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ニューノーマルな世界における企業の持続的成長とは——鍵は自律的人材の確保

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石田 秀樹の写真

石田 秀樹
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
タレント&トランスフォーメーション リーダー/パートナー

IBMの組織・人材コンサルティンググループにおいて、組織変革および人材マネジメント領域のコンサルティングサービスの日本における責任者。一貫して「組織」と「人」の側面から企業変革に携わり、大規模企業を中心に、20年以上のコンサルティング経験を基にした実践的な変革支援に従事している。最近では、AI、Cognitive Computing (IBM Watson)を活用したデジタル変革を通じて人事機能の高度化を支援し、「経験」と「勘」で運用している旧来型の人材マネジメントの抜本的な変革を推進している。

鈴木 久美子の写真

鈴木 久美子
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
タレント&トランスフォーメーション
シニア・マネージング・コンサルタント

IBMの組織・人材コンサルティンググループにおいて、組織変革および人材マネジメント領域を担当するコンサルタント。「経営者」と「従業員」、そして間に立つ「マネジャー」の視点を持って人材マネジメント変革を支援し、15年以上のコンサルティング経験を持つ。最近では、デジタル・トランスフォーメーション (DX) を担当する人材を研究し、DX推進人材の確保・育成にかかるお客様支援や、IBM内の支援体制構築を推進している。

新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) という未曽有の非常事態の中、我々には変化が求められ、たとえば企業の事業計画は前提を変えて大きく見直す必要があるだろう。業務において顔を合わせる機会は激減し、リモート会議やチャットでの議論が標準化するかもしれない。製造業における生産現場では、従業員の安全を守るために、より省人化が進むことも考えられる。日本アイ・ビー・エム (以下、IBM) では、このような混乱期を抜けた先にある新しい生活様式を、「ニューノーマル (New Normal)」と呼んでいる。

本稿では、ニューノーマルな世界における「企業と従業員の持続的な成長」に視点を置き、IBMにおける組織・人材コンサルティングの第一人者である石田秀樹氏が、現場でお客様支援をリードする鈴木久美子氏との対話を通して解説する。

混乱期を抜けた先にある新しい生活様式概要図

出典:IBM

新型コロナウイルス感染症による影響下では、世界の変化は加速する

鈴木 「ニューノーマル(新しい生活様式)」というと人によってさまざまなイメージを持ちそうですが、IBMではどのような環境を想定しているのでしょうか。新型コロナウイルス感染症の大きな弊害である「物理的に会えない」といったことでしょうか。

石田 「会えない環境」というより、「目的に応じて最適な方法を取る」という考え方が適切かもしれません。たとえば、プロジェクトのキックオフは相互理解と親交を深めるために集合し、タスク・レベルの会議はリモートにする。また、上司と部下の面談も、進捗報告のみであれば報告書提出、相談事項があればリモート、メンタル的な対応が必要ならFace to Faceにするなどです。ただ、対面で過ごす時間が今までより減るであろうことは十分に予測できます。

さらに、「ニューノーマル」のもう一つの視点として、「世界が速いスピードで変化し続けていく」ことが挙げられます。これまでも、デジタル・トランスフォーメーション (以下、DX) に代表されるように、技術革新やデータ活用による変化への対応が求められ、日本では経済産業省が2018年に発表したDXレポートで掲げられた「2025年の崖」をキーワードとし、さまざまな企業がDXの推進に取り組んできました。しかし実状はまちまちです。

鈴木 私がご支援している企業では、DXに興味関心の高い方と、無関心の方との差が大きいと感じます。デジタル化した仕組みが有効に使えていないという悩みも聞こえています。

石田 変化を好まない方や無関心な方がいることは確かです。しかし企業が生き残るためには変化に対応しなければいけない。たとえば、対面への制限が続くことが予測される今、ハンコ文化が淘汰され、電子契約の導入が急激に進みつつあります。現在は新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっていますが、大雨や山火事などの自然災害も視野に入れるべきでしょう。今後を見据えると、変化を受け入れざるを得なくなっているこの状況は、私たちが変わるチャンスかもしれないのです。

従業員の自律的な成長が、変化に強い組織を作る

鈴木 企業で働く私たちは、これからどのように変わる必要があると思いますか。

石田 キーワードは「会社と個人の“オトナ”な関係」です。従業員側は、自分で目指すべき方向を決め、自分でキャリアを決める。企業側は、今までのように手取り足取り指示するのではなく、従業員が理解できる期待値を示すことで自律を促す。互いが互いを尊重し合い、自分で責任を持つ、そんな“オトナ”な関係を維持することが、変化に強い組織につながると考えています。

