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THINK Business

多様性が企業成長の鍵となる時代に、IBMが実践するインクルージョンと人材活用

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川上 結子

川上 結子
日本アイ・ビー・エム株式会社
執行役員
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
ファイナンス・サプライチェーン・トランスフォーメーション担当
Japan Women’s Council リーダー

外資系コンサルティング・ファーム、スタートアップ企業、起業を経て2009年日本IBM入社。製造業を中心としたお客様へのコンサルティング・ビジネスをリード。2020年執行役員就任。2017年より、日本IBMのJapan Women’s Councilの活動を通じて、女性がさらに活躍できる社会を作るための課題に取り組み、社内外に向けて情報発信を行っている。

陣門 亮浩

陣門 亮浩
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
タレント・トランスフォーメーション アソシエイト・パートナー

シンクタンクを経て、2007年日本IBM入社。国内企業のお客様に対して、「人事・組織」に関する戦略・構想策定から、システムやBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)といったソリューションの導入・運用に至るまで、幅広いサービスを提供している。特に、ダイバーシティー&インクルージョン、従業員エクスペリエンス向上においては、ライン・マネージャーとしての人材管理・組織運営の経験や、育休を取得した経験を踏まえた実践的なコンサルティングを行っている。

現在、日本企業がDXの推進とともに直面している課題が、SDGsやESG経営への取り組みである。とりわけ鍵となるのがダイバーシティー&インクルージョンと、それに伴う人材育成や人材活用だ。

日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)は、1998年にJapan Women’s Council(以下、JWC)を発足。20数年にわたって女性社員の待遇改善を進め、世の中に先駆ける形で社内のダイバーシティーに力を注いできた。また、男性社員の育児休業制度や社員個々人のワークライフバランス、障がい者雇用、LGBTといった分野でも、率先して制度化を諮ってきた実績を持つ。

今あらためて、ダイバーシティー&インクルージョンにおけるこれまでのIBMの取り組みと、AIなど最新のテクノロジーを活用した人材育成・人材活用にについて、JWCのリーダーであるグローバル・ビジネス・サービス事業本部の川上結子と、同事業本部で人材の変革を担当する陣門亮浩に聞いた。

ようやく動き出した日本企業のダイバーシティー&インクルージョン

――近年、SDGsやESG経営といったグローバルの流れの中で、日本企業は自社の価値を高める指標としてダイバーシティー&インクルージョンを推進しなければならない状況にいます。人材活用とも密接につながる一連の動きをどう見られていますか。

川上 今ビジネスの世界では、SDGsやESG経営が進んでいない企業には投資をしてはならないといった話が急激に広まっています。そこで多くの日本企業も動き出したところです。そこで重要になっていることの一つが人材の多様性であるわけです。

日本は、経済が右肩上がりだった昭和の高度成長期の成功体験があまりに大きく、現在も社会や企業に大きな影響を与えています。高度成長期を支えて成功に導いたのは比較的単一的な人材モデルでした。ゆえに教育も画一的で、社会全体が多様性について考えるのが遅くなってしまったのです。経済成長が止まった後も人材についてきちんとした議論がされず、今も高度成長期を支えた人物像を引きずっている印象です。そのため、ダイバーシティー&インクルージョンについても、やらねばならない項目に入ってきたことをきっかけに始めているという企業が多いのだと思います。

陣門 高度成長期の日本では、男性は外で稼いで、女性は家庭を守るといった価値観が主流でした。会社員には年齢に伴ってポジションが用意され、ちゃんと登用もできていました。しかし、こうした仕組みは、バブル後の失われた10年、20年の間に通用しなくなりました。テクノロジーの進化や新興国の経済成長、グローバル競争の激化などが起きる中、日本企業には否応なくDXや異能人材の活用といった変化が求められています。

そのためには組織変革をして社員の意識を変える必要がありますが、それが進んでいません。また、IRの観点から述べても、まだ国内では義務化されてはいませんが、ISO 30414で人的資本の情報開示に関するガイドラインが整備されていて、企業は人材に対する考え方を提示しなければならない時代を迎えています。

社会変化への対応を進めるためにも、これまで重要なポジションに登用されてこなかった尖った人材をあえて役員に登用するなど、「うちの会社は変わっていくんだ」というメッセージを社員や外部に目に見える形で発信することが重要です。

――ダイバーシティー&インクルージョンという面において、グローバル企業であるIBMは先進的な企業だと位置付けられています。どんな取り組みをされてきたのでしょうか。

