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Smarter Business

顧客体験の変革を目指して──戦略・テクノロジーから広告まで一気通貫できるIBMとADKの共同事業

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池田 和明
日本アイ・ビー・エム株式会社 執行役員
グローバルビジネスサービス事業 戦略コンサルティング&デザイン統括


事業戦略策定、組織改革を専門領域とし、同分野で20年以上のコンサルティング経験を持つ。大手企業に対し、責任者として同コンサルティングを多数実施してきた。近年は、成長戦略策定、新規事業戦略策定、ソリューション事業への変革、デジタルテクノロジーを梃子にした事業改革をテーマにしたプロジェクトを手がけている。 1996年にPwCコンサルティングに参画、2001年に同社のパートナーに登用。2002年のIBMによるPwCコンサルティング買収によりIBMコンサルティング事業部門に参画。 2012年に戦略コンサルティンググループのリーダーに就任。以降、ストラテジー&アナリティクス、ビジネスコンサルティングのリーダーを歴任。2015年執行役員。2001年より早稲田大学大学院創造理工学研究科の非常勤講師 として『企業戦略論』を担当。著書に『利益力の源泉』(ダイヤモンド社)、『実践シナリオ・プランニング』(共著、東洋経済新報社)、『キャッシュフロー経営入門』(共著、日経文庫)など。

 

亀井 典明
株式会社ADKホールディングス執行役員
株式会社ADKマーケティング・ソリューションズ 取締役ソリューション担当


1990年アサツー ディ・ケイ(旧第一企画)に入社。以来メディア戦略立案に従事。2002年よりロンドン、ニューヨークに駐在し、当時の戦略パートナー、WPP傘下のメディアエージェンシーに勤務。ビジネス分析、メディア戦略立案、エンターテインメント等の業務を担当。2006年ADKに帰任後、マーケティングROI、メディア戦略立案等の担当を経て、2013年、執行役員デジタル&データインサイトセンター統括に就任。2019年1月より現職。データドリブン・マーケティング関連各部署、デジタルメディア&ソリューション、およびマスメディアなどを担当。

 

日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)は、ADKマーケティング・ソリューションズ(以下、ADK MS)と組み、企業のカスタマーエクスペリエンス(以下、CX)の戦略策定から実行管理まで、一気通貫のサービスを提供することを目指す共同事業 「alphabox(アルファボックス)」を展開すると発表した。本記事では、同プロジェクトを推進しているADK MS 取締役 ソリューション担当 亀井典明氏(以下、亀井)、IBM 戦略コンサルティング&デザイン統括 執行役員 池田和明氏(以下、池田)に、共同事業始動の背景と概要、お客様企業に感じていただける価値、両社が目指す事業展開について、詳しくお聞きした。

 

激変するマーケティング業界。CX向上がカギに。

──テクノロジーのIBMと広告会社のADKという異業種どうしが手を組んだわけですが、それぞれの業界の動向や課題について、どのようにお考えでしょうか。またその中で、今回の「alphabox」がどのように応えるのか、位置付けについて教えてください。

亀井:ここ数年、世界のマーケティング業界で活躍しているプレイヤーの顔ぶれが変わってきています。コンサルティング会社やSIer(※)といった、従来のマーケティング業界に存在しなかった業種の会社が台頭してきているのです。

我々広告会社は、長年培ってきた生活者に対する理解やそれに関連したデータの蓄積、生活者とのタッチポイントとなるメディアを利用したビジネスを得意としてきました。ところが、ビッグデータ、デジタルの時代になると、事業戦略といったビジネスの上流を請け負ってきた企業が、ある意味でエージェンシー化し、我々の事業領域に近いところにまで入ってくるようになりました。もはや、従来強みだった事業分野は広告会社だけのものではなくなってきたのです。

そのため、我々もお客様企業の戦略策定から関われるようにアプローチしていく必要があると考え、そのためにはIBMと組むことがベストだと判断しました。実は4年ほど前から、両社の間でさまざまな議論を重ねてきたのですが、alphaboxの構想から実現に関しては、2018年の夏からのおよそ半年間で、比較的短期間で進みました。

※SIer:システムインテグレーター(System Integrator)とも呼ばれ、ITシステムのコンサルティング、設計、開発、運用、ハードウェアの選定等を一括で請け負うことを事業としている企業を指す。

池田:近年、テクノロジーの力により、人々の生活や社会のあり様、もちろんビジネスの世界にも大きな変化がもたらされています。当然、マーケティングや広告の世界も例外ではありません。そのような状況において企業の業績を見渡すと、自社の顧客に対して良いCXを提供できている企業のビジネスが成長していることは確かです。IBMのグローバル経営層スタディの調査結果によれば、実際に、高成長・高収益をあげている「改革者」企業は、顧客との共創やビジネスエコシステムを活用し、顧客データに基づきニーズを把握した上で、CXの設計・開発を効果的に行っていることが明らかになっています。(※)

IBMは特にB2C領域でビジネスをされているお客様企業の成長を支えるために、生活者・消費者への洞察力を磨きCXの変革力を強化すべく、ADK MSと共同事業を始動させました。

