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Smarter Business

コロナ時代に必要な業務変革と人材活用とは――自動化とBPOで変わる働き方

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鹿内一郎 氏

鹿内一郎 氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
パートナー
業務変革・BPO事業部長

これまで企業の戦略策定、業務改革、M&Aやグローバルでの業務インフラ整備などの大規模変革プログラムの推進に従事。近年は、チャネル変革やデジタルマーケティング、デザインシンキングを活用した新商品・サービスの企画・設計、また、コグニティブ技術の業務への適用案件を推進する。現在は、業務変革とBPOのチームをリード。

 

新型コロナウイルス感染症(COVID-19/以下、新型コロナウイルス)が全世界的に拡大し、企業は大きな変化を強いられている。生産性向上とコスト削減という喫緊の課題に直面している中で、「ニューノーマル」に向けてどのように業務変革を促進すればよいか。また、在宅勤務が広がり「会えない」状況が当たり前となる中で、人材活用戦略を進めるにはどうすればよいか。短期、中期、長期それぞれで必要となる業務変革と人材活用に向けた策を探り出すため、日本アイ・ビー・エム 業務変革・BPO事業部長の鹿内一郎氏に話を聞いた。

すでにあった人材面の課題が、新型コロナウイルスの拡大で顕在化

社会環境を踏まえた企業の対応

――労働人口が減少している日本では、以前から人材活用で独自の課題を抱えていました。これは新型コロナウイルスの拡大によってどのように変わったのでしょうか。

新型コロナウイルスの拡大以前から、日本では少子化や働き方改革による労働時間削減などが原因となり、人の労働力が減っていっているという背景がありました。ただ、定年延長により団塊世代の社員の労働力をまだ当てにできるなど、労働力がなんとか確保できている状態が続いていました。喫緊の課題ではあるが先延ばしにできていたため、RPAやAIといった技術はあるものの、これらの技術を利用して省人化や効率化を徹底して進めるという動きにつながっていないところが多かったと言えます。

新型コロナウイルスの拡大は、そんな中で起こりました。労働力確保の前に、そもそも人が物理的に動けないという状況を突きつけられたのです。これまで人が紙の書類で印鑑を押して進めていた業務、キャッシュのやりとりが生じる業務などが簡単に遂行できなくなりました。企業の多くが働き方を抜本的に変える必要性を実感するようになり、それに向けて急激にアクセルを踏まざるを得ないという段階にきていると思います。

少子化対策や、ベテランの知見に依存した業務運営体制をどうするかといった以前からの課題に対して、取り組みを加速させる“アクセラレーター”になったというのが新型コロナウイルス拡大の位置付けです。

――多くの課題に対して取り組みを進めていくには、どのようなアプローチを取るべきでしょうか。

労働人口の減少に対しては、自分たちがやらなければならないコア業務、自分たちが必ずしもやらなくてもいい(=コアではない)“ノンコア”業務を区分し、コア業務については高度化を、ノンコア業務については効率化を促進していく考え方ができます。これにAIなどの技術を組み合わせれば、さらなる高度化や効率化を図ることができます。

コア業務とノンコア業務の区分からスタートすることになりますが、業務を「実行」「方針や戦略」「管理」と大きく3つに分けると、これまでは、給与計算や旅費・経費処理など事務処理が中心の「実行」系がノンコア業務、財務手続きなどの「方針・戦略」、そして承認や決済などの「管理」はコア業務と切り分けられていました。

ですが、これまでコア業務と思っていたものがRPAなどの自動化技術を活用することで代替できる時代です。また、管理に入る集計作業が本当にコアかとなると違うかもしれません。このように、これまでコア業務と位置付けていた業務の中にノンコアとコアが混在していることがあり、見直しと線引きをしっかりする必要があります。