もちろん「従業員が自分で決める」といっても、企業側からの統制が取れていない状況ではいけません。企業が進みたい方向に従業員のベクトルを合わせることが必要です。オフィスにいる状態であれば、業務の間のちょっとした雑談を通して、上司から部下に企業理念や事業戦略を伝えることができます。しかしリモートワークがメインとなると、そういう場面が少なくなる。企業視点では「従業員を導く機会が減る」ことになり、従業員視点では「企業から求められることを知る機会が減る」といった状況になりやすいのです。

このような中で双方のベクトルを合わせるには、企業が求める人材像を具体的に明示することが重要だと考えます。

鈴木 求める人材像を明示している企業は多いと思います。ただ、その人材像を目指すためには、リスキル(スキルの再構築)やアップスキル(保有スキルの高度化)が欠かせない。従業員に新しいスキルを獲得させることに苦慮している企業も多いようです。

石田 優秀な人は少し先の未来を自ら考え、必要なものを特定し能動的に行動しますが、それができない人が大多数でしょう。なぜなら、今までは上司に言われたとおりに業務をこなし、企業が推奨する研修を従順に受講することが「良し」とされてきたからです。このような文化で育ってきた人に、いきなり「自律せよ」「新しいことに挑戦せよ」と強要することは非常に難しいと思います。段階を踏んだサポートが必要です。

また、自律を促すには、本人のモチベーションも重要です。モチベーションを高める方法として、「新しいことに挑戦したら評価を上げる」や「アイデアソンを開催して表彰する」といった外発的動機付けも選択肢としてありますが、最終的には内発的動機付けが欠かせません。人に言われて行うのではなく、自分で「やりたい!」と思うことが大切なのです。自分で「こうありたい」と強く思うからこそ、知識やスキルが身に付きますし、行動が継続します。強要ではいけません。自発的な意欲を掻き立てる働き掛け(仕掛け)が必要なのです。

鈴木 なるほど。しかし、動機付け要因は個々人で全く異なります。私の経験上、部下と会話し、観察して、動機付け要因を把握するだけでも、1人につき数時間では足りません。さらにその要因に応じて個々人に働きかけるとなるとマネジャー側の負担が大きく、2~3人の部下に対応するだけで精一杯ではないでしょうか。

石田 もちろん、今までの業務内容や受講研修、プライベートの状況など、多くの情報を頭に入れることは難しいでしょう。また、どんなに頑張っても人は他者の情報を全て得ることはできません。キャリア希望や悩み事など他者の「考えていること」は正確に得ることはできないのです。たとえば、私が鈴木さんのキャリア希望を知るために面談した場合、得られる情報は発言内容や表情、しぐさなど、外から観察できるもののみで、本当の“心”を直接知ることはできません。さらに、人間だからこそ持ち合わせてしまう認知バイアス(先入観)の存在も忘れてはいけません。先入観はニュートラルにものごとを見ることを阻みます。正しい情報が目の前にあったとしても、先入観によって間違った解釈をしてしまう可能性もあるのです。

この人間の限界を補うものがデータだと考えています。初めに述べたように技術革新やデータ活用は進んでおり、当然、人材育成分野への技術・データ適用も進んできています。技術・データを上手に活用することで、人材マネジメントの品質向上につなげるのです。

鈴木 人材の世界で使われてきたキャリア・アンカー(自らのキャリア形成において、最も大切にする価値観や欲求を知るための診断)や、ストレングス・ファインダー(自身の強みを知るための診断)といったアセスメントもいわばデータ活用の一種ですから、それがさらに進化した形ですね。自律的な成長を促すものとして、具体的にはどのような取組みがあるのでしょうか。

石田 私の過去の講演でもいくつかの事例を紹介しましたが、まずはその中でもお客様からの問い合わせが多い「Your Learning」を紹介しましょう。ラーニング・プラットフォームという「仕組み」だけでなく、従業員の自律的な学習を促す「仕掛け」についても説明します。

プラットフォームという「仕組み」だけでなく、データを活用した自律的学習の「仕掛け」

鈴木 Your Learningは、IBMグローバル(約36万人)で利用されているラーニング・プラットフォームですね。ラーニング・プラットフォームには、ほかにもさまざまなツールがありますが、それらとの違いは何でしょうか。

