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東大とIBMがタッグ、デジタル時代に真価を発揮する人文社会科学と科学技術の共創とは?

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AI、ブロックチェーン、IoT、量子コンピューターなどの先端技術が普及し、社会の変化が加速している。デジタル技術が人智を超えようとする時代において、未来における新しい価値を人間がデザインしていくことが求められている。それにはデータを分析することも重要だが、社会課題についてリアリティを持った人や、哲学をはじめとした人文社会科学の専門家の知がより必要となる。

そこで、東京大学と日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)が協同し、人文社会科学系の学問と情報理工系の先端技術を融合して、社会課題を起点にこれまでにない概念や社会モデルをデザインし、ひいては日本社会の世界的なプレゼンスを高めることを目的とする研究プログラム「Cognitive Designing Excellence(以下、CDE)」を設置。その第1回研究会が2019年7月25日、東京大学大学院にて行われた。

 

情報系先端技術✕人文社会科学が提案する社会課題への答え

会場となった東京大学大学院 情報学環・学際情報学府ダイワユビキタス学術研究館内の大和ハウス石橋信夫記念ホールには、大手企業、メディア企業、大学・研究機関などのリーダーたちがCDE会員として集まった。まず、IBM グローバル・ビジネス・サービス事業本部 戦略コンサルティング&デザイン統括 CDE統括エグゼクティブ・的場大輔氏がオープニングの挨拶を述べた後、東京大学教授 東京大学大学院 情報学環・学際情報学府・中尾彰宏氏が、CDEの目的、概要を伝えた。

「CDEの目的は、IBMが持つAI、ブロックチェーン、IoT、量子コンピューターなどの先端技術、東京大学が持つ幅広く深淵な知見を誇る人文社会科学系布陣と情報理工系先端技術、これらを融合して、STEM(科学・技術・工学・数学)だけでなく芸術、文学、歴史、文化、哲学などを合わせた学際的な見地から、世の中のさまざまな社会課題を解決していく提言を導出することです」(中尾氏)

期間は3年間で、今年度は4回の研究会開催を予定している。さまざまな顔ぶれの大企業の経営幹部やアカデミアが参加し、意見交換を行う。登壇する論者は、芸術家、文化学者、ITの専門家、建築家など多岐にわたる。テーマは農業、エネルギー、格差、災害、教養、交通インフラ、ポストイベント、多様性の8つを挙げ、それ以外にも提案があれば取り上げるという。また、各回終了後に懇談会があり自由に意見交換する時間を設けるほか、アンケートやヒアリングで課題の提案や意見を集め、それをもとに次回のテーマ、論点を決定していく。次回以降は、グラフィックレコーダーがテーマとなる議論をグラフィックでまとめたり、アプリ「sli.do(スライドゥ)」を利用して、白熱する議論中にリアルタイムで意見や質問を書き込み(本名でも匿名でも)、それに対して「いいね」を押すことができたりするなど、議論を活発にする新しい試みも行う予定だ。

「1年目はアンコンシャス・バイアスを破壊し、社会課題を認識、理解するステップを行いたい。2年目は社会モデルのデザインや設計に注力し、最終年度は社会モデルの実装方法と、段階を追って少しずつ前に進んでいければと考えています」と、中尾氏は各年度における中期目標を掲げ、最終的には議事録をアーカイブとして配布することも検討していると伝えた。

 

基調講演1「人口減少社会日本が抱える課題」

次回以降のテーマを決めるヒントを得るために設けられた基調講演。その1つめに登壇したのは、産経新聞社論説委員を経て現在は一般社団法人人口減少対策総合研究所 理事長を務めるジャーナリストの河合雅司氏。著書である『未来の年表2 人口減少日本であなたに起きること』(講談社現代新書)を推薦図書として指定し、人口減少によって浮き彫りにされる日本の課題について講演を行った。

ここでは、講演後に設けられた質疑応答のやりとりを紹介する。

ある参加者からは、「我が社はここ数年の間に本社の2割が外国人となった。そのうち日本人と結婚し帰化する人もいる。日本に魅力があれば日本人になる人が増えるのではないか」という質問が投げかけられた。それに対して河合氏は、「個々の企業のレベルではあり得るかもしれないが、日本社会全体の規模で考えると2040年までに働き手世代は1500万人ほど減る。毎年100万人単位で来てもらわないとつじつまが合わない」と回答。来日外国人数が、日本社会における人口減少のスピードに追いついていないことを指摘した。さらに、「これから日本に来てもらいたい外国人は20〜30代だ。この年齢層だけ粘土で肉付けをするように増えたならば、日本社会はいびつな人口構造になる。来日した人もやがて高齢化する。現時点だけでなく、将来的に予期せぬ問題が起こらないよう考えておかなければならない」と付け加えた。

 