川上 IBMではダイバーシティー&インクルージョンを100年近く前から重視してきました。第二次世界大戦前の早い時期から黒人社員を雇用したり、女性を副社長に登用したりといった当時としてはかなり先進的な取り組みの話題は、IBMでは珍しくありませんでした。

そうした企業風土は、もちろん日本のIBMにも受け継がれてきました。ただ、グローバルで見ると女性の雇用や活躍の比率は高いものではありませんでした。そこで1998年に設立されたのが、女性がキャリアを継続していくうえで直面するさまざまな課題を検討していくための諮問委員会であるJapan Women’s Council (JWC) でした。この年が日本のIBMにおけるダイバーシティー&インクルージョンの元年ではないかと認識しています。

IBMにおける女性社員の活躍支援とフラットな組織風土

――JWCは今年で発足23年目になります。どういった活動をされてきたのでしょうか。

川上 メンバーはほとんどが女性社員で、1期が2年程度の期間で現在は9期目のメンバーが活動しています。設立当初に取り組んだのは、女性社員の活躍支援、それらの制度化や実施です。産休や育休、在宅ワークやフレックス制、保育所の設置など、女性社員が求めるものを国内他社に先駆けて制度化していきました。そこから時間を重ねるに従い、テーマが女性のキャリアや働き方などに移行していきました。8期からは男性のメンバーも加わっていろいろな取り組みを進めています。

注目したいのは、こうした活動を経営戦略の一つとして行ってきたという点です。社員満足度の向上とか、ダイバーシティーが必要だと言われたからといった話ではなく、企業として競争力をつけるために社員に意識改革を促し、力を発揮してもらおうという考え方です。8期からは意思決定の場の女性比率を高めることに特にフォーカスを置いています。これも表面的な成果のみならず、会社を強くするという実益につなげていくためです。

ですから、JWCで制度化されたものの多くは女性だけでなく男性社員も利用しています。弊社ではダイバーシティー&インクルージョンの一環として、障がい者やLGBTの社員に対する活躍支援や、ワークライフバランスについての取り組みなども続けています。

ただ、こうしたテーマはJWCの中だけで議論していても社内全体に浸透させなければ意味がありません。そこで今期はメンバーが属する各組織にアンバサダーを置き、意識や制度を定着化させることに取り組んでいます。それに伴い、これまで30~40名だったメンバーも70名近くに増員しました。

――社内への定着化のために具体的にどんなことをされているのでしょう。

川上 代表的なものの一つが、ライン・マネージャーに向けたダイバーシティー&インクルージョンのセッションです。ここでは女性の部下から相談があったときの回答例などを、ケーススタディとして学んでもらっています。例えば、妊娠をしたいと考えているときの昇進をどうしたらいいかと部下から相談を受けたときに何と答えるか。こうした身近なテーマでダイバーシティーを感じることのできるコンテンツを複数用意しています。

他にも、入社からリタイアまでのキャリア・アップを擬似体験する「IBM人生すごろく」を社内のイントラネットに公開し、「自分はこのステージではこういうことをしたい」とこれからのキャリアを相談したり、逆に「自分はこのステージではこういうことをしてきた」と先輩が経験談を共有できるような場を提供したり、女性にはわかりにくい男性社会のルールについて書かれた書籍を紹介したりと、さまざまな活動を行っています。

――陣門さんは相談を受ける側のライン・マネージャーの立場にあります。その観点から見たIBMの特徴はどんなものでしょうか。

陣門 私は2014年からライン・マネージャーを務めています。IBMにユニークな点があるとすれば、ライン・マネージャーに人事権がかなり委譲されている点です。通常、国内企業におけるライン・マネージャーは、人事考課の一次考課を担当したり、業務上必要な承認を行ったりすることが主な仕事だと思います。IBMのライン・マネージャーは、賞与や昇給の原資配分の決定、メンバーの育成プラン策定、パフォーマンスが期待に満たない社員に対する改善アクション策定と実行支援も担当するなど、幅広いことが特徴です。現場の管理職としては、メンバーが個々人の職種・等級に応じた期待役割を発揮できているか、メンバーが自身のキャリアを実現するうえで魅力的な職場となっているかが重要です。もちろん、介護・育児の必要性やメンバー自身の健康状態などには配慮しますが、性別・年齢・国籍などの違いだけで、管理のあり方を変えることはありません。