次に、コア業務だと分類したところをどのように進めるか、つまり高度化を考える必要があります。これまで多くの日本企業がコア業務を優秀な社員に任せ、場合によっては長時間労働に頼っていました。組織へのコミットに依存しており、高度化するにはどうすればいいかという問題は放置していた企業が多いと思います。

ノンコア業務については、自分たちでどこまでやるべきか、外にどこまで任せるべきかを考えなければなりません。これまでよりも急進的にコスト効率化追求のための判断を進めることが求められています。

このように、コア業務でもノンコア業務でも厳しく業務自体を見直し、人間がどこをやるのかを整理することで業務変革を、それに伴いコスト削減を実現することが重要です。

コア業務をさらに高度化するための、IBMのデジタル支援

新型コロナウイルス拡大に伴う業務変革

――企業が必要な取り組みを進めるに当たって、IBMはどのように支援できるのでしょうか。

コア業務の高度化では、AIやアナリティクスなどに関してIBMが持つ広範なソリューションが貢献できると思います。例えば人間が管理・判断するところでは、企画や判断に活かすため、市場のデータを収集したり現場の声を聞いたりする必要があります。まだまだ人海戦術でいろいろな情報を集めている企業は多いと思いますが、AIを使って情報を抽出できます。

アナリティクスの例では、業績予想があります。これまでは経営企画部、財務企画部などが現場から数字を集め業績予想を立てていましたが、営業にあるパイプライン(見込み案件数)などのデータを集めて分析することで、人間のバイアスが入っていない精緻な予測が可能です。

次に、人事業務の高度化を考えてみましょう。企業には採用、配置、育成、退職といった人材のライフサイクルがあり、それを人事部や総務部が支えています。採用では、AIを使って業績の良いハイパフォーマーを特定する判断支援が考えられますし、会社説明会の時点でAIを母集団形成に役立てることができるかもしれません。配置では、各部署や各地域の人材の見える化、配置案の自動生成やシミュレーションなどが可能になるでしょう。退職では、コア人材の退職の早期発見、それを予防するためのアクション提示などがあります。育成では、パーソナライズされた研修を推奨することが考えられます。ワークフローや、コア業務でもある事務処理も、効率化や自動化をできます。

効率化を実行するに当たって、中でも、さきほどの人事業務、決算や経理業務など、種々の作業で紙がベースになっている業務に関しては、人が動けないという状況ではデジタル化が必須と言えます。

それを支える技術の一例にOCR(光学文字認識)があります。以前からある技術ですが、最近はOCRにAIの機能を入れる動きが進んでおり、IBMでは「Cognitive OCR」として提供しています。また、チャットを使ってセルフサービス形式でユーザー自身に情報を入力してもらうことで、人間からインプット・データをもらうこともできます。

デジタル化が進むと全ての情報がデータ化されます。データ化されれば、多くのことが一気にやりやすくなります。RPAを活用して定型業務を自動化し、ワークフロー製品と組み合わせることで一連の業務プロセスを一気通貫に処理することができます。デジタル化が進み、構造化データが増えれば、分析をしたり、ビジュアル化したりすることができます。分析としては、多種多様な情報からいろいろなシグナルを検知し、異常値や不正の兆候などを把握できます。データ化されているので、AIを組み合わせて自動的に仕分けをすることも可能になります。ビジュアル化としては、データを表出化させることで、人間が手触り感を持って判断することができます。

ウィズコロナにおける短期、中期の業務変革の進め方

3つの段階で見る新型コロナウイルス感染症への社会対応

――新型コロナウイルス拡大の対応に追われる中、企業は具体的にどのようなステップを取るべきでしょうか。短期、中期と分けてそれぞれで何をすべきか、IBMの考えをお聞かせください。

新型コロナウイルスの拡大により人が動けなくなり、在宅勤務が当たり前になりました。企業は、「混乱期」「慣れ・状況適応」と進め、その先の「ニューノーマル」に向かうことになります。