基調講演2「CDEで取り上げる9つの社会課題」

2つめの基調講演に登壇したのは、東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長の姜尚中氏。課題図書として『明治維新150年を考える 「本と新聞の大学」講義録4』(集英社新書)を指定し、自身が2年前に、1年半ほどにわたって日本全国をフィールドワークしたときの新聞連載をもとに講演を行い、日本に散在する社会課題を多角的な視点から伝えた。

「フィールドワークを行った後、もう1回自分のデスクワークに戻ったときに何が変わったかというと、私のなかで知のあり方が変わった。私たちは論理主義的であったり、できる限り客観的であったりと、誰でも当てはまる普遍主義的な知のあり方を目指してきました。ですが、実はそれが課題を見つけ出すことの障害になっていたのではないか。一つの知のあり方が、言ってみればナローマインド、視野狭窄に陥っていて、なかなか課題を発見できなかったのではないか」(姜氏)

東日本大震災では第一次産業が大きな被害を受けた。各地域は復興に向けて共通した課題を抱えていたが、ある地域は成功し、ある地域は成功していないという。それを分けたのは何だったかを探るために、姜氏は1年ほど被災地に通った。

「成功する地域となかなか立ち直れない地域、そこに一般則はあるのか。結局、一般則はない。実験を繰り返して仮説を立て、それを演繹的に推論していくという知のめぐり方よりも、非常にローテクだが、直感、経験、その地域社会が持っているコスモロジー*というものを発見していったほうが地域社会として再生していく底力が湧き上がっていく」(姜氏)

*コスモロジー:世界の構造に関する哲学的、宗教的な考察。臨床知

先端的な技術や知識だけでなく、その場所が持つコスモロジー、歴史、背景をしっかり汲み取った地域再生がモデルになっていかなければならないと感じたという。

「このプロジェクト(CDE)は、私たちの知の形を変えていく。フィールドワークとデスクワークの往復運動をして、今まで私たちが考えていた知のパラダイムをもう少し修正することで、もっと課題発見能力を向上させることができる。日本に山積する社会課題について、いったい何が問題なのか。課題を設定し発見する力は、一つの回答を出すこと以上に大切です。その上で、CDEはビジョンを出し、提言していく」と語る姜氏は、9つの課題設定を紹介した。

1:エネルギー
福島第一原子力発電所内部では毎日廃炉作業のために6000〜7000人が働いているが、被ばく量の限度があるので新しい労働力が常に必要になる。そのような現状や、日本が持つ優れた先端的な原子力に関わるテクノロジーやノウハウをどう生かすのか、日本社会のエネルギーにはどのような形があり、どのような選択肢があるのか。そのようなことも考えさせられる

2:格差
東京都港区と、熊本県球磨郡球磨村では一人あたりの年間所得が4倍の差がある。また、東京大学の学生の6割は関東圏出身。全国区の大学はローカル化しており、日本全体としてモビリティ(流動性)がだんだんなくなりつつある。ホモジニアスな(同質性が高い)ことは日本の活力の低下につながる。ヘテロジニアスなものがスパークして、初めて活力は生まれる

3:教育
かつて数万の寺子屋があって識字率が高かったり、人口の1/4が新聞を読んでいたりと、社会階層が低めの人々の知的レベルの高さが日本を支えていた。しかし、それが格差とともに少しずつ浸食され始めている。地域の大学は地域社会の中で高等教育機関としてどのような未来を切り開けばいいか。地域社会を支えている地域の高等教育機関と金融機関が、今後における地方のあり方、再生の鍵を握っている

4:災害
1995年に阪神淡路大震災の被害を受けた神戸市長田区では、震災から25年経ち、住んでいた方はほとんどいなくなり、震災を知らない方が主な住民となっている。震災の記憶は完全に風化し環境は変わりつつある。また、日本において地震は避けられないが、そういった地震災害のリスクをどのように配分するか、それに耐えられる地域社会を設計できるのかが問われている。最終的には、人間力や社会の持っている関係性の絆に帰着するのではないか

5:農業
秋田県にある大潟村は、国策として干拓事業によって作られた農村。大潟村の農家は一人当たりの平均年収が約500万円と非常に高いが、それは日本の農業のモデルになりうるのか。高付加価値化、大規模化、新規参入、農協、食料自給率、安全保障などを含めて、農業問題は自然景観の維持などの環境問題まで広がる待ったなしの問題である

6:交通体系
日本は世界的に見ても交通インフラが整っていて、特に鉄道が主流。時速500キロメートルのリニア新幹線が開通すれば、従来型新幹線のぞみの半分の時間で東京-大阪間を往復でき、日本の活力になる。一方で、リニア新幹線の恩恵を受けるのは三大都市圏が中心なので、交通体系の資源配分の問題も考えていかなければならない