※出所:IBM Institute of Business Values,「守成からの反攻」レポートより

テクノロジーの進化により、企業と生活者が接触する時間やタッチポイントの種類は確実に増えている。そのため、良いCXを実現するためには、カスタマージャーニー全体の中で、それぞれのタッチポイントはもちろん、たとえば顧客情報がオンラインと店頭とで連携されているといったような──タッチポイントを横断して、満足や感動を提供できる必要があるだろう。

IBMはこれまでもデジタルマーケティングの基盤やモバイル・アプリケーションの構築など、企業のデジタルを介したタッチポイントにおけるイノベーションを支援してきた。しかしながら企業のゴールはツールを整備することではなく、それらのタッチポイントを介して自社の商品・サービスの購入や、継続利用、ファン化といった、生活者の行動変容を促すことである。そのためには感動を与えるビジュアルや映像、文章などの表現コンテンツが必要不可欠であろう。今回IBMは、国内大手の広告会社であり、クリエイティブ(制作物)の評価も高いADK MSと協業することで、より良いCXの創造を支援できるようになった。

 

alphaboxは事業戦略からマーケティング施策実行まで、CXを包括的に提案

alphaboxは、IBMがグローバルで展開する顧客体験のデザイン・コンサルティング事業「IBM iX」の一部を日本で補完するものである。両社の提携は、戦略から実行までを担う、主に5つのサービス領域から成っている。

──今まで、それぞれの会社でやってきたサービスとの違いについて、詳しく教えてください。

亀井:今までの広告会社は、どう伝えるべきかという課題の相談を受けることが多かったのですが、alphaboxでは、事業戦略や技術戦略をサポートするところから始まります。また、必ずしも広告ありきではなく、課題が明確でない段階でのご相談にも応じられるところも従来のサービスとは異なります。

課題を解決するために、IT戦略やシステムを変更することになるかもしれないし、商品自体の変更もあるかもしれない。そうなると、マスメディア中心だった生活者とのコミュニケーションも再検討する必要があるかもしれない。そのように非常に広い範囲の案件に対応できるようになっています。

池田:両社が組むことによって、生活者・消費者視点でCX全体を見渡して、広告と店頭体験間の整合など、リアルとデジタルを横断した体験変革をサポートすることができます。また先進テクノロジーを活用することで、モバイルアプリやバーチャルショウルームなどの新たなタッチポイントを創造することもできるのです。

TVや雑誌などのメディアが中心だった生活者へのコミュニケーションは、タッチポイントの創造により、新しいアプローチが生まれるでしょう。そういったことも含めて、総合的な補完ができると考えています。

IBMは、各タッチポイントでのコミュニケーションに必要な動画やメッセージなどのコンテンツ制作と運用に関われるようになった。その結果、施策の目的に合わせた企画とコンテンツ・マネジメント、運用を視野に入れたシステム設計ができるようになる。また、CX向上に関心のある企業に向けたエントリーサービスとして、現状のCXが簡易診断できる「CX360° CHECKUP」も用意。経営とマーケティングに関わる8つの視点での設問に回答することで、alphaboxが特別レポートを作成、お客様企業のCX課題の把握に活用する。

 

IBM×ADK、異なる企業文化の共創が価値を生む

──CX全体を、商品・サービスの認知・発見から利用後の体験まで一貫してサポートできるということですが、そのためのメンバーとして、どのような方々がこのプロジェクトに参画されているのでしょうか。

池田:現在すでに、IBMとADK MS両社から、戦略・技術・コミュニケーション・クリエイティブの各専門家を専属アサインし、プロジェクトスペースを共有しています。また、このメンバーだけがalphaboxを担うわけではなく、両社のハブとなって動きます。IBMがコンテンツ、クリエイティブアイデアが必要な時にはADK MSのリソースを活用でき、ADK MS側もモバイル、AI・RPA、ブロックチェーンといったテクノロジーに関する部分はIBMのリソースを活用できます。

──お互いの会社の文化や風土が違うと思うのですが、どのように協業を推進されていますか。

池田:むしろ、お互いの会社の文化や風土が違うことが、今回組ませていただこうと思った大きな理由です。お客様であるCMOやマーケティング担当者に対して、広告会社の言葉、コンサルティングの言葉、IT業界の言葉を語ることができる人材をハブにして、共通のビジネスを広げていきたいと考えています。そのために両社が持つプロジェクトの方法論やお客様事例の交換、クライアントリソースの共有などに取り組んでいます。

亀井:今回の協業は非常に大きなターニングポイントになると考えています。「個別案件で協業しても、お互いのノウハウが独立したままでは意味がないと思う。広告会社もテクノロジーの部分を身につけないとならないし、IBMもカスタマーセントリックなコンテンツ制作とは何かを身につけないと、お互いに成長がない。そこを変えていきませんか」とIBMに言っていただいたのがとてもよかった。これは長期的な視点で見るとかなりメリットが大きい話ですよね。文化は違うし──今も違うかもしれないけど、そういう人たちが切磋琢磨しながらalphaboxを進めていければ、我々としては半分ぐらいビジネスが成功していると考えています。