現在は、業務をなんとか在宅勤務に切り替えたものの、押印はどうするのか、郵便物はどうするのかと、物理的な授受を含めた環境整備に追われている「混乱期」にある企業が多いと思います。

短期的に見ると、まずは、在宅勤務態勢の整備と業務の継続性(BCP)に取り組むべきでしょう。

PCを支給したり、会社のシステムにアクセスするためのVPN接続環境を整えたり、あるいはDaaS(デスクトップ・アズ・ア・サービス)を選ぶことも考えられます。これまで顧客のところに常駐していたシステム開発チームには、セキュアな状態で在宅にて作業ができる環境を整えなければなりません。遠隔からアクセスできる開発・テスト環境などのインフラ整備などが必要です。

BCPは、高度化や効率化というよりも、基盤と言えるところです。IBM自身が以前から在宅勤務を含めてどこでも働ける環境を整えており、そこで得られたノウハウがあります。例えば、会議の時間は1時間だと長すぎるので20〜45分にする、TV会議ではカメラをオンにできないタイミングもあることを理解するといったものです。このように、環境整備だけでなく運用でもアドバイスできます。

――中期的に見たときの課題と解決策はどうなりますか。

「混乱期」後の「慣れ・状況適応」における中期的対策としては、先にお話ししたようにコア業務とノンコア業務の切り分けをして、効率化と高度化を進めていくことになります。

例えば、コア顧客との関係強化が重要になってくるでしょう。自社にとって重要なお客様との関係を改めて強化しながら、お客様とのやりとりで発生する物理的な授受を極力減らすとなると、デジタル化が必須と言えます。顧客接点におけるバーチャルの比率が高くなると、そこでのエクスペリエンスが重要になります。さらに進むと、コア顧客との関係を強化する中で、新しい顧客接点のあり方も見えてくるでしょう。

遠隔やバーチャルが前提となると、UXやUIを変えていかなければなりません。人間が相対しなくてもデジタルチャネル自体が顧客とやり取りするような形に少しずつ変わっていくでしょう。データ化が進み、アナリティクスが入って、プロモーションやレコメンドなどのCRM、価格の最適化などをさらに高度化できます。技術と製品を揃えるだけでなく、デザイナーが操作の容易性や効率性を評価して再設計し、UIをもっと使いやすいものにしていくことが大切です。

売り上げが伸び悩む中で、コスト削減も重要な取り組みとなるでしょう。新型コロナウイルス拡大のような状況下では、人が介在しなければ進まない業務は停止してしまいます。これまで後ろ向きだった省人化の取り組みを加速させる必要があります。同時に、ガバナンスや管理を強化する必要も出てくるでしょう。

コスト削減では、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)を活用できます。業務領域としては、経理業務、給与計算などの人事業務全般、間接材購買といった業務がメインですが、IBMではセールス・バックオフィス(営業バックオフィス)に関わる事務処理や金融機関のリスク高度化といった業務も用意しています。ここ数年BPOについて多くの引き合いをいただいていますが、お客様にとってのノンコア業務が、我々にとってはコア業務です。ノンコア業務を専門家に任せることで、企業は本当に人間でなければできない付加価値の高い作業にリソースを割くことができます。

BPOも変化しています。少し前まで人件費が安いオフショアに業務を持っていくことでコストを抑える意味合いが強かったのですが、最近はBPOを一つの基盤としてエンド・ツー・エンドで業務を変えていくという提案が増えています。IBMがある一定量の業務を担わせていただくことにより、エンド・ツー・エンドの視点からRPA、AI、OCRなどを活用してさらなる効率化の創出につなげることができます。

業務の効率化・高度化の実現と同時に、バーチャルで機動的なワークスタイルの構築も非常に重要です。つまり、在宅のためにVPN接続を整備するだけではなく、そもそもの会社のあり方を考える作業になります。社員が自律的にキャリアアップを図るための仕組みを整えたり、評価も考え直したりする必要があるでしょう。全員が出社していなくても人材を採用、育成し、業務遂行を可能にしていくインフラを持たなければなりません。

