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THINK Business

バイオベンチャーがカギを握る、 医療・製薬業界の世界的イノベーション潮流

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吉本久(よしもと・ひさし)
日本アイ・ビー・エム株式会社
戦略コンサルティング
シニア・コンサルタント


イノベーションをテーマに、デジタル領域の事業戦略立案や新規事業開発を支援する。2018年まで米国サンフランシスコで活動、2019年より日本アイ・ビー・エムに参画。

 

過去最高を記録した2018年のベンチャー投資市場において、バイオベンチャーに対する投資は、FinTechやAIといった注目分野と同等の規模であった。また、医療・製薬業界では、ベンチャー投資だけでなく、数兆円単位の買収合併も近年盛んに行われている。これらの背景にはバイオ医薬品という新種の医薬品の台頭があると考えられる。

急激な発展を遂げているバイオ産業には、成長著しい中国も注力。中国におけるバイオ産業支援を主導するのは、グレーター・ベイエリア構想の中心都市である広州だ。その様子を、筆者が参加した中国最大級のバイオ産業カンファレンス「China Bioindustry Convention」を通じてレポートする。

 

ベンチャー投資加速の背景にあるバイオ医薬品の台頭

2018年、米国のベンチャー投資市場における投資総額は1309億ドル。過去最高の投資額を記録した(※1)。日本においても、国内のベンチャーに対する投資額は1361億円と、4年連続増加している(※2)。

※1:米国シアトルを拠点とするPitchBook社発表
※2:一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター発表

資金調達を受けるベンチャーの業種を見てみると、米国においては資金調達総額の約2割がヘルスケア関連であり、そのうち約半分がバイオベンチャーであった。この投資規模は、FinTech系ベンチャーに対する投資と同規模であり、またAI領域のベンチャーに対する投資よりも大きい。いま、バイオベンチャーに対する投資は注目のトピックになっている。

バイオベンチャーに対する注目の高さや、活発な投資の背景には、バイオ医薬品の台頭がある。バイオ医薬品とは、遺伝子組換えや細胞融合・培養といったバイオテクノロジーを利用して開発製造されたタンパク質などに由来する医薬品の総称だ。従来は、低分子医薬品と呼ばれる化学化合物による医薬品が中心であり、日本は開発において強い開発競争力を有し、過去には世界的な新薬開発にも成功した。

バイオ医薬品の興隆は、製薬業界に非常に興味深い変化をもたらしている。たとえば、従来よりも複雑さを増した創薬プロセスにおいて、大手製薬企業とバイオベンチャーとの共存関係が形成され、製薬企業は自社開発だけに頼らず、バイオベンチャーを支援することで創薬スピードの加速をはかっている。その結果、バイオベンチャーは、世界の創薬業界の中心になりつつある。

同時に、医薬品の研究開発費は世界的に大きく増加。企業は、拡大する研究開発費に対応するために、できるだけの事業的・財務的規模を確保しなければならず、数兆円単位の買収合併が世界中で多発している。2018年に、武田薬品工業がアイルランドの製薬会社Shire社を約7兆円で買収したことは記憶に新しいだろう。2019年に入っても、米国のBMS社が同じく米国のセルジーン社を740億ドルで買収。同年6月にも、米国のAbbVie社がアイルランドのAllergan社を約630億ドルで買収し、業界4位に躍り出た。

 

中国は、バイオ産業を戦略的新興産業として位置付ける

2018年8月現在、世界の医薬品市場のトップは米国で、世界市場の約4割を占有。一方、長らく世界2位であった日本だが、2015年より中国に抜かれ、2018年実績でも世界3位の市場規模となっている。成長著しい中国は、当然、バイオ産業にも注力、戦略的新興産業の一つとして位置付けている。

加えて、中国は、「グレーター・ベイエリア構想(※3)」に関連する投資や取り組みが顕著だ。これは、華南と呼ばれる広東省9都市(広州、深圳、珠海、仏山、中山、東莞、恵州、江門、肇慶)に、香港・マカオを加えたエリアを一つの経済圏とみなし、シリコンバレーやNY、東京を上回る世界一の経済圏構築を図る構想である。広州と深圳は、中国の4大都市(ほかに北京・上海)にも数えられており、さらに世界的な経済都市である香港も加わることから、その可能性は計り知れないだろう。中国では、現代版シルクロード経済圏構想とも呼ばれる「一帯一路構想」と並び、重要な国家的経済戦略の一つとされている。

