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「不確実を確実にする」デジタル時代のコグニティブ経営

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関根 亮太郎

関根 亮太郎
日本アイ・ビー・エム株式会社
戦略コンサルティング・グループ
アソシエイト・パートナー
 

日本アイ・ビー・エム株式会社 戦略コンサルティング アソシエイト・パートナー兼慶應ビジネススクール (MBA)「デジタルテクノロジーと経営」 非常勤講師。外資系コンサルティング会社数社において、事業戦略、既存事業の変革、マーケティング戦略、IT戦略など幅広いテーマを担当。13年のコンサルティング経験を持ち、戦略立案のみにとどまらず、クライアント企業の経営改革の改革推進、定着化まで一気通貫で支援することに強みを持つ。2014年にIBMに参画後、近年はブロックチェーン、AI/アナリティクスなどの先端テクノロジーを活用した新規事業立ち上げ、国や業界を超えたグローバル・エコシステムの形成、企業がイノベーションを起こすための仕組み作りなどに従事。社外においても、国際連合における国際会議の場への登壇、慶應ビジネススクール、東京大学における講義などを通じ、デジタルテクノロジーの社会への適切な普及に向け、積極的に活動している。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19/以下、新型コロナウイルス)は、社会や経済、企業活動にかつてない物理的制約をもたらし、多くの混乱をもたらした。その中で、大きく業績を伸ばした企業は、GAFAなどのテクノロジー企業に代表される。彼らは外部/内部のデジタルデータを駆使することで、社外/社内の物理的制約や新型コロナウイルス下の不確実性を乗り越え、安定的なキャッシュフローを創出している。

このような中、さまざまな企業において、DXの取り組みが加速化している。とはいえ、日本企業は、個々の事業の有する権限が強いため、「部分最適」になりがちで、経営全体における「全体最適」を苦手とする傾向がある。これが、DXによる事業価値を十分に享受する上で、将来的にボトルネックとなり得る。本稿においては、DX時代における事業・経営・テクノロジーの関係性の在り方を示すとともに、それを支えるコーポレート機能について述べる。

不確実性の高い時代を生き抜くために

デジタル技術は既存のビジネスの在り方を大きく変えるだけでなく、新型コロナウイルスの影響による物理的な制約下においても、デジタル上の接点を通じて顧客や従業員との関係性を維持するなど、社会や経済、事業の「持続性」の観点からも非常に有用な技術であることが示されてきている。

現に、GAFAと呼ばれるデジタルの巨人達は、非接触下における物資のデリバリーや、新型コロナウイルスの感染推移情報を迅速に提供するなど、デジタル技術を活用して、我々の日々の社会・経済活動が止まらないように、迅速な対応を行った。このような事実は、デジタルの持つ情報流通の力を改めて証明することになり、全ての業界におけるDXを加速化させてきている。

一方で、既存企業にとっては、デジタル技術の広すぎる可能性や、展開のスピード感、各種法規制への適応状況など、いつ、どこで業界が変革されるのかを予測することは難しく、今は不確実性の高い「VUCA時代(※)」とも呼ばれている。このようなVUCA時代に対応するためには、当然ながら社外/社内に存在するデータを広く取得・分析することで、機動的、かつ拡張性のある事業展開を行うことだ。そのために必要な第一歩として、筆者は「データ」を中心に、「事業」と「経営」と「テクノロジー」の3つの位置関係を再定義する必要があると考えている。

※Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字から、そう呼ばれる。

事業価値を創出する「ビジネスオペレーションPF」とそれを支える「テクノロジーと経営」

従来は、経営の下に事業が存在し、それを支える機能、それを支える手段としてのテクノロジー、といった階層構造を成すケースが多かっただろう。企業は非事業資産を含む「企業価値」の最大化に努め、ROE(自己資本利益率)などの指標も用いて株主価値の向上に努めていた。しかしながら、GAFAに代表されるプラットフォーム・ビジネスが生み出す機動性及び拡張性は、投資家の興味を、プラットフォーム事業そのものが生み出す事業価値とキャッシュフローに移した。自社の資産(運転資本/固定資産)を最適活用して利益を最大化させるという意味で、ROIC(Return On Invested Capital/投下資本利益率)や、アクティブ・ユーザー数などのオペレーショナル(基幹業務)KPIの開示が重要になってきている。

Amazonのプラットフォームビジネスを例にとれば、デジタルで可視化された顧客接点や配送網を活用した小売の新しいユーザー体験をもたらすと同時に、ユーザーの決済・入金からサプライヤーへの支払サイトを最適化することでCCC(Cash Conversion Cycle)を最適化させ、キャッシュフローの創出に成功している。さらには、それを支える自社のIT資産をAWSとして切り出し、昨今はアプリケーションの流通・販売にかかるマーケットプレイスを展開するなど、純粋なテクノロジー・ビジネス領域においても事業を拡張している。すなわち、事業と資産を限りなく連携させる形で、プラットフォーム全体としてのキャッシュフローを最大化させている。

