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ブロックチェーンの商用化で見えてきた、ビジネス変革の未来像

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高田充康
日本アイ・ビー・エム株式会社
ブロックチェーン・ソリューションズ 事業部長

1995年大学卒業後、日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。鉄鋼会社担当SE、新規顧客開拓技術営業・マネージャーを経て、2012年より中国IBMにおける新規顧客開拓プロジェクトに従事するため北京に赴任。帰国後、ブロックチェーン・クラウド・サービスの国内データセンター立ち上げをリードし、2018年より日本アイ・ビー・エムおけるブロックチェーン事業責任者に就任。

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小林弘人
インフォバーン代表取締役 Chief Visionary Officer

1994年、日本のインターネット黎明期に「WIRED」日本語版を創刊し、1998年に株式会社インフォバーンを設立。企業のオウンドメディアやコンテンツ・マーケティングの先駆として活動。2005年、内閣府によるコンテンツ政策委員会に参加。2007年、全米で著名なブログメディア「GIZMODO」の日本版を立ち上げる。2016年にドイツ・ベルリン市主催のAPW2016で日本人スピーカーとして参加。ベルリン最大のテック・カンファレンスTOAの公式日本パートナーとなり、毎年ベルリンへの企業内起業家向け視察ツアーや日本でのイベントを展開。現在はインフォバーンにて「Unchained」という企業内イノベーターが集まれるビジネス・ハブを発足、ブロックチェーンやフライングカー(VTOL)ビジネスの教育や社会実装に注力。自著・監修本多数。『フリー』『シェア』(ともにNHK出版)など監修・解説を担当。

 
ブロックチェーンは現在、さまざまな領域において変革をもたらす画期的な技術として世界的に注目されている。そして多くの企業が、各領域でブロックチェーンがもたらす事業インパクトの算出をしたり、実証実験を通して実用化への道を模索している。

このような動きの中でブロックチェーンの開発から導入、商用化まで一貫して手がけ、ブロックチェーン・ムーブメントを牽引する企業の一つとして知られているのがIBMだ。

本記事ではIBMでブロックチェーンのプロジェクトをリードする、同社ブロックチェーン・ソリューションズ 事業部長・高田充康氏と、デジタルメディア事業を手がけ、ブロックチェーンのビジネスおよび社会実装や担当者育成教育、アイディエーションを企業向けに展開する「Unchained」を運営する株式会社インフォバーンの代表取締役・小林弘人氏に、現在におけるブロックチェーン活用の状況を見据えながら、それぞれが思い描くブロックチェーンの未来像を語ってもらった。

 

国際貿易における商用化は、実証実験から2年で実現

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小林 直近、IBMによるブロックチェーンを活用した取り組みで、海運企業として売上高世界一を誇るMaerskと共同開発した「TradeLens(物流業界全体の革新を促進するために開発された、ブロックチェーン対応のソリューション)」が話題になりました。国際貿易プラットフォームとして実証実験の最中ということですが、どれくらい開発が進んでいるのでしょうか?

高田 実証実験はほぼ終わり、2018年12月より商用化されています。このTradeLensではコンテナ物流改革を目的としており、コンテナの追跡やTradeLens参加者との貿易情報共有をすることが可能です。日本でも一部の企業様は利用料をお支払いの上で、サービスを利用してくださっています。

最初の実証実験開始からおよそ2年で、製造業や商社、フォワーダー(貨物利用運送事業者)といった関係者の方々とお話を進め、商用化まで持ち込むことができました。

小林 TradeLensを利用することで、これまでの貿易というビジネスが劇的に変わることはありますか?

