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金沢工業大学が取り組むコグニティブ・キャンパスとは

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Watsonが学生の自己成長を支援

大学全入時代ともいわれる今、あらためて大学のあり方が問われている。もちろん、学問の探求、学生を社会へ導くという使命は変わらないものの、その方法論に明確な答えは存在していない。そうした状況下において、学生の自己成長を支援するため「IBM Watson」を使った「コグニティブ・キャンパス」の実現に向けて動き出しているのが、石川県にある金沢工業大学だ。

コグニティブ・キャンパスの詳細について「IBM Watson Summit 2017」初日に開催されたセッション「コグニティブ・キャンパスの実現に向けて——学生の“自己成長支援システム”の構築」の模様とともに紹介する。

 

金沢工業大学が持っていた、学生の「ポートフォリオ」という資産

金沢工業大学(KIT)は、石川県の扇が丘の地にメインキャンパスを置く私立工業大学だ。2018年度から4学部・14学科への学部・学科リニューアルを構想中で、学内に10カ所以上の学習センターを設置。強固な学習体制を敷いていて、時折「日本一宿題の多い大学」と称されることもある。

そんな同大学の特長の一つが、教職員による学生指導で活用する「KITポートフォリオシステム」。学生たちの「気づき→努力→自信→意欲」を引き出すために導入されているシステムで、学生と教職員がともに週単位・学期単位で以下のPDCAサイクルをまわし、学生の目標達成度を確認していく。

 

  • 自己実現の目標設定(Plan)
  • 目標達成の活動プロセス・成果を「KITポートフォリオシステム」へ記録(Do)
  • 集積した記録をもとに目標への達成度を自己評価(Check)
  • 次の改善を図る活動計画を作成・実行(Action)

 

金沢工業大学では、このポートフォリオシステムを10年以上も前から導入しており、これまでに蓄積された学生の成長データは同大学にとって大きな資産となっている。しかし、膨大なデータを前に、新たな問題が発生していた。

「当校の教職員は、進学アドバイザーとして年2回ほど学生との個別面談を行います。しかし、在学する学生は7,000名近くにものぼり、それだけの学生に対して個別でフィードバックすることに限界が生じてきました。指導には過去の学生のポートフォリオも活用したいのですが、10年を超える膨大なデータ量のため、うまく活用できていないのが現実です」(学校法人金沢工業大学法人本部次長・泉屋利明氏)

この膨大なデータ量を学生に還元するため、金沢工業大学が導入したのがWatsonだった。では、Watsonを活用した「コグニティブ・キャンパス」とは、一体、どんなものなのか。

 

ポートフォリオ分析から見えてくるもの

コグニティブ・キャンパスのベースにあるシステムは「IBM Watson Explorer」で、大量の文書を収集し、高度な分類・分析を行うことができる。そこに投入されるデータが、金沢工業大学が蓄積してきた膨大なポートフォリオ「データ」となる。

ポートフォリオには、学生の入学年、所属学科、出身、進路先、成績(5段階評価)から、大学図書館での借出点数に至るまで、さまざまなデータが集積されている。そこには、非構造化データと呼ばれる「在学中の目標」などに対して学生が回答した文章も含まれている。IBM Watson Explorerを活用すれば構造化データはもちろんのこと、非構造化データも分析できる。また、VOC(Voice of Customer)分析の機能を使えば、自然言語を元にした感情分析(感謝・疑問・不満・満足・要望)による抽出も可能となるため、例えば「『とりあえず』という言葉を頻繁に使用する学生の成績は、相対的に低いといった相関性を見つけることができる」と泉屋氏は語る。

 

過去のデータを参考に、学生の理想的な状態を見極める

セッションでは、同校バイオ・化学部応用化学科の女子学生に対して指導を行う様子が、金沢工業大学の教職員によってデモンストレーションとして披露された。スクリーンには、当時大学1年生だった学生が動画で登場。彼女が自らの成長を企業に対してプレゼンする恒例イベント「KITステークホルダー交流会2016」(2017年2月開催)の様子が映されている。ここで彼女は、入学から1年間の成果と来年度以降の目標を説明する。

