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Smarter Business

ビジネスの枠を超えてソーシャルグッドな事業に活用されるAI

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取材・文:高柳 圭

音声や画像の認識で業務を効率化したり、ユーザーの行動パターンを見極めた的確な提案を行うなど、IBM Watsonをはじめ多くのAIがビジネスシーンで活用されている。しかし「魔法の杖」のように語られがちなAIを、どのように活用し発展させるかは、私たち人間が常に鍵を握っているというのも事実。本記事では、AIの特長を活かして社会的意義を持つ事業を運営する2社の取り組みを紹介するとともに、AI活用のメリットについて考えてみたい。

株式会社メルティンMMI

代表取締役:粕谷昌宏
設立:2013年
業務内容:生体信号計測や解析技術、ワイヤ牽引駆動によるロボット制御技術を用いた研究開発
同社ホームページ

 

生体信号処理、筋電技術を支えるAI技術

メルティンMMIはもともと大学で人間が体を動かす時に発生している微弱な電流である筋電や、脳から送られる生体信号の研究を行ってきた研究者が創業したベンチャー企業である。その技術をリハビリや医療分野を含む様々な分野で活かすため、主に生体信号による機器制御や体の内面の状況を解析するウェアラブルデバイス、遠隔操作のロボットハンドなどを開発している。

生体信号とロボットハンドの技術を融合させたアプリケーション例として義手を開発しているが、その最大の特長は、筋肉を動かすための生体信号の波形を解析し、ボタンやレバーを押さずとも自分の体を動かすように直感的に操作できる点だ。現在、処理できる生体信号は12種類あり、信号処理にはメルティンMMIで独自開発されたAIが用いられている。

筋電義手が生体信号を活かして作動する様子

生体信号を活かして作動する、筋電義手の検証風景

まだ研究・試作用途の段階であるが、手を失った人の腕に同社のロボットハンドを装着し実際に物を握って持ち運ぶ行為や、足が完全に麻痺した人の筋肉を再び動かしペダルを漕ぐ動作を可能にする機器の実験などに成功している。これらの製品が広く実用化されれば、身体的なバリアフリーは大きく前進するだろう。

「人は創造性というすばらしいパワーを持っていながら、実際に実現できること、行動できることはかなり限られています。弊社では生体信号処理、ロボット技術、AI技術の複合領域である『サイボーグ技術』を完成させることで、人類が何にも縛られず100%の創造性を発揮できる世界をつくることを目指しています」(粕谷氏)

その鍵となるのが先述の生体信号処理技術だが、画像認識や音声認識などのデータ解析の領域に比べ、1人ひとりの信号の波形は少しずつ異なり、また信号自体を得ることも難しい。「指を動かす」といった比較的単純な信号はともかく、「手がどのようなポーズをしているか」など高度な情報の解析・識別には、競合他社に比べてその技術や実績でアドバンテージを有する同社であっても、課題が残されているという。

「AIは現状、人間の持つ創造性や、非常に高速なメモリへのランダムアクセス性は持たないため、人の“ひらめき”には勝てません。しかしAIにしかできない強みも多くあります。例えば、これまで最適であると思われていたアルゴリズムでも、AIによって網羅的に、先入観のない状態で長時間の探索が行えるため、発見されていなかった方法やパラメータが新たに見つかる可能性があるのです。また、今は生体信号を受け取るために肌に貼る電極を使用していますが、電極の技術が発展して埋込み型などになれば、より正確で膨大な情報が得られるようになる。そうなった時こそ、ようやくAIが力を発揮できるのではないでしょうか」(粕谷氏)

AIが人間の身体の動きのメカニズムを理解することが、不慮の事故や病気によって身体的に不自由になってしまった人や、健常者であっても現状の身体に満足しない人に希望をもたらす技術の基盤になっている。身体や思考の一部をAIがサポートする。そんな世界が、意外と早く訪れるかもしれない。