このような中で、テクノロジーと経営は、「ビジネスオペレーションPF(プラットフォーム)」の事業価値創造を支援する形に役割がシフトする。テクノロジーは自社の「テクノロジーポートフォリオ」を最適化し、経営はそのテクノロジーポートフォリオと適合さながら「ビジネスポートフォリオ」を最適化し、資金調達や経営資源配分、そして少数チームへの権限委譲を行うことで、ビジネスオペレーションPFの全社横展開と最適化、収益最大化を支援する。

経営資源の全社最適化の難しさ

実際のところ、事業部の所管する製品・サービスや機能資産、人材の全社横展開や最適化の際に、日本の大企業においてボトルネックとなり得るのが、強力な権限を有した縦割りの「事業部」組織による硬直化だ。

事業部は、顧客別、製品別、地域別などのいずれかの形態を取ることが多い。「顧客別組織」を取っている例としては、システム・インテグレーターや3PLなどの請負型のサービスを提供している企業が挙げられる。彼らは顧客が「欲しい」もののニーズを確実に汲み取り、カスタマイズして提供することに長けているが、その反面、製品・サービスの単位やビジネスモデル、価格設定も個々の事業部によってカスタマイズされ、共有されておらず、全社横断的なソリューションの「横展開」を鈍くするケースがある。

コーポレートの観点では、個々の事業の商材単位での強みや、価格設定、営業活動などのデータが見えなければ、横展開に向けた支援もしにくい。このようなジレンマは、顧客別組織ではなくとも、多角化事業を行っている持株会社(ホールディングス)も含め、広く当てはまる。

 

出典:IBM

 

出典:IBM

 

自社が持つ「強み」をモジュール化

このような場合、顧客へ、ソリューションをデリバリーする顧客軸は残しつつも、自社の持つ製品・サービスを顧客への提供価値に応じモジュール化(オファリング化)し、事業部横断で情報共有した上で、必要に応じて事業部が他事業部のオファリングを組み合わせて提供できるモデルを確立する必要がある。

このような仕組みを推進する組織としては、やはりコーポレート組織が適任となるだろう。そのために、コーポレート組織と事業部が事業目線で対話できる“共通言語”としてのポートフォリオと、それと紐づく市場規模や成長率、売上、利益、オペレーションKPIなどのデータの可視化と活用が、重要になってくる。

コグニティブ経営に向けた3つのポイント

具体的なデータの可視化と活用に関して、筆者は以下3つのデータ整備が重要になると見ている。

1)オファリングの整備

「オファリング」とは、顧客により価値を認識され、対価が支払われる製品・サービス群であり、自社の提供価値である。その分解能は、一つの製品・サービスから構成されても良いし、複数製品・サービスから構成されていても構わない。たとえば、戦略コンサルティング一つとっても、CEO/CSOへのコンサルティングであれば「事業戦略コンサルティング」、CTO向けに「技術戦略コンサルティング」、CMO向けに「マーケティング戦略コンサルティング」といったようなイメージである。

IBMにおいては、サービス、SW(ソフトウェア)、HW(ハードウェア)の事業単位に、多くのオファリングが存在しており、その多くは、オファリングマネージャーが、製品の企画段階からオポチュニティー・業績管理、製品・サービス提供終了まで、全体のサイクルを一気通貫で管理する。当然ながら、DXの活動の基本としては、業績データのみならず、企業内部のあらゆる事業活動やオペレーションの定量・定性データをデジタル化し、オペレーションKPIやノウハウとして管理していくことが必要だ。

2)ビジネスポートフォリオの整備

上記のオファリングを、より経営・事業戦略レイヤーにおける投資・撤退の意思決定で束ねたものが「ビジネスポートフォリオ」である。このポートフォリオの粒度は、自社の提供価値であるオファリングだけでなく、自社がターゲットとする市場セグメント単位とも可能な限り整合するべきであり、その市場から獲得すべき収益性(粗利率など)の幅もその単位で検討されるべきである。そして、市場の成長性と自社のパフォーマンス(事業による株主価値創造:ROIC-WACCなど)を軸にポートフォリオを評価することで、ポートフォリオへの投資/撤退/融合などの意思決定を行うことができる。

ここで気を付けなければいけないのは、類似のオファリングであっても、市場やビジネスモデルの変化や再定義に伴い、ポートフォリオは別々に定義されることがある、ということだ。たとえば、サーバー管理のようなサービス一つとっても、IaaSなどのクラウド上のサービスとオンプレミスにおける人的サービスでは、顧客が享受するサービス内容としては似ていたとしても、クラウド市場という新市場の成長や、それに応じ、サブスクリプションなどの課金形態が異なることを鑑みると、ポートフォリオとしても分けてモニタリングした方が良いだろう。また、R&D部門が形成するテクノロジーポートフォリオとビジネスポートフォリオの整合を確認し、テクノロジー・シーズが自社の戦略に効果的に取り入れられていることを確認することも重要だ。