では、そういう管理をIBMができているのはなぜか。理由の一つはフラットな組織風土にあります。最近は日本の企業でも「さん」付けが増えていると聞いていますが、IBMでも上司を肩書きで呼ぶことはなく「さん」付けで呼ぶことが当たり前です。日々、このようなフラットな関係性の中で、互いの意見を尊重して仕事を進めています。重視されるのは役割に対する責任を果たしているか否かであり、私自身、ライン・マネージャーとしてより良い組織運営を進めるために、メンバーからのフィードバックを受け改善に取り組んでいます。

それに加えてIBMでは、数年前からキャリア・カンバセーションという、ライン・マネージャーとメンバーが1on1ミーティングでキャリア実現についてのコミュニケーションを取ることを推進しています。それもワンショットでなく定期的に開催されるので、仕事の割り当てが適切か、ねらう昇格タイミングに向けた準備はできているか、考慮すべきプライベートの事情はないかなど、お互いの理解を深めることができています。

IBMでは、手厚いサポートで男性社員の育児休業も推進

――一連の会社側のダイバーシティー&インクルージョンの取り組みに対して、社員はどういった体験を得ているのでしょうか。

陣門 私の場合ですと、今年の5月から6月にかけてまるまる1か月の育児休暇を取らせていただきました。こうした休暇を取られた経験のある方は皆さんそうだと思うのですが、休暇取得予定時期に重責を担う必要のある仕事に参画するのが難しくなります。私にしても、何年もの間ずっと走り続けてきた自分のキャリアがいったん切れた感触がありました。ただ、休暇後に私が責任ある仕事に就くことに対して上長や同僚がサポートしてくれたので、スムーズに復帰できました。こうした制度を上位役職者ほど積極的に活用し、自身の体験を発信していくことが大切です。それによってメンバーの休暇取得を促進することができると考えています。

一方で、制度を利用するにしても、個々人が抱えている事情の違いを考慮する必要があることもわかりました。俗にマミー・トラックと言われているように、産休・育休明けの女性には責任の軽い仕事をアサインしがちなのですが、人によっては不適切な場合もあります。例えば、ご両親が子育てをフルサポートしているのでバリバリ働けますといった方だと、モチベーションの低下を招いてしまいます。ライン・マネージャーは、1on1ミーティングなどを通じてメンバーの状況やキャリア志向を理解したうえで、適切なサポートをしていく必要があります。

いずれにせよ、こうした制度はどんどん活用してほしいと思います。家族との関係が良好でプライベートが充実すれば、仕事でもパフォーマンスを出せるものです。それを自分の会社が理解しているかどうか、心理的安全性を担保してくれるかどうかが重要です。

川上 陣門さんの話にあるように、弊社では、男性の育休を推進しているところです。女性の育休や産休については前述したとおり相当の歴史をあって、成人した子供を持っている女性社員は珍しくありません。出産後の職場復帰率も97パーセント(2020年)で、女性社員は産休や育休を当たり前のものとして享受しています。

他社からよく指摘されるのは、女性がキャリアを追求するのに制約がないことです。日本企業では女性が役職についていても実態は補佐的な役割を担わされていることがあるのですが、IBMは異なります。女性にキャリアを追求できる道が用意されていて、歩んでいる人たちが何人もいます。それを社内の誰も不思議に思わないことこそ、IBMの真髄ではないかと感じます。

激変する時代、人材が自発的に成長できるソリューションを提供

――IBM社内の制度や組織風土は、IBMの提供するサービスやソリューションにも反映していると思われます。IBMが考える従業員エクスペリエンスと、人材育成や人材管理のサービスについてお聞かせください。

陣門 さきほどもお話したように、IBMがダイバーシティー&インクルージョンや人材育成、人材管理を実践できている構造的背景の一つとして、しっかりとしたライン・マネージャー管理が挙げられます。これはIBMが特別だからできるのではなく、多くの企業においても適用できるシステムだと思います。IBMの組織・人材変革サービスの特徴は、IBM自身における長年の変革の歴史の中で蓄積された、人材育成・人材管理に関する経験をサービス化している点と、AI・アナリティクスなどのテクノロジーを活用したデータドリブン人事を実現できる点です。

人材管理という観点では、採用・配置・評価・育成・処遇・保持がありますが、長年、人事担当者は経験に基づく運用をしてきました。しかし、近年ではAI・クラウドなどのテクノロジーの発展に伴い、セキュリティを担保して安価に従業員データを管理することが可能になりました。これによって、経験や勘ではなく、データに基づく意思決定や個々の社員にパーソナライズされた人材管理ができるようになっています。