石田 現在利用されているようなラーニング・マネジメント・システム (LMS) は、主にe-Learningによる「学びを提供する」ためのインフラ基盤として活用されてきました。一方でYour Learningは「学びを通じて成長体験を提供する」基盤であり、私はラーニング・エクスペリエンス・プラットフォーム (LEP) と呼んでいます。

ラーニング・エクスペリエンス・プラットフォーム (LEP) 概要図

出典:IBM

石田 Your Learningでは、企業から求められている学習や職種ごとに求められている学習など、「学ぶべき」コンテンツが個人別に提示されます。初期状態では現在の職種に求められる学習コンテンツのみが提示されていますが、キャリア形成において今後希望する職種を選択することで新たに学ぶべき内容が提示されるようになます。従業員はそれを参考にしながら自分の学ぶべき方向を検討することができるため、リスキル促進につながります。

しかし、それだけでは従来のラーニング・マネジメント・システムと同じです。Your Learningの優れている点は、利用者が情報を入力することで、その人に推奨されるコンテンツが提供されるところです。入力する情報は、自分の専門性や興味分野、そしてコンテンツ受講後のアンケートや今まで受講したコンテンツそのものです。たとえば私がAIに関するコンテンツをたくさん学習していたとしたら、私の専門分野である「人事領域」と掛け合わせ、人事領域で活用できるAI技術を学ぶコンテンツが提供されます。

鈴木 情報を入力することは面倒ですが、自分にメリットがあれば試しに入力してみようかな、という人は多いかもしれませんね。

石田 それが「仕掛け」です。プラットフォームという「仕組み」を与えるだけでは、人は使ってくれません。その仕組みを使わせる「仕掛け」が重要なのです。業務上必要な学習コンテンツを提供・管理する仕組みだけではなく、個々人の特性に合わせた成長を促進する仕掛けを兼ね備えているものが、「学びを通じて成長体験を提供する」基盤であるYour Learningです。

※ラーニング・エクスペリエンス・プラットフォーム (Virtual Learning) の試行

育成効果を可視化し、従業員・上司・企業の幸せなスパイラルを目指す

石田 同じように、仕掛けを用いて、仕組みによる育成効果を可視化している事例もあります。

鈴木 育成の投資対効果を明確に把握することは難しく、お客様の中でもよく課題として挙げられています。効果を4段階(レベル)に分けて測定する「カークパトリックモデル」を用いて、レベル1(反応)とレベル2(学習)を測定している企業は多いものの、レベル3(行動)とレベル4(業績)まで測定している例は多く聞きません。

石田 レベル4も、業績評価とリンクさせることで効果を測定することは可能です。しかし、業績は本人の能力だけではなく、能力発揮機会や関係者の状況など、さまざまな要因に影響を受けます。そのため、私はレベル3である「行動」を把握することこそ、育成効果の測定として正しいのではないかと考えています。

鈴木 月報や週報の提出を義務としている企業であれば、追加の負担をかけず実現できそうですね。ただ、記述内容や詳細度のバラツキが気になります。

石田 私が以前ご支援した企業Aでは、そのバラツキを抑えるためにチャットボットを通じた月報作成ツールを構築しました。チャットボットからの問いに回答する形で情報を入力させることで、必要なデータを適度な詳細度で収集することができます。ここで収集した行動データを自身の育成データと比較することで、各育成施策の効果を把握することが可能です。

さらにこの企業では、月報で収集したデータを次期業務の割振りにも役立てています。従業員は、将来的に担当したい業務があれば自発的に学習し、学習効果を行動の形で示し、月報として詳しく報告する。上司は、部下が行動できることを知れば、新しい業務を安心して任せられる。さらに企業は、学習効果を把握することはもちろん、各従業員の行動を分析することでビジネス戦略に必要となる現有人材の力量を把握し、今後の要員計画にも活用することができる。つまり、チャットボットという「仕組み」だけではなく、入力データを従業員のために活用するという「仕掛け」によって、従業員・上司・企業の三者に対する好循環サイクルの醸成が期待できるのです。

カークパトリックモデル概要図

出典:Donald L. Kirkpatrick(1959)を基にIBM作成

「成長実感」が従業員を安心させ、自律的成長を促す

石田 従業員の自律的成長を促すには、成長実感を持たせることも有効です。従業員からしてみれば、学んでいるのに成長しているか分からなければ不安になる。不安が重なると不満を感じるようになってしまいます。

