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家族の障がいに向き合う作家・岸田奈美氏と考える、固定観念を超えていく想像力

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人文社会科学系の学問と情報理工系の先端技術を融合し、従来にはなかった概念のもと新しい社会モデルの実現をめざす、東京大学と日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)の協同プログラム「Cognitive Designing Excellence(以下、CDE)」研究会。10回目となる会が、5月19日にオンラインで行われた。

今回のテーマは「地域創生」。CDE会員である東京海上日動火災保険株式会社と株式会社ポーラがCDEの分科会として進めてきた地域創生プロジェクトについて報告。ブラッシュアップしていくため、「地域において働くことの創造」について会員メンバーがディスカッションした。

このプロジェクトの対象は、次世代を担う若者たちや子どもたちで、彼らデジタルネイティブ世代に伝えるべき仕事観は従来の仕事観とは違うはずだ。そんな考えのもと、ゲストスピーカーとして、さまざまな壁を乗り越えて多様な考え方を実践し、故郷の兵庫県にUターンした作家の岸田奈美氏を迎え、働くことはどういうことか考えを深めた。

家族といて楽しいと思える、ちょうどいい距離と時間

オープニングとして、ディスカッションの前に岸田氏の講演が行われた。岸田氏は1991年生まれ。家族について綴ったエッセイ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)で知られる。

中学2年の時、父が心筋梗塞で急逝。母の岸田ひろ実氏(以下、ひろ実氏)は、岸田氏が高校1年のときに命の危険性が高い大動脈解離を発症。手術の後遺症で下半身麻痺となり、車椅子生活を余儀なくされている。ひろ実氏は今年2月には感染性心内膜炎という大病を患い、2か月間入院した。岸田氏は「なんとか生還した母が今日来ています。死にかけた他人のオカンを見る機会はなかなかない」と、岸田氏らしいユーモアで笑わせた。

弟の良太氏はダウン症で知的障がいがある。「まじめなんだけどおちゃめなところもある。弟は“岸田家の太陽”とよく言われる」と岸田氏。実家では、認知症が進んだ母方の祖母も同居しているという。

実家は兵庫県神戸市北区。岸田氏は4年前から東京に住んでいたが、今年になってひろ実氏が入院したのを機に関西へ戻り、現在は京都に住んでいる。

「私は地元が大好きかというと、そうではないんです。あまり人と関わるのが上手じゃない私にとっては、東京のほうがラク。地元だと“ファミチキ”を食べながら外を歩いていただけで『今日、食べてたでしょう』と連絡が来る。一方で、やさしくて何かあったときに頼れるのは地域のいいところ。弟がバスに乗ったときに乗車券を忘れてパニックになっても、運転手さんは顔見知りなので『後から払えばいいよ』とイレギュラーな対応をしてくれる。お母さんや弟にとってはいいところ。

私はよく『家族にやさしいですね』と言われますが、まず自分にやさしくないと家族にやさしくできない。私の場合は、家族とずっと一緒にいて手伝うよりも、週の半分は好きな時間を過ごして心に余裕がある状態で週末家に帰り、家族と向き合うほうがいい。母もずっと『家族だからといって全部背負う必要はない。あなたは好きなことをしたらいい。ただ、困った時は頼るわ』と言ってくれていました。家族といて楽しいと思えるように距離と時間を空けるようにしています」(岸田氏)

できないことが多い岸田家流の“人に頼ること&人を喜ばせること”

岸田氏は、家族を紹介した後、自身が作家になったいきさつについても語った。岸田氏は関西学院大学人間福祉学部在学中に、株式会社ミライロに創業メンバーとして参加。障がいを価値に変える「バリアバリュー」を理念とし、環境のバリア、意識のバリア、情報のバリアを解消すべく事業を展開した。