※3:中国語表記は「粤港澳大湾区」、英語表記は「Greater Bay Area」

 

異分野の人材を招集する中国のバイオ産業カンファレンス

2019年6月、バイオ産業に関する中国最大級のカンファレンス「China Bioindustry Convention」が、グレーター・ベイエリア構想の中核都市である広州で開催された。12回目の開催となる本年、会場である広州市内のコンベンションセンターには、日本を含む7カ国から、研究者や医師などの専門家が集結。各国専門家による公開討論会が開催され、バイオ産業に関するさまざまな講演や議論が繰り広げられた。主催者側の発表によれば、2日間で約3万人が来場したという。

オープニングセレモニーでは、中国人民政治協商会議の何维(He Weii)副委員長が祝辞を述べた。中国はバイオ産業を戦略的新興産業の一つと定めており、経済的発展に向けた政策・計画を進めている。その中で、広州は産業を主導する役割を担っており、企業や大学・研究機関が共同でイノベーションを創出するための環境整備を、積極的に進めていると紹介した。

中国科学院の施一公(Shi Yilgong)氏は、中国内のバイオ産業の発展について発表。また、2018年までの10年間で35種類の新薬が承認されており、そのうち7種が2018年に承認されたことにもふれ、今後の新薬開発のさらなる拡大を予見した。

2004年ノーベル化学賞受賞者のAaron Chehanovo氏は、基調講演を通じて、企業と大学・研究機関が連携したイノベーション創出に対する課題──特許の所有者と事業主体者が異なる共同研究・開発の場合、事業化までのスピードが停滞することを指摘。イスラエルにおける、大学・研究機関の権利を保障した支援制度などを紹介し、両者が対等に権利を共有することの重要性を主張した。

講演者の中には、米国の著名なベンチャーキャピタルであるSequoia Capitalの中国向けファンド、Sequoia Capital Chinaのゼネラル・マネージャーなど、医療・製薬業界以外からの参加も多く、新しい潮流を積極的に取り入れたいという主催者側の意向が読み取れる。

2018年の中国におけるベンチャー投資は1050億ドルと、米国に迫る規模を記録。バイオベンチャーに対する投資規模も同様に著しい成長を見せており、2017年時点で、すでに米国の半分の規模まで拡大していた。なお、記事冒頭に述べた米国内のバイオベンチャー投資のうち、実に約3割が中国人投資家によるものであった、ということも特筆すべきだろう。中国はいま、バイオベンチャー投資を世界でリードする有力国となっているのだ。

筆者も、バイオ産業の専門家ではないが、本カンファレンスに登壇。昨年まで米サンフランシスコにおいてベンチャーを対象とした調査と事業開発を行っていた経験から、日米のバイオベンチャー業界の特徴やトレンドを紹介しつつ、イノベーションに関する広い示唆を提供した。また、会期中には、本カンファレンスを主催する広州の陳志英(Chen Zhiying)常務副市長と面談する機会も得ている。

 

官民が連携して進める、中国国外からのバイオベンチャー誘致

実際に広州が支援する、あるベンチャーは、基本的な眼科系検査機器を複数集約したデバイスを開発しており、一般的なオフィスや店舗などで簡易な検査サービスの提供を目指している。また同時に医療機関とも連携し、検査で異常が検知されると提携病院へと送患するエコシステムの形成を狙っているという。

同社の技術を保有するのはイスラエルの企業だが、中国での事業展開を担う合弁会社として設立され、広州が運営する支援ファンドから一部出資を受けている。さらに、市内の創業支援オフィスに入居し、アクセラレーション・プログラムの一環として、たとえば市内の企業など、検査デバイスの設置先の紹介も受けているのだ。そのため、同社の展示ブースでは、広州市の担当職員が、ベンチャーの社員に混じりデバイスの可能性を力説していた。

現在、中国ではこうした手厚い国の支援を通じて、国外からベンチャーを誘致することに積極的である。グレーター・ベイエリア構想をはじめとする戦略には技術イノベーションが欠かせないが、そこには国外からの技術と人材の誘致が必須であり、そのための準備に抜かりはないと言えるだろう。中国は官民が連携しつつ、バイオ産業がおよぼす医療・製薬業界における地殻変動に向け、確実にその足並みを揃えているのだ。

 

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