業務で忙しいのに研修受講を「強要される」。そのような意識では学習することが目的となり、結果として形骸化し全く意味のない取組みになってしまいます。「強要されている」と感じさせないためには、その学びが何に役立つのか、自分のキャリアにどうつながっているのかを伝えることから始め、最終的には業務やキャリアへの還元を感じてもらう。さきほど紹介したA社の事例も、新しい業務を担当できるようになるという自身に還元されるメリットを提供することで、従業員の学びを促進させました。

また、学習結果を周囲と共有し、仲間意識を醸成したり、承認欲求を満たしたりすることも、自律的成長に役立ちます。集合研修であれば同じ講座を受講しているメンバーを把握することは容易ですが、ニューノーマルな環境においてのリモート開催やe-Learning受講となると工夫が必要です。たとえばYour Learningには、各コンテンツに対する感想を投稿する機能があり、自分と同じ研修を受講している人を知ることができますし、自分のお勧めの学習コンテンツをプレイリストの形でまとめ、他者に公開する機能もあります。

鈴木 プレイリストを見ることでその人の保有知識が推察できますから、困ったときに相談できるのもいいですね。

石田 プレイリストが利用されるということは、その領域においての“相談できる人”として認知されている状況であり、本人の承認欲求も満たされるでしょう。

以上のように成長実感を得られることは、さらなる成長に対するモチベーションを高め、他者から強要されるのではなく自律的に学習を進めていく動機付けになるのです。

企業の持続的成長には、将来を見据えた人材データの収集・活用が求められる

鈴木 ニューノーマルな環境下で目指したい育成の姿を話してきましたが、第一歩として何から取り組めばよいでしょうか。

石田 まずは、企業が求める人材像から具体的な育成体系を整理することです。これは事業戦略の具現化に必要な取組みとも言えます。

さらに先の将来に向けては、「人の見える化」の“質”の向上に取り組むことをお勧めします。従業員の保有スキルを可視化するレベルの「見える化」を実践している企業は多いと思いますが、それだけではなく、行動データや個人の興味分野など、自社が“今は求めていない”情報も集めるのです。人材に関係するさまざまなデータを集めることで、将来自社が変わるときに有効な人材を広い視野で検索することができるようになります。

鈴木 将来に対する投資、ということですね。

石田 さらに、データは1回きりではなく、継続的に収集し続ける必要があります。組立てロボットの稼働状況などのように、仕組みさえ作れば自動的に取得できるデータであればよいですが、人材データは本人の協力が必要なものが多いため、収集の仕組みや仕掛けを十分に検討することが重要です。従業員の協力を得るには、「負担にならないこと」「協力することによる利益」を彼らに示すことが有効です。前述したA社では、チャットボットとの会話に回答するだけで月報を自動作成することにより従業員の負担を軽減し、得られたデータを基に次期業務を割り振ることで従業員に対する利益を示しています。

鈴木 さまざまなデータが集まれば、自律を促す動機付け要因の特定にも役立てられそうです。

石田 データを活用したサポートにより従業員は自律的な成長を遂げ、企業は生き残る力をつける。この従業員と企業による好循環サイクルの実現が、人材への投資に対する新しいモデルになるでしょう。

人材マネジメントは“人材へ投資して、そのリターン(個々人の成長)を活かす”ことであり、この考え方はこれまでもこれからも変わりません。ただ、これまでの人材マネジメントは、経験と勘で判断し、人海戦術で処理することが多かった。事業のDXは進んでも、人材分野のこととなると「感情もあるし」「機械的に処理できるものではない」を免罪符として、属人的な対応を維持しているケースが多く見られるのです。しかし、技術革新は私たちが考えている以上に進んでいます。ニューノーマルな社会を迎える今、人材マネジメントの方法も、データを活用した新しいバージョンへのアップデートが必要です。

鈴木 人材マネジメントは人事部だけではなく、企業に関わる人々全てに関係するものです。新しい人材マネジメントを受け入れるためには、経営陣や現場マネジャー、そして従業員の「意識」も、アップデートが求められますね。

石田 そうですね。データを活用した新しい人材マネジメント・モデルへの移行が、企業の持続的成長を促す取組みへの“本質的な活動”であることを、あらためて問いたいと思います。

(本稿は、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、リモート環境において対話・作成しております)

photo:Getty Images

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