生体信号の読み取りの様子(0:21〜)を動画でも。

 

株式会社ピリカ

代表取締役:小嶌不二夫
設立:2011年
業務内容:ごみ拾いSNS「ピリカ」、ポイ捨て調査・分析システム「タカノメ」の開発・提供
同社ホームページ

 

「ごみ問題」をAIにより顕在化する

世界77ヶ国で使用されているごみ拾いSNS「ピリカ」を運営する株式会社ピリカ。代表取締役の小嶌不二夫氏は幼少時、図書館で見かけた環境問題に関する本を手に取り、憤りに似た関心を抱いたという。大学生時代、世界を旅する中で「ごみ問題はどこの国にも共通する課題だ」と思い知った小嶌氏は、自らの人生を賭けることを決意。2011年、取締役の高橋直也氏とともに同社を設立し、ごみ拾いSNS「ピリカ」の開発をスタートさせた。

同SNSはユーザーが拾ったごみの写真を撮り、種類ごとにカウントするというシンプルなもの。少しずつ街がきれいになっていく状況を見える化でき、多くの人々の共感を得た。加えて、CSR(企業の社会的責任)が問われる気運ともあいまって、現在では300以上の企業、団体、自治体でも使用されている。

アプリ「ピリカ」のマップ画面。地図上で拾われたゴミの数や現地の写真が表示される仕組み

アプリ「ピリカ」のマップ画面。地図上で拾われたゴミの数や現地の写真が表示される仕組み

さらに、同社がより多角的にごみ問題に取り組むために開発したのが、ポイ捨てを定量的に観測するシステム「タカノメ」だ。タカノメはAIの画像認識技術で街並みの写真を解析し、ポイ捨てされたごみの分布や、エリアごとの深刻度を計測。このデータをもとに、企業や行政のポイ捨て防止施策の効果測定や戦略コンサルティングを行うなど、主にB to Bで領域使用されている。

アプリ「タカノメ」を使えば定量的なポイ捨て分析が可能になる

アプリ「タカノメ」を使えば定量的なポイ捨て分析が可能になる

「関東圏の市にある数十箇所の駅で調査を行った時、喫煙所の位置や形でポイ捨て状況が変わることや、ポイ捨ての深刻さとクレームの数はあまり関係がないなど、これまで数字で見えていなかった現状がわかりました。こうした結果を受け、施設づくりや清掃ルートの変更など具体的な改善策を取ることで、ごみのポイ捨てが半減したエリアもあります」(小嶌氏)

「タカノメ」は主に「画像撮影」「ごみの識別」「レポート提出」という流れで運用されるが、当初、撮影した画像の中から「落ちているごみ」を人間の目で探すのに膨大な時間を要していた。そこで、タバコ・缶・ペットボトルなど30品目に分けた数万点に及ぶごみ画像の解析とフィードバックを実施。機械学習を重ねたAIによる画像認識により、現在はごみの識別作業の6〜7割をAIに託し、時間は1/3ほど短縮されたという。

ポイ捨てに特化した同社ならでは課題も残されている。AIが画像の中の「落ちているごみ」か「落ちていないごみ」か高い精度で見分けられず、まず人間が「落ちているごみ」にチェックを付ける必要がある。その際、落ちてはいるがごみかどうか不明なもの(枯れ葉など)にもチェックをつけてしまう可能性があるが、AIはそれを正確に識別できるため、まさに人とAI共同で解析を行っている。

「調査にかかる時間を縮小できれば人件費の削減にも繋がり、従来、大きなコストがかかる街のポイ捨て調査が低予算で行えるようになります。より広範な地域のポイ捨てを解決するためにも、今後はAIによる完全な自動識別を目指していきたい」(小嶌氏)

AIが分析する「ゴミ」にまつわるインサイトが住みやすい街づくりを促進するのではないだろうか。企業や自治体がクリーンな世界を実現するためのピリカの取り組みはまだ始まったばかりだ。

photo:Getty Images