──alphaboxの価値を感じていただける方、どのような方々を支援していきたいと考えているのでしょうか。

池田:現在、企業のIT投資の多くがIT部門から事業部門にシフトしているといわれています。どの企業も生活者とのタッチポイントは重要視しており、その部分は従来のIT部門ではなく、マーケティング部門に任せていこうという流れがあります。IBMが従来ご支援してきたIT部門だけでなく、CMOを含むマーケティング部門や、営業企画部門など、組織を横断してご支援したいと考えています。

亀井:全く同じですね。デジタル化・データ重視の流れが、CMOの役割と責任範囲を広げています。様々な部門と連携し、企業価値向上にリーダーシップを発揮しています。alphaboxはそこに応えられる、共通の言語で語り合える人材を揃えており、組織全体から価値を感じていただけると思っています。

──具体的な展開のイメージをお教えください。

亀井:たとえば、ある小売企業がチェーン店舗の発注システムを導入したとします。それには、最適化機能がついていて、地元地域市場の状態や、来店顧客の特性みたいなものを分析して、発注の組み合わせをリコメンドしてくれたりする。それによって、自社のウィークポイントが大きく改善され、小売の品揃えが変わっていくでしょう。そうすると、その地域の生活者に、品揃えが刷新されたことを知らせるコミュニケーションがなければならない。さらに成功した施策になれば、もう少し広いエリアのコミュニケーションとなり、さらには全国規模のコミュニケーションが必要になっていくでしょう。

つまり、発注システムの刷新が、生活者に品揃えが刷新されたという事実を伝える全国規模のコミュニケーションを生んでいるということなんです。そういう時こそ我々の出番。発注システムの提案からコミュニケーション戦略から実施まで、一気通貫で提案します。

池田:それが金融関係なら、スマホアプリやネットバンキングのUXやUIに、もっと生活者の視点を含めていくなど。セキュリティを保ちながらも「すごく便利、もっと楽しい」という部分をお手伝いできるようになるでしょう。

亀井:改善の必要性は企業側が持つ課題だけれども、「どこをどう変えて、どこにフォーカスしてほしいか」といった改善ポイントは生活者側が認識しています。我々は、生活者が何を求めているかを発見することができるので、どのように素敵なCXを提供できるかを生活者側から逆算して提案します。たとえば、お昼の主婦の番組で、取り上げた食材がその直後だけ爆発的に売れるということがありますよね。あれは、メッセージを発信した側が生活者を動かしているけど、逆に生活者の視点に立って、より継続的な関係性をつくることができないか、と考えているんです。

 

alphaboxがビジネスの上流から下流をつなぐ

ビジネスの上流(戦略)から下流(広告など生活者とのタッチポイント)まで、お客様企業の中では一連のつながるべきものである。ただこれまでは、その実現を支援する外部の協力会社が別々であったために、手間やコストの負担増や、目的と施策の不整合などが起きていた。そのため、従来分断されていた工程を一気通貫で担うことで、プロジェクトメンバー間のコミュニケーションが効率化され、そのような問題解決にもつながるだろう。

加えて、同じ目的を持っていてもなかなか連携ができていなかったIT部門とマーケティング部門の課題をワンストップで提案・実現できることも大きなメリットだ。すでにお客様企業からは、IT部門とマーケティング部門の連名で依頼が来ているケースもある。また、IT部門からのリクエストではあるが、マーケティングやコンテンツも考えてほしいというリクエストがあるなど、組織を縦断してサポートするニーズが高まっている。

──具体的にどのような効果が期待できるのでしょうか? 

池田:たとえば、お客様企業から、「デジタル化で何かできませんか?」というリクエストをよくいただきますが、単に効率を目的としたIT改革だけをやってしまうと、生活者をないがしろにしたものになりがちです。デジタル化されたときに、今まで人が提供してくれたサービスと同じように、ましてやそれよりも便利だったり、心地よいと感じたりするためのチューニングも必要になります。alphaboxは、IT改革を実行したときに、生活者をないがしろした企業視点になることを防ぎ、両者を鑑みた、良いタッチポイントの体験を見出すことができると考えています。

テクノロジーの導入に傾倒しすぎると、消費者への接し方・コミュニケーションのしかたが画一的になって、その企業が従来持っていたブランド価値や今まで伝えられていた「心のこもったメッセージ」がなくなってしまうこともあります。その部分をADK MSが培ってきたクリエイティビティを取り入れることで防ぎたいですね。

モバイルを中心としたデジタル体験が生活に浸透し、スタンダードとなる中で、企業のサービスや商品も提供のあり方を変える必要がある。IT業界、広告業界といった業界の分類が曖昧になり、生活者の体験を基準にしたコミュニケーションの再構築が求められているのだ。このようなニーズに対し、IBMの新たな取組み「alphabox」は、リアルとデジタルを融合させた顧客体験の創造と企業変革を支えていく。