高田 一つの大きな変化として、貿易書類をすべてデジタル化できることがあります。

例えば、アフリカからヨーロッパにアボカドを輸送する場合、約30社もの関係企業が合計200回にもわたる情報のやりとりを行う必要があります。現在、これらの情報の多くは書類でやりとりされており、事務処理のコストがかさんでいます。そのコストは輸送量の20%に相当するとの調査もあります。また、書類を電子化してEDI(Electronic Data Interchange)を導入しても、企業同士が一対一でやりとりする部分最適にとどまります。しかしブロックチェーンを利用したTradeLensであれば、関係する企業すべての情報のやりとりを共通のプラットフォームに乗せ、電子化できるようになります。

 

ブロックチェーン商用化へのカギは、既存業務の変革にあり

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小林 TradeLensを含めたブロックチェーンの商用化にあたっては、国と国をまたぐクロスボーダーな取り組みや、何社ものステークホルダーをまとめ上げることが重要になりそうですね。技術課題もさることながら、運営が大変そうです。

高田 確かにブロックチェーンの活用においては、技術そのものを開発するだけでなく、ブロックチェーン導入を模索されている企業の方々にとって、既存の業務を変革することの抵抗感を減らすのが重要になります。

複数社が共同で企業向けブロックチェーンを利用すれば、共通部分のシステムに関しては効率的な運用が可能になります。その結果として自社の業務効率化につながるわけです。ただ、他社との情報共有という手法に対して最初は驚かれる企業様も多いです。

IBMは世界中に拠点を置き、現地のお客様と密なコミュニケーションを取りつつ包括的なソリューションを提供してきました。そのような立場からブロックチェーン導入を検討される企業様同士をおつなぎし、それぞれにとってより最適なブロックチェーン活用の場を提供することを目指しています。

そのために各領域の中心となる企業様とのアプリケーションの共同開発や、弊社が中心となっているブロックチェーン「Hyperledger Fabric」の開発を進めています。

小林 TradeLensも基幹技術としてHyperledger Fabricが活用されていますね。Hyperledger Fabricは最も有名なブロックチェーン技術の一つとして知られ、IBMを中心にさまざまな企業がオープンソースで開発しています。

IBMのブロックチェーンソリューションのコア技術であるHyperledger Fabricは、現在どれくらいのパフォーマンスを実現していますか?

高田 Hyperledger FabricをベースとするTradeLensでは、すでに1日に百数十万件のトランザクションが発生しており、これらをすべて処理できるようになっています。それらのハッシュ(ブロックチェーンを安全に取引する技術の一つ)もすべてHyperledger Fabricに記録されており、改ざんが不可能です。

Hyperledger Fabric上では、貿易金融プラットフォーム「we.trade」や、食の信頼を担保するためにWalmartとの実証実験から発展した「IBM Food Trust」など、さまざまなサービスがTradeLens以外に稼働しています。今後もトランザクションはさらに増加することが予想されます。これらをすべて処理できるよう、IBMはHyperledger Fabricの処理速度を上げるとともに、オープンソースの開発を容易にするためにドキュメントも日々増やしています。

 

パブリック型かコンソーシアム型か。形は違っても本質は同じ

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小林 Hyperledger Fabricは、プラットフォームに参加できる企業を限定することでブロックチェーンの処理速度を高めたり、情報の公開性や秘匿性をカスタマイズできたりすることから、「コンソーシアム型ブロックチェーン」の代表例でもあります。

一方、Ethereumのように、世界中の不特定多数のコンピュータが参加し、ブロックチェーン上に記録された内容を全世界の人々が閲覧できる「パブリック型ブロックチェーン」は多くの開発者を魅了しています。もっとも、多くの一般の方が理解しているパブリック型ブロックチェーン活用の最たる例が、BitcoinやEthereumを含む仮想通貨(暗号通貨)でしょう。

パブリック型ブロックチェーンを研究する人々は、Decentralization(非中央集権化)の思想を持ち、独自通貨の発行による新しい経済圏「トークンエコノミー」の創出を目指しており、その思想にしろ仕様にせよ、旧来の中央集権型で管理されたデータ運用のスタイルから見て、「Disruptive Innovation(破壊的技術革新)」でもあります。

このような背景を踏まえると、一般的に企業で既存の業務改革をする際は、コンソーシアム型の活用が模索されることが多いと思います。顧客は、まず選択肢の一つとしてパブリック型も候補に挙げられるのでしょうか?