 

〈プレゼンの内容〉

  • 1年間で多くのディスカッションを経験した
  • 能動的に意見を言ったり、人の話を傾聴したりできるようになった
  • もともと研究職を目指していたが、上記の経験からもっと人と関わるような仕事をしてみたいと考えるようになった
  • そのため、これからの大学生活ではリーダーシップを発揮できるようになりたい
  • 自分の短所と思える部分を長所に変え、眠っている新しい自分を発掘したい

 

彼女の今後の目標を実現するため、大学側にどんなサポートが求められるのか。ここで、IBM Watson Explorerが活躍する。まずは「ディスカッション」に注目し、IBM Watson Explorer上でディスカッションのキーワードが盛り込まれている過去の学生ポートフォリオを検索する。同時に、VOC分析によって不満の要素を取り除く。すると、ディスカッションに対してポジティブな反応を示した学生のポートフォリオデータを抽出できる。金沢工業大学では、KITオナーズプログラムという課外活動プログラムを学生に提供しており、抽出された学生たちが、どんなプログラムに参加していたのかを知ることもできる。

「抽出したデータを参考に、彼女にある課外活動プログラムを勧めました。そのプログラムは、彼女が所属する応用化学科とは学部が異なる、心理情報学科の学生が数多く参加していたプログラムです。これは、われわれ教職員たちには持ち得ない発想です。固定観念にとらわれがちな教職員が見落としてしまいそうなデータでも、IBM Watson Explorerは丁寧にすくい上げてくれます」(金沢工業大学教職員)

続いて注目したのが「リーダーシップ」。Watson APIの一つであるPersonality Insightsは、学生の性格診断を行うことができる。Personality Insightsは、非構造化データからその人の性格を読み取り、誠実性・協調性・情緒不安定性・知的好奇心・外向性といった要素ごとにその人の性格を数値化している。

「Personality Insightsによる診断結果から、彼女の『外向性』にまつわる数値がやや低いことがわかりました。これは、リーダーシップとも相関する要素です。そこで、『外向性』の数値を少し高め、その状態と似た学生を過去のポートフォリオから探しました。すなわち、過去に在籍した学生から、彼女の理想状態を探るという試みです。ここでも、類似学生の進路先、資格取得の履歴、課外活動プログラム、学生のときの行動などがわかりますから、我々教職員は彼女に対してさまざまな指導ができるようになります」(金沢工業大学教職員)

これら、学生の自己成長を支援する一連のプログラムは、KITの教職員のみならず、学生みずからがアクセスできる点も大きなポイントとなっている。Watson APIの一つであるConversationというユーザーによる対話処理を行うAPIと連携させれば、学生が直接Watsonと会話をしながらスキルを高めるアドバイスを受けることが可能になる。

「例えば、その学生が『人と話し合う仕事』に興味があれば、その言葉が『ディスカッション』という言葉に変換され、相関性の高いプロジェクトの活動内容、指導教員、メールアドレスなどをWatsonが提示してくれます。また『リーダーシップ』を身につけたいのであれば、先ほどのようにPersonality Insightsから学生の性格診断を行い、理想状態に該当する過去のポートフォリオを学生に提示します」(金沢工業大学教職員)

上記のようなサービスは、2017年7月から約100人の学生を対象にβサービスが開始される予定で、最終的にはスマホを通じてWatsonと対話をしながら進路について考えることができるアプリを提供する予定だという。

2016年4月に金沢工業大学の第6代学長に就任した大澤敏氏は、これからの学校教育方針として「世代・分野・文化を超えた共創教育」の実践を掲げている。コグニティブ・キャンパスは、まさにこの学校教育方針を実現するものであるといえるかもしれない。さらに、学生たちの自己成長支援がWatsonのサポートでより個別化、精緻化されれば、今後の学校教育が一変する可能性すら秘めている。