しかし、9年間在籍した後、「みんなにとっての“当たり前”が私はできない」と休職。休職中、自信を失ったときに唯一自信を持てることは家族のことだと思い至ったという。「母のように優しい人、弟のように素直な人はいない。家族のことを伝えたい」と考え、ブログサービス「note」に家族のエピソードを書き綴った。

「noteを書いたらたくさんの人が喜んでくれて、同じように障がいのある家族を持つ人から『ダウン症について書いてくれて多くの人に知ってもらえて嬉しい』と言ってもらえたり、家族のことを恨んでいるという人から『家族は選べると書いてあって救われました』と言ってもらえたりして、エッセイを書くことが天職だと思いました。友人でもある哲学者の近内悠太さんに教えてもらったのですが、天職は英語で『calling』。“神様に呼ばれる”という意味だと言われていますが、“この世の中にいる困っている人から呼ばれる”という意味もあると思う。日常で起きた不条理は、自分一人で抱え込んだら悲劇だけど、誰かに面白おかしく語ったら喜劇だと気付いて、自分でも書いてて笑えました」(岸田氏)

つらいことも視点を変えたら笑いに変わる。面白さを磨くことで、自分の人生をも救っているという。

「“甘えること”と“頼ること”は似ているけれど、自分にもできることを他人にしてもらうことが“甘える”で、自分にできないことを他人にしてもらうことは“頼る”だと思う。岸田家は障がいや病気に向き合うことが多く、かつお父さんもいない。他の家族よりもできないことが多い家族なので、人に頼る機会が多い。やってもらったことに対してお金や同じことで返すことはできないから、まったく違うことをして喜んでもらえるようにしたいと考え続けてきた家族だと思います」(岸田氏)

地元の子どもたちが「飛騨高山で働きたい」と思えるアプリを開発

岸田氏の講演後、分科会Aのメンバーであるポーラの大城敦氏から、岐阜県・飛騨高山で行っている地域創生プロジェクトについての中間報告があった。飛騨高山は有数の観光地として知られるが、住民にとっては職業の選択肢が少なく、親世代は「我が子には都会に出て働いてほしい、そのほうが幸せだ」という認識を持っている。そこで分科会Aでは、子どもたちがこの地で働き、暮らしていきたいと思えるような取り組みを、地域の人々とともに考えて進めている。

その第一歩として、地元で働くイメージ、可能性を学ぶ体験機会を創出するため、夏休みに合わせて「飛騨高山お仕事発見隊」というイベントを開催。子どもが実際にさまざまな地元の職場を訪れ、どんな仕事があり、どんな仕事ができるか半日ほど体験してもらう。

さらに、飛騨高山在住の親子や地元事業者の考えや思いをストーリー化し、それをもとにMVPアプリ「お仕事アドベンチャー」を開発。アプリでは、子どもが自分の興味関心のある分野から体験できるお仕事を探せるほか、この地で働いている人の声を聞くことができる。

「地域主体で継続、実装、発展をめざし、アプリのブラッシュアップをしていきたい。それをもとに飛騨高山に続く第二、第三の地域で体験を作り、その土地をアプリでつなぐことで、子どもに自分たちの地元を振り返る機会やほかの地域でできる仕事を見る機会の創出をめざしたい」と大城氏は語る。

働くこと、日本の未来、会社の役割に関する多様な意見

ここでカギとなるのが仕事観である。これからの時代、人びとは経済的価値を求めるのではなく社会的価値を求めるのではないか。それも単純なピラミッド型ではなく多様なものになるのではないか。地域においても、都会との比較ではなく、社会課題に貢献するという視点を仕事観に加えることができるのではないか。そんな観点を踏まえて、ディスカッションには下記の3つの論点が挙げられた。

論点① 自分にとって働くこととは何なのか?
論点② その先に見える日本のいい姿とは?
論点③ 企業において「会社への入り口」と「会社と働く人の関係性」をどう変えていきたいか?