ウィズコロナにおける「ニューノーマル」を見据えた業務変革と人材活用

――人材活用に絞ってみた時、長期的な「ニューノーマル」の世界に向けてどのように変わるべきとお考えですか。

未来を予測することは難しいですが、新型コロナウイルスの流行が落ち着いた後には、我々の価値観が大きく変わっている可能性があります。

例えば、在宅での業務が進むと、なぜ会社に所属しているのかという疑問が出てくるでしょう。これまでは先輩や上司がいて、ロールモデルがあり、キャリアを重ねて、昇進していくという道を描くことができました。ところが、組織や会社をコミュニティと例えるなら、コミュニティとの関係を能動的に考える人が増えてくるでしょう。自分がそのコミュニティに存在する目的は何であって、そのコミュニティで活躍するためにどんな学習をしてスキルアップをしていくべきかといったことです。

そうなると、人事部が薦める研修だけではなく、自分で学習できるコンテンツをそろえ、かつキャリア形成の考え方、その人の役割、過去の経歴や経験を踏まえて、さまざまなものをレコメンドするラーニング・プラットフォームを提供する必要があります。在宅勤務が増えて仕事と家庭の時間の境界が曖昧になれば、隙間時間で学ぶこともできるようになります。それぞれの働き手の価値観が変わる中で、組織側も所属している人のエクスペリエンスを高度化するという観点から情報を提供したり、機会を提供したりする必要が出てくるのではないでしょうか。

大げさですが、ワクワク・ドキドキ以外は全て自動化されるかもしれません。紙や現金をなくして電子化が進むと、人が介在して業務処理が遂行する世界は減ります。コア業務に従事する人たちは分析された結果を得ながら判断し、処理を担当する人はビジュアル化された進捗情報を見ながら作業するようになるでしょう。

サプライチェーンも変わるでしょう。新型コロナウイルス拡大の下では、部品が届かないなどサプライチェーンでの問題は切実でした。将来、業界全体でエンド・ツー・エンドでの業務基盤を作る動きが出てくるかもしれません。そこでは、ブロックチェーンを活用できます。これまでよりも範囲が広いプレイヤーの間で商流を管理することができるようになります。例えば港湾手続きは港により異なりますが、ブロックチェーンにより標準化を進めることができます。

このように、「ニューノーマル」の世界では、新しい商流や商習慣が出てくると予想できます。自社が提供できるワクワク・ドキドキは何かを考えて自社のコアとして残す、それ以外の処理は自動化する考え方が求められそうです。これは、業務の継続性を担保する意味でも、少子化の中で業務を継続する意味でも必要です。一方で人間による処理は残りますが、そこでのノンコア業務もBPOなどを利用することになるでしょう。

――IBMではこれらのテーマを扱うWebセミナーを提供しています。内容はどのようなものになるのでしょうか。

まずは機動的なワークスタイルをテーマに、在宅勤務について考えます。評価をどうするのか、業務管理をどうするのかといった悩みを抱えていらっしゃるお客様が多いと思うので、変化とそれに対する対策の例をご紹介します。

次に、BPOを軸にして、購買/調達とBPO、財務経理改革とBPO、人事BPOというテーマを紹介します。中期の対策と位置付けられますが、支出分析をしてコストを下げるという取り組みは、短期で成果が出せるところでもあります。

購買/調達とBPOでは、購買のコストを下げるためのソリューションをお話しして、財務経理と人事では、コストだけでなく、省人化を含めて対策を紹介したいと思っています。

IBMはデジタル変革を軸としたさまざまなソリューションを持っていますので、新型コロナウイルスの拡大によって日々変化する状況を見据えながら、お客様と一緒に業務変革を考えていきたいと思っています。

*本インタビューは2020年4月28日にオンラインで実施したものです