7:公害
日本が開発した世界に冠たるエコカーは、公害に対する自動車技術革新の賜物だった。さまざまな公害のノウハウを今後どういう形で生かせるか

8:ポスト巨大イベント
2020年に東京オリンピックが開催され、2025年に大阪で日本国際博覧会(万博)が開催される。カンフル剤として巨大イベントに経済的な効果があるのは間違いない。ただ同時に、その限界をどう考えるか、巨大イベントのレガシーを今後どう生かすかを、綿密に見直さなければならない

9:多様性
ダイバーシティを課題として見るだけでなく、そのダイナミズムが価値を生み出しているととらえる。日本は消極的な形でダイバーシティを受け入れている面があるが、より高付加価値を生み出す力の源泉としてダイバーシティを生かしていけば、(人財の)モビリティは上がり、生産性も高まるのではないか

姜氏は以上のように述べた後、「問題はこういう政策的な課題を実行していく政治家がいないこと。政治思想、選挙分析はあるが、政治家論がないこと。強力な力を持つリーダーの考えによって、世界は翻弄される。やはり問題は政治。今、政治によって経済の仕組みや我々のあり方がいかに変わるかを知らされている。我々の課題を解決する政策を実現してくれる政治家の孵化装置はどのようにあるべきなのか。この講座に政治家も呼んでいただきたい」と呼びかけた。

姜氏に対する質疑応答の時間では、3人から質問が寄せられた。

そのうち「コスモロジーはどこにでもありえるものか」という質問に対して、姜氏は「コスモロジーは生活の中のさまざまなインプリシット、暗黙の知みたいなもので、地域一律のフォーマットはない。必ず地域的な差、個体差がある」と回答。さらに、「人間を独立したモナド*のように個別的に考えるのではなく、自然・社会・風土の中で生かされている存在として見ていくことが、地域社会の再生に求められる。地域社会が活性化していくと、コスモロジーも変わる。地域を生き物として見ていく必要がある」と説明した。

*モナド:宇宙を構成する単純な要素。ドイツの哲学者ライプニッツが提唱した概念で、ギリシア語で1を意味する語monosに由来する

また、「日本の社会課題、課題解決という文脈において、グローバルな観点から日本の立ち位置や発信すべき価値観について」意見を求められた姜氏は、小規模で分権化が進んでいるドイツのモビリティの高さにふれ、「どちらかと言うと日本は、パリを中心とする集権的なフランス型だったが、それが限界にきている。ただ、資源や人事の配分も含め分権化は必要だが、たとえば災害が起きたときの可動性は高い必要があるなど課題は残る」と述べた。そして、「日本の地域再生はインバウンドしかない。日本の持つ高い文化を世界に発信していくことが重要」と締めくくった。

 

“AI大競争時代”に求められる日本のビジョン

最後に、東京大学大学院 情報学環・学際情報学府 教授・博士で大学総合教育研究センター長を務める須藤修氏がCDEへの提言策を伝えた。須藤氏は、テクノロジーを社会課題の解決にどう生かすかというテーマを提示して、大学におけるAIなど最先端の研究を紹介。

「我々は『人間中心のAI社会原則』という、G20において承認された日本におけるAIの憲法を作った。この理念をもとに政府が教育改革案を発表した。今年中にもイノベーション環境などの社会改革案が出る。そこに我々がどう関与してどう意見を言うか、責任を持たなければならない」(須藤)

教育改革案として、データサイエンスに特化したAI人材を年25万人育成し、社会人の研修の場も設ける。須藤氏は大学総合教育センター長として、情報理工系研究科だけでなく、もっと幅広い社会人教育を行う準備も進めているという。

また、須藤氏は1月にボストンのマサチューセッツ工科大学(MIT)で開催された「MIT AI政策会議」に登壇した。MITはMIT Stephen A. Schwarzman College of Computingという文理融合のカレッジを新設予定。このカレッジにもIBMは支援をしており、トロント大学やカナダ政府とも提携。この成果はOECDにも反映される。

一方、スタンフォード大学は「人間中心の人工知能研究センター」を設立。中国の主要大学とアメリカの大学の連携も進んでいる。カナダではトロントに最先端レベルの人工知能の研究を行うベクター研究所が開設され、オンタリオ州政府や連邦政府が巨額の資金を投入し、世界トップレベルの人材をトロントへ誘致。こうして世界が大きく動いている中、須藤氏は次のように呼びかけて結んだ。

「日本はどうやって生きていくのか、日本の戦略は我々が作りあげていかなければいけない。産学官民で意見を戦い合わせながら練り上げて、次の社会を展望しなければならない。みなさんとともに力を合わせて社会にインパクトを与えられるようにしていきたい」(須藤)

CDEを通して、ビジネスに長期的かつ社会的な視野を与え、日本社会の世界的なプレゼンスを高めていくことが期待されている。

 

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