高田 現状のシステムを代替しつつ業務改善を目指す方向で開発を進めるにあたっては、コンソーシアム型とパブリック型、それぞれの利点を考えつつ、個別の事情に即して導入を検討する必要があります。

業界全体が前向きにブロックチェーンの導入を検討しているのであれば、アクセスコントロールやセキュリティー面で柔軟にカスタマイズ可能な、コンソーシアム型が適していると考えられます。

ただ、コンソーシアム型が上手く機能しない場合も考えられます。例えば、業界内で対立構造が鮮明な場合は、情報の共有方法に関して各社の合意を得るのが難しいかもしれません。また、一社のみでコンソーシアム型を利用する場合、情報が改ざんされていないのかを監視する仕組みが機能しないことも考えられます。

一方、プラットフォーマーとしてのプレゼンスを高めていきたいと考えるスタートアップ企業にとっては、パブリック型の活用が適しているでしょう。

小林 パブリック型の現状ですが、価値を可視化し、それがインセティブとなるようにユーティリティ・トークンを発行するプロジェクトが少なくありません。

また、ブロックチェーンが多くの若者を惹きつけている理由として、「学問の総合格闘技」と呼ばれるように、その研究過程において暗号学や数学といった技術研究のみならず、貨幣やガバナンスについて、ひいては国家や社会といった広範な知識が必要になることもあります。

トークンエコノミーの実現によって新たな経済圏が創出されることに関しては、IBMも着目しており、国内の企業と協力して取り組みをされていますね。

小林弘人氏、高田充康の写真

高田 例えば三井物産と日本IBMでは、ウェルネスを応援するトークンエコノミーの仕組みとして「ウェルネス貯金(ウェルちょ)」をリリースしました。ウェルちょでは、食品メーカーや、薬局、病院、さらには自治体などと広範に提携し、サービスを利用したユーザーの方々にiPhoneやAndroid上のアプリを通じてトークンを付与する仕組みです。

ウェルちょは全国に展開することを見据えて、まずは広島県において実店舗との提携を通した実証実験を進めました。

小林 現在、世界的にブロックチェーンの開発者は足りていないと言われます。この現状に対して、多くのプロジェクトを抱えているIBMは、どのように対処されていますか?

高田 開発者は積極的に採用していますし、社内でも新卒やキャリア採用の社員に対する教育プログラムを体系立てて実施しています。

加えてクライアントの企業様に対してもプライベート研修を実施しており、例えばWebセミナーの開催や、企業様に対するスマートコントラクトの書き方の指導などを行っています。

小林 IBM社内のみならず、業界全体の裾野を広げるための活動もされているわけですね。

インフォバーンでも、企業内イノベーターたちのビジネス・ハブである「Unchained」を創設しました。最新のブロックチェーン技術であるSubstrateの勉強会を開くなど、ブロックチェーンの裾野を広げるためさまざまな活動をしています。

また、「暗号の首都」と称されるベルリンのテックカンファレンス「TOA」の公式パートナーとして、同カンファレンスへの視察ツアー以外にブロックチェーン企業との交流を行い、香港最大級のブロックチェーン・ハブとも連携しています。そして、日欧のブロックチェーン起業家と企業担当者を招きイベントを開催しました。また、企業と自治体に向けて、業種を問わずアイディエーションや教育プログラムを実施しています。

パブリック型やコンソーシアム型といった形式は違っても、ブロックチェーンの利点はそのままに、異なる合意形成を用いるメインチェーン同士でもいずれ直接的に価値交換が行える時代が来るだろうと考えています。

 

仮想通貨だけではない。ブロックチェーンによるビジネス変革はすでに始まっている

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小林 IBMは、各企業を包括的に支援するコグニティブ・エンタープライズを打ち出しています。この中でブロックチェーンはどう活用されていくのでしょうか?