ディスカッションは産業別でグループに分かれ、Zoomのブレイクアウトルーム機能を利用して進められた。産業別チームとはいえ、メンバーの世代はバラバラなので多様な考え方が自ずと出て、議論は白熱していた。

論点①「働くこととは何か?」については、「モノを作ってモノを通して社会を笑顔にさせること」(グループA/Auto)、「入口は専門性を活かしやりたいことと一致していること。そこから徐々に社会貢献が視野に入っていく」(グループC/建設)、「貧困の時代には自分の生活が大事だったが、現代の優先度は社会・地域→家族→自分となっている」(グループD/公益・医療)、「働くことは貨幣を得ることではない。働く定義を変えることが必要」(グループF/消費財)と、社会を意識した意見が目立った。

論点②「その先に見える日本のいい姿」については、「地域の色が残るように協働し文化を守る」(グループA/Auto)、「チームで乗り越え、大きな仕事を成し遂げる」(グループB/通信+金融)、「その人の人生に楽しむ時間を確保する。ただし、みんなで中流的になろうでは海外に負けてしまうことが心配」(グループE/マテリアル)とさまざまな視点からの意見が出た。

論点③の会社をどう捉えるかについて、「人と人とのつながりの場を提供するのが企業となる」(グループB/通信+金融)、「個人の持つ夢と社会課題解決が一致する場と、同志がいる場」(グループD/公益・医療)、「働く多様性が日本の多様性につながり、会社も変わる。迷惑をかけないことではなく、迷惑を受け入れられるように会社も変える」(グループE/マテリアル)といった意見があった。

ファシリテーターを務めたIBM CDE 統括エグゼクティブ的場大輔からは「自分の夢を追求するのか、それとも利他で社会を見ていくのか。どちらが正しいではなく、子どもたちにどういうふうに伝えるか考えていく必要があると感じた。グループD/公益・医療は、優先順位を地域→家族→自分としたが、その意図は?」という質問があった。

グループDは「優先順位は時代や年齢とともに変わっていく。若いころは自分の能力を活かすことが優先。30代、40代になると家族と変わっていく。固定せずに変わるものでいい」「いろんな方とつながり、刺激を受けて学び、反省し、生かされている自分がある。いろんな変化に対して、どういったことができるかを考えていくといいのではないか」と回答した。

また、「『日本の地域色を生かす』というゆっくりしたことを言っていては、エマージングカントリーやデジタル大国に取り残されるのではないか」という的場の指摘には、グループEのメンバーから「バランスが大事。今ある強いポイントを生かしながら、一方で情緒的ではありながら、隣の社会とどう関わっていくか。バランスを取っていくほうが長い期間で見たときに安定するししっくりくる」「日本独特の世界もグローバルも両方取り入れることは、日本が得意なことだと思う」という意見があった。

論点②でグループB/通信+金融から出た「チームで乗り越える」ことが、これからの時代においてもうまく機能するかどうかについては、以下のような意見があった。

「日本の価値観の中で、共感が活力になることはよくあると思う」

「よくも悪くもぬるま湯の企業文化がある。日本で育まれた企業文化は、心理的な安定性のうえで、ジョブ定義を生み出して進化すること。チームを維持しながら、ものごとを成し遂げることはできると思う」

「“人のためにやってあげる”という日本人の文化がある。人を乗り越えて上に立つ文化ではない。人を立てながら協調していく。それが日本人のいいところであり、会社を作っていくのではないか」

社会問題を考える際に問われる、物事を多角的に見る想像力

ディスカッション後、東京大学大学院工学系研究科 准教授の小渕祐介氏から「ディスカッションの内容にはとても共感したが、こうした議論に加わることができない人の存在も考えるべき」という指摘があった。

「格差社会が拡大するアメリカでは、いわゆる“負け組”がかなり怒っている。日本も同じような方向に進んでいるように思う。そういう取り残されてしまった人たちにとって、「インクルーシブで誰もが参加できる社会をどう築くことができるのか?」というようなことを僕なりに考えていました。それと同時に、自分が格差社会の問題に対して認識が甘かったのではないかと反省しています。東大のようなところで研究をしている人たちが考えることは素晴らしいものも多くあるが、いろいろな社会問題の根源になっているようにも感じる」(小渕氏)