人材育成の分野では、例えば、IBM社内ではAIを活用したラーニングの仕組みを活用しています。これは従業員のプロファイル・データや所属している組織によって、その人が受けるべき研修やeラーニング・コンテンツをAIが教えてくれるもので、自発的なキャリア形成を促進するプラットフォームとして利用されています。

企業が成長事業にシフトする際には、まずその事業で活躍できるようなホット・スキルを持つ人材を社内外から採用・登用することになります。外部労働市場からの人材調達は年々困難になっているため、社内の別事業の人材に対するリスキルで要員充足を図る企業も増えています。このようなニーズはRPAなどのオートメーションの拡充で要員が創出されるような会社でも顕在化しております。このようなお客様において、IBMのAIを活用したラーニング基盤の活用は進んでいます。

また、せっかく人材を育てても離職しては元も子もありません。従業員エクスペリエンス向上の観点では、従業員満足度を計測・分析するソリューションや、チャットボットの進化系であるバーチャル・エージェントを活用した、対話型の人事申請・人材管理ソリューションを提供しています。

川上 自発的なキャリア形成に関連するものの一つとして、個人のスキルがあります。私がクライアント企業と話していてよく感じるのは、スキルに関する考え方の相違です。例えばDX人材を育成するとき、日本の企業では「この社員に何のスキルを足せばいいのか」と足し算的に考えることが多くあります。気持ちはわかりますが、本来スキルは会社に言われて身につけるものだけではなく、本人が自らの目指すキャリアを歩むうえで必要だと考えて身につけるべきものでもあります。

陣門 確かに国内企業のお客様ですと、必要とされるスキルに対して細かい定義付けを求められることが多くあります。しかし、変化が激しい時代では、会社が決めたスキルだけ身に付けていれば定年まで安泰ということはありません。社員一人ひとりが、社内外の労働市場における価値を上げるために、自発的にキャリアプランを決め必要なスキルを磨いていく意識づけが重要ですし、ライン・マネージャーには社員を惹きつけるような職場環境を実現することが求められます。

それを踏まえ、私たちの提供する人事・組織変革コンサルティングでは、変革のゴールとして、「ありたい姿」と「実現可能な姿」の両方を明確に定義します。やりがちなのが、あまりに現状と乖離した理想形を描きすぎて、絵に描いた餅に終わるケースです。ここで難しいのは、一見「実現可能な姿」に見えても、それが組織の価値観、風土、人材特性とギャップがあるケースです。この場合は運用が上手く回らず、しだいに形骸化する恐れがあります。川上も申していたとおり、IBMには長年の試行錯誤の歴史があります。ここでの失敗経験も踏まえた現実感のあるゴールを設定し、その実現に向けた具体的なソリューション提供が可能です。

IBM発のインサイトで日本社会を変えていく

――日本企業のダイバーシティー&インクルージョンはまだ端緒についたばかりということがわかってきました。IBMが今後果たすべき役割についてお話しください。

川上 国内のダイバーシティー&インクルージョンに関しては、IBMがリードしていかなければならない立場にあるという自負を持っています。社内でも取り組まねばならない課題はありますが、世の中に自分たちの活動を発信していくことも重要だと考えています。発信することで私たちの考え方も伝わりますし、他の企業様にもインサイトを及ぼすことができるはずです。いくら世の中を変えたいと願っても、自分たちだけではすぐに限界値を迎えてしまいます。やはり日本全体で一緒に上がっていかねばならないと感じています。

ここにたどり着くまでには、IBMもさまざまなフェーズがあり、試行錯誤がありました。今、多くの日本企業の方々が同じような体験をされていると思います。外に発信することでIBMの体験を共有してもらい、目指す場所を描ける世の中にしていきたい。それが私たちの使命であり、夢でもあります。

陣門 日本は労働人口の減少もあり、これから人材の奪い合いが激化することが予想されます。厳しい外的環境の中で事業成長を続けるには、ダイバーシティー&インクルージョンへの取り組み、パーソナライズされた人材管理といったものへの取り組みが問われると思います。

IBMのユニークなところは自社で試行錯誤を重ね、それをサービスやソリューションに活かしている点です。今後も自社の経験を活用して、組織や人材領域でのソリューションの拡充につなげます。お客様企業とともに、お客様だけではできなかったことを実現し、従業員の皆さんがいきいきと働くことができる社会を実現できればと願っています。