高田 コグニティブ・エンタープライズは、AI、ブロックチェーン、IoT、5Gなどの新しい技術を活用したり、独自のプラットフォームを作り出したりすることで、企業様の業務改善を支援することを目的としています。

一方、「独自のプラットフォーム」という言葉は、情報の二次利用・三次利用と言った問題を想起させることもあり、ネガティブに捉えられる可能性もあります。

その点、ブロックチェーンは、業界全体の情報を公開するプラットフォームなので、情報の透明化に寄与できるでしょう。また、ブロックチェーンを利用すれば、情報の所有権を所有者自身で管理できるようになるので、適切に情報開示する仕組みを作れる期待もあります。

IBM Watsonとの関係で言えば、ブロックチェーンは情報インフラとなるので、AIにインプットするためのデータの来歴の確認にも役立つでしょう。

小林 毎年3月に米国テキサス州のオースティンで約1週間開催されるテックカンファレンスSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)でも、ブロックチェーンは注目されています。そこでは、プラットフォーマーが取得したデータの利用や濫用が問題視されていました。ヨーロッパではGDPR(EU一般データ保護規則)が制定されるなど、今後ますます個人情報の扱いに関して、ブロックチェーンを含むWeb3.0と呼称される分散型テクノロジーに注目が集まるのではないでしょうか。

一方、ブロックチェーンに対して、「抽象的でイメージが湧きづらい」「仮想通貨のことだよね」という印象を持つ方も多いと思います。高田さんが初めてブロックチェーンと出会った時の印象を教えてください。

高田 私が初めて出会ったブロックチェーンはビットコインでした。ビットコインには中央で管理するサーバが不在にも関わらず、不正をできないインセンティブ設計がされており、これまでIBMにおいてメインフレームをはじめとする中央集権的システムを稼働させていた私にとって、非常に衝撃的だったのを記憶しています。

その際、「ブロックチェーンは仮想通貨以外の活用方法はあるのか?」「本当に実社会で役に立つのか?」という疑問も抱いていました。しかし、実証実験や商用化を進め、お客様との対話を繰り返す中で、さまざまな領域でブロックチェーンの活用が可能であり、ビジネスプロセスの効率化に貢献できると実感しています。

小林 ブロックチェーンは、国際送金や食品、トークンエコノミー、貿易、知的財産の保護といった領域でも活用されています。今後はデジタルIDや権利証明の分野でも、積極的に活用されるようになるかもしれません。IBMもカナダのSecureKeyと共同で、デジタルID事業に取り組んでいますね。

高田充康の写真

高田 そういう意味では、世界中で安全な所有権の証明が可能になるスマートコントラクト活用の端緒を開いた、パブリック型の代表的存在であるEthereumの功績は大きいと思います。

ブロックチェーンを利用した業界共通のプラットフォームを創出する立場に参加すれば、自社の業務プロセスと社会に大きなインパクトを与えられます。

例えば、医療サービスを受ける患者にとって、自分の健康に関する情報があらゆる医療機関において安全に共有されていれば利便性が向上します。これまでステークホルダーやシステム統合の観点から、医療カルテ共有システムを作り出すのは難しい現状がありましたが、ブロックチェーンであれば管理主体は分散されていますから、情報共有に関するビジネス上の摩擦は解消されるでしょう。

小林 同じ情報が記録された台帳を複数の関係者が保有することで不正を防ぐ仕組みは、確かにブレイクスルーを起こしうるものです。一方、障壁になるものが、導入に際する個別企業のマインドセットや利害調整ではないでしょうか。

IBMはグローバルに拠点を置き、各国や地域に根ざしたローカライズを展開していると思いますが、どうすれば、ブロックチェーンの社会実装が進むとお考えでしょうか?

高田 トライアンドエラーを繰り返す中で結果を出し、徐々に商用化しています。企業間のガバナンスや企業ごとのインセンティブ設計も、ここ数カ月で体系化されてきており、今後はよりプロジェクトを円滑に進められると思います。

実証実験を繰り返し、フィードバックを行うサイクルで知見を貯められるのも、世界各地にあるIBMの拠点が情報をシェアした結果です。我々は日本人が開発の中心になっているものの、他国とも提携してグローバルなナレッジを共有できる仕組みが整っており、技術とビジネスの両側面から、ブロックチェーン導入を検討している企業を支援できると考えています。

 

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