また、ディスカッションにオブザーバーとして参加した岸田氏と、岸田氏の母でありユニバーサルカウンセラーのひろ実氏は、多様な人びと、多様な価値観を理解することの大切さを語った。

「わかったつもりになった傲慢さを捨て、わかろうとする謙虚さを常に持っておかなければならないと思う。みなさんのディスカッションはわかろうとしてくださっているのが嬉しい。私は家族に障がいがあるからかわいそう、弱いと思われることに苦しんでいました。お母さんは家がバリアフリーになり『自分ひとりでコロコロ(粘着式クリーナー)で掃除できることがこんな幸せだと思わなかった』と言う。痛みと幸せは表裏一体。オカンは歩けないという痛みがあるからこそ、コロコロするだけで幸せ。ただ『かわいそう』ではなく、その人が何を求めているか見ようとしてほしい」(岸田氏)

「歩けなくなった当初、信号待ちをしているときに紳士からチラチラ見られて、『かわいそうと思われている』と悲しく感じたけれども、信号が青に変わる寸前に『よかったら押しましょうか』と声を掛けられ、そんなやさしいことを考えていたのかと気付かされました。今まで『かわいそうと思われている』と思い込んでいたけれど、そうではないと自分が解放されました。人を決めつけて判断しない。視点をたくさん持ち、想像する力があれば変わると思った」(ひろ実氏)

小渕氏、岸田氏、ひろ実氏とも、一面的な見方だけで答えを出さないという点で意見が共通している。常にものごとを多角的に見るという姿勢は、さまざまな地域や社会で暮らす人々の課題解決に取り組むうえで最も重要なことだろう。

分科会Aでは、今回のディスカッションで得た「なぜ仕事をするのか」という問いから得た気付きをアプリに落とし込み、地域の事業者の思いを子どもたちに伝えていけるようブラッシュアップしていくという。

2021年、新しい時代の転換期にCDEが向かう先

総括として、IBM常務執行役員の柴田祐一郎がCDEの意義についてあらためて語った。

「コロナ禍で社会全体に大きな不安が漂っています。今と同じような感覚を、私は2011年に持ったことがありました。ちょうどニューヨーク本社に赴任したタイミングです。リーマンショック、ユーロ通貨危機、米国債務上限問題、日本の震災⋯。グローバル社会全体が閉塞感に覆われていました。しかし、米国の社員は楽観して見ていた。なぜか。彼らは時代をマクロな視点で捉えていたからです。これまで5つの技術革新がありました。産業革命、蒸気機関、鉄鋼・電気、オイル・大量生産、情報通信。すべての時代において、いろいろなものがクラッシュし、その後に新しくアジャストメントが起こってきた。だから、これからいい時代になると信じているわけです。その観点に立ってみると、2021年に一つの時代が終わりを迎え、新しい時代への転換点になるのではないかと考えることもできます。その中で今日の議論を踏まえ、CDEとして新しい社会のモデルを先取りし提言していきたい。そのためにも会員企業の変わらぬ熱意とご支援を引き続きお願いいたします」(柴田)

2019年から始まったCDEは今回から3年目に入った。1年目は課題の認識と理解、2年目は社会モデルのデザイン。3年目は社会モデルの実現や実装をしていく。今回は分科会グループAの中間報告が行われたが、グループB・C・D、4つの分科会すべてにおいて、社会モデルが実現できるところまで進めていくことを目標としている。

また、コロナ禍においてクイックに世の中に貢献できることをしようという提言がCDE会員からあり、たとえばCDE会員のコニカミノルタ株式会社は、看護師の安全と効率化を促し、負担を軽減するリモートモニタリングシステムを提案している。さまざまな課題に対して、今、レジリエンスをどう発揮していくかが問われている。