方を理解せずにツールだけを導入しても効果が出にくい。方法論とツールを併せて提供するとともに、どのような目的で何に適用するかを考えながら進めることをお客様にお勧めしている。

さらに、IBMは効率的かつ効果的なデータ管理・活用にも注力している。たとえば、要求仕様管理にエキスパートのナレッジを学習させたAIの機能を活用して仕様品質の向上を図ったり、各ダイアグラムをチェックして信頼できるデータをつくっていく。また過去の事例やエンジニアの暗黙知を活用できるナレッジシェアシステムの開発も手掛けている。そうした先進技術を取り入れた複雑性を解くためのシステムズエンジニアリング基盤の確立を我々は今後も取り組んでいく。IBMリサーチのメンバーと共同で、新しい技術を採り入れながらお客様に提案をしていくのも我々のミッションの一つだ。

コロナ禍でリモート分散環境での開発に迫られている現在、お客様がこれまで進めてこられた開発プロセスとそのデータ、および履歴情報などの管理の考え方を見直し、見える化に取り組む良い機会なのではないだろうか。今後、製品開発がますます複雑になっていく中で、データをあとから迅速にトレースできる環境、製品のライフサイクルの最初から最後まで機能安全や規制への対応が組み込まれているデジタルプロセスの必要性を、新たな目で考えるきっかけにしていただければ幸いだ。

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