3)市場データの整備

ポートフォリオ管理の前提として、自社の事業ドメインと周辺市場の「市場データ」を取得・加工する必要がある。IBMの場合、GMVという全世界で標準化された市場データが、製品・サービス軸、顧客軸、地域軸のメッシュで管理されている。四半期ベースで市場調査部門がアップデートをかけることで、最新の市場データを活用したポートフォリオ・オファリングの評価や、事業の着地見込みの精緻化を行っている。

デジタル・ビジネスの変化は早く、当然ながら目の前の顧客エンゲージメントを重視することも重要であるが、市場の変化を定量的な視点で見逃さないためにも、このような標準化された市場データを自社に取り込むことは今後重要になってくるだろう。

 

出典:IBM

 


出典:IBM

 

コーポレート改革に必要な「組織」及び「能力」

以上を踏まえ、コーポレートに必要な「組織」及び「能力」としては以下6つが挙げられるだろう。

1)市場データ分析組織

市場データを俯瞰的に分析する組織は必須になるだろう。テクノロジー・トレンドも含めて中長期ビューから、短期ビューまで広く分析し、データ化することでポートフォリオ評価などの戦略的意思決定に活用できるようにする必要がある。

2)ファイナンス・オペレーション組織

全社視点で、ポートフォリオの評価から経営資源配分、M&A指針の策定、価格設定支援、コスト削減、受注から契約、請求までのプロセス統制を行うファイナンス・オペレーション組織(CFO組織)がコーポレートに必要になる。IBMにおいては、また、価格設定なども、ハードウェアなどの比較的複雑性の高くないプライシング(ボリューム・ディスカウントなど)の場合、営業部門による顧客への提示価格をAIで推奨する仕組みなども導入している。

3)オファリングマネジメント管理組織

オファリングは、基本は事業部がその製品・サービス内容を設計し、ビジネス・ケースを描くべきである。しかし、事業部に任せっきりにしてしまうと、自社内に重複したオファリングを許容してしまうなど、事業横断の観点で見た際に不整合を発生させる可能性がある。そのため、事業横断の観点で全体の市場やポートフォリオ、オファリングの構造を管理できる組織が必要だ。社内のさまざまなデータを統合的に管理するという観点からは、CDO(Chief Data Officer)配下で、このような構造を管理することが好ましい。

4)事業部間協業を促す組織評価制度

いくらポートフォリオやオファリングが全社視点で整備されたとしても、複数オファリングを同一顧客に同時に提案する際には、事業部横断による協業を促進する仕組みがなくては意味がない。

顧客からの直接的な収益を享受する事業部とともに、オファリングの提供をした事業部に関しては、その提供した定量的な貢献度合に応じて評価されるべきである。つまり、複数の事業部が協業した際において、ダブル・カウントなどの評価の仕組みも必要になる。ただし、エビデンスに基づかないダブル・カウントの仕組みを許容してしまうと、社内政治の温床になる可能性もあるため、慎重な設計を要する。

5)データを統合管理できるプラットフォーム基盤

実際のところ、企業の足元の事業・オペレーションのデータはさまざまな環境に散在している。そのため、データをさまざまなインフラから収集し、業務プロセスをデジタル上でシームレスに統合し、ポートフォリオのパフォーマンスをニア・リアルタイムで見るためには、ポートフォリオなどの論理的な構造を規定するだけでなく、ハイブリッド・クラウドのような仕組みや、論理的なデータを統合・分析できるプラットフォームやデータ分析基盤が力を大いに発揮するだろう。

6)経営変革リファレンス・モデルとDX戦略・変革人材

上記全てを迅速に実行するためには、デジタル企業の経営モデルに関する生きたノウハウと、それを他社に適応できる戦略人材が欠かせない。IBMもHW企業から、ソリューション企業、デジタル企業と常に変革を続け、データを活用して経営を高度化してきている。このようなリファレンス・モデルと、それを経営目線から正しく理解し、企業にカスタマイズできる「DX戦略人材」が重要となる。

コグニティブ経営の実現に向けて

DXの活動は足元のオペレーション効率化やデータ整備から始まっているケースが多いが、本質的に企業は、不確実性の高い事業環境に迅速に適応していくための、新しい事業・経営モデルを必要としている。そのためには、ビジネスオペレーションPFを中心に、それを作るテクノロジーの確保と、横展開可能な事業運営の仕組みを作っていく必要がある。

その際に、デジタル企業の経営モデルに関するノウハウと、プラットフォーム基盤のテクノロジー、そしてDX戦略人材を、外部の知見も踏まえフル活用することで、企業はデジタル時代における経営モデルの実現に向けて着実に歩